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かなり久しぶりのDATABANK更新です。
今回はハエ21編成を取り上げます。
ハエ21編成 車歴
1990年11月9日落成 川越電車区(当時)に配置される。川崎重工で製造。
2004年6月 編成組み換え。サハ205-222・223が編成から外され、サハ204-9・43が代わりに組み込まれる。
※サハ205-222はクハ205-1105、同223はクハ205-1107に改造の上、中原区転属、現在も鶴見線で運用中
2013年7月31日 小山に疎開(同年8月5日に返却)
2013年8月20日 サハ204-43を除く9両が長野へ廃車回送され、除籍・解体される
2013年9月5日 残ったサハ204-43も廃車回送、除籍・解体される。
編成構成の変化
運用離脱の約2か月前。
205系の離合が懐かしい…
折り返し時の一コマ。
EF64-1031牽引で9両が廃車回送されました。
以上です。次回はハエ22編成の予定です。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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205系DATABANK
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詳細
埼京線205系DATABANKはこちら
こちらの内容は別館に移行するかもしれません
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今日は 2017年10月27日。 1年前の今日、何があったか。
1年前の今日は2016年10月27日。ハエ28編成が埼京線での営業運転をひっそりと終えた日だった。
当時受験生だった1年前。
その夜帰宅後、高架線を轟音かきたてて走るハエ28の走行音が聞こえた。
「明日はどの運用に入るんだろう。乗れるといいな」
何も知らなかった私はそう思いながら寝た。そう、この日が最後だったのだ…
引退する約7か月前の写真。受験生だったのでこれ以降はあまり記録できず…
2016年10月28日朝。スマホで「埼京線運用情報」を見ていた。
そこにはこんな言葉が…
ハエ28編成 営業運転終了
え?うそでしょ?だってずいぶん前に離脱したハエ17が運用入りしていることになってるし。
そう思ったが、それはただの願望にすぎなかった。離脱は本当だったのだ。ショックだった。
「廃車回送だけは撮りたい」
こう思った。
2016.11.17@与野沿線
先頭車含む4両の廃車回送。勉強そっちのけで撮影。
とりあえず1回目は撮影できたものの、2回目の廃車回送が撮れるかはわからなかった。
その後ネットを見ていると、模試のため午前で帰宅できる日に2回目の廃車回送が行われると知った。これは行くしかない!
2016.11.10@南古谷〜指扇
こうしてハエ28編成は全車南古谷から去ることに。
時系列を前に戻そう。
2013年6月30日。この日はE233系7000番台が営業運転を開始した日だった。
残念ながら置き換え開始前の写真はなく、これが最初に撮ったハエ28の写真であった。
その後ハエ28編成はいったん運用を離脱し、宇都宮や小山に疎開していたものの、いつしか南古谷に帰ってきた。
そして2014年2月。残る埼京線205系はハエ22とハエ32のみに。そしてハエ22が離脱。
そんな中
ハエ28が営業運転に復帰。
予想だにしていなかった。ハエ28だからというわけではなかったが、嬉しくてしょうがなかった。
ハエ28の雪化粧を見ることができたのは幸いであった。
最初で最後の205系と雪景色の組み合わせを撮影した。
ピントが全くあっていないが、これはこれで記録になった。
そしてハエ32も離脱。ハエ28も2014年2月28日で運用離脱とささやかれていた。
そして2014年2月28日がやってきた。「ああこれでハエ28も引退か」誰しもがそう思ったろう。事実、3月1日は運用についていなかった。
そして3月3日。テストからの帰り、外を見ると撮影者がちらほら。
「MueTrainでも走ってるのかな」そう思っていた。
そのうち、電車とすれ違った。
緑帯。ビード付き。
まさか???
そう、そのまさかでハエ28編成だった。
復活するとは思ってもいなかったので、嬉しかった。
そうしてハエ28は一躍埼京線の人気者となった。
その後ネットを見ていると「ハエ28が大宮に入場」という記事を発見。
今度こそ引退か?でも廃車回送ならEF64牽引で長野に行くよな?なんで大宮に?
こう思った。
そして彼は帰ってきた。帯を新調して。
このころは土曜日の05運用につくことが多く、狙ってハエ28に乗っていた。
入場の少し前から編成札が白いものになっていたが、出場後もそのまま。白札+新調した帯という組み合わせが見られた。
2015年9月。埼京線は開業30年を迎えた。開業30周年でも205系が残っていると思うと、感慨深かった。
そしてハエ28はりんかい線に貸し出され、何らかの訓練(?)を行っていたが、9月23日に南古谷へと戻ってきた。
ゆっくりと通過。
そしてこの時分かったのだが、なんとハエ28の車内は埼京線開業30周年ということで装飾されていたのだ。
2015.9.27@大崎
歴代の埼京線車両が描かれたモケットに、幸運のハートのつり革。
これこそJR東日本からの最大のプレゼントだったのだろう。
2015.10.06@武蔵浦和
いつの間にか編成札が赤いものに戻っている。
こうしてハエ28は走り続けたわけだが、そのうちにE233系のATACS併設改造が終了した。
「これはいつ引退してもおかしくない」
その通り、ちょうど1年前の今日にひっそりと営業運転を終了した。
今後は富士急で過ごすこととなるハエ28。富士急でも頑張ってほしいと思う。
以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。
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今回はハエ19・20についてです。
ハエ19編成:1990年7月19日 川崎重工にて落成
当時の組成
←新宿
クハ205-127
モハ205・204-347
サハ205-214
モハ205・204-348
サハ205-215
モハ205・204-349
クハ204-127
大宮・川越→
編成組み換え・置き換えなど
2004年1月、2号車にサハ204-50、3号車に同42組み込み
サハ205-214はクハ205-1102(ナハT12)に、同215はクハ205-1104(ナハT14)に改造、中原区に転出。
2013年8月8日 編成中の9両が長野へ
全車解体
2013年7月15日 中浦和
2012年4月29日 中浦和
ハエ20編成:1990年7月26日 川崎重工で落成
当時の編成構成
←新宿
クハ205-128
モハ205・204-350
サハ205-216
モハ205・204-351
サハ205-217
モハ205・204-352
クハ204-128
大宮・川越→
置き換え・組み換え
2004年5月、2号車にサハ204-10、3号車に同5組み込み
サハ205-216・217は京葉区に転出、ケヨM13編成に組み込み
2013年11月27日 高崎疎開
インドネシア譲渡
現在はインドネシアで活躍中
2013年6月9日 北与野
2012年4月29日 中浦和
追伸:今週の205系逆新津配給は疎開返却状況から見てH23でしょうか。 |
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今回は1編成のみ。ハエ18です。
1990年7月12日、川崎重工で落成
当時の編成構成
←新宿
クハ205-126
モハ205・204-344
サハ205-212 ←後に京葉に転出、ケヨM11編成に組み込み
モハ205・204-345
サハ205-213 ←後に京葉に転出、ケヨM11編成に組み込み
モハ205・204-346
クハ204-126
大宮・川越→
後に2号車にサハ204-901、3号車に同48組み込み
その後2013年6月、サハ204の2両の冷房故障でハエ27のサハ205-172・173組み込み
さらにその後サハ205の代わりにサハ204-11・48組み込み。
置き換え関連
2014年2月5日、高崎疎開(インドネシア譲渡)
すでにインドネシアでの改造は終了しているみたいですね。試運転したのかはわかりませんが。
2014年1月19日@浮間舟渡
上の写真と同月同日に撮影、@十条〜赤羽
2月5日、高崎に疎開したときに撮影。@大宮
追伸
最近JR東日本は業務ミスが多いですね。
29日の宇都宮線停車位置のミス@蓮田、白岡
同じ運転士なのかはわかりませんが2回も、それも1日のうちに起こすのはどうかと思います。
そして30日の川越線で車掌が乗っていないのに気づかなかった事故。朝7時前なので指扇6:54の626F、各駅停車新木場行ですね。
危険ですね。30日の事故に関しては始発駅で運転士と連絡を取り合ったほうが私はいいと思いました。
実際それができるのかはわかりませんが。 |
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今回は誕生から現在まで大まかに見れば同じ境遇をたどっているハエ16と17についてまとめたいと思います。
ハエ16
1990年6月28日、川崎重工で落成
当時の編成
←新宿
クハ205-124(後にクハ205-612に改造、小山区に転出)
モハ205・204-338(後にモハ205・204-612に改造、小山区に転出)
サハ205-208(後に京葉区に転出、ケヨM15に組み込み)
モハ205・204-339
サハ205-209(後にクハ205-1103に改造、中原区に転出)
モハ205・204-340
クハ204-124(後にクハ204-612に改造、小山区に転出)
後に2号車にサハ204-44、3号車に同31組み込み
置き換え関連
2013年10月17日、クハ205-124・モハ205・204-338・クハ204-124の4両で大宮入場
その他のモハ205・204-339、同340、サハ204-44・31は長野に廃車回送、解体
2012年4月29日@中浦和
改造後の姿。2014年2月2日@大宮大栄橋
2014年2月14日、大宮出場。ヤマY12編成として宇都宮線・日光線で運用中
ハエ17
1990年7月5日川崎重工で落成
当時の編成構成
クハ205-125(後にクハ205-611に改造、小山に転出)
モハ205・204-341(後にモハ205・204-611に改造、小山に転出)
サハ205-210(後に京葉に転出、ケヨM8に組み込み)
モハ205・204-342
サハ205-211(後に京葉に転出、ケヨM8に組み込み)
モハ205-204-343
クハ204-125(後にクハ204-611に改造、小山に転出)
後に2号車にサハ204-7、3号車に同6組み込み
置き換え関連
2013年7月11日〜16日 小山疎開
2013年11月15日、小山転出と記載している4両が大宮入場、3月20日出場。
残り6両は廃車解体@長野
2013年9月25日@武蔵浦和
2013年6月9日@北与野
改造後の写真はありませんでした。申し訳ございません |






