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茨城県に避難中の妻の母親が、義理の姉家族と富岡町の自宅に一時帰宅するのに合わせて、家族皆でいわき市へ。新舞子海岸のかんぽの宿は、オーシャンビューの絶景が人気で、なかなか予約も取りづらいのですが、うちの親族の間では、一時帰宅の時は早めに予約して、ここに泊まるのが定番になっています。
本当は太平洋から昇る朝陽がもっときれいに見れるのですが、この日は少し曇っていて、残念・・。 このあと、化石好きの息子の希望を叶えるべく、久ノ浜のアンモナイトセンターで発掘体験をしたり、あちこち寄り道をしながら、国道6号線を北上して、富岡町に入りました。 ちょうど1年前に警戒区域が解除され、帰還困難区域となった町の北東部以外は、日中の出入りは可能です。 我が家の子ども達にとっても、妻の実家のある富岡町は、生まれて間もない頃から何度も何度も通い、従兄弟達と遊んだり、町内のエネルギー館や、学びの森、リフレ富岡、富岡海岸など、色々な場所にたくさんの思い出のある町。当初、一時帰宅で現地に入るのは義理の母たちだけで、我が家は子ども達も含め、いわき市までの予定でした。ところが、子ども達が「どうしても富岡町を見たい」というので、「車に乗ったまま、窓も開けない」という条件のもと、ごく短時間だけ現地に入る決断をしました。 津波に流された富岡駅、6号線沿いのヨークベニマル(旧トムトム)、富岡第二小・・。この日は一時帰宅の住民よりも、復旧工事や除染作業に来ている作業員や、ダンプカーなどを多く見ました。セイタカアワダチソウの繁茂した田んぼや、道路脇の崩れた塀などは、ほとんどそのままです。 妻の弟家族、子ども達の従兄弟の住んでいた家は、帰還困難区域となっている夜ノ森地区にあるので、残念ながら入れませんが、主に母親の住まいだった家は、居住制限区域なので、日中の立ち入りは可能です。原発事故の7ヶ月後の時点で、自宅玄関前が3マイクロSV前後ありましたが、今は1マイクロ前後まで下がっています。事故から3年も経つと、放射性物質の濃淡もかなりまだら状になっていて、狭い範囲の中でもかなり差があり、幸い、実家の敷地内は総じて周辺より低いようです。 玄関前の敷地内だけでしたが、庭木や庭石、玄関脇にある水道など、子ども達も色々と思い出して、まるで昨日のことのように、車の中で話が盛り上がりました。子ども達も、小学生なりに原発事故が起きてから、それまで頻繁に遊びに来ていたこの場所に来れなくなった理由、かつてのように自由に物に触れたり、遊んだり出来なくなった理由を、しっかりと理解しています。そして、なぜ、事故が起きたのか、なぜ、自分の大好きな祖母や従兄弟たちが、まったく先行きの見えない避難生活を強いられているのかも・・。 その後、川内村から田村市経由で、福島市の自宅へ。子ども達には、「3年ぶりに富岡町のおばあちゃんの家を見に行った感想を、手紙に書こうね」と約束しました。 |
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お疲れさまでした。
なんと言ったらよいのか…僕も子供たちにどう富岡町を見せたらよいのかよく考えます。
特に上の子は小さな時に富岡町で過ごした写真を見ると切なくなります。
2014/3/31(月) 午後 7:55
なんちゃってさん>うちの子らは、震災と原発事故後の我が家と親族にまつわる一部始終を自分達の問題として受け止めています。3・11のわずか6日前に、富岡町の母親の実家に泊まりに行き、いつものように従兄弟たちと富岡海岸やエネルギー館に遊びに行き、いつものように従兄弟たちと実家の庭で遊んでたんです。それだけに、突然に行けなくなった「富岡町」が記憶の中でフリーズしてしまっていたので、「子供のうちは恐らく入れないだろう」と頭では理解しつつも、どうしても気になって気になってしょうがなかったみたいです。今回は色々と考えた末に、ごく短時間ながら「3年前までの記憶を辿りながら、未来に向けて記憶を留めるにはどうしたら良いか」を、子ども達なりに考えてもらうことにしました。とは言え、まだ子供なので、感じたことや、考えたことを言葉にする能力は足りないのです。ですが、それでも良いと自分は思っています。そのうち、中学生になり、高校生、大学生となってから、また記憶を辿り、そして復元してもらいたい。その時に明確な言葉にするための、これは大事な試みだったと後から振り替えれるようにしたいと考えています。
2014/3/31(月) 午後 9:04
ご無沙汰しております柿沼です
1年前にお会いした頃から、富岡町は変化なしなのですね
私は今年も夜ノ森の桜を撮影しようと思っております
テレビ等でも3.11前後はこぞって取り上げられた東北ですが、3年目を境に某国営放送でも東北出張班は撤退という噂も聞きます
3年経ったかもしれませんが、何も進んでいず状況は悪くなる一方
自分も約一年福島に入れませんでしたが、活動を再開したいと思います
2014/4/1(火) 午前 1:14 [ kakky ]
柿沼さん>お久しぶりです。変化はあります。空き地などに置かれている除染廃棄物のフレコンバックが目に見えて増えたことです。スクリーニング会場も所々に設置されて、除染や復旧関係の業者も盛んに出入りしてます。ただ、相変わらず住民がいないので、それは同じです。夜ノ森の桜を見に戻る地元の人は、今年は少し増えるかも知れませんね。特に郷愁の念で胸がはち切れそうになってる年輩者は、せめてもの救いを夜ノ森の桜で感じたいと思ってるかも知れません。ですが、去年と同じくその一部しか見れないのが残念ですが・・
2014/4/1(火) 午前 3:49
「手紙に書こうね」の一言にウルッときました。
子どもたちをきちんと導く姿勢が素晴らしいです。
またよろしくお願いいたします。
2014/4/2(水) 午後 9:59
hiroさん>こちらこそ、よろしくお願いします。色々な意味で、この春は大きな転機になりそうですね。うちの家族や避難してる親族らも、皆そろそろ、この春を転機に次の段階に入りつつあると感じてます。三年たって、非日常がすっかり日常化してしまい、その中で具体的なこれからの人生設計もしていかないといけないのですが、そこで私がこれは大事だと思ってるのは「環境に依存しない、主体的な思考と判断を常に心がけること」です。まさに発想の切り替えですね?うちの子供らにも、柔軟で主体的な思考力と判断力、表現力を身に付けてもらいたくて、そのためにどうしたらよいかと毎日考えてます。
2014/4/3(木) 午前 8:14