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保育園の不登校への対処から始まった記事もいよいよ終わりにします。
今回は、相談者の方の事情がよくわかりませんので、一般論として話します。
子供がこの先、心を安定させて育つためには、親の愛情が不可欠です。
現代の親は忙しいので、つきっきりで愛情を注ぐことは不可能です。
けれども現代の青年の問題、いじめや、犯罪、自殺など、すべてにおいて、子供の心の根底にあるはずの愛情のゆるぎない基盤というものが、欠けているところから発生しているような気がします。
少年犯罪の罪に問われる子供の多くが、幼児期に、この愛情の形成につまずいたまま成長していることをご存知でしょうか。
盲目的に過剰な干渉をされたり、反対に無関心だったり、もしくは放置など、心をじゅうぶん育てることができなかった子供が、なにかにつまずいて犯罪へとはしってしまうのです。
毎日の生活の中で、親の心がいつも子供のほうを向いていられるかといったら、それは不可能でしょう。
忙しくて、いつでも子供のほうを向いて話を聞いたり、話したりできないのは仕方ありません。
けれども、その忙しいほんのわずかな時間の中に、こちらを向いてくれたという信頼感を持てた子供と持てなかった子供との、心の差は大きいのではないでしょうか。
多くの場合、子供は親の愛情をたっぷりと受けてからでないと、他人の心を思いやったりすることはできません。
そのために些細な人間関係のトラブルに巻き込まれて、心を傷つけることもあるのです。
それを防ぐためには、幼児期に、親がじゅうぶんなかかわりを持って育てることが必要です。
子供は生まれたときから養育してくれる親に特別な愛着を持って成長します。
親を信頼し、親に依存することを覚え、しだいに社会的な生き方を身に付けます。
子供はいずれ社会に出て生きなくてはならないので、この社会を生きるスキルというものがどうしても必要です。
そしてそれを身に付けられるところは、保育園でも、幼稚園でもなく、じつは家庭生活なのです。
子供は家庭で、親との間にじゅうぶんな愛情のやりとりをして、自分がいつでも受け入れられていることを確認します。
そして愛されていること、信頼されていること、守られていることを、日々のささいなやりとりのなかから確信します。
その、いつでも受け入れられているという安心感が、子供の心を安定させて育てるのです。
そしてゆるぎない安心感を培った子供がはじめてさらされる社会が、保育園や幼稚園なのです。
なので、園での社会性を身に付ける前に、まず家庭で確実に親との信頼関係を結ぶことが大切です。
心理学的にはそれを愛着と呼び、その形成は子供の人格はおろか、人生にまで影響を与えるといわれます。
子供に注がれる愛情は多ければ多いほどいいのですが、愛情の与え方が、親の都合によったり、自己満足だったり、なにかを埋める代償だったりしてはその役目を果たせません。
もっと動物的な、無償の愛情をそそぐことが大切なのです。
動物として、そのいのちを護るためだけに愛す。
子供のいのちの成長にとって、何が必要で何が不要かを選択しながら、導くように愛す。
ただそれだけでいいのだと思います。
過保護といわれた私の愛情に、果たして何が過剰で何が不足していたのでしょうか。
今でも自問を続けているのですが、確かに、子供が本来持っている「生きる力」を伸ばす配慮が足りなかったと思います。
歩いていて道に石が落ちていたら、それを拾って歩きやすく、また、つまずかないようにしてやるのは過保護です。
私は石を拾うほど過保護ではありませんでした。
けれども、「そこに石があるから気をつけなさい」といつも注意をうながしていました。
私は過保護ではないと自負していたのですが、最近、注意をうながすことすらも、誤りだったと気づきました。
本当に、親が示すべき態度とは・・・
それは、知らん顔をして先に進んでいくことです。
子供は石につまずくでしょう。
怪我をするかもしれません。
けれども、つまずかないように親が注意をしていたのでは、いつまでたっても子供は自分で足元に注意を向けながら歩こうとはしないでしょう。
気をつけなさいといわれて初めて、石を見つけていたのでは遅いのです。
自分であちこち注意を向けながら歩き、石があったらそれをよけ、それでもよけきれなかったらつまずいて、怪我をすることも必要でした。
自分が痛い思いをして始めて、よく見て歩かないと大変なことになるぞと学びます。
そうして、これからはもっとよく注意しようと思うのです。
それが、人生を、自分自身で生きる知恵なのです。
私にはそこまで考えることができませんでした。
つい最近まで、私はなにかにつけ、「ほら、気をつけなさい」と注意し続けました。
そんな私に、自分で率先して歩く力を奪われた、息子の自立ははなはだ遠い気がします。
今回の回答は相談者の方の本当に聞きたかった答えとは離れてしまったかもしれません。
本当は、相談者の方は愛情たっぷりに育てていらっしゃるので、私のアドバイスなど必要ないのかもしれません。
おっしゃるように、どうぞ、悔いのないようにそばで見守っていてあげてください。
今回は、私が今までの子育てで失敗だったかもしれないと思ったことを書いてみました。
けれども、「私が子育てに失敗した」というと、息子は「じゃあおれは、失敗作なんだな。だってそういうことだろう」といってひどく怒ります。
なので、この失敗談は内密にということで・・・
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私は2人の子どもを早くから保育園に入れて仕事をしました、息子はいくつ保育園保育所を変りました
彼は近くの保育園年少からはいった時、半年間泣き続けスモックを着ると保育園に行かないと行けないので着ようとしませんでした、半年間泣き続けた根性はすごいと思いながら保母さんからは「お母さんが居なくなったら泣き止むから大丈夫よ、この子はどうしたら大人から可愛がらるかも良く知ってるし」と言われた日々がすごく懐かしい気がします、息子は18になりましたが今でもすごく甘えてくるし、泣く子どもを預けるという事はすごく辛い事だと思うしでも子どもは子どもで生きる術を学んだと思います、すごく懐かしいし過ぎてしまえば何て事なかったなって思います、子育てに失敗なんて付き物だし子どもから学んだ事、成長させてもらった事が沢山ありますよ今では子離れできたと思いますが息子の子育ては失敗ばかりだったし、その失敗を生かして娘を育てていますが、性格もあるのかな〜なんて思います、決して娘がすごくおりこうに育っている訳ではありませんから、今思春期に入り始めた娘ですからこらからまたバトルが始まります。
2009/10/22(木) 午後 9:59 [ りりこ ]
有り難うございました!色んな意味で勉強になりました!私も娘と共に成長して行こうと思います!結局何が正しいと言う事はないですよね!目の前でおこる現実を受け止めてこれからも色んな事に向き合って行こうと思います。有り難うございます!皆様もお元気で。。。
2009/10/23(金) 午前 11:06 [ みかまま ]
りりぼんさん、あのりっぱな息子さんが半年間も泣いていたなんて、おどろきです。
たしかに、子供の性格も関係しているかなと思えるところはありますね。
うちもまだまだバトルです。
これからもよろしくお願いします。
2009/10/25(日) 午後 2:01
みかままさん、少しはお役に立てたでしょうか。
子育てに真剣に向き合っていれば、どんな問題も乗り越えていけると思います。
愛があれば大丈夫。
お互い、がんばりましょうね。
登園できるようになったら、またコメントいただけるとうれしいです。
2009/10/25(日) 午後 2:05