超次元占星術 ★連載コラム★

『超次元占星術』の生みの親、酒井日香と『インド占星術』の玉妃 による、星占い連載コラム!!

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 占星術 (学) の初心者向けの講座、というのがあちこちで催されています。近年はブログやFacebook、TwitterなどのSNSのせいで、占い好きの方が気軽に集客して占いセミナーを催すことが多いようです。そしてそういう場所で占星学をかじって私の元へ来る方も多いのですが、残念ながら現在の占星術は、もはや古代からの原型をとどめていないほど創作が入り込んでおり、最初から最後まで創作であるといっても過言ではありません。

 創作だからこそ、難しいことは覚えなくていい、感性で星を読めばいい、ということになり、感性であるからこそ 「イタコの口寄せ」 みたいな占星術が多いわけです。いくつかのキーワードを指定したら、あとはそのキーワードから自由連想でどんどん広げていけばいいという、そういう占星術です。
 
 そしてそういう占星術は、なぜかキーワードだけは師匠から弟子へ、律儀に守り通されるので、ある種の様式美じみてくるわけです。たとえば「おとめ座」というと神経質、というキーワードが当てられ、占者はそのキーワード一つで恋愛から職業から交友関係、果てはセックス問題まで占おうとします。こうしたキーワード連想の権化のような存在が 「12星座占い」 でしょう。
 
 しかし、この12星座占い。歴史はそう古くないのです。西山華耶さん著「占星術」(現代書館・刊)によれば、1930年代の英国の新聞、「Daily Express」の日曜版「Sunday Express」に、太陽星座による12星座占いが掲載されたのが最初であるとされます。
 
  これがなかなか好評だったことでほかのメディアもこぞって真似するようになり、これが現在の12星座占いの原型となりました。太平洋戦争の終結が1945年だと考えると、その15年ほど前ですから、まだ歴史は100年もないのです。
 
  実は占星術は、1781年、イギリスのヴァイオリン演奏家でアマチュア天文家でもあったウィリアム・ハーシェルが天王星を発見したことで、一度崩壊しています。特に西洋占星術は、アリストテレスやプトレマイオス、ヒッパルコスといった古代の天文学者が考えていた「周転円モデル」というものを土台に組み上げられてきた占いだったからです。いいえ——。当時の人にしてみれば占いではなく、因果律に基づいた科学だと信じられていたふしさえありました。
 
  ヨーロッパの人には、東洋人からするとまことに理解しがたい 「機械論」 が根深くあって、歯車が幾重にもかみ合って時計の機構を生み出すのと同じように、絶対的な法則さえ見つけてしまえば、未来を完璧に予測できるはずだという不思議な信念がありました。
 
 占星術がなぜ当時の人々にとって科学だったかというと、古代ギリシャから示されていた「周転円モデル」を使えば、ある程度の精度で5惑星の未来の位置を予測することができたからです。予測できるのだから、それは絶対に近い因果律であり、それゆえに5惑星の位置を知れば未来の運命も正しく予測できるという、そういう思想の上に占星術は立脚していたのです。
 
 ところが15世紀にコペルニクスが、天動説をよりどころにする古代ギリシャから連綿と受け継いできた周転円モデルを否定し、地動説による新しい周転円モデルを発表します。「De Revolutionibus Orbium Coelestium」〜天体の回転について〜という有名な本です。
 
 この本に感銘を受けたのが、占星術師でもあり天文学者でもあったヨハネス・ケプラーです。デンマーク王の信認厚い天文学者であったティコ・ブラーエの助手になったケプラーは、コペルニクスの考えをいつも心の片隅に置きながら、ティコが心血注いで残した膨大な火星の観測記録を精査していきました。そしてついに晩年、コペルニクスの地動説が正しかったこと、惑星は太陽を中心に楕円軌道を回っていることなどを証明してみせました。有名な「ケプラーの惑星運動の三法則」と呼ばれているものです。
 
 ケプラーとほぼ同時期に活躍した天文学者ガリレオ・ガリレイは、お手製の望遠鏡で人類史上初めて木星の衛星の観測に成功します。そこでもケプラーの法則が正しいことが証明され、占星術を2千年の永きにわたり支えてきた周転円モデルが土台から崩壊してしまいました。ハーシェルの天王星発見には、こうした先人たちの新しい研究成果がかかわっています。16世紀から17世紀にかけて、占星術はいったん完全に崩壊したのです。
 
 それを復興させたのが、18世紀後半に生まれ、19世紀初頭に活躍した神智学協会のアラン・レオをはじめとしたオカルティストたちでした。しかし、その裏には技術革新があったのです。
   
 天王星発見以降、天文学は完全に「素人の手に負えないしろもの」になってしまいます。もともとは占星術師と天文学者は不可分で、天文学者が占星術師をかねていることが当たり前でした。しかし、16世紀末に始まった科学革命により、天文学はますます一般人には難解なものになっていきます。解析幾何学や微積分、球面座標といった高等数学の心得のない人には、扱えない世界になっていってしまったのです。天文学者たちがこぞって占星術師の副業を捨てていきました。
 
 しかし18世紀になると時計技術が進化し、正確な時計が大量生産されるようになり、ようやく占星術が死の淵からよみがえります。
 
 時計さえあれば、煩わしい観測や正確な星図がなくても、主要都市の恒星を元にした時刻を機械的に決めることができます。これが現代の占星術のアセンダント割り出しや、ハウス決めの元になっている「室頂表」です。どの恒星が何時何分、南中し、また太陽がそれぞれの緯度経度で何時何分南中するか? ということは、時計のない時代は、熟練の占星術師が観測で決めていました。しかし、正確な時計さえあれば、そうしたことは天文学者でなくとも簡単に求めることができてしまいます。
 
 かくして、フランスに初の占星術専門の暦屋「ラファエル社」が誕生するのが18世紀初頭です。そこからじわじわと、高等教育を一切受けてこなかったような人々の間で、遊びとしての占星術が復興します。それが19世紀、アラン・レオやセファリアルといった神秘家たちの力により、より簡単に、より煩わしい観測天文学など学ばなくてもよい形で占星術が紹介され、ここで初めて「占星術は占星術。天文学とは別物。難しい天文教育も数学も受けなくても、誰だってホロスコープが作れる時代なのだから、気がるにどんどん作って遊べばいい」という、現在のうんざりするほど存在するお気楽創作占星術の源流となっていくのです。
 
 しかし、それでよかったのでしょうか?
 
 現在の占星術の世界を見ていると、あまりにも「なんでもあり」すぎてクラクラしてしまいそうです。みんな星座が人間に及ぼす力や、惑星の力を信じているのに、じゃあその肝心の黄道12宮をその目で通年観察したことがありますか? 5つの惑星をすべてその目で見たことがありますか? と問うと、大抵の人は知らない、したことがないと口をそろえておっしゃるのです。
 
 ええ? ちょっと待ってください、と私は思います。
 
  なぜなら、16世紀と変わらず、現在の占星術愛好家たちもやっぱり 「天体が人間におよぼす影響力」 が面白いとか、知りたいと思うから占星術をしているのだし、天体の影響があると信じているからこそ、目の前の人の離婚を予言したり病気や転職を予言したりしているわけですよね?? それなのに、肝心の星を見たことがない。どこか変な理屈だとはお思いにならないでしょうか?? 私はものすごくおかしな風潮だと感じています。16世紀の占星術師たちにとって、「星を観測しない占星術」などあり得なかったからです。
 
  大昔から、人間はつらいときには空を見上げてきました。今でもしみじみと星空を眺めるとき、不思議と強く癒される気がします。占星術(学)は確かに技術革新によって誰にでもできるものになりましたが、そのおかげで天に輝く星々とのつながりを逆に絶たれてしまったように思います。
 
  占星学は今一度、それを振り返ってもいいのではないか? という気がしてしまいます。
みなさんもぜひ、疲れたときは外に出てきらめく星空を見てください。 それこそが占星学の源流なのですから。 

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