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 市橋容疑者が逮捕されましたね。

 取調べの中で職業を聞かれ、彼は「医者になれませんでした」と答えたそうです。


 市橋容疑者の両親は医者だそうです。

 たぶん彼もあとをついで、医者になることを期待されていたのではないでしょうか。


 私立の大学に進んだけれど、中退してしまう。

 きっと勉強が思うようにいかなかったのでしょう。


 そういえば、以前、妹を殺してしまった歯科医の息子がいました。

 彼も医者になろうとして、挫折したのです。


 さて、医者の子供はどうしても医者にならなくてはいけないのでしょうか。


 多分、私が市橋容疑者の両親の立場でも、あとをついで医者になってほしいと思ったに違いありません。


 なぜなら医者はすばらしい仕事だし、社会的地位も、収入もともに満足させられて、一生を安心のうちに過ごせすことができるからです。


 そして医者の子供は、親のあとをついで医者になることを当然のことと信じています。


 もしくは、医者にならなくてはいけないと思っている。




 あれ、この時点で、子供は自分の意思をなくしていますね。

 なりたいと思って目指すのはいいけれど、ならなくてはと思って目指すのには無理があります。


 その二つは、心の働きがまったく違うのではないでしょうか。

 なりたくても中々思うようにいかなかったら、挫折感を味わいます。


 まして、ならなくてはいけないと思いながらうまくいかなかったら、どれだけ心は負担を感じることでしょう。

 想像にあまりあります。


 多分、市橋容疑者もそのどちらかだったのではないでしょうか。

 「なれませんでした」と思わず口をついたということは、「なりたかった」もしくは「なろうとした」のでしょう。


 でも、頑張っても無理だった。

 その心の鬱屈が彼を犯罪に導いていってしまったのかもしれません。


 だからと言って、同情するわけではないのですが、こういうことは私たちの生活の中にも存在しているのではないでしょうか。



 子供に期待する。

 期待するくらいならまだましなのですが、子供に賭ける親さえいます。


 自分の果たせなかった夢を子供にかなえてもらおうとしたり、せめて子供が成功することによって、自分のプライドを満足させようとしたりする。


 自分の跡を継いでもらいたいと思う。

 もしくは跡を継がせて、全てを子供に残したいと思う。


 どちらも尊い親心です。

 でも、もしそれを子供が望んでいなかったとしたら、尊い親心はたちまち、押し付けがましい親のエゴと化してしまいます。


 子供を愛するあまり、親は自分の価値観が常に正しいと思い込んでいます。

 そしてその価値観を子供に押し付けてしまいます。


 子供の価値観が違っていても、それは子供が未熟だからと決めつけたり、経験が浅いせいだと思い込んでいたりする。

 年を取れば、親が正しいことは証明されると思っているのでしょう。


 心当たりはないですか。

 全ては子供のためだといいながら、本当のところは自分の考えが正しいことを証明したいだけなのです。


 自分の考えは正しくて、子供の考えは経験不足による浅はかな考えでしかない。

 そう思い込んでいるのです。


 自分の跡をついで欲しいと思うのも親のエゴです。

 全てを残したいという気持ちはありがたいのですが、子供がそれを望んでいない場合、それは重荷でしかありません。


 まして、職業にも親が口を挟んで、その指示通りの進路が一番正しいと無理強いするのは、子供のためを思っていると信じている、親の自己満足なのではないでしょうか。

 押し付けられた子供は、それでも親の愛情を信じて疑わないために、期待にこたえようと無理を重ねていってしまう。


 それはプレッシャーとなり、ストレスとなって、心を破綻させていきます。

 もしくは怒りにまみれ、その怒りの矛先を見つけられず、人を傷つけてしまうでしょう。


 あるいは期待に添えない自分を責め、自責の念に駆られて自殺してしまう。

 若者の犯罪には多くの場合、家庭環境が関係していると思います。


 さまざまな要因で、家庭内で心を育てきれなかった若者たち。

 プレッシャーや、重圧に負け、心が捻じ曲がってしまった若者たち。


 そんな若者が起こす犯罪は、信じられえないくらいにあっけなく、簡単で、そこに罪の意識とか、罪悪感はありません。

 むしろ犯罪によって、親の呪縛から逃れられるとか、もうプレッシャーを感じないで生きていかれるとか、およそこれから始まる収監生活にたいする恐れとか、不安とかがありません。


 そんなふうに思ってしまうほど、親に見込まれてしまった子供たちは、生きることに絶望しているというのでしょうか。

 親はそんな子供の気持ちに気づくことができないのでしょうか。


 秋葉原事件の加藤被告も同じです。

 犯罪によって死刑になり、自分の人生の幕を引きたかったというのです。


 自分で自分の人生さえ責任をもてないほど、彼らは親に人生を支配され続けてきたのでしょうか。


 いずれの親も社会的にも恵まれた、教養のある人たちです。

 それが子供のことになると、客観性を欠き、自分のエゴを押し通して、それを正しいと思い込んでしまうのです。


 私たちは犯罪に巻き込まれないように子供に注意を促すことと同時に、子供が犯罪に手を染めることのないように、子供との関係を見直してみる必要があるのではないでしょうか。


 自分の価値観を押し付けたり、自分の望みを子供の望みと摩り替えて信じ込んでしまったり、自分のプライドを満足させる道具として知らず知らずのうちに子供を利用することのないように、自らの足元を振り返ってみたいと思います。


 犯罪とまでは行かなくても、若者はさまざまな問題を起こします。

 それが親子関係のねじれから起こることのないように、常に心がけたいと思います。




 でも、犯人が捕まってよかったですね。

 市橋容疑者のゆがんだ心の犠牲になってしまったリンゼイさんの冥福を心からお祈りします。

閉じる コメント(4)

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私もそう思います。

自分の叶わなかった夢を子どもに託す親って案外多いものです。
しかし、夢が叶わなかったのは身の丈にあった夢じゃなかったからですよね。
自分に出来なかったことを自分の子どもがかなえられると信じていることが不思議です。
かえるの子はかえる。
手の届かない夢を子どもに押し付けたり、自分が血のにじむような努力をして手に入れた夢を引き継いでもらおうというのは、親のエゴに過ぎません。
幼い頃は、両親の背中だけをみて育ちますから親の職業が夢になるのかもしれませんが、いろいろな世界をみせて広い世界から自分にあった職業を見つけてほしいです。また、そのようにこの先も思える親でありたいです。

2009/11/14(土) 午後 10:58 [ くれよん ]

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こんにちは。
わたしはニュースを見て、容疑者にとっては落ちて仕方なく通って
いる学校でも、一生懸命べんきょうして進学『できた』現役の大学生
がいることを気にしています。
市橋容疑者にとっては挫折かもしれないですが、おなじ行き先が
がんばって勝ち取った成果の子もいるはずです。同学部でいま
学んでる子たちが、自信をなくすことなく自分の選択した人生を
誇りに思い、新たな夢を創造して大人になって巣立っていって
くれることを期待したいです。

2009/11/15(日) 午前 1:18 こぶたまま

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くれよんさん、ほんとうにそうですね。
職業は自分で自分に合ったものを探して欲しいと思いますし、私もそういう親になりたいと思います。

2009/11/17(火) 午後 4:37 youareok

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こぶたままさん、ほんとうにそう!
他のがんばっている子供たちがかわいそう。
なんだか、一人の犯罪者がまわりに与える影響って、計り知れないものがありますね。

2009/11/17(火) 午後 4:40 youareok


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