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一畑電鉄廣瀬線は島根県東部(現在は安来市荒島町)能義郡(のぎぐん)荒島村から飯梨川(いいなしがわ)に沿うように走り月山富田城(がっさんとだじょう)の城下町として栄えた能義郡広瀬町(現在安来市)を結んでいた延長8.3Kmの電化、単線の路線です。
廣瀬線は、大正14年11月2日地元有志によって廣瀬鉄道を設立。建設を開始、トンネル工事が無かったことから建設は容易だったと思われます。昭和3年7月24日荒島〜出雲広瀬間開業。軌間 1067mm、動力 直流600V。 戦時中の企業統制で昭和19年12月鳥取県米子市の伯陽電鉄と合併して山陰中央鉄道となる。終戦後伯陽電鉄から分かれて島根鉄道になる。昭和28年11月、一畑電気鉄道と合併。一畑電鉄廣瀬線となる。 開業当初は客貨共に順調だったようですが、モータリゼーションの到来で旅客、貨物共に次第に減っておまけに沿線の過疎化で経営は苦しく、施設の維持が困難となり並行するバスに乗客を奪われ昭和35年6月20日ついに廃止されました。 駅は荒島停車場、仲仙寺停留所、西赤江停留所(後に設置)、西中津停留所、田頼停留所、小原停留所(後に設置)、飯梨停車場、植田停留所、さぎの湯停留所(後に設置)、温泉前停留所、出雲廣瀬停車場の順にありました。 この鉄道の遺構は路盤跡の殆どが道路になっていますが、小原停留所付近に橋台と路盤跡が、足立美術館近くの温泉停留所付近に路盤跡と、橋台、橋脚が残っています。この他に遺構がまだ有るかもしれません。余暇をみつけて通ってみたいと思っています。 荒島駅です。このホームの右側より出ていました。 荒島駅を出ると山陰線と少しずつ離れながら進み右カーブで踏切を越えるとこまでは路盤跡らしきものは残っていませんが、ここより先は県道が路盤跡と重なっています。まっすぐ進み山陰道の下をくぐり、正面の少し高いとこに学校が見えて来て右にカーブする頃右側から細い道路と交わると山が迫ってきますそこに仲仙寺駅がありました。 仲仙寺駅はこの辺りにありました。 西中津駅はこの辺りにありました。 |
一畑電鉄廣瀬線(1)
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