●感動編●

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※この話は、以前、掲載した「たかし君」の元同級生からの投稿記事です。

前に載っていた『たかし君』のクラスメイトだった者です。

4年前、当時小学6年生の11月のこと。
貴嗣君は亡くなりました。
突然の別れでした...

お葬式には、学校を抜けて6年生みんなで行きました。
特別仲良かったわけではないけれど、
棺桶に入った、真っ白で冷たく眠っている貴嗣君を見たら、
どうしようもなく涙がこみあげてきました。

前まで元気に学校に来てたじゃない!どうして?どうして!?
初めて人の「死」を間近に見たときでした。
お葬式の最中、『believe』を泣きながらみんなで歌いました。
友達を大切にしていた貴嗣君にぴったりの歌です。

帰り道には、みんな涙でぐしゃぐしゃになっていました。

それから…私達の学年は、『心の優しい学年だ』と
中学を卒業するまで言われ続けました。
それも貴嗣君のおかげです。
友達の大切さ、生きていることの素晴らしさなど、
たくさん、たくさん教えてくれたのです。

今、私はもうすぐ高校2年生になろうとしています。
小学校からの友達はバラバラになってしまったけれど、
貴嗣君のぶんまで、頑張って1日1日を大切に生きていきたい。

貴嗣君、本当にありがとう...


※「感動する話、泣ける話」より

●おかあさんのお弁当

うちは片親で、母親と二人でした。
お母さんは毎日どんなに忙しくても、
私にお弁当を作ってくれました。

やきとりが中に入ってる事もあったりして...
私は、その時お弁当が恥ずかしくて、
「こんなお弁当いらないよ!」とお母さんに言った事があります。

私は作る側になって、初めてそんな事を言われる気持ちを知りました。

どんなにつらかったか...
毎日仕事をしながら、お弁当を作ってくれたお母さん。
事情があって会えないけど、お母さんに会いたいです...

そして、私を育ててくれて本当にありがとう...
親不孝な子供でごめんね...

※「感動する話、泣ける話」より

●おねえちゃん

妹の友だちだった。幼い頃から脳の病気を患っていて、
手術の繰り返しで四肢もまともに機能しなくなってしまって、
それでもがんばって歩いて学校に登校していた。

小学生の頃、一度だけ帰宅時間にその子と一緒になったことがあって、
友だちの姉として面識の会った私はなんとなく一緒に帰ることになった。

片足が麻痺していて歩くのにとても時間がかかるその子。
私はその日遊ぶ約束をしていて、正直早く帰りたくて仕方がなかった。
会話もあまりはずまなくて、その子の家まで送るべきだったのに、
「いいよ。私ひとりで帰れるよ」
と言うものだからそれに甘えて途中で別れた。

数年後、あの子が長くないと母に教えられて妹と見舞いに言った。

個室で、脳の病気のせいでその子とわからないくらい頭が肥大していて、
人工呼吸器も苦しそうで意識は殆どないようだった。

その子の母はもの凄く冷静で、淡々とあと一週間かなとつぶやいてた。

母は号泣していたけど、私と妹はなんと言ったらいいかわからなくて、
ただ突っ立ってその子を見守っていた。

まだ15歳だったのに、そのまま死んでしまった...

その子の家に行ったら、まだ部屋がそのままになっていて、
机に飾られた写真、元気そうに笑ってる写真を見ていたら
一緒に帰ったあの日のことを思い出した...

「おねえちゃんおねえちゃんって、**はひとりっこだからすごく
嬉しそうだったのよ」
そんなこと言われて、おうちまで送ってあげればよかったなと思ったら、
涙が止まらなかった...

ごめんね...


※「感動する話、泣ける話」より

●父の夢

私の父は、高校の時野球部の投手として甲子園を目指したそうですが、
「地区大会の決勝で9回に逆転されあと一歩のところで甲子園に出ることができなかった」と、
小さい頃良く聞かされていました。

そんな父の影響もあってか、私は小さい頃から野球が大好きで、野球ばかりやっていました。
父も良くキャッチボールをしてくれました。
そして私は、小学5年から本格的に野球を始め、高校に入った私は迷わず野球部に入部しました。

ところが、高校入学と時を同じくして、父が病に倒れてしまいました。
その後入退院を繰り返し、高校1年の冬からはずっと病院に入院したきりになってしまいました。
父の体がどんどん細くなっていくのを見るにつれ、なんとなく重大な病気なのかなとは感じました。
父は、病床で私の野球部での活動内容を聞くのを一番楽しみにしてくれていました。

そんな高校2年の秋、私はついに新チームのエースに任命されました。
それを父に報告すると、一言「お前、明日、家から俺のグローブ持って来い!」と言われました。

翌日病院にグローブを持っていくと、父はよろよろの体を起こし、
私と母を連れて近くの公園の野球場に行くと言いました。

公園に着くと父は、ホームベースに捕手として座り、私にマウンドから投げるように要求しました。
父とのキャッチボールは、小学校以来でした。
しかも、マウンドから座った父に向かって投げたことはありませんでした。

病気でやせ細った父を思い、私は手加減してゆるいボールを3球投げました。
すると父は、怒って怒鳴り、立ち上がりました。
「お前は、そんな球でエースになれたのか!?お前の力はそんなものか?」と。
私はその言葉を聞き、元野球部の父の力を信じ、全力で投球することにしました。
父は、細い腕でボールを受けてくれました。ミットは、すごい音がしました。
父の野球の動体視力は、全く衰えていませんでした。
ショートバウンドになった球は、本当の捕手のように、
ノンプロテクターの体全体で受け止めてくれました。
30球程の投球練習の後、父は一言吐き捨てるように言いました。
「球の回転が悪く、球威もまだまだだな。もう少し努力せんと、甲子園なんか夢のまた夢だぞ」と。

その数週間後、父はもう寝たきりになっていました。
さらに数週間後、父の意識は無くなりました。
そしてある秋の日、父は亡くなりました。
病名は父の死後母から告げられました。
ガンでした...

病院を引き払うとき、ベッドの下から一冊のノートを見つけました。
父の日記でした。あるページには、こう書かれていました。

「○月○日  今日、高校に入って初めて弘の球を受けた。
弘が産まれた時から、私はこの日を楽しみにしていた。
びっくりした。すごい球だった。自分の高校時代の球よりはるかに速かった。
彼は甲子園に行けるかもしれない。その時まで、俺は生きられるだろうか?
できれば球場で、弘の試合を見たいものだ。
もう俺は、二度とボールを握ることは無いだろう。
人生の最期に、息子とこんなにすばらしいキャッチボールが出来て、
俺は幸せだった。ありがとう......」

私はこれを見て、父の想いを知りました。
それから、父が果たせなかった甲子園出場を目指して死に物狂いで練習しました。

翌年夏、私は背番号1番を付けて、地区予選決勝のマウンドに立っていました。
決勝の相手は、甲子園の常連校でした。
見ていた誰もが、相手チームが大差で勝利するものと思っていたようでした。
ところが、私は奇跡的に好投し、0対0のまま延長戦に入りました。
10回裏の我がチームの攻撃で、2アウトながらも四球のランナーが1塁に出ました。
そのとき打順は、9番バッターの私でした。

相手のピッチャーの球は、140KMを超えていました。
打てるはずもありませんでした。
あまりの速さに怯え、目をつぶって打とうとしたとき、
亡くなった父の顔が一瞬まぶたに見えたように感じました...
気が付くと、目をつぶって打ったはずの私の打球は、左中間の最深部に飛んでいました。
私は夢中で走りました。
相手チームの二塁手が、呆然として膝から崩れるのが見えました。
サヨナラ勝ちでした...

チームメイトは、感動で皆泣いていました。
応援に来てくれていた父の当時のチームメイトも、泣いていました。
スタンドの母が両手で持った父の遺影が、静かに笑って、うなずいているように見えました。

甲子園では、結局1勝もできませんでしたが、
父のおかげで甲子園に出ることができて、とても楽しく野球が出来ました。
そのときもって帰った甲子園の土は、全て父のお墓に撒きました。
甲子園に出れたのは、父のおかげだったような気がしました。
これから、どんなに辛いことがあっても、父のことを忘れず努力していきたいと思っています。

ありがとう、お父さん!!
ありがとう...


※「感動する話、泣ける話」より

私が彼と最初に出会ったのは会社の懇談会でした。
ふとしたことから一緒に遊ぶようになり、
付き合いはじめました。

私はもともと打たれ弱い性格だったので、
彼にグチってしまうことが多かったのです。
でも、彼はそんな私に嫌な顔一つせずに、
優しい言葉をかけてくれたり、
励ましてくれていました。
彼はグチ一つこぼさず、明るい人だったので、
「悩みがないなんていいねー...」
なんて言ってしまったりすることもありました。

彼との別れは突然訪れます。
彼が交通事故で亡くなったのです...

彼のお葬式に行っても、まったく実感が湧きませんでした。
お葬式の後、彼の両親から彼の携帯を渡されました。
何気なく携帯をいじっていると、送信されていない私宛のメールが
たくさんあるのに気付きました。

そのメールには仕事のグチや悩みごとなどがたくさん書いてありました...

その瞬間、
私は彼の辛さに気付かなかった自分のくやしさや、
無神経な言葉を言った自分への後悔、
常に私を気遣っていてくれた彼への感謝で涙が止まりませんでした。

あの日から1年以上になりますが、その携帯は大切にとってあります...


※「感動する話、泣ける話」より


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