This Is ベトナム(明日の寿司より 今日のラーメン)

サイゴンはやっぱ熱い!!さて、セカンドステージへゆるりと参りましょう。

アジアの風に抱かれて

[ リスト | 詳細 ]

旅は人生の一服の清涼剤 その想い出を綴ります。
記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

カンボジアあれこれ

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

* とかく、カンボジアというと一般的な日本人には馴染みの薄い国であり、僕のような隣国ベトナムに暮らす日本人にとっても、見えてこない部分が多い。実際 15年前 僕が来たことのベトナムは、命の安全面から言えば、特に外国人については確保されていたけど、その当時のプノンペンなんて、白昼 ピストルやライフルなどの撃ち合いが頻繁に起こり、現在 観光地として有名なアンコールワットでも、ポルポト派が、隠然とこの地域を実効支配していたこともあって、遺跡は全体の一部しか見られなかった時代だった。

  そんな中、同国にどっかと根を下ろし頑張っている日本人たちがいる。今回 視察ツアーでは恐らく、カンボジアでトップクラスの一線級の活躍をする彼らたちとの邂逅に大いに負うところがあった。僕のように徒手空拳で起業した人 或いはNPOでカンボジア復興に力を注ぎ、地雷除去作業や学校建設に東奔西走する人々 JICAに身を置き、官の立場で、カンボジア社会の基礎作りに邁進する人たちなどなど、皆さん とってもいい顔をされ、まるで明治維新を造り上げてきた志士のように一過言を持ちカンボジアについて語る。

  カンボジアについての話題は広く、夜の世界は言うに及ばず、政治・経済・外交・ビジネス・文化など、豊富な知識の洪水にたちまち周囲は熱くなる。そんな面々の顔を眺めながら異国にあってこの様な仲間たちをもてたことが本当に幸せに思えてくる。しかも、彼らから発せられる情報はどれもこれも、高い鮮度と温度を保っており、多分 彼らと接する一時間は、何も知らずカンボジアで一年間生活した時間に匹敵するだろう。

  その中で、今回 特に面白いと思った話しをここでしたい。

  実は、カンボジアも昨今 ベトナム同様地価の高騰が話題になっていたのだが、この現象に僕は違和感を持っていた。ハッキリ言ってベトナムだけでもこの問題はかなり疑問視しており、実体経済の無さでは、その上を行くであろうカンボジアの不動産価格上昇など本来 あり得ないのだから。

  基本的に、カンボジアも他のアセアン諸国同様 歴史的に華僑が経済的な力を持っており、プノンペン市内の主立った不動産は華僑系カンボジア人に握られているし、財閥系もほとんどが華僑のファミリービジネスで構成されている。そこへやってきたのが台湾人投資家たち。彼らのカンボジア入りは、20年くらい前から始まり、10年前にピークを迎えた。台湾人投資家の多くは企業というより、一攫千金を狙った個人で形成されており、当時200米ドル程度の賄賂で簡単にカンボジア国籍を買えた背景もあり、その多くが同国国籍を手に入れ、自己名義で不動産を買い漁ったのだ。

  その後に入ってきたのが、韓国人で5年ほど前に国を挙げてのイベントをカンボジアで成功させ、返す刀で、不動産ビジネスに参入。既出のように、市内の不動産は華僑の手によって押さえられているので、韓国人投資家たちが群がったのは特にプノンペン郊外の土地で、現在 その3分の1が既に所有され、特に分譲集合住宅を創り、それを債権化して韓国での投機対象として売り出されているとのことだ。

  しかし、いくら華僑や台湾人 韓国人らがカンボジアの不動産を押さえているとはいえ、それだけでカンボジア都市部の地価が高騰する要因とは考えにくい。全人口に占める割合から言っても、彼らが束になって掛かったとしても、ある種 無軌道とも言える不動産価格の上昇には結びづらいだろう。

  そこで、やはり外せないのがカンボジアに於けるベトナム人(越僑)パワーなのだ。

  つづく

* カンボジア初日はサイゴンからアンコール遺跡群のあるシェムリアップに空路入国。クライアントにとって、カンボジアは初めて足を踏み入れる国であり、投資も重要だが平家物語にも書かれた祇園精舎を見ずんばインドシナ投資家に非ずと、僅か一日だけだったが、日本語ガイドさんをつけて、遺跡群の観光をした。

  アンコールトムのバイヨン遺跡で、ガイドのトンさんが、「京 唄子さんです!」と指さした方角に紛れもないその姿があり、余りにそっくりなので思わず一枚 記念に撮った。

バイヨンの神さま
イメージ 1


京 唄子さん
イメージ 2


  で、ガイドのトンさん 歳は32歳でちょっと老け顔だけど、よくよく見ると、マッチ(近藤真彦)に好く似ている。マッチのことを彼に説明するとまんざらでもなく、今後 日本人客の前で、”カンボジアのマッチで〜〜す)とネタとしてやる気満々。

ガイドのトンさん
イメージ 3


マッチ30代半ば??
イメージ 4


  どうぞ読者の皆さん カンボジアのマッチに会ったら宜しくお伝えください。。。と、なかなか更新出来そうもないので、こんなのでお茶を濁しておきます(笑う)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

* 午前中 昨日同様、残りの取引先を駆け足で巡り、それを済ませてからハノイ・ノイバイ空港に向かった。チェックインを無事済ませ、搭乗待合室に入る手前のX線検査のところで事件が起こった。厚着のままの僕は検査のため、ひとまず荷物をX線台に置くと、そのたもとにある、ボディーチェッカーをくぐった。

すると、ブザーで引っ掛かり、上着のポケットの中のものを全てだし、それらを再度、X線台に送った。もう大丈夫だろうという予想に反し、チェッカーでまたブザー。検査官の若い女性が、上着を脱いでX線を通せというので、それを脱ごうとした矢先。犬を追い立てるように僕に向かって、「シッシッ」とやるではないか!!

  さすがに切れた。。。「無礼者!」の大音声。因みに、ベトナム語では、Em khong co lich su nhieu qua“礼儀知らず”という。そして、名前・所属・階級・身分証明書の提示を求め、まくし立てた。するとそれまで、だらだらいい加減なやっつけ仕事よろしく業務を行っていた彼女の顔が青ざめ、硬直した。何事かと上司の係官が現れ、ここで逮捕されるかもなと漠然と思いながらも、案に反し、丁寧に何があったのかと英語で尋ねて来たので、事情を詳しく説明すると、謝罪し 件の女性係官にも謝罪を促したのだった。

ベトナムの役人は概ね官を傘に着た高飛車なのが多い。僕の身内のほとんども役人なので、その実態はよく判っている。彼らが一番畏れるのは、詳細な身分と共に、内容事例が上層部に発覚することなのだ。ましてや外国人がベトナム語で語気を強め、官である彼女に逆らうだけでも驚天動地の驚きだろうし、しかもツボを押さえたまくし立てに、彼女はとっさに“この外国人何者?”と僕の背景に思いを巡らしたに違いなく、それがはったりであるにせよ、頭を下げさせるには十分な効果があった。

  一応の謝罪を受けたのち、再度 チェックをくぐり、搭乗待合室に入る。テトが明けて既に10日が経つというのに、待合室は大勢の搭乗客で賑わっていた。僕のフライトは定刻より30分ほど遅れて離陸。飛行機に乗って、座席に着くなりいつもの癖で、爆睡。

サイゴンのタンソンニャット空港到着10分前に目が覚める。タラップを降りると、“暑い〜〜”これまでの寒さがウソのよう。改めて、南北に縦に長いベトナムを実感した。自宅に戻り、家族に出迎えられ、書斎にたどり着くと、机の上は書類と郵便物の山 明日から本格的な始動開始だ。頑張るぞ〜〜!!



* 読者の皆さん 長らくお付き合い頂き、誠に有り難うございました。ベトナム北部4000キロの旅は、本日で打ち止め・投了となりました。今後 拙ブログは、皆さんのリクエストにお応えし、辛口寸評付きでアップしてゆく予定です。更新頻度は、週2〜3回程度になりますが、これからも宜しくお願いします<(_ _)>

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

* 夕べ、ホテルへの帰りが遅かったせいか、寝たらない。しかし、今朝は午前7時半にハノイ支店へ赴き、会議 そしてその後にハノイの取引先回りが入っている。客数が多いので、今回はこの4年間に新たな取引先となったところを対象とした。冷たい水で顔をゴシゴシ洗い眠気と共に落とすと、支店に向かった。

  昨日 ハノイへ入った時から漠然とながらも、久しぶりに見るこの街の様相の劇的な変化に内心驚きを隠せなかったが、日中 改めて市内を眺めると着実に、サイゴンよりも高層ビル数が多く、道行く人々の服装もかなり垢抜けたものに移り変わっていた。

  元々 首都であるハノイのイメージはこれまで政治の街としてサイゴンから見れば経済的に10年立ち後れているという評価を出し続けて来たが、実態を目の当たりにした今 それを大きく変えなければならない。僕自身 ハノイは少なくともサイゴンを抜き、一年から二年先を歩んでいると診る。

  それにしても、この変化は僅か二年程度のものでしかない。ベトナム政府は、首都としてのハノイのプライドを保つためか、或いはサイゴンとの経済格差を縮めるためか、1億米ドル強の大規模投資に関しては、意図的にその認可を北部に集中させる政策をとってきたのだが、それが功を奏した結果となって現れているのだろう。

  変化は何も、周囲の環境だけに囚われるものではなく、人に対しても云える。支店での会議の席上、従来商品や新商品に対するスタッフらの本社に寄せる厳しい意見や注文のひとつひとつ精査してみても、そこから容易にハノイの人々の生活スタイルの向上と共に、商材に対する冷静な反応が読み取れた。

  ここ二年余り、優秀な管理者を求め、そして育成し、従来の仕事を国内出張を含め引き継いで来た。それで自分の余った時間を新規事業策定や構築に力を注いで来たものの、今度のハノイ訪問で、“己の目で確認する”ことの大切さを痛感した次第。斯くして、ベトナム北部地域で、特にハノイを中心とした営業戦略の見直しを根底から迫られることになった。これからは少なくとも、定期的に実地検分を行う必要があり、時代に即した対応が取れるように努めて行こうと誓ったのである。

  朝礼が終わりと、ハノイ支店のマネージャーと共に、昨日のハイフォン宜しく各スーパーを訪問して回った。昨年12月に諸物価高騰の煽りを受け、弊社全商品を平均5割値上げしたため、各スーパーの担当者レベルの話しを総合すると、今回のテト商戦での売上の伸びは対前年比で見た場合、2割程度落ち込んだという。その分 僅かな値上げで済ませた競合他社へシェアーが流れ込んだが、これは想定範囲内でやむを得ない。

  後日譚になるが、テト後 各競合他社は一斉に値上げを開始、うちより上昇率は低いものの、それでも3〜4割の伸び率だ。カシューナッツサプライヤーらの話しでは、テト商戦で売上を伸ばした競合他社ではあったが、売れば売るほど利益を削るはめになり、結果はマイナス計上 慌てて値上げに踏み切ったのだという。

  訪問予定の7割の取引先への挨拶回りを済ませ、ハノイ支店に戻ると午後7時半。スタッフ 総勢7名が出迎えてくれた。これから支店の食事会が始まるのだ。ベトナム風焼き肉屋へ、揃って直行し、牛・豚・鶏・エビ・いか・山嵐・山羊などの生肉が盛られた皿が食卓に次々と並ぶ。これを炭火の上に鉄板を置き、ジュージューと焼くのだが、美味そうな香りが鼻腔をつく。

  ビールで乾杯し、一斉に皆で箸をつける。気の早いスタッフは、生焼けなのに急いで取ろうとするので、菜箸で待ったをかけ、鍋奉行宜しく僕自ら肉ばかりか世話まで焼くという按配。兎に角、今夜は無礼講!日頃サイゴン本社のスタッフと違って身近で接することのできない罪滅ぼしも兼ねて、大いに飲み且つ食べ彼らとの束の間の時を過ごしたのであった。

  ところでベトナムの焼き肉も独特のタレをつけて頂くのだが、旅に出ると僕は常にエバラ焼き肉のタレを少量携行して行く。食べ慣れた味というばかりか、ベトナムの場合 多くが炭火焼きなので、その芳ばしい香りとエバラくんが絡むと一段と味わい深くなるためだ。もちろん、今回も持ち歩いていたが、サパで串焼きを食べた際は部屋にそれを忘れ、寒さも厳しく億劫さ先に立ち、遂に使わず仕舞い。待ってましたとばかり、今回 出番を得、それにつけて口に運んだ。

  スタッフ一同、物珍しそうにそれを眺めていたが、僕が余りにも美味そうに食べていたせいか、“少し好いですか?”とひとりまたひとりとその輪が広がっていった。結局 その小瓶が僕の手許に戻って来るとすっかり中身は空になっていた。でも、スタッフの受けは良く、皆 美味しい美味しいと言ってはほおばっている姿に僕も終始ご機嫌だった。

つづく

画像 上:霞んだホアンキエム湖を望む
   中:ハノイ 道ばたのお茶屋でくつろぐ人々
   下:旧市街の入り口で踊りのイベント

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

* 翌朝、9時にフンくんが迎えにやってきた。半日だけレンタカーを借り、二人で取引先のスーパーなどを回る。ハノイと違ってここハイフォンでは、各社代表が自ら会ってくれた。この様に書くと、大仰に取られかねないが、近年 ハノイやホーチミンのスーパーなどの代表者は、余程有名どころか大手のサプライヤーの代表が出て行かねば、会って貰えないのだ。

  10年前なら、外国人の来客があるというだけで、気易く会えた人たちもこの国の経済発展と事業規模拡大の波に乗り、自信の表れとステイタスが上昇し、僕のような者が出向いたところで、菓子部門のマネージャー辺りしか出てこなくなった。これはつまり取りも直さず、ハイフォンのスーパーが未だ黎明期にあることを物語っており、何れは大都市のリテールと同様の対応になるだろうが、それでも会ってくれる事に感謝 感謝。

  午後3時までに回ること6件。お陰様でどの店にも弊社商品が一番目立つところに陳列販売されていて、フンくんのセールス活動の様子を窺い知り、大いに満足だった。ハイフォンの視察も無事終了すると、バスでハノイへ移動。フンくんは用事を済ませてから、その僕を後から追いかけ、翌朝 ハノイ支店で落ち合うことにした。ハイフォン・ハノイ間は、バスの他に汽車もあるのだが、線路の隣を併接する国道5号線を行く自転車にも抜かれるようなスピードで、バスなら2時間程度で結ぶ距離を4時間も掛かってしまう。この為、余程の荷物がなければ多くは、バスを生活の足にしている。

  初めて、ハイフォンに出掛けた8年前 汽車の旅も好かろうと試しに乗車したことがあるが、欠伸が止まらぬほどのろい鈍行に辟易とした苦い想い出が甦る。そうこうしているとその列車が、視界に入る。見る見るうちに、僕の乗ったバスに抜かれていった。

  夕方5時ちょっと過ぎに、ハノイに到着。予め手配しておいた中心部のホアンキエム湖近くの宿に向かい、チェックインを済ませて、ハノイ在住の古い友人と夕食を供にした。彼は元々サイゴンで働いていたが、就職先が5年前にハノイにも拠点を設けたのを機に、そこの管理者として送り込まれたのである。

  それ以来、ハノイで頑張ってきたものの、実は彼にはサイゴンに残す、ベトナム人の奥さんと子どもがおり、三ヶ月に一度は、妻子の顔を見るためにサイゴンへ来るそうだが、今年3歳になる彼のお嬢ちゃんと最近 再会し別れの際に、「おじちゃん また来てね〜♪」と言われ、大層ショックを受けたらしい。それ以来、サイゴンに戻ることを真剣に考えているとのこと。

  食事を終え、彼が気分転換にカジノへ行きませんかと誘うので、言われるままについて行った。サイゴン市内の高級ホテルにもカジノはあるものの、基本的に博才のない僕には無縁なところで、興味もないのだが、何でもハノイのカジノでは、50米ドルの無料券を配布しており、その金額までなら、遊べるという。彼は、一日一枚利用できる無料券を財布の中から抜き取ると一枚を僕に渡した。

  ルーレット・スロットマシーンなどが置かれており、カジノ内では、ビールやソフトドリンク それにタバコなど全て無料で提供。ゆったりとした休憩用応接セットなども置かれ、更にはインターネットまで完備。ひとまず、彼のゲームの様子を眺めていた。彼は今月だけで無料券で600米ドル勝ち、生活費に充てたと豪語する。そういうだけあって、良いタイミングで、スロットは停まり、次々とポイントが上がってゆく。

  こういうのを見ていると、人間いい気なもので“ひょっとしたら俺にもツキがあるかも?!”と考えるようになり、モノは試しとばかりにスロットに挑戦することにした。開始早々、大当たり!!「こりゃ好いわ〜」と、次々ベット!どうせ無料券だという頭もあって、どんどんじゃんじゃん賭けて行った。ところが、ついていたのは前半だけ。

  一時1000ドル近くまで稼いだものの、その後はじり貧状態に、、、、。結局、気がつけば“0”で幕を引いた。彼も結果は同様だったらしく全ては飽水に帰した。ただ、二人ともせこいのが信条ゆえか、無料券での遊びが終わると、自費を使うことなく、その場を後にしたのは立派な大人の対応と言うほかない。ホテルに戻ると、既に日が変わっていた。それにしても久しぶりの賭け事で僅かながらの高揚感を味わえたのが収穫といえよう。

つづく

画像 上:ユニマート・ハノイ(旧西友)
   中:カジノ・ディーリングルーム(イメージ画)
   下:ルーレットを囲む

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事