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イチロー選手がまたまた記録をだしましたね。
おめでとうございます。
イチローはどうして記録を出し続けることができるのでしょう。
イチローは天才だから?
WBCの時のイチローを見た人は覚えているかもしれないけれど、あの時はさすがのイチローも緊張していたみたい。
途中から、あんまり打てなくなってしまって、自分でもプレッシャーに押しつぶされそうだと思っていたと思う。
それでも最後は、ヒットを打って、日本を優勝に導いた。
そのとき私は出塁したイチローが、甲子園の野球小僧のように、ちょびっと鼻を膨らませて、「どうだ、俺ってすごいだろう」とでも言いたげに、自慢そうな顔をみせたことを思い出す。
それはほんの一瞬の出来事で、カメラはその顔を狙ったわけではなかったと思う。
でもあの時の、イチローの得意そうな顔を見て、私はいっぺんでイチローのとりこになった。
それほどその顔は無邪気でかわいらしく、少年のように若々しく、素直な喜びに満ちあふれていた。
ちょっとあごを上に向け、鼻の穴を膨らませ、頬を高潮させたイチローが、ヒットを打ったことを自慢している。
その素直さがとても新鮮で、「イチローって素敵な人なんだ」って私は思った。
その後のインタビューでは、「僕に(神が)降りてきた」という有名なせりふがある。
「あー、僕にはついているなあと思った」という素直な感想もある。
けれどもそれを本当に、奇跡と呼んでいいのだろうか。
私は、それは奇跡ではないのではないかと思う。
ではなにか。
それは、彼の潜在意識がもたらしたもの。
長い年月、ひたすら練習を続け、身体を作り、試合に臨んであらゆる球に果敢に挑んできた経験の積み重ね。
その経験の積み重ねが、身体を通して記憶に刻まれ、潜在意識に組み込まれていったのだと思う。
だから、大切な場面で降りてきたのは神様ではなく、彼の脳の中にインプットされていた、あらゆる場面、あらゆるケースに対応できるプロブラム。
その、何億というありとあらゆるプログラムの中から、あの場面にマッチした、腕の降り、タイミングの合わせ方、身体のひねりなどが選び出されてきたのではないだろうか。
その結果、彼にはまさに神が降りてきたごとく、信じられない奇跡が起きた。
奇跡ではない、本物の奇跡。
もしかしたらそれは、イチローの脳に刻まれた何億ものプログラムの中から、間違えることなく、あの場面を飾る一打を選び出せたということをさして言う言葉なのかもしれない。
とにかく、彼の勝利は、彼のたゆまぬ努力の勝利であるということ。
そしてそのことこそ、彼が偉大なプレーヤーと呼ばれるゆえんなのかもしれない。
出塁した一塁では、あまりうれしそうな表情を見せなかったイチロー。
でも私は、彼が守備に入った時、無邪気にうれしそうな顔をしたことを見逃していない。
今回もWBCのあの時のように、素直にうれしさをあらわし、ちょっぴり鼻の穴を膨らませた得意げ゙な表情の、子供のようなイチローをちゃんと見つけることができた。
なんだか、すごく得した気分。
これでますますイチローから目が離せなくなる。
日本中が沸いた今夜、イチローは家族の前で、「どうだ、俺ってすごいだろう」ってちょっぴり自慢するのだろうか・・・
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日本人として、野球ファンとして、この快挙を喜びたいです♪
2009/9/14(月) 午後 6:47