一歩、また一歩と・・・

それでも、「日本」は、な〜んにも変わらへん。わし、ひとりの「日本人」として、「独立宣言」するさかい(笑)

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原発事故で避難したり、被害を受けている人の話を、身近に聞く機会がこれだけ多いと、「これは、戦時下の心理状態に似ているのでは?」と感じる時があります。

なぜ、原発事故で引き起こされた事態が、戦時下のような心理状態を生み出していると感じるのか?・・多分、当事者でなければ、この感覚は分からないでしょう。実際に体験しなければ、この感覚は容易に理解し得ないし、頭で理解するだけでは、その本質は掴めないからです。また、人間の想像力にも限界があります。

しかし、多くの避難者、被害者から、直接に「我々は、戦争で住む場所を終われた難民と同じだ」「毎日毎日が非常事態だ」「一時も心が休まらない」といった話をたくさん聞いているので、私自身は、本当にそれが当事者の実感であり、これは、決して大袈裟でも何でもないと思っています。

実は、その感覚は、国の避難指示を受けて避難生活を強いられている人たちだけでなく、避難指示区域以外から自主的に判断して避難した人たちにも存在します。なぜならば、皆、「自分と家族を守るために必死」だからです。戦時下など非常事態になると、情報が統制され、疑心暗鬼になり、何を信じて良いかも分からず、混乱し、それでも自分だけを信じて、誰もが「自分と家族を守るために必死」になり、生きていこうとするでしょう。まさに、その感覚です。

もちろん、そうした感覚にも、かなりの個人差があって、自分と家族を取り巻く状況がどうなっているかを客観的に捉えるレベルとか、冷静に必要な情報を集めたり、考えたりする能力も、はっきり言って人それぞれです。特に、目に見えない放射線にまつわる問題ならば、なおさら、それに関する知識と解釈は極端に分かれます。ある人は、強い不安に陥り、深刻に悩む一方、ある人は、それを「とても大袈裟なことだ」と笑います。

しかし、これは、近代日本の世相史等に詳しい人ならば分かると思うのですが、昭和初期から太平洋戦争前夜にかけての日本社会は、まさにそういう「一見、何事も起きなさそうな平和な状態に見えて、どこか危なっかしい、不穏な空気に包まれていた」と、多くの識者が指摘しているのです。それは、当時の新聞や雑誌、文学作品、個人の日記などを見れば分かります。

首都圏に未曾有の大被害をもたらした大正12年の関東大震災から、徐々に復興が進み、その中で、昭和15年の東京オリンピック開催が決まりました。オリンピックは、結局、日中戦争の開戦で日本が開催権を返上したため、幻に終わりましたが、その一方で、軍事力と経済力を背景に中国大陸、満州への進出を急いでいた日本は、次第にアメリカやイギリス等と対立し、国際的に孤立していきました。結局はヨーロッパで始まった第二次世界大戦に、日本も「国益のため」を大義名分に自ら加わることになり、戦争の泥沼にはまり、多くの若者たちが戦場に散り、沖縄の地上戦や本土空襲で多くの非戦闘員の国民が死に、広島と長崎の原爆投下等の悲劇など・・、おびただしい数の国民を犠牲にして、文字通り「破滅的」な形で、昭和20年8月15日の敗戦を迎えます。

翻って、その敗戦から66年後の平成23年3月11日、東日本大震災が引き金となって福島で起きた今回の原発事故は、もちろん明らかに軍事衝突による戦争とは、その「犠牲」の意味が違います。しかし、形は違えど、それによって引き起こされた「着の身着のままの突然の避難」であるとか、事故直後の「情報の錯綜と混乱」、その後の「権力に対する疑心暗鬼」と、避難者たちの「非日常の長期化」、そして「故郷の喪失」「行き場のない怒り」といった諸々の事柄は、すべて、少なくとも当事者にとっては、戦争状態に匹敵する事態と言っても過言ではないと、私は思っています。

ところが、その一方で、当事者の頭越しに進められる「除染」と「復興」、そして「再稼働」・・。恐らく、当事者でない人たちにとっては、こうした当事者が抱く「戦時下のような心理状態」は、自分達の目には見えない、まさに想像もつかない話であり、言ってしまえば、まるで「他人事」なのでしょう。ただ、いつまでも、それが自分達にとっての「他人事」で終わる保証などどこにもないと、私は思っています。

東日本大震災と原発事故のあと、私も、このブログを毎日のように更新していた時期がありました。しかし、半年を過ぎた頃から、原発事故を身近に体験した私たち自身にとって、「到底受け入れ難い空気」を、世の中で繰り広げられる諸々の動きや、人々の心の中にまで感じるようになり、それで、次第にこのブログを更新することさえ、本当に苦痛になっていきました。

さて、その「到底受け入れ難い空気」の正体とは、ひと言で言えば、半ば戦時下のような心理状態に追い詰められている当事者に対する「不理解」です。このことについて、ここではあえて書きません。ですが、原発事故を身近に体験した立場から言わせてもらえば、あの未曾有の大震災と原発事故を経験したにも関わらず、この国、この社会というのは、結局、何も反省していない、いや出来ないのだと思います。それは、ハッキリ言って、この日本の社会全体が、あまりにも「平和ボケ」しているからだと、私などは感じざるを得ないのです。

ところが、ネット上では、時々、「原発事故の影響を過大に言いたがる人は、平和ボケしている」だとか、「放射能、放射能と叫ぶ“放射脳”は、平和ボケしているだけ」など、完全に真逆の立場から発せられる、「平和ボケ」という言葉を、もう何度も何度も、目にしました。

恐らく、それが、戦後70年近くも経った、この国の現実であり、この国で生きる人々の「常識」であり・・、いや、人間という生き物の真実なのでしょう。まずは、そのことを、我々自身もしっかり受け止めて、そこから建設的な話を、根気強くやっていくしかない・・。最近は、そのように思うようにしています。

最後に、私が考える「平和ボケ」の意味について。それは、決して「平和な日常に慣れ、すっかり安心しきった末に、危機意識が薄れた心理状態」ということではありません。むしろ、あえて定義するならば、「自分達の力で勝ち取った訳でない平和を、さも自分達の力で勝ち取ったかのように錯覚し、それに身も心も完全に慣れきった末に、結局、自らほとんど体験したことのない、“平和でない状態”に対する想像力が育まれず、平和の意味を著しく勘違いした心理状態」です。

皆さんは、どのように思われるでしょう?

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18:09匿名さん>ありがとうございます。ここまで切り込んで書くことに、私自身も相当な精神力を費やしてます。・・3年かかりました。今ようやく自覚しているのは、たとえ細やかであっても、たとえ目立たず、一見してまるで無力なようであっても、やはり「声なき声」を代弁する「誰か」であらねばならない、ということです。落ち穂を一つ一つ広い集めるように、少しずつ書きたいと思っています。

2014/4/11(金) 午後 8:03 ぱぱちん


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