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ある番組で、何故、医師になったのかとの質問に、「学校での成績は、常にトップで、親が医師になれ」と言ったからと答えていた若い医師がおりました。
これ、ただ聞いているとなんて事はない内容の様ですが、その中身を突き詰めれば、そこには、哲学的に多様な病気で苦しんでいる人々を救いたいからと言う様な、崇高なミッションは存在しない。
従って、近頃、言われている様に、「患者とコミニュケ−ションが取れない医師」、つまり、何処がどう痛いのか、苦しいのかを、聞き出せない、おりこうバカな医師が増えている。
一方、学校の教師、最近の新聞の一面を賑わしていた様に、自ら「降格申告をする」方々が急増中。
この職業の2つに、共通するのは、「常日頃から、畏敬の念を持って先生と呼ばれる事」ですが、ペ−パ−スト偏重により、職業を選択できる事になっているため、医師・教師の本来のミッションとは何かとか深く考えずに、専門職に就いてしまうから、現場で混乱がおこる。
まず、命を預かっていると、1つも考えない医師に、健康診断、既往症の治療、恐ろしくて、この生身、任せられませんよね。
皆さんも、何処かの病院で、非常に高圧的に話す医師に、気分を害された事ないですか。
そういう時は、何もビクつく事なくねその病院の事務局長に、ありのまま、あった事を話す事です。
私のこれまでの経験では、だいたい、その手合いの話しをすると、また、あの先生という顔をします。
私達は、何もね無償で病院で治療わ受けている訳ではありません、医療行為がサ−ビス業だと分かっていない医師など、先生でもなんでもないのです。
一方、教師、この方達も、学生時代、成績は常にトップ、そして、念願の教師になり、理想を持って現場に降りた時、理想と現実のギャップにショックを受けてしまう。
中学生の段階で、数学以前の算数の領域である九九を言えなかったり、分数の掛算・割算が出来なかったり、形容詞・名詞・副詞の違いが分からない子供達を、目の前にした時、自分は全て出来ていた事だから、「分からない事が、理解できない」となる。
そして、過日、投稿しましたが、何でも、かんでも、学校のせいにする身勝手な親達の襲来。
きっと、本来の授業での前準備にかける時間より、その他の雑務の事に、貴重な時間を奪われ、日に日に
心身ともに疲れ果て、メンタルヘルスになり休職へ。
これも、そもそも、「騒いでいる餓鬼達」を叱った時に、PTAに言うだの教育委員会に言うだのホザク
餓鬼は、教科書のカドで、頭、おもっきり叩いてしまうか、冷たく今の言動、内申書の記録とするとか、
力技が評価の力で、黙らせてしまえばよい。
しかし、それより、本当に、立派な大人になる様に子供達に勉強を教えるため、教師になったと言うのなら、「九九でも、分数の計算でも」、小学校の先生になったと思って、教えてやってください。
中学校等で、授業についていけなくて、授業事態を妨害する生徒の本音は、「本当は、勉強が出来る様」になりたいではないのでしょうか。
一度、成功体験をさせてしまえば、子供達は、黙っていても、勉強する様になります。
でも、現実は、科目ごとに家庭教師が違っていたり、それとは真逆で、学習塾にも通えない家庭もあり、経済格差は知力の格差にも繋がっている。
最高学府のトツプに、過去は、平均的収入の家庭からも入学できたましたが、現在では、年収がそれなりに無いと無理なようで。
医師や教師は、職業としては特殊な領域と思いますが、その他の大多数の職業では、学校の成績の上位者が必ずしも、会社の管理職・役員になるとは、限りません。
脳内の使用部分と、持って生まれた心理学上の駆け引きの上手さなど、過去のペ−パ−テストの出来・不出来は、3年もすれば、ほぼ関係なくなります。
第一、学校の時より社会人になった後の方が、勉強せざるを得ない状況になっています。
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