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ペ−パ−テストの出来・不出来でしか、人間を峻別でない多様性を持ち得ない東大生。
既に、様々なメディアで公開されているが、現在の東大生の家庭は、総じて裕福な家庭だ。
そうでなければ、科目ごとの家庭教師など、とても雇えない。
ところで、企業には出身大学も様々、世代も様々、個人として持っている事務処理能力・コミニュケ−ション能力も様々の人材による組織が成り立っているのだが、どうも、傍目で見ていると、他人を偏差値で峻別してしまう哀れな東大出身者が多い。
例えば、企業の一部門である営業部は、売り上げ、即ち、結果により個人が評価されるが、ペ−パ−テストだけが拠り所だった経験は、社会に出ても、なかなか思考性を変えるのは難しいらしい。
自分達は、営業方針や経営方針を策定するたのエリ−トであり、営業などは兵隊がやる事だと思っている輩もいる。
これがまた、たまたま、営業に出てしまうと、プレゼンで立て板に水の如く話すのはいいが、顧客からの共感が得られない。
原因は、顧客の立場に自分の視点を落として、分かりやすく・簡易な言葉で資料を作成したり、言葉を呻吟して説明できない事にあるようだ。
従って、プレゼンした本人は、得意満面なのだが、いざ商談、クロ−ジングとなった時に、結局、今回はとなってしまう。
そして、一番悪いとは私が思っているのは、「私の資料・説明は完璧」なのに、理解しない・出来ない顧バカな客が悪いと自己弁護する姿勢だ。
はっきり言って、業務命令だから協議している同僚がいるが、もう、勘弁してくれと、裏では言ってきている。
社内はもとより、クライアントとはなおさら、人間関係の構築が出来なければ、ビジネスマンとして成果いつまでもでない。
それは、人間には感情があるという事であり、ペ−パ−テストの様に、答えが一つ等という事は、ビジネス上では希だからだ。
この頃は、給与・待遇が良いというだけで、省庁よりボストンコンサルティングとか民間企業への就職を希望する傾向が強い様だが、ひ弱な心ではビジネスは、やり続けられないし、同僚・先輩を、優しく思う心根がなければ、個人としての幸せもつかめない。
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