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子育て 3

 犯罪者の生い立ちから子育てを考える最後です。

 市橋容疑者、酒井法子と続いたら、最後は押尾学と高相でしょうか。

 さて、この二人の悲劇は何だと思いますか。


 そう、この二人の両親が犯したであろう子育ての過ちは、甘やかしすぎたことでした。


 二人とも、自由に青春時代を過ごしています。

 親が裕福だったということもあるでしょう。

 うらやましいくらいなのですが、それが二人の人生に影を落とします。


 二人の親は、彼らに自由を与えましたが、それは本当の自由と呼べるものだったのでしょうか。

 彼らが与えられていたのは、好き勝手に生きていいという、暗黙の了解だけだったのではないでしょうか。

 
 別に干渉しないから、やりたいようにやりなさい。

 一見、自由を子供に与える、話のわかる親のように思えます。

 懐が広いとでもいうのでしょうか。


 けれども、その実、彼らの親は、子供に関心がなかったのではないでしょうか。

 関心がないというのが言いすぎならば、忙しくて、子供にかまっている暇はなかった。


 それでも言いすぎだと言うのなら、自分の生活にかまけて、子供のことはつい後回しにしてしまった。

 もしくは、子供を信じて、その自主性に任せていた。



 私たちも、多かれ少なかれ、忙しさにかまけて、つい子供のことを後回しにしがちです。

 自由にやっていいよ、と言うのは聞こえがいいのですが、実は、かまってやれなかっただけかもしれません。


 お金があればなおさらでしょう。

 お金を渡して、「お前を信じているから」と任せれば、責任転嫁はできるし、かまわずにいられるし、楽なのではないでしょうか。


 多分、二人の親たちも、そうだったのだと思います。

 「やりたいことをやっていいよ」


 それが親の懐の広さだと思い込んでいたのだと思います。

 そして、自由にやっていれば、締め付けるより、子供は楽に自分の人生を生きられるだろうとも思っていたはずです。



 たしかに、ふたりとも、あの年まで自由に生きてこられたかもしれません。

 けれども、その自由とは、何でもやっていい自由、モラルさえ気にしないくらいの自由だったのではないでしょうか。


 それどころか、もしかしたら、モラルなど、彼らの中には構築されてさえいなかったのかもしれません。

 なにしろ彼らは、自由に育てられ、何にも束縛されることがなかったのですから。


 多分、親が手取り、足取り、「道徳」をおしえることもなかったでしょう。

 ただ、一緒にいて、楽しみを共有してきただけの親子だったのかもしれません。

 そして彼らは、それをオープンな親子関係だと思っていたのかもしれません。



 自由でオープン。

 聞こえの良い言葉です。


 けれども、その言葉は裏返すと、放任で無関心と言うことにもつながります。

 親は親で楽しむから、子供も子供でやりなさい。


 こんな親子が最近増えてきているように思えます。

 親には親の人生があり、それを子供のために左右されることは好まない。


 その代わり、子供の人生にも、干渉することはしないでおこう。

 こんな親子が、親子の新しいあり方として、もてはやされてもいます。


 
 けれども、どういう考え方をしてとしても、親子は親子と言う絆から離れることはできないのです。

 親は子供をこの世に送り出したのだから、責任があります。


 子供は子供で、もの心が付くまで、親の庇護がなければ生きられません。

 いくら子供に自由を与えても、責任のない自由では、子供の人生を守れないのです。



 本当の自由とは子供の人生を守るためにあります。

 子供が過ちを犯さないように、道に迷いすぎて、自分を見失ってしまうことがないように、目を離さずに見守っている必要があるのです。


 一つ一つの価値観を育て、その価値観に基づいて自分の人生をコントロールできるように、正しい価値観を指し示す必要があるのです。

 そして、指し示したあとは、子供の自主性に任せ、その価値観を自分なりにアレンジしていくのを見守るのです。


 あれこれ口出ししない、けれども、間違えたときには、きっぱりと叱る。

 それが本当に自由を与えると言うことでないでしょうか。



 自由とは自己の責任の中で、自己を全うするべく、自己の力を100パーセント発揮できる環境にあることです。

 何でもやっていいとか、何者にも拘束されない生き方とか。そういうことではありません。


 彼らは勘違いの自由のせいで、犯罪者という、自由と最もかけ離れた人生を歩むことになってしまいました。

 今、彼らの親は、犯罪者となった息子を見て、何を考えているのでしょう。


 与えた自由の重みに押しつぶされそうになっているのでしょうか。

 それとも、帰ってきた息子を自由にさせてやろうと、相変わらず勘違いを続けているのでしょうか。



 罪を罪としてきちんと認識できる心を取り戻せるように力を貸すことこそ、これからの息子たちの人生には大切なのではないでしょうか。


 そして、罪と罰を自分自身の価値観として認識できるようになった時、はじめて彼らは本当の自由を手に入れられるのだと思います。


 モラルの中で安心して生きる自由を。

 

閉じる コメント(2)

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自由と放任!!わからなくなることがあります!!
「黙って見守る!!」これこそ自立に必要なこと!!でもひとつ間違えると放任になってしまうような??どんな時に叱ってどんな時に見守れば良いのか???見極めは難しいです!!

2009/11/21(土) 午後 2:02 宇宙人ママ

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宇宙人ママさん、そうなんですよ。
どこまで何も言わないでいてもいいのか、どこに口を出してもいいのか難しいですね。とくに、うちのような、口を出されないことには先に進めない子供の場合は・・・

2009/11/23(月) 午後 3:56 youareok


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