世界の料理を再現するkaminari父さんのブログ

kaminari父さんは週末料理するサラリーマンです。

父さんの小言

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家、買う。

こんばんわ。kaminari父さんです。久しぶりの父さんの小言(長文)です。
 
最近少しバタバタとしており、なかなかブログのUPが出来ていませんでしたが、
実は・・・・・・、 買いました
 
築2年の築浅の住宅で、夫婦共々なかなか気に入っており、購入することになりました。
と、申し込んでみたのはイイものの、実際の契約に至るまでに資金計画、ローンの選定、審査、重要事項説明、売買契約などなど、慣れない、にも係わらず重要な作業が山積しており、正直もうゲッソリです
 
とはいえ大事なことなので、十分に検討しました。朝も早くから、夜も遅くまで。
 
準備は万全。契約書も紙に穴が空くほど読んだ。物件も気に入っている。奥様も気に入っている。ハザードマップも確認済み。価格も査定済み。売主も素敵なご夫婦。売却理由も確認済み。保証も大丈夫。仲介業者も信頼できる。ローンも大丈夫。資金計画も大丈夫。子供の学校も近い。駅も近い。スーパーも近くにある。
よし。あとは決断するだけ。父さんの辞書に「後退」の二文字は無い!!!!
 
・・・ということで、今日ついに契約日ということで不動産屋に出向いてきました
 
落ち着いた感じの打ち合わせ室。ゆっくり流れる音楽。とても心地よい雰囲気の中、正式な売買契約が行われた。
 
「それでは、重要事項説明を行います。」と宅建主任の不動産業者の担当者。淡々と契約書に書かれた条文を読みあげる彼。うむ。全て知っている。なぜか。それは事前に全て読んだからだ。ワハハ。大丈夫、大丈夫や、オレ。ドキドキ。
 
一通りの説明が終わった。
 
「それでは、説明はこれで宜しいでしょうか?」 これを承諾すると契約となる。ドキドキ、ドキドキ。本当に大丈夫か、オレ。
 
「それでは、印鑑を御準備下さい。」 印鑑!?そ、それはそうか。契約には印鑑が必要だ。でもこれを押したら、父さんは高額な債務を背負うこととなる。毎月の返済は大丈夫だろうか。仕事は大丈夫だろうか。ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
 
「質問はありませんね。」 ちょ、ちょっと待って。そ、そもそもこの人達は、なぜ父さんに契約させようとしているのか、その辺りがイマイチ分からなくなってきた。
 
「それでは、こちらとこちらへ印鑑を押してください。」 い、い、い、い、印鑑を押せやと!こ、こ、こいつ何者や!周りを見るとみんな当たり前のように印鑑を押させようとしている。ヒィー((((;゚Д゚))))
 
と、と、とりあえず、黒い汁、いや、コーヒーを飲もう。ふぅー、ニガい。
 
どうやら、父さんはプレッシャーのあまり混乱状態(メダパニ)になっていたようで、周囲の人間がモンスターの集団に見えていたようでした。何とか温かい苦汁、いやコーヒーを飲み、心を落ち着かせることが出来たので・・・
 
印鑑、ポチ
 
出来上がりました。子持ち、家持ち、ローン持ちサラリーマンの完成です。kamnari父さん、30歳。満員電車が我が人生。
あと、これで髪の毛が薄くなり、お腹が出れば完全体か。フリーザでいう小さい奴、セルでいう17号と18号を吸収した後の形態といったところでしょうか。どうやら未だメダパニが治っていないようですね。
 
ということで、父さんは家を買うことになりました
これから少し間が空きますが、決済、登記などの処理を済ませ、来年1月下旬頃に引越しすることになりました。住み慣れた場所を離れるのは少し寂しいですが、また新たな場所で良い思い出が出来ることを想像しながら、、、
 
今日は寝ます(-_-)゜zzz… あー、疲れた。
 
イメージ 1Contract

ストレス対策

こんにちわ。kaminari父さんです。
 
気になった事が頭の中から離れず、それを文章に書くことでスッキリするということってありませんか。
このブログで長文でくだらない事を書くときは、「父さんの小言」というフォルダに入れることにしました。
今回も特に大した事のないことをダラダラと書いているので、スルーして頂いて宜しいかと思います。
 
今回は、日々ストレスを溜めているkainari家の対策について書いてみました。
 
<背 景>
kaminari夫婦はどちらの両親も近くにいないが、共働きで子育てを行っている。
父さんは結婚当時から土日に料理を担当し、掃除もするが、平日は仕事オンリーの飲んだくれオッサンである。
このところ、休日はリラックスして過ごせているものの、平日のストレスが膨大し、かなりイライラしながら過ごしている。特に母さんのストレスが著しく、そのストレスに父さんのストレスが相まって、家庭内にイライラが充満し、娘の健やかな成長の妨げになっている。
 
<問 題>
平日にストレスが溜まり、家族にイライラが充満している。
 
<あるべき姿>
平日も休日同様、慌ただしくイライラして過ごすことなく、ゆとりをもって過ごしている。
 
<現状調査>
まずは、平日の動きについて分析するため、現状の調査を行ってみた。
 
まずは母さんの動き。
5:00 起床、朝風呂に入る。
5:30 風呂上りに扇風機にあたりながら、PCに向かう。(稀に資格試験が近いときは勉強している)
6:00 洗濯をする。
6:30 朝御飯を作る、食べる、保育園の準備をし、ごみ出しの準備をする。
7:00 保育園へ娘を送る。
7:30 保育園から会社へ向かう。
8:00 出社
12:00 昼御飯を食べ、必要であれば一旦家に帰り、洗濯をする。
13:00 会社へ戻る。
17:00 保育園に向かう。
17:30 保育園から娘を連れて帰る。
18:00 娘に急かされながら、晩御飯の支度をする。
19:00 晩御飯を食べる。
20:00 子供の遊び相手をしながら、洗濯をする。
21:00 就寝
 
一方、父さんの動き。
5:00 寝ている。ただの屍のようだ。(稀に資格や会社の試験が近いときは起きて勉強している)
5:30 寝ている。ただの屍のようだ。(稀に資格や会社の試験が近いときは起きて勉強している)
6:00 寝ている。ただの屍のようだ。(稀に資格や会社の試験が近いときは起きて勉強している)
6:30 ダラダラと起き、娘の服を着替えさせる。
7:00 朝食を食べ、着替え、会社へ向かう。
7:30 出社
19:00 or 20:00 帰宅し、夕食を食べる。
20:30 娘をお風呂に入れる。
21:00 PCの前に座り、ニュースを見たり、本を読んだり、ゲームをしたり。
22:00 就寝
 
<分析>
日常の記録から分かったことは下記の通り。
・母さんの自由な時間は5:30から6:00の間、扇風機に当たりながらPCに向かっている時間しかない。
・日々、洗濯に掛かる時間が多すぎる。
・実は父さんの手が空いている。
 
今回の記録で、父さんに比べ、母さんの負担が極めて大きいことが判った。同じように働いている者同志であるにも係らず、家事、育児の負担が母さんに集中し、男女の家庭内における労働の均衡が保たれていない。
 
特に洗濯が大変なことになっている。むしろ母さんと呼ぶより、別の呼び方で呼んだ方がいいのかも知れない。ちょっと、新しい呼び方を考えてみた。
候補① ミセス・洗濯さん
候補② 洗濯機先生
候補③ ザ・グレート・洗濯
候補④ アタックゴールド
 
なかなかユニークな名前が揃ったので、呼んでみようと思ったが、火に油を注ぐようなものなので止めることにした。
・・・少し脱線してしまったので、元に戻そう。
 
<課題>
①母さんと父さんの家事負担のアンバランス
②日々の洗濯に時間が掛かりすぎている。
 
<対策>
①母さんと父さんの家事負担のアンバランス
まず、日々の作業を大まかな必要時間と共に箇条書きにしてみた。
・夕食作り (1 hr)
・食器片付け (30min)
・部屋掃除 (10min)
・洗濯 (30min〜1 hr)
・ごみ出し (10min)
・保育園準備 (10min)
・保育園送り迎え (1 hr)
・布団出し、片づけ (10min)
・朝食作り (15 min)
・風呂準備 (10min)
 
現在これらの作業を全て母さんが行っているので、所掌を以下のように変更する。
・夕食作り (1 hr) ⇒母さん
・食器片付け (30min) ⇒父さん
・部屋掃除 (10min) ⇒父さん
・洗濯 (30min〜1 hr) ⇒母さん
・ごみ出し (10min) ⇒父さん
・保育園準備 (10min) ⇒父さん
・保育園送り迎え (1 hr) ⇒母さん
・布団出し、片づけ (10min) ⇒父さん
・朝食作り (15 min) ⇒父さん
・風呂準備 (10min) ⇒母さん
 
父さんは残業があるので、時間の掛かる作業は母さんの所掌とし、細々したものは父さんが行うこととした。
 
②日々の洗濯に時間が掛かりすぎている
 
kaminari家の洗濯機は、父さんが独身時代に使っていた洗濯容量4kgの単身用(9年物)であり、3人家族となった今、かなり小さく、何度も洗濯をしなれば間に合わない。よって、対策として大容量洗濯機を買うことにした。
高価な物なので、資金計画を立て、家計に影響を及ぼさないよう挽回策を実施した上で、購入する。
 
<総括>
今まで洗濯や掃除といった作業は主に母さん担当となっていたが、実は父さんは一人暮らしをしていた際、掃除機を使わず、日々雑巾で家中をピカピカにしていた、名うての掃除マスターである。もちろん、料理は居酒屋で鍛えたスピードがあるので、これらの所掌変更は父さんにとって、容易いことである。
 
今回の調査で、娘が保育園に行きだしてから、ずいぶん母さんに負担を掛けていたことが改めて分かった。ここに深くお詫び申し上げるとともに、今回の対策を責任を持って実施したいと思う。
 
今回の対策で責任の所在は明確になったので、実施できていない場合は、更なる対策を各自で考えることとする。また、1か月後に結果を検証し、必要であれば見なおしを行う。
 
はぁ〜、すっきりした。
 

蒟蒻ゼリー

 
こんばんわ。kaminari父さんです。
 
ブログは楽しく、くだらなくをモットーにしているので、あまり面倒なことは書かないようにしていますが、ちょっと今日は愚痴りたいと思います。
 
昨日、Yahooニュースで蒟蒻ゼリーで6歳の子供が窒息したという記事が出ていた。この件に関しては消費者庁が指導し、袋に注意喚起するも、やはり事故は起きてしまう。過去15年で10人の子供が死んでいる。蒟蒻を素材としたゼリーは韓国や欧米では流通を禁止しているが、日本ではどちらかというとメーカーに同情する意見の方が多く、販売を規制する兆しもない。ネットの意見調査でも保護者の責任であり、製造者には何の責任も無いという意見が大多数派。製造規制反対の署名運動まで行われたりもしている。
 
主な主張は下記の通り。
・注意喚起しているにも係らず、ゼリーを与えた保護者の責任。
・一部の誤った消費者のせいで製造中止するのはおかしい。
・餅やパンでも喉を詰まらせることはあるので、蒟蒻ゼリーだけ規制するのはおかしい。
・それを規制したら何もかも規制しなければいけない。
 
やはり周辺の意見を聞いても、メーカではなく保護者の責任であるという意見の方が多い様子。
 
確かに保護者の責任であり、これだけ事故が起きているにも係らず、注意を怠った保護者の責任は重い。
しかし、本当に製造者に責任は無いのだろうか。このまま蒟蒻ゼリーは存在を許されるべきなのだろうか。
 
ということで、消費者庁が纏めている窒息事故に関する詳細調査についてちょっと調べてみた。
 
・餅の窒息事故がダントツで多い。平成18年から20年の3年間で事故数406件、うち死亡件数は17件。
・次に御飯、飴、パンも200件前後と多い。死亡件数も結構ある。
・注目したいのは窒息事故の年齢層で、餅で窒息事故を起こした98%が60歳以上の高齢者であり、残り2%を12歳以上の子供若しくは成人である。
・御飯、飴、パンも同様。窒息事故を起こしても軽傷が多く、重症になったそのほとんどが高齢者である。6歳以下の子供は一件もない。
・一方、蒟蒻ゼリーは餅などに比べ事故件数は少ないものの、事故を起こした50%以上の年齢層が6歳以下の子供であり、しかも重症率は群を抜いて高い。
 
高齢者の命が幼児の命より軽いという訳ではないが、高齢者は成人であり、自らの行動に責任が伴う。これに対し、幼児の行動に自己責任はない。そんな幼児が食で危険にさらされるのであれば、それは親、メーカの責任云々の問題ではなく、子育てを行う社会の安全についての問題であると思う。
 
なぜ蒟蒻ゼリーで幼児の重症率が高いのか、、、これは前々から思っていたが、元来ゼリーはどちらかというと子供の御菓子というイメージが強い。少なくとも父さんの幼いころのゼリーの存在は駄菓子であった。それが約15年前に蒟蒻ゼリーという商品が大人気になったころから、ゼリーは大人のダイエット食品になった。このゼリーは子供が好きな御菓子という意識と、子供が食べてはいけない材料で作られた“元駄菓子”の間にある歪が事故の真の原因ではないだろうか。
要するにゼリーという子供が好きな御菓子に子供が食べたらダメな食材を使っている以上、かならず事故は繰り返されると思う。
 
大人というポジションから見ると、この事件は確かに保護者の責任で片づけられる問題かもしれない。ただし、子供に主体をおいて考えると、ゼリーに子供が食べたら死ぬ可能性のある材料が入っているというのは、ちょっと悲しい。
 
そろそろ大人たちはゼリーという駄菓子を子供に返してもよいのではないだろうか・・・。別にゼラチンで作ったゼリーでも果肉が入れば贅沢な大人のおやつになるのではないだろうか・・・。そこまでゼリーを蒟蒻で作る必要は何があるのだろうか・・・。製造中止にしないにしても、12歳以下には販売禁止にするなど、何らかの規制は必要ではないか。
メーカ、特に最大手のマンナンライフの80人前後の社員に対して社会は同情的であるが、無くなった10人の子供にはみんな同情しないのだろうか。
 
まぁ、こんなことを言ったところでマジョリティは変わらないと思うので、たぶん次の窒息事故がまたニュースになるのでしょうね。日本の悲しい一面です。 

将来の課題

ただいま帰りました。kaminari父さんです。

昨日は突然のニュースで、少々心が乱れていたようです・・・。
一日寝て、少し気が確かになってきた。ただし、やはりモンモンとした気持ちであることに変わりなく、深く考えてみたところ、将来ある大きな課題を抱えていることに気がついた。

・・・それは娘の結婚。

いつか父さんの元を離れ、人生を共に生きる夫の元へ行く日がやってくる。
どんな男を連れてくるのだろうか。やはり責任感のある男でなければならない。
昨日の小僧に責任感はあるのだろうか。分からない。会ったことも無い小僧のことなど、知る由も無い。でも、実は将来の結婚の報告も同様だろう。数回会っただけで分かるわけがない。

そこで良いアイデアを思い付いた。kaminari家の結婚については申請、承認の二段構えにしようと思う。

少しイメージしてみよう。
ある日、娘から結婚したいとの報告を受ける。
    娘「お父さん、実は会って欲しい人がいるの」
    父さん「そうか。では、まず申請に来てもらわなければ、いけないな。」
    娘「分かったわ。」
    ⇨今からイメージしておけば、動揺しないだろう。

数日後、のこのことやって来る。
    候補者A「お父さん、娘さんを幸せにしたいと思います。結婚させて下さい」
    父さん「おいおい、君ちょっと気が早いんじゃないか。私はまだ君のお父さんではない。」
「しかも幸せにしたいと思うとは、どういうことか。抽象的過ぎる。そんな奴に娘は渡せん。」
    ⇨はじめは思いっ切り突き放し、相手の様子を見る。
    候補者A「勉強不足でした。でも、どうしても娘さんと結婚したいんです。」
     ⇨食い下がる候補者。
    父さん「そうか。ならば、次のテーマについてプレゼンしてくれないか。」
・結婚に対する決意
・将来のビジョンと明確な目標
・具体的なスケジュールと実施事項
・将来想定されるシナリオ
・考えられるリスクとその対応策

   候補者A「分かりました。早速纏めてみようと思います。」
   父さん「プレゼンの時間は10分。プラスマイナス30秒だ。分かったな。」
   候補者A「了解しました。」

数日後、候補者が再び家を訪れ、早速プレゼンを開始する。
   候補者A「・・・どうですか。」
⇨荒削りだが、深い洞察と先見性を感じるプレゼンだった。時間は10分25秒。
   父さん「よし。合格だ。私は君のような青年を待っていたのだよ。」
⇨ホッとする候補者。
父さん「ところで君の名は何と言うのかね。そうか、ルドマンか。」
「それなら君も今日からkaminariルドマンだな。ワハハ」
   ルドマン「ありがとうございます。」
   父さん「今日はめでたい日だ。さぁ、皆の者、宴の準備だ」


・・・完璧。
これで心がスッキリしまいした。本来は出張報告を書いているはずの帰りの新幹線の中で纏めたアイデアですが、なかなかの出来です。

帰って母さんに相談してみよう。

16年前

今回の東北地方太平洋沖地震で、忘れかけていた16年前にあった阪神大震災を思い出したので、また忘れないように日記に書こうと思う。
 
1995年1月17日 突然の揺れで5時頃に目が覚め、地震と分かった。「地震の時は机の下」という事だけは覚えていたので、すぐに頭だけコタツの中に入れた。「大丈夫か〜!」という叫び声が聞こえた。コタツの向こう側で寝ていた母親だった。しばらく揺れが続き、なかなか収まらない。すると自分の上に突然重たいものが乗りかかった。「やばい!」と思った。、、、上に乗りかかってきたのは、コタツの向こうで寝ていたはずの母親だった。
 
揺れが収まり外へ出てみると、前のビルがこっちに向かって倒れそうになっていた。空は赤かった。足の震えが止まらなかった。危機一髪、家は何とか持ちこたえた。隣をみると、隣の家は軒並み潰れていた。皆が助かったのかは分からない。
その後、女子高の体育館、親戚の家で暮らした。楽しみにしていた卒業前のスキーキャンプも中止になった。転校もした。小学6年だった自分はこの転校が一番辛かった。電車と徒歩で約3〜40分かけて、従兄弟の家へ行き、そこから小学校へ通った。従兄弟の家に着くころに丁度トイレに行きたくなり、毎朝トイレを借りた。水不足だったが、従兄弟が毎日トイレに水を入れてくれた。それが毎日本当に申し訳なかった。毎日が辛くて、一度行きの坂道で泣いた。すると中学生の兄に「辛いのはお前だけやないやろ。泣くな」と言われた。我慢して坂道を歩いた。
 
小学校で卒業式が行われる前に地元の小学校に戻った。でも体育館は一杯だったので、卒業式は近くの専門学校で行われた。先生が皆泣いていた。狭かったが、なんか嬉しかった。
中学校に入学する前に、スキーキャンプに行けなかった僕達に、長野のある旅館が無料で招待してくれた。そこで食べた信州そばの木のような香りを今でも忘れていない。本当に美味しかった。家族に信州そばのお土産を買い、帰りのバスでミスチルのCross Roadをウォークマンで聞いた。
 
数か月が過ぎ、僕も中学生になった。校舎では被災者が暮らしていたので、新入生は隣の公園に建てられた仮設校舎が教室だった。制服がなかったので、ジャージで入学式をした。マスコミにも取り上げられたが、当の本人達は別に気にしていなかったと思う。僕は別にジャージでも何でもよかった。
1年が過ぎ、ようやく校舎の教室に移った。なんか教室っぽい。普通に部活もした。ガレキの中、登下校した。
 
数年が過ぎ、高校に入った。街も随分復興したが、商店街の路地に入ると未だに電灯はボロボロだった。でも、それも高校を卒業するころには直っていた。街のガレキは無くなっていた。
 
高校を卒業して働き出した。上司から「地震の時はな〜」と聞かされ、自分が小学生だったと言うと、「お前小学生やったんか〜」と言われた。その頃には、地震は少し前の思い出になっていた。
 
その後、社会人になって10年が過ぎて、今は仕事も忙しく、神戸も離れた。大人になり、家族も出来た。
阪神大震災から16年が過ぎて、正直地震の事を忘れかけていた。それだけ被害が少なく幸せな方だったのかも知れない。子供だったので、苦労した親や大人の気持ちが分かっていなかったと思う。家を失い、職を失った大人達は苦しかっただろう。親になり大人になり、今回の地震を見て、ようやく当時の大人の辛さが少し分かった気がする。もちろん、全て分かるのは不可能だけど。
 
 
今回被災に会われた方々は本当に辛いと思う。そして、これからも困難が続くと思う。精神的にも経済的にも。今は世界中が同情してくれるけど、一年後、二年後には忘れ去られてしまう。
でも、被災し復興した街で育った子供として思う。困難は永遠に続かない。街は必ず復興する。まだ子供だったけど、皆が助け合って復興した町を見た。知らんおっさんに「大丈夫か〜」と声を掛けられた。皆がバケツリレーで火を消した。ヤクザも配給した。辛い経験を乗り越えて、今を幸せに生きている人達を知っている。
 
16年前何もできなかった子供は全国の支援のお陰で大人になった。あの頃の大人の頑張りが子供の未来を作った。今度は自分の番だと思う。日本の復興のために一生懸命働きたいと思う。被災者に出来る限りの援助をしたいと思う。

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