占星術 ★連載コラム★

『超次元占星術』の生みの親、酒井日香と『インド占星術』の玉妃 による、占星術連載コラム!!

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  突然ですが、私は1970年代生まれの人間なので、小中学校の理科では太陽系の惑星は 「すい・きん・ち・か・もく・ど・てん・かい・めい」 と習いました。いわずもがなですがこれは 「水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星」 のことですね。
 
 ところが最近では 「すい・きん・ち・か・もく・ど・てん・かい」 と習うようです。
 
 あれ?? 「めい」 に相当する冥王星は??
 
 というと、実は冥王星は寂しいことに、現在惑星の地位から外され 「準惑星」 にされているのです。2006年にプラハで行われた国際天文学総会にて格下げが決定されたのです。
 
 冥王星がなぜ準惑星に格下げされたのかというと、3つある惑星の条件のうち、決定的に当てはまらないものがあったからです。
 
〜惑星の定義とは〜
1)、太陽の周りを公転していること
2)、十分な質量と重力があるため自然に球形を取っていること
3)、その軌道周辺で圧倒的に大きく、他に同じような天体がないこと
 
 以上、3つの定義のうち、冥王星は3)、の条件にあてはまりませんでした。冥王星の衛星と考えられてきたカロンが、冥王星と比較しても大きすぎることや、周辺には球形を取るいくつかの星があったこと、2003年には冥王星より大きい準惑星エリスも発見されており、冥王星は今や 「太陽系外縁天体」 という星群の総称的な存在になってきています。
 
 さらに驚いたことに、最近の研究では、公転周期実に3600年という巨大惑星 「プラネットナイン」 の存在もほぼ確実視されています。なんとその質量は計算上、地球の10倍程度あり、大きさは天王星や海王星並みの巨大なガスと岩石の惑星であると予測されています。あとはこの 「プラネットナイン」 をカメラに収めるだけなのですが、いかんせん大変暗いため、コンピューターシミュレーションでは位置もほぼ特定できているのに、星影をとらえることが難しいそうです。しかし、数十年以内には発見されるだろうと多くの天文学者が予測しています。この星こそ、古代シュメール文明の伝承に登場する 「惑星ニビル」ではないかと考える向きも。
 
 翻ってここから占星学の世界を見てみることにします。インド占星学では、惑星は、17世紀のハーシェルの天王星発見もなんのその、伝統的なライツ(太陽と月)に5惑星のみ(ここに黄道と白道の交点であるラーフ・ケートゥを加えますがこれらは惑星ではありません)で占断していきます。古式ゆかしい天文学を現在まで堅持しています。
 
 反対に西洋占星術系のジャンルでは、 「小惑星占星術」 とか、 「ウラニアン占星術」と言った、新天体をどんどんホロスコープに組み入れる手法も見られます。しかし、小惑星占星術やウラニアン占星術と言った新天体を組み入れる占星術は、現在混迷の度合いをますます深めて、いっそう神秘主義的な、創作的な占星術になってしまっているのです。
 
 それはなぜかというと、発見される新天体が追い付けないほど膨大になってしまっているからです。70年代に、火星—木星間にケレス・カイロン・パラス・ウェスタ・ジュノーといった比較的大きな小惑星が発見されたことを契機に、こうした小惑星を占星術に取り入れようという動きが始まりましたが、占星術家が思う以上に天文学の進展は素早く、どんどんホロスコープ上の感受点が増えてしまって、ホロスコープがごちゃごちゃしてしまったのです。
 
 それで、 「やはりオーソドックスに主要惑星とラーフ・ケートゥだけ用いればそれでいい」 という動きに最近は落ち着いてきて、小惑星占星術やウラニアン占星術等は元気がなくなっています。インド占星術は保守的、西洋占星術は進歩的・革新的で、両者の性質は明確に違っています。どちらの姿勢が正しいか、正しくないかということではなく、東洋の精神主義に対比して西洋の合理主義、という見方で二つの占星学世界を見比べると、比較文化論として面白みがあります。
 
 さて、こうなってくると、西洋占星術でも、 「冥王星」 や、 「冥王星と似たような天文単位の位置にある惑星群」 の立場をどう考えたらよいのでしょうか。それらに占星学的な役割を与えたくても、占いが扱うのは 「こころ」 ですから、こころをそんな、機械のパーツのように細分化する、などということなどできようはずもありません。実は当の天文学者たちでさえ、近年は新天体が毎日のように発見されるため、 「ギリシャ・ローマ神話の神々が足りない」 事態になっているそうです。
 
私が占星学講座を開催した時、ある占星家の方が 「冥王星が怖い」 とおっしゃっていました。確かに占星学上の冥王星の意味は 「カルマ・執着・途方もないこと」 を意味するとされており、名前も 「冥府の王」 という意味ですからちょっと怖いですね。日本人だと閻魔大王のような、あの世の怖い鬼のようなイメージになってしまうのかも知れません。
 
 さらに冥王星の公転周期は、実に248年であります。ということは、コンジャンクション(合)とオポジション(衝)の繰り返しが124年ごと、90度のスクエア(矩)まで加えると64年ごとにしかアスペクト(視角度)を作らないことになります。そうすると、 「それだけのめったに起こらないアスペクトが自分の星に関係するのだから、さぞかし恐ろしいことが起こるに違いない」 と考える占星家が多いようです。ただ、冥王星よりはるかに公転に時間がかかるエリスや、プラネットナインともなると、座標上を1度動くのでさえ数年、へたをすると10年近くかかってしまいますので、もはや占星学の対象にならないというか、アスペクトなど考えても仕方がないように思えます。さらに近年の新天体の中には、黄道に対して垂直に近い鋭角軌道を取る星もいくつか見つかっており、そうなるとそれは太陽系の仲間でありながら 「黄道12星座を背景に運動しない」 ということですから、星座占いの範疇にさえ入らなくなります。どうしてもそうした鋭角軌道の星を占星学したいなら、赤道座標を強引に黄道座標に置き換えて、軽く詐術のようにして占いをするしかないでしょう。
 
 しかし、現在の太陽系モデルを、心理学モデルとして眺めてみると、私はこの冥王星にシンボライズされた太陽系外縁天体とは、 「個人心理学」 と 「トランスパーソナル心理学」 の分水嶺のような気がするのです。
 
 神道の考え方の中に 「一霊四魂説」 というものがあります。人間のプシュケー(霊)とは、中心に直霊(なおひ)と呼ばれるものがあり、直霊からさまざまな働きがほとばしる、という考え方です。直霊が、ある時には 「奇魂(くしみたま)」 に、ある時は 「荒魂(あらみたま)」 に、あるときは 「幸魂(さきみたま)」 に、あるときは 「和魂(にぎみたま)」 になる、という考え方です。
 
 直霊、と書いて、 「なおひ」 と読むわけで、 「ひ」 は当然 「日」 だと思い浮かびます。つまり神道の捉える心理学は、まず中心に直霊(なおひ)があるわけですが、それは太陽からの分魂(わけみたま)であり、我々は太陽から命をいただいてここにいるのだ、ということであり、その太陽が4つの働きに顕現していく様子をとらえているわけです。
 
 そしてこの四魂——、奇・荒・幸・和は、占星学から見た、地球にすぐ近い月・金星・水星・火星のイメージとピタリと重なるのです。奇魂(くしみたま)は知恵の働きですから、水星です。荒魂(あらみたま)は勇気や残酷性ですから火星。幸魂は衣食住を求める物質的な力ですから金星。最後の和魂は、すべてと調和し心の平安を求める大事な働きであり、四魂の中でもっとも重要だとされる力で、月です。占星学が示す地球のすぐ近所の惑星とまさにピッタリ。
 
 ということは、これを心理学的に捉え直すと、太陽〜火星までが 「自分の心の感受性の範囲」 である、と言えるわけです。これらはすべて混然一体となって働き、分けることはできません。同じ一霊四魂の人間が、外部からの感受性(刺激)を受けて幸魂になったり、荒魂になったりするわけです。さらにこの四魂の働きは、互いをカバーしあいます。水星が悪い 「から」 勉強はダメだ、金星が悪い 「から」 冷淡だ、という荒っぽい読み方をする占星家があとを絶ちませんが、1つの直霊が4つの働きに縦横無尽に変化すると考えると、水星も月も金星も火星も、他の惑星も、結局は太陽の別形態の力をシンボライズしているだけだ、とわかります。勇気を強く持つことが知恵になったり、勇気で人を愛したり、憎しみが芸術になったり、平和を求めるこころが知恵になったり、知恵があるから幸いを理解したりする。個人の才能は決してホロスコープなどで計れるものではないということです。それを今の占星術はなんだか、各惑星を、独立した働きみたいにとらえるので、心理学としてもいびつだな、粗悪品だなと感じます。人間のこころを明確に 「これは火星だ、これは月だ、これは水星だ」 などと分けることなどできないのです。すべて直霊のもと混然一体です。
 
 その、火星の外側に木星・土星・天王星・海王星が続いていきますが、これらの星が一霊四魂である我々のこころとたましいに刺激を与えます。詳しく言うと、一霊四魂を鍛える役割です。一霊四魂が大きく強く、より明るくなるにつれ、これら火星外天体が我々にもたらす感受性の刺激は変化していきます。
 
 さらにこの外側に位置する冥王星ですが、この冥王星のことを 「太陽系外縁天体すべてをまとめる象徴」 であると捉えると、冥王星のことを 「個人が最大限苦しむカルマの源である」 と説明する占星学は、不思議とトランスパーソナル的な心理学とリンクしていくのです。
 
 カルマ、とは、いうなれば 「執着」 のことであります。たしかに占星家としてたくさんの人を見させていただきましたが、この 「執着」 こそが人間を壊す最大の原因であり、精神医学的にみても、いかにこの 「執着」 というこだわり、異常性、思い込みを解除させていくかということがカウンセリングや認知行動療法の最大の焦点です。
 
 そして 「執着」 はときに才能の源であり、執着が強いゆえに 「自分はこれをするために生まれてきた」 と、強く信じてしまうタイプもいます。またはあるとき、なんとなくそんな気がして、自分の進路が決まるということもあるでしょう。私にとってはそれが 「占星術をテーマにした長編小説を描く」 ということでした。小説を描きたい、と強く執着したことで、自分を取り囲むすべてが 「お前は作家なのだ。作家になるために生まれてきたのだよ」 とささやいて聞こえるようになり、占星学の本質とは何なのかを理解したのです。
 
私の指導霊から聞いた話では、この 「執着」 こそが、次の輪廻転生の源であり、かつ、過去世の痕跡でもあるのだとか。 そういう意味で、冥王星研究と、冥王星をこうした星々の総体と位置付けて、エリスや小惑星群、プラネットナインなどの太陽系外縁天体の占星学的・心理学的対応を観察していくことは、これからの占星学の発展にとってまことに重要なことのように思えます。これらの星には 「執着(カルマ)」 のはたらきと、その執着(カルマ)が実は今の自分自身と霊界との境界線、侵食しあう波打ち際である、という予感を占星術家に想起させずにはおきません。
 
ここから太陽系外に向かって彗星の巣であるエッジワース・カイパーベルト、太陽風が届く限界の 「ヘリオスフィア」 へとだんだんグラデーションのように外宇宙に伸びていき、広大な 「ヘリオポーズ」(外宇宙や銀河系星間物質と太陽系が侵食しあう境界) になっていくわけです。ここから先は神の摂理というか、広大なこころの海といいますか、もはや個人的な、今生かぎりの霊魂といった、卑小なものさえも超越した、広大な世界になっていくのでしょう。そこに無限の輪廻があると思うと、途方もない神秘に胸がわくわくしてしまいます。
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