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報告がだいぶ遅れましたが、去る3月25日、富岡町が区域再編された当日、約1年半ぶりに現地に行きました。
ブログにコメントを頂いた方から、富岡町の警戒区域の解除にあわせて、ビデオ取材で現地に入るので、ぜひ現地でお話を聞かせてほしいという話になり、私自身もたまたま当日は仕事が休みだったので、急きょ向かった次第です。
3月25日0時0分、富岡町は警戒区域を解除され、放射線量に応じて、帰還困難区域・居住制限区域・避難解除準備区域の3つに再編されました。避難解除準備区域と居住制限区域は、日中の立ち入りが可能になりましたが、帰還困難区域との境界には検問があり、許可証のある人しか入れません。
要するに、町の北東部を占める帰還困難区域以外は、日中であれば、許可証がなくても立ち入りが可能になったのです。当然ながら、居住制限区域と避難解除準備区域には、地元住民だけでなく、様々な人が出入りすることとなります。今後は、外部侵入者による盗難防止など様々な課題が重くのしかかってきます。
待ち合わせをしたのは、スーパーの駐車場。妻の実家に帰省するたび、ここにはよく買い物に行ったものです。2年前までの賑わいがウソのよう・・・。
富岡町文化交流センター"学びの森"。ここも、帰省するたびによく通った、思い出深い場所です。
このT字路を右折すると、大半が帰還困難区域となった夜ノ森方面。許可車両以外は入れません。
結婚以来、何度も何度も通った、妻の実家の入り口。この時期は枯れていますが、田畑にはセイタカアワダチソウが繁茂していて、荒れるに任せています。
実家の庭には、毎年花を咲かせる水仙が、今年も可憐な花を咲かせていました。
なお、この日受けたビデオ取材は、その一部がYoutubeにアップされています。福島の地元の方の思いを聞かせてほしいということで、私なりの言葉で、カメラの前で語りました。
ただ、私自身は妻が富岡町出身というだけで、富岡町民じゃありません。この2年間、妻や、親族、知人、友人から、様々な思いを聞いてきましたが、私自身が富岡町民ではないので、その思いを私が正しく代弁できたのかどうかは、正直言って分かりません。
恐らく、私自身が感じている以上に、地元の方々の思いは、もっともっと複雑で、あえて言葉に表現することさえ難しいものだと思うのです。
ですが、その「声なき声」を、あえて言葉にし、発信していかなければ、この現実は、いつまでたっても全国、全世界には伝わっていかないと思います。
ですから、ここで話していることが、あくまでも「私自身」の選んだ言葉であることをしょっぴいてもらって、その上で、少しでもそこから「何か」を感じとってもらえればなという思いから、今回、取材をお引き受けしました。
Youtubeにアップされた取材映像の一部は、以下のアドレスです(papachinの素顔が分かってしまうので、少々恥ずかしいのですが・・・)。
「福島で見たことと聞いたこと〜富岡町編1〜」 http://youtu.be/el6ati9F_8Y
「福島で見たことと聞いたこと〜富岡町編2〜」 http://youtu.be/PIHXje1xWDk
「福島で見たことと聞いたこと〜富岡町編3〜」 http://youtu.be/nWJOp3dPYhw
「福島で見たことと聞いたこと〜富岡町編4〜」 http://youtu.be/aa3ky0cKxFg |
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拝見しました。
人がいなくなるということは、本来であればいい悪いは別にして、自然が長いサイクルで元の姿に戻ることなのでしょうが、ただ放射能のせいで、というのは改めてひどく、辛い現実ですね。
除染作業する人たちの待遇も、ひどいと聞いています。
一体に、仕事を出す方(政府や東電)は、なぜ出すんでしょうか。せめて自分たちで、というのが筋でしょうに。
2013/4/8(月) 午前 8:37 [ - ]
かかまるさん>震災で壊れたまま、2年間も放置された町は、容易に復旧はしません。部分的に除染したところで、ほとんど焼け石に水です。それでも、戻れるなら戻りたいという義理の母の気持ちを、我々は無下に否定もできず、かといってどうしてあげることも出来ず、ただ悪戯に時間だけが過ぎていきます。
2013/4/9(火) 午後 5:55
拝見いたしました。いろいろ沢山考えさせられるものがあります。目がうるうるしました。再生回数が少ないのが悲しいですね。風化を感じます。だからこそ、発信し続けなければならないと感じました。
2013/4/12(金) 午前 10:51 [ ref*e*_sign ]
refさん>お久しぶりです。せっかくなので、たくさんの人に見てもらいたいですね。私個人はちょっと恥ずかしい気持ちもありますが。。。でも、誰かが声に出して言わないと伝わらないし、伝えたいんです。
2013/4/12(金) 午後 7:39
福島で見たことと聞いたことを撮影した柿沼です。リンクを貼っていただきましてありがとうございます
富岡町に限らず、今後もできる限りこの活動を続けていきたいと思いますので皆様宜しくお願いいたします
2013/4/15(月) 午後 2:54 [ kakky ]
柿沼様>ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
2013/4/17(水) 午後 7:44
その後いかがお過ごしですか。YouTube画像、コピペさせて頂いております。映画『夏の祈り』などのページです。梅雨も近いですがお体大切に。
2013/5/22(水) 午後 8:50 [ 瀬音 ]
瀬音さん、ご無沙汰してます。最近はこのブログを自分で見ることもめっきり減りました。今の世間の風潮に対する、私なりのささやかな「無言の抵抗」かもしれません。。。
2013/5/29(水) 午前 2:55
ご無沙汰してます、山形の渡辺です。
18日に東京で公演があると聞いたので書き込みました。
(ここは、更新が止まってますが、ほぼ毎日チェックしてます)
ビデオですが
なかなか見る勇気が無かったですが
今日、やっと見ました。
隣の山形県や宮城でさえ
福島の人は優遇(お金を沢山貰っている)されているという言葉が
普通に出てくる現実があり
三陸のほうを支援している人たちなんか
大手をふって歩いている現実もあります。
私は、浪江町にも石巻にも
海沿いの被災地には、未だに行く勇気がありません。
現実を見なきゃ駄目だとは判りますが
正直、現実和見るのが怖いです。
そんな人間も居ることを
ボランティアの人たちは理解して欲しいとつくづく思います。
2013/8/8(木) 午後 9:41 [ mis**ngreb*rth ]
渡辺さん、ご無沙汰してます。
18日は、ちょっと渋々だったんですが、今までの経緯もあるので引き受けました。ただ、最近は仕事ではほとんど関われていないので、ほとんど場違いに近い存在感だろうと思って、内心、何をどのようにお話すればよいか、正直戸惑っています。
津波被災者と原発避難者の「優遇」にまつわる偏見、すれ違い・・・悩ましいですね。うちの家内の親族からも、これに近い話はたくさん聞きます。
2年半近く経って、厳しすぎる現実がますます顕在化してますね。「希望」も「絆」も言葉ばかり・・完全に空回りしてます。
私自身も、相当に空回りしてます。
今は、家内を通して間接的に避難者の支援に関わってますが、本当は先々のことを考えて、今出来ることをやりたいと思いつつも、具体的に何をどうしていいのか、ますます見えなくなってきています。
このブログを更新したい気持ちも無くはないですが、それ以上に現実の方が、あまりにも厳しすぎるので。。。
でも、心を通わせることは必要ですよね。・・・私も最近は疲れ気味ですが、元気なときはなるべく関わるようにしています。
連絡くれてありがとうございました。
2013/8/9(金) 午前 9:42