陽ちゃんの日々

平成徒然草を目指します。

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広島、長崎

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 先日8月6日は広島原爆忌だった。明日8月9日は長崎原爆忌である。
広島を舞台にした歌は少ないように思う。
 一つ思い出すのは「死んだ女の子」である。この歌詞をラジオの朗読で聞いたことがあり、その女性アナウンサーの朗読に感動したことがある。  

1 とびらをたたくのはあたし あなたの胸にひびくでしょう
  小さな声が聞こえるでしょう あたしの姿は見えないの

2 十年前の夏の朝 あたしはヒロシマで死んだ
  そのまま六つの女の子 いつまでたっても六つなの

3 あたしの髪に火がついて 目と手がやけてしまったの
  あたしは冷い灰になり 風で遠くへとびちった

      (間奏)

4 あたしは何にもいらないの 誰にも抱いてもらえないの
  紙切れのように燃えた子は おいしいお菓子も食べられない

5 とびらをたたくのはあたし みんなが笑って暮らせるよう
  おいしいお菓子を食べられるよう 署名をどうぞして下さい
 曲はここで聴いて下さい。→http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/01/post_abef.html

 それに引き換え、長崎を舞台にした歌はたくさんある。私が古い歌から思い出すと、
 
、赤い花なら曼珠沙華/和蘭陀屋敷に雨が降るで始まる「長崎物語]


 □鐘が鳴る鳴るマリアの鐘が/坂の長崎ザボン売り…の「長崎のザボン売り」
 ♪こよなく晴れた青空を/悲しと思う…      の「長崎の鐘」

   → http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/05/post_8a6e.html
 あ哭(な)いているような長崎の街/雨に打たれてながれた/ふたつの心はかえらないかえらない無情の雨よ/ああ長崎思案橋ブルース…の「思案橋ブルース」
 ア逢えば別れがこんなにつらい/逢わなきゃ夜がやるせない/どうすりゃいいのさ思案橋…という
  青江三奈の「長崎ブルース」http://www.biwa.ne.jp/~kebuta/MIDI/MIDI-htm/Nagasaki_Blues.htm
 Βあなたひとりにかけた恋/愛の言葉を信じたの/さがしさがし求めて/ひとりひとりさまよえば/  行けど切ない石だたみ/あゝ長崎は今日も雨だった…の「長崎は今日も雨だった」
 Б雨にしめった賛美歌の/うたが流れる浦上川よ/忘れたいのに忘れたいのに/おもいださせること  ばかり/ああ長崎/長崎の夜はむらさき…瀬川瑛子の「長崎の夜はむらさき」
 │恋の涙か 蘇鉄の花か/風にこぼれる 石畳/噂にすがり ただ一人/尋ねあぐんだ 港町
  ああ 長崎の 長崎の女…     春日八郎の「長崎の女」(この歌は古いのでもっと前に来る)
  → http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_d528.html
 私は昭和45年に長崎県の公立高校の採用試験を受けている。学校も決まりかけていたが、手違いがあり、長崎の教員にはならず、鹿児島の教員をした。その45年の夏に採用試験を受けてから、長崎市で見たのが松竹映画「長崎の鐘」(大庭秀雄監督、若原雅夫、津島恵子、月丘夢路ら出演)であった。当時、U君という高校の同級生が長崎市で勤務しており、彼には世話になった。駅前から浦上へ行く途中の道沿いにあった「ラ・メール」という喫茶店で彼と昼食を食べたことなどを思い出す。その名も「ラ・メール定食」であったが、長崎で定職に就くことはなかった。鹿児島でなく、長崎で教員をしていたら、どういう人生になったことであろう。全く測り知れないことである。
 い鉢Δ呂海海巴気靴討ださい。http://king20-io.studio-web.net/sub1.htm

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原爆の歌を、学生の頃に歌いました。「2度と許すまじ原爆を〜」という歌詞でした。
降伏しなければ、札幌も投下された事でしょう。
人間とは、なんと残酷な動物なのでしょう〜。

2007/8/8(水) 午後 10:35 いやし母さん

そうですね。「ふるさとの町焼かれ、・・・」で始まる歌ですね。申し訳ないですけど、「三度許すまじ原爆を」ですね。広島・長崎と二度落とされていますからね。この原爆を「しょうがない」と言った長崎出身の大臣がいましたけど、冷酷な考え方ですね。

2007/8/8(水) 午後 10:49 陽ちゃん

http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/genbaku.html ここにその歌があります。いやしかあさん、ここで思い出してください。

2007/8/9(木) 午後 5:49 陽ちゃん

http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_6629.htmlここにもあります。二木さんのブログです。

2007/8/11(土) 午前 0:15 陽ちゃん

終戦が原爆で早くなったという事実はあるかもしれませんね。それ以前に、この戦争をなぜ始めたのかということと、戦況を見て、国民の犠牲を防止するという発想で動いて欲しかったと思います。佐賀の乱で江藤新平は、戦況が不利と悟ると、若き才能が失われないようにと反乱軍を解散し、自分は西郷・板垣の決起を促しに旅立っています。

2007/9/26(水) 午後 5:53 陽ちゃん


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