占星術 ★連載コラム★

『超次元占星術』の生みの親、酒井日香と『インド占星術』の玉妃 による、占星術連載コラム!!

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今年(2019年)はなんと、地球全体で3回日食があり、さらにそのうち2回の日食を日本で見られる、ということで、珍しい年になるそうです。前回に年2回、日食を国内で観測できたのは2009年でした。1992年にも年に2回、国内で日食を観測することができました。占星術のルールで見ると、おそらく2019年は2009年、1992年にどこか似た年になるかも知れません。とはいえ、占星術師というのは、そうした、「主観的なこと」を言い逃げするのが常ですから(笑)、この二つの年に2019年は似るでしょう、などと予言したところで、この二つの年のどれも、どっさりいろんな激動が起こっていますから、どれを持って「2019年と似ている」などと厚かましく言えるのかは、問題ですね(笑)。まぁ、今年もいろんな激動が起こるでしょう。でも、毎年世間はそんなこと言ってます(笑)。

 
さて、デンマーク貴族にして天文学者であったチコ・ブラーエは、幼少期に日食に心を奪われたそうです。地動説を支持したために火あぶりにされた修道士ジョルダーノ・ブルーノも、占星術師が日食を言い当てられることに生涯興味を持ったそう。かくいう私も、占星術に惹かれたのは地学的な好奇心からでした。本当に星の位置で、運命がわかるのか? 未来の予測などできるのか? というところですね。江戸時代の日本の天文学者・高橋至時や、渋川春海なども、日食をなぜ予言できるのか、大変不思議がったと言います。
 
中世の天才的な学者たちでさえ、そうなのですから、こよみを頒布していただくほうの庶民にとってはますますそうでしょう。 「え? なんで言い当てられるの?? あんな天の現象をなぜ当てられるの??」 という感じで、庶民には天文学者(占星術師)は尊敬の対象でしたし、その畏敬の念を天皇や国王といった施政者たちは、紀元前の昔から自分の神格を裏付けるために利用してきたのです。
 
もしも占星術師が、未来の惑星の位置や日・月食を言い当てられなかったとしたなら、それは自分たちの沽券にかかわることですし、万が一予測を外してしまえば拷問や処刑が待っていることもありました。しかし占星術師というのは、恐ろしく悪知恵の働くしたたかな連中でもありまして(笑)、自分の日食計算が外れると、帝に 「帝の(まつりごと)がよろしくないがために天が正しく食を起こしてくれませんでした」 とささやき、自分たちの立場の安定を図るとともに権力者を洗脳し、自らの支配下に巧みに置いてしまう、ということも世界史のあちこちでよく見られます。人のせいにすりゃあ世話ないですけどね!
 
実は平安時代、日本はすでにそうした「暦道の危機」にありました。日食の予測をしばしば外すようになっていたのです。
 
実は日食が起こるメカニズムというのは、そう難しくありません。地球の赤道を基準にして、太陽の通り道である「黄道」は約23・4度ほど傾いていますが、月の通り道である「白道」はその黄道に対して約5.1度ほどさらに傾斜しています。その黄道と白道の交点近くで朔——、すなわち、新月になれば日食、望——、満月になれば月食です。これは長期間観察し続けると、ある日食から次の日食までだいたい6朔望月であり、まれに5朔望月のときもあれば1朔望月のときもある、ということを知ることができるでしょう。18年プラス11日おきに似たような食になるので、この周期を「サロス周期」と言います。
 
古代の天文学者もこれは当然知っていました。中世日本の宿曜寮(天文官)の学者も、この周期で占い暦を作り天皇に進言していました。ですが、彼らは少しばかり計算を侮っていて、「月は地球より小さい」ということを上手く見積もれていなかったのです。
 
夜、真っ暗なグラウンドの遠く離れた場所に、明るい電球があって、その前を人間が横切って電球を遮るとします。すると、真正面からそれを見ている人には、人間の背中に隠れて電球の光がよく見えません。しかし、少し角度を変えて真正面からではなく、違う角度から見ると、人間の背中の電球が少しだけ顔をのぞかせたり、ほとんど隠れなくなったりします。これと同じで、なぜ中世の天文学者たちがしばしば日食予測を外したのかといえば、実は 「彼らの知らないところでちゃんと日食は起きていた」 からです。中国人はいち早くそのことに気づき、ペルシャから天文学者を招聘して日食予報の精度を上げる努力をしました。そして13世紀、世界史上もっとも精密な暦であると評価される「授時暦」を完成させるのです。
 
しかし、中国人がなぜ食のズレに気づくことができたかというと、モンゴル帝国の元がアジアからヨーロッパ、アラビアまでを支配した時代、広大な領地のあちこちに天文台を建てたからです。緯度も経度も違う観測所を複数持っていたため、中国大陸の東北部で部分日食でも、カザフスタンのほうでは観測されない、とか、そういう事例を集めることができました。日本は国土もこれほど広くありませんし、中央集権的であり、都の中でなんでも済ませてしまっていましたから、天文暦道の面では中国にかなり劣っていたようです。
 
さて、そんな日食・月食ですが、中世の天文学者たちの涙ぐましい努力により、今では40シリーズあることが知られています。一つのサロス周期だけではない、ということです。実は占星術で用いている太陽と月の交点、「ノード」(またはラーフ・ケートゥ)は、占い用の天体暦を見るとまるで1種類しかないように書かれていますが、実は厳密には40パターンのノードがあるのです。占星術のノードは、この、本当は40パターン存在しているサロス周期を拾って一つのポイントにしているのです。1月6日の日食は日本では「部分日食」ですが、この日の星占い用の占星暦を見てみると、ノードはかに座の26度(ゾーンゴールド)となっています。しかし、太陽はやぎ座の15度。月はこの日の朝10時42分にやぎ座15度(ゾーンネイビー)を通過して日食を起こします。
 
あれれ?? かに座の26度にノードなのであれば、月と太陽が正確に朔になるのはやぎ座の26度でなければおかしくないですか?? なんだかすごくズレていますよね。11度以上ズレていますが、これでいいのでしょうか?
 
と考えると、実はこれで合っているんです。月と太陽の視直径はどちらも0.25角、という値で、同じ大きさに見えます。ということは、太陽がある場所にいて、月がそこから0.25角南に離れた場所を通ったとき、赤道から見ている人にはまったく食が観測されませんが、南極から見上げると日食になります。この0.25という角度を、4倍すると1度角になります。地球の大きさは月の約4倍ですから、0.25×4=1、は、地球の幅、ということです。
 
さらに南北で最大月二個分までの誤差であれば……、すなわち0・25×2=0.5で、1度プラス0.5度の範囲内であれば、地球のどこかで部分日食になります。この角度を遠くの交点の距離まで伸ばしていくと、食が起こる範囲はノード(ラーフ・ケートゥ)の、±17度ということになります。つまり、ノードから17度以内で朔なら部分日食、±11度以内で朔なら地球の一部で皆既日食となり、さらに月が地球により遠いところで朔であれば、金環日食となります。
 
この、占星術上のノードは、占い暦だといつも北側のノースノードの位置しか書かれていませんが、反対側のサウスノードは常に180度対抗しているので、どちらか一つ記載すればいいということになります。でも本当は黄道を二か所通ります。黄道の北側にできる交昇点(ここを境に月が黄道より北側になる)のことを、日本や中国、朝鮮では羅睺とか、羅睺羅、などといい、黄道の南側にできる交降点(ここを境に月が黄道より南側を通る)のことを、計都、と言いました。どちらもサンスクリット語の音表です。インド占星術ではラーフ、ケートゥと言います。インド占星術では、交点は重大な天体の一つであり、ラーフとケートゥを惑星として扱います。北半球の我々から見ると、交昇点を過ぎた月は黄道の上(北)を通るように見えます。反対に交降点を過ぎた月は黄道の南を通るため、黄道より低く見えます。南半球ではこれが逆となり、赤道直下では南北の交点の間を黄道が通る形になります。
 
羅、というのは、龍という意味。龍の喉、と書くことからわかるように、この交点は古来から忌まわしい大蛇の生首だとされてきました。ヒンドゥー教の神話では、ヴィシュヌ神にチャクラムという名の投げ輪で首を切断されたアスラという妖怪なのだそうです。西洋占星術では単に「交点(ノード)」と呼ばれることが多いですが一部ではヒンドゥー神話に習い北の交昇点を「ドラゴンの頭(羅睺)」、南の交降点を「ドラゴンの尾(計都)」と呼ぶ占星家もあります。西洋占星学では出会いと別れ、人々との縁、社会を表すとされていて、吉か凶かはかかわる星次第ですが、インド占星学ではいずれにしても凶星であり、ラーフやケートゥの滞在している星座や、関係するハウス、アスペクトなどは災いをもたらすとされています。
 
一つのサロス周期はおよそ1400年間続いたあと消滅します。今年、2019年の1月に起こる日食は、「サロスナンバー122番」で、これは1046年に初めて現れたサロスです。なんと平安時代初め、後朱雀天皇が即位したころに生まれたサロスです。そんな時代に始まったことが、現代まで続いているなんて驚異的です!! 後朱雀天皇は、天文暦道のスペシャリストで、天才呪術師でもあった安倍晴明が仕えた一条天皇の子どもですから、もしかしたら安倍晴明がこのサロスを計算していたかも知れませんね! そう考えるとわくわくします!
 
さて、そんな1月6日の日食は、超次元占星術では、「火のグループ」であるゾーンレッドで起こります。さらに1月6日の日食に紐づいた月食が1月21日に起こりますが、これも起きる場所は「火グループ」の一つ、ゾーングレーです。
 
7月3日の日食は「水グループ」のゾーンホワイトで起こります。 げ!! あたしの生まれゾーンじゃないですか(笑)。7月17日には、7月3日の日食と紐づいた月食が起こりますが、これは「風グループ」のゾーンシルバーです。
 
12月26日の日食は「土グループ」の一つ、ゾーンライムで起こり、これに紐づいた月食が2020年1月11日に同じく「土グループ」の一つ、ゾーンピンクでできますね。
 
食は、古来からぶっちゃけ、実のところ「だいぶシャレにならない不吉寄り」に考えられてきました。太陽は肉塊にこころと魂を吹き込む力を表示し、月は肉体を維持する力である細胞分裂と新陳代謝を表しますから、この二つが翳るということは、「ストレスに注意」ということです。
 
もっと大胆に「生命力の衰え」などと読んでもいいのですが、日食は先ほども述べたように1・5・6の朔望月ごとにめぐってくる、わりと「ひんぱんに起こる天象」ですから、そのたびに命の危機だ、身の破滅だなどと予測していたらへとへとに疲れてしまうでしょう。
 
それよりも、食の元であるノード(ラーフ・ケートゥ)は、「人間同士の集まり」を意味しますから、対人関係のストレスコントロールが必要になりそうだ、と解釈したほうが現代人には当たるはずです。
 
すでに主人がライム生まれで、この頃のことをあれこれ気にかけているので(笑)、超次元占星術で見守ってあげようかな、なんて思いますね。私にできることと言えばお布団を干してあげるとか、何か栄養のあるものを作ってやるとか、そんなことしかできませんが……。娘も、日ごろから対人関係にストレスをためやすいタイプなので、日食・月食の頃はケアにつとめたいと思います。
 
ということで、日食、不思議ですね! 7月の日食は日本で観測できませんが、1月と12月の日食は観測できるので、皆さんも「ああ、あれが1000年以上も前から続いているのだなぁ!!」と、しみじみ思い出してみてください。
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 さて、今週も、輪廻をけん引するものである「プラクリティ」と、輪廻から抜けさせる力である「アートマン」について、お話していきましょう。
 
プラクリティというのは、端的に言えば「我欲」です。アートマンは、「真我」と訳されます。これらは一人の人間の中で複雑に混ざり合っていますが、成分としてはまったく別物です。赤身のお肉がアートマンだとすると、プラクリティは脂肪です。
 
さて、アートマンとプラクリティについて理解を深めるために、私自身のお話をしましょう。相当自分をえぐって書かねばならないため、辛いところではありますが……。
 
私は超次元占星術を毎週、UPしています。どうしてUPしているのかと言えば、現代の占星術があまりにも混とんとしていて収拾がつかず、オーソドックスな占星術が忘れられてしまうのではないか、という危機感です。それから多少は、みなさんのお役に立てたらうれしい、という思いもあります。これをきっかけに占いではなく、天文学や数学などの実際的科学に目を向けてもらえたらさらにうれしいです。
 
こう聞くと、「酒井さんは立派な志のある人だなぁ」と褒めてくださる方もいるかも知れませんが、同時に私はやましい心も持っています。これでもしも書籍化できて、細木数子さんのようにざくざく稼げたら愉快だ、という気持ちです。それから、本当は酒井日香という人間にとって、占星術とは、いい広告宣伝素材であるという側面。私が本当にどうしても読んで欲しいのは占星術のくだらない占いではなくて、小説と論文です。世間の人たちは開運、という響きに弱いので、占いを撒き餌にしておびき寄せて、小説に誘導したいという本音があります。
 
こう書くと、「ずるい人間だな」 とお思いになるかも知れません。しかし、ヨーガの哲学では、こうした 「本音とタテマエ」 は、完ぺきに分けることは難しいとしています。占星学で人のお役に立ちたい、という、聞こえのいい部分がアートマンで、これで儲けたい、という部分が我欲のプラクリティです。どちらが本音なのか?? どちらも本音だけれど、今、自分の胸に問いただすとやはり、「小説を読まれたい」が一位の欲求ですね。それ以外のことは優先順位としては低い気がします。
アートマンは大変に美しく崇高です。これが本音の人間なんているのか? と感じてしまうこともありますが、聖書や仏教説話にはそのような、アートマンで心をいっぱいにした聖者のお話がたくさん出てきます。悲願、なんて言葉もありますね。原爆をなくそう、とか、ガンを撲滅させたい、とか、そういう、「人のために、世界のために」という思いで行動し、損を背負い、死んでいく人はけっこういる。そういう人は心の中で赤身の部分——、すなわち、アートマンが優勢の人々なのです。
 
ところが、我々は凡人ですから、表向きは「世のため人のため」を歌いながら、実のところ、それを隠れ蓑にして私腹を肥やすこともあります。世のため人のため、と言えば、ツイッターでリツイートしてもらいやすいから、本当は自分が有名になりたいだけだけど、ちょっとかっこいいこと言ってみようか、というのが、プラクリティです。
 
ヨーガでは、アートマンの成分を強くさせることが解脱への道であり、開運招福の道であり、大いなる天命に生きる道であるとします。リツイート狙いでの下心ではなく、本気で、命がけで人のために生きたい、と願うこと。その心が我欲のプラクリティを滅ぼすように神仏に祈ること。これが推奨されます。
 
そして心の成分がアートマン100%になってしまうと、どうなるかというと、なんとヨーガ文献では 「消えてしまう」 というのです。プラクリティをもし、滅ぼしつくしたら、もはやその人の姿形はこの世に保てないというのです。 すなわち、我欲であるプラクリティをなぜ「原質」と呼ぶかというと、それこそが肉体を形作る根源の力だ、ということだからです。その原質が次の輪廻転生をけん引する力でもある、ということです。
 
そして、崇高な真我としてのアートマンも、醜いプラクリティも、どちらも本音になり得ます。この世から貧困をなくすために、自分は死ぬ気で、私財をなげうってでもやる、という覚悟も本音だし、いやいや、儲けて儲けて、金持ちになって自慢して、いい女をたくさん抱いてこの世を味わい尽くしたい、というのも本音になり得ます。
 
そして「本音」というのは、強いのでした。「本音」というのは、占星術では冥王星がつかさどります。そして冥王星は太陽系心理モデルでは、下図のように、たくさんの矮惑星や岩、氷のカタマリがごろごろしている「エッジワース・カイパーベルト天体」の総体のような存在になっているのです。
↑《心理モデルとしての太陽系図》↑
冥王星が代表者のようになっている「エッジワース・カイパーベルト」全体が、個人の心の深い本音全体を暗示しています。そしてピンクで示された領域が、地続きで心の繭に相当する「オールトの雲」に続いていきます。オールトの雲は膜のようなものであり、自分の心と他人の心とを分ける壁でもあります。この壁というか、膜の内側で個人を包んでいるのが「本音」だ、ということ。そしてこの本音(冥王星)というものは案外深く、距離も長く、さらに本人も気づかないくらい奥底まで続いているということです。
 
ここから、すさまじい力を取り出しましょう、というのが、自己啓発のやり方です。本音というものは細胞膜のように、個人を取り囲んでいて、その外側にある広大なエネルギーの海に接地している。だから、本音さえ引き出せば成功なんてたやすい、というのが、多くの自己啓発の原理です。
 
そしてその本音、という、心の細胞膜は、我欲のまったくない、脂成分のまるでない、清いアートマン100%になってしまうと、外宇宙というのはアートマンだけで出来ているエネルギーフィールドですから、細胞膜が破れてしまうのです。すると、人間の姿かたちも消滅してしまうということですし、もはやその人は輪廻転生しない、ということです。これを仏教では 「解脱」 と呼んでいます。アートマンにはすさまじいエネルギーがあり、それゆえ、アートマンが本音の座に多くなることが開運の条件なのです。「いい女を抱いていい気になって働きたくないから金持ちになりたい」と本気で思う人と、「この身も財産も捧げていいから人のために事業を起こしたい」と思う人では、どちらも確かに開運するのですが、長続きしませんし、エネルギーレベルがぜんぜん違うわけです。プラクリティを本音の座に置きすぎると破滅します。けれども、それを純度100%にしてしまうと体を維持できません。あまりの巨大なエネルギーと同化してしまうからです。
 
さて、占星学とは、まさにこの、輪廻をけん引する本音を探る技術です。あなたの本音、本心は何なのか。それはもしかしたら前世からの意識の影響かも知れないし、来世の影響かも知れません。今生、どう生きたいのか。それに気づかせる技術であると言えます。
 
そうして気づいたら、徐々にプラクリティを本音の座から追い出し、アートマン優勢にさせる。そしてヨーガは100%アートマンにして、二度と転生するなと説いているのです。それを目指し続けろ、と教えています。この境地に至るために、占星学はカルマの読み解きというものを使命としています。カルマとは、冥王星を入り口にしたカイパーベルトからオールトの雲へと続く、心の細胞膜のこと。だから、超次元占星術ではとにかく冥王星なのです。冥王星が重大なシンボルになっている新しい占星学です。超次元占星術を楽しまれる方は、そうしたことも心の片隅に置いていただければ幸いです。
  
   



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突然ですが、これからの占星学の在り方を考えるうえで、大事になってくるのが天文学と心理学との類似性(フラクタル)です。
 
日・月を始め海王星までの惑星と、冥王星からさらにその奥、まだ知られざる巨大惑星が眠る「エッジワース・カイパーベルト」や、そこから連続的に広がっていく彗星たちの繭 「オールトの雲」、オールトの雲によって包まれている太陽圏「ヘリオスフィア」、そして、その波打ち際では侵食しあう外宇宙の物質と、太陽系の成分——。 これが、占星術師・ケプラーが開いた近代天文学によって人類が知ることになった新しい太陽系の姿です。それが一番新しい知識なのだから、占星術師は謙虚にそれを認め、取り入れてもいいのではないかと私は考えます。
 
正直、今、ネットで人気を博している占星術のほとんどが「マスコミ占星術」と言って、ねつ造の、うその占星術です。ライターさんが受け狙いで、小説のつもりで書いていますから、ふんだんに創作です。そこから離れようとするのが超次元占星術であり、超次元占星術では、現代天文学がとらえた新しい太陽系の姿を占星術に取り入れる姿勢を持っています。
 
 そして心理学モデルとして太陽系を眺めたとき、オールトの雲やエッジワース・カイパーベルト天体というのは、今のところ冥王星が入り口で、冥王星が代表者のようになっていて、そこが個人の意識を包む 「繭」 への扉だ、というのは、何度かこのエッセイでもお話しました。新世紀エヴァンゲリオンというアニメで、人型兵器エヴァンゲリオンに乗り込むパイロットを守るために発動する「ATフィールド」というものがありまして、そのATフィールドがしばしば、「他者と自分との境界線」のように描かれていますが、太陽系心理学モデルもそんなイメージです。オールトの雲が包むその中が、地球人としての我々の意識である、ということで、冥王星はそうした「超深層心理」への入り口、秘密の扉のようなものだ、ということは、何度も申し上げてきました。図にするとこんな感じです。

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《心理モデルとしての太陽系図》
 
 さて、深層心理あるいは、無意識と呼ばれる広大な領域のいわば、 「渚」 にあたる冥王星。冥王星の意味は 「本音」 である、ということも何度もお話してきました。詳しくは過去記事、「冥王星と言う星〜太陽系とリンクする心理学〜」https://blogs.yahoo.co.jp/nichika_astrology/37202086.html を、併せてご参照いただければ幸いですが、冥王星が示す 「本音」 というのは、さらにその外側のエッジワース・カイパーベルトや、オールトの雲へ続く扉なのです。ここには潜在無意識領域があり、冥王星はそこと接地している。だからこそ、自身の本音に気づくことは大事で、本音さえ気づいてしまえば、あとはそこからエネルギーを取り出せばいいだけだ、というお話も、先週のエッセイで書きました。
 
しかし、人間は悲しいかな、常に自分自身さえだましてしまう生き物です。
 
本音では〇〇さんなんか死ねばいいと思っていても、タテマエでは応援してしまうとか、本音ではカネさえむしれればいいと思っているけど、タテマエではきれいごとを並べるスピリチュアル講師とか。あなたのためよ、と言いながら、本当は他人をコントロールしたいだけの毒親とか。
 
それ以外にも、本心では平凡に生きたくない、と思っているのにそういう道を選ぶのが怖い、とか、好きなこと起業してみたけど本当は起業がしたかったわけじゃなくて単に、平凡な自分にコンプレックスを抱いていただけだった、とか……。
 
まぁ、この世の人間のすべてにおいて、このような 「本音とタテマエ」 があります。その本音を素直に口に出し、行動できる人が強いのですが——。だからといって、本音でありさえすればいいというものでもありません。本音、というのは実に巧妙に、巧みに、タテマエに化けようとするからです。本音、というものがお肉だったとすると、そのお肉にはこってりした脂肪とか、噛み切れない筋がたくさん混ざっていて、絶えず自己反省し、心をメンテナンスしていかないと、いつの間にか脂と筋だらけのまずい肉になってしまうのです。
 
その、心の「脂肪・固い筋」のことを、インドのサーンキャ哲学(ヨーガの理論を支えた哲学)では、「プラクリティ(原質)」と呼んでいます。美味しくて滋養のある赤身のお肉の部分は、「アートマン(真我)」と言います。しかしながら、アートマンとプラクリティは、松坂牛の霜降りお肉のように、一体のものであり、分けがたいのです。ですからプラクリティを瞑想やセラピー等で完全に取り除くことはできません。大切なのはアートマンとプラクリティのバランスを、できるだけアートマン優勢にする、ということです。アートマンが常に、プラクリティが増えすぎないように監視するのです。理想は99対1くらいでアートマン優勢が理想です。それを目指しましょう、というのがヨーガ哲学ですが、赤身と脂の比率を6対4にさせるだけでも我々凡人は苦しみます。7対3ぐらいになれたら、もう何をやっても、どこへ行っても通用する幸福な人でしょう。
 
さて、「本音」 の中で混ざり合っている成分である、「プラクリティ」と「アートマン」のお話を、来週はさらに深めていきたいと思います。なぜならここに、「占星学とは何か」という命題への答えがあるからです。 今週はここまで。。。。



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酒井先生、ご無沙汰しています!
石川県のAです!

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↑ 私のFACEBOOK ページのメッセージ欄にいただいたご質問。
《Aさんからのメール(全文)》
 
寒くなりましたがお身体はいかがでしょうか?
冬の北陸は美味しいものが多いので、ぜひ機会があれば遊びに来てください!ご案内します。
 
私は酒井先生の区分ではゾーンピンクです。今週も忙しかったですが、冥王星のお題にまだまだ向かい合う必要があるのだと痛感しております。
 
また酒井先生のご意見を伺いたく、メッセージいたしました。
それは、潜在意識と顕在意識についてです。
 
多くのスピ系はこの2つの言葉を使い商売をしている方が多いようです。氷山の絵を用いて説明し、これを書き換えして自己実現しよう!!みたいな。まあ、うまいことお金を回収される人が多くとても残念なのです。
 
酒井先生は、潜在意識と顕在意識という言葉についてまた、潜在意識を書き換えしましょう!にハマる人が多いことについてどう思いますか?
 
またお時間があればお返事いただければと思います!
よろしくお願いいたします
 
 はい。ということで、Aさんこんにちは☆彡 ゾーンピンクのお生まれ、「土のグループ」さんなのですね。土のグループであるライム・ピンク・パープル生まれの方は、今年(2018年7月)から、来年早々(2019年1月13日)まで、冥王星の影響下です。
 
なかなかに、人生を営む根幹であるところの 「自分自身が依って立つための信念・思想・方法論・生活基盤」 そのものが、揺らいでしまう、脅かされる、という体験をした、ということが多く寄せられています。顕在意識と潜在意識、というテーマも実に冥王星期らしいです。冥王星はまさに、占星学的には、 「個人の意識と無意識がせめぎあう渚」 であり、天文学的には太陽系外縁天体、という位置づけで、超次元占星術では、冥王星単体で働くシンボルというよりかは、冥王星の軌道上にあるたくさんの小惑星群や、矮惑星たちを取りまとめた相称、として、 「冥王星」 を用いています。
 
数学にはトポロジー数学、とか、フラクタル数学、とか、幾何学集合とかいう領域の研究があって、自然界の何かが、人間の何かとすごく似ている、というものを研究する学問です。そこで近年言われているのが、実は現代天文学で解明されてきた太陽系の姿が、心理学モデルとしても活用できるという意見です。自然界のもののふるまいがしばしばフィボナッチ数列やπ、黄金比などとそっくりであるのと同じように、人間のこころや、人体内で働く分子の構造が、ある種の数列や幾何学的集合によく似てしまう、ということを研究する学問です。実は占いの母体である錬金術の世界では、昔からトポロジーやフラクタルという概念が当たり前でした。錬金術師は大昔から、数学と自然界、人間のこころとの一致を研究してきたのです。
 
さて、冥王星という星の軌道周辺には、こまかい星がたくさん存在します。ここからさらに外へ向けて観測機が飛んでいくイメージを思い浮かべてみてください。ここから先は次第に小惑星の海になっていくのです。これを 「エッジワース・カイパーベルト」 と言います。時折地球近傍に現れる彗星たちのほとんどが、冥王星の軌道のさらに奥にあるこの、エッジワース・カイパーベルトから飛んでくるのです。
 
そして、さらに外側から太陽系を眺めてみると、この 「エッジワース・カイパーベルト」 が、まるで繭のように太陽系をくるんでいるのが見えます。この 「繭」 全体がヘリオスフィア——、すなわち 「太陽圏」 であります。ここから先になってしまうとそこはもう、太陽系の隣の恒星系とか、銀河系との境目になってしまい、外宇宙の星間物質が混ざり合う領域です。私たち地球人は太陽の光から生まれてきた太陽の子どもであることは、現代の天文学や量子論で証明されておりますので、フラクタル数学的に考えるなら、その霊魂を受けてこの世にいる私たちの 「こころ」 も、太陽圏によって守られている、太陽圏までが地球人としての意識の限界であり、そこから先になると地球人としての姿・かたちはもはや保てなくなり、無限の輪廻の海になるのではないか、と、想像することができますね。
 
占星術とは、いうなれば 「太陽系のダイナミズムをこころのフラクタル(類似性)として考える営み」 であると言えます。そして実に不思議なことなのですが、科学モデル、数理モデルとしての天文学が東洋ではあまり発達しませんでしたが、西洋では数理モデル、科学モデルとしての天文学が15世紀のコペルニクス革命を境に盛んになりました。そしてコペルニクス革命の前後というのは、魔女狩りがもっとも盛んだった時代と重なります。
 
「魔女狩りの社会史」という本を、知り合いの読書家さんが勧めておられたので私も読んでみましたが、その本によるとどうやら、ヨーロッパ人には長いこと 「潜在意識」 という概念がなかったということです。 東洋人からすると不思議です。ヒンドゥー教や仏教の伝統が強いアジアでは、潜在意識、というものこそ輪廻転生の正体であり、執着の源であり、もっとも克服しなければならないものだからです。
 
人間にはどうしても、「シャドウ(影)」 という部分があります。実はこれこそが潜在意識であり、占星学的には冥王星とその周辺の矮惑星たちが表すことなのですが——。 例えば、不倫たたき、というものがありますね。不倫した有名人をぼろかすに罵る、ということを、ワイドショーなどでは連日していますし、ネットの論調でも不倫はひどい叩かれ方をします。
 
でも、「不倫」というものは、当然結婚という法的な契約を破ることですから、違反は違反で、許されざることですけれども、世の中の不倫たたきをよくよく観察すると、背景にはその二人の 「みだらな関係」 「快楽に溺れる状態」 というものに対して怒っている、想像して腹を立てていると言えなくないでしょうか。
 
セックスのとてつもない快楽について、みんな実は知っている。知っていて、本当は自分だって性的に豪華な目に遭ってみたいけど、法とルールを言い訳にしていて、がまんしているのに、こいつらはケダモノのように衝動だけでセックス三昧しやがって、許せねぇ!! という感情がゼロではないことは、みんなわかると思います。本当はモテるのなら、機会さえあれば自分だって性欲のかぎりを果たして周囲をボロボロにしてみたい。でも、できないし、最初から美男美女ではないからモテない。ちくしょう、うらやましい!! というのも、不倫たたきの背景にはあるのではないでしょうか。
 
まぁ、この場合は単純に 「羨望」 であり、自己の気持ちにうそをついているわけではないので、まだマシというか、単純なことです。こういう風に怒りをぶつける人は人間らしく正直です。問題はそうではない人、自分の本音にうそをついているケースです。これが実に厄介なのですが、今度はそれを見ていきましょう。
 
さて、再び不倫たたきを例にとります。
 
不倫は、少し冷めた目で見ると、性的な快楽などほんの束の間であるのに対して、経済的な損害や社会的損害、単純に人付き合いが増えることによる長時間拘束、嘘をつき続けることへの心理的ストレスなどがあり、実のところ、快楽どころか、とても辛いことであるとわかります。賢明な人ならなおさらそんな真理に気づきます。こんなものに溺れるその気持ち自体が理解できない、と言う風に強く思うでしょう。実はここが厄介なのです。
 
そうすると、 「なぜそんな簡単なことを彼らはわからないのだろうか」 という、じれったさ、もどかしさが生まれてしまう。すると、 「彼らに気づいてもらうためだ」 というタテマエを笠に着た 「嘘」 になり、気づいてもらうためには言い過ぎ、やりすぎもやむなし、と考えてしまう人々もいます。教育のため、しつけのためと称して子どもを折檻する親とまったく同じです。教育といいながら、殺しかねないくらいひどいことを言う。相手の人格を言葉で殺しているのです。これでは殺人犯と同じです。物理的に殺していないからいいのだ、と、この世の法律では思われてしまいますが、こころの世界では 「言葉の暴力」や 「たましい自体を殺す意図で相手を傷つける」 行為は重大な倫理違反です。
 
こうなってしまうと、不倫たたきも、「言葉の暴力をふるうための言い訳」になってしまって、実は不倫たたきを隠れ蓑にして単に他人を思い通りにコントロールしたいだけではないか、という構造にもなってくるわけです。毒親問題のみならず、会社で部下を教育と称して激しく叱責するパワハラ上司や、彼氏や彼女をいいなりにさせたい毒恋人、友達をさりげなく自分のコントロール下に置きたい毒友などなど、こんな構図はいたるところにあるでしょう。この感情を 「シャドウ」 といい、それは 「支配欲」 であるといえるわけです。そしてシャドウと支配欲こそ、冥王星の象意なのです。
 
潜在意識・顕在意識というのを、この不倫たたきの例のように、 「本音とタテマエ」 で考えると難しくありません。本音のほうが 「潜在意識」 であり、タテマエのほうが 「顕在意識」 と考えれば、そんなに難しい理屈でもない気がします。そして実はこの 「潜在意識(本音)」は、太陽系モデルにそっくりで、さらに広大な 「集合無意識」 という海のようなものに浮いている、と考えられ、ここから先になると宇宙と一つに溶け合ってしまうといいますか、あたかもエッジワース・カイパーベルトの先の空間のように、他と我とが混ざり合う、個人が個人でいられなくなる場所でもあるのでした。
 
そしてこの 「本音」 は、宇宙の海に浮いていて、広大なエネルギー源に接地しているのですから、本音から莫大なパワーを取り出すことができてしまう。不倫たたきを再び例にとりますと、不倫批判のために莫大なエネルギーを使う人もいます。赤の他人の、会ったこともない人の落ち度に狂ったように年月を捧げる人もいる。しつけのためといいながら、あらゆる手段で子どもを虐待することを考える。おそらく心的パワーを具体的にエネルギー換算する計算方法が確立されたとしたら、これらの人々の心的エネルギー指数は莫大なものになると思います。だからこそ、カトリック文化圏の人は、この感情に引きずられるままに魔女狩りを繰り返し、数十万の罪もない命を奪ったのであります。そしてその反省からフロイト心理学が生まれ、はじめてキリスト教文化圏が 「シャドウ」 「支配欲」 というものについて目を開くようになったのでした。そして仏教ではそれこそが次の輪廻を生み出すのです。
 
本音(潜在意識)にはこのように、とてつもないパワーがある。と、いうことは、この本音を正しく用いて、正しい欲望に身を投じれば成功なんてわけなどない、ということができるでしょう。これが各種自己啓発で用いられている 「潜在意識 × 顕在意識」 という概念です。これはある意味、人類の長い観察により得られた 「経験的事実」 であるので、これ自体には存在の是非はありません。しかしながら、用い方には問題がある場合もあります。一番の問題なのが、本音(潜在意識)とタテマエ(顕在意識)について論じているスピリチュアル講師本人が、自分の本音(支配欲)を隠して、「あなたのためよ」 とタテマエでごまかして、人を支配する構図です。そして受ける側も、本音(潜在意識)ではうすうす、スピ講師のうさんくささを感じているのに、タテマエ(顕在意識)では自分が騙された、とは思いたくないので、スピ講師の入れ替わった本音とタテマエを敢えて見ないようにしてしまう。
 
どこのスピリチュアルセミナーに行っても大なり小なり、この通りの構造が生まれます。だから本当に人の胸に刺さることがしたいのなら、本来は徒党を組んだり、人前でがちゃがちゃ何かする必要はないのかも知れません。普段の生活の中でしっかり実践できていればいいことであると言えますね。
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先日、こんな質問が掲示板に寄せられました。
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↑PN、「さつまいも」さんより。

 さて、アセンダントです。いきなり難しいご質問だな、と思いました。なぜ難しいのかといいますと、それは単純に地理学的な問題と、出生時刻の記録上の問題があるからです。
 
 結論から申し上げますと、実は「本当のアセンダントは決めがたい」のです。
 
 皆さんが、私のアセンダント、と思っているその 「度数」 が、本当にあなたのアセンダントかどうかは証明しようがありません。ですから、さつまいもさんのご質問には 「アセンダントが本当にその度数で合っているかどうかは誰にも分らないので、使用しないほうがベターですね」 という答えになります。
 
 さて、私が占星術について学び始めた1980年代後半頃はまだ、家庭にPCが普及する前のことでありました。ですから占星術を学びたい人は、手計算でホロスコープを作るしかありませんでした。市販の占星術指南書を買うと、当時はどの本にも付録として室頂表やエフェメリス(天体歴)がつけられており、本の中にある計算方法に従ってホロスコープを埋めていくやり方でした。
 
 しかし、各家庭にPCが普及してしまうと、出版社も付録ぶんの余計な紙を使いたくないので、ネットに置かれた無料占星術ソフトのURLを示したり、使用できる市販の占星術ソフトの商品名や購入方法を示せばそれでいいということになりました。従って近年市販されている占星術指南書には、巻末付録の室頂表やエフェメリスがついていません。
 
 すると、数字を入力するだけで簡単にアセンダントや10惑星、アスペクトなどが示されるので、占いを楽しみたい人にはラクなのですが——。 しかし反面、その手軽さゆえにますます占星術の背景にある数学・天文学から切り離されてしまい、誰も背景を知らなくても占いができる世の中になってしまいました。すると増えるのが 「妄信・狂信」 の占星術愛好家です。
 
 アセンダントはその最たるもの。インド占星術では、「時刻修正(レクチファイ)」と言って、正確なアセンダントを割り出すために占い師が、お客さんに聞き取り調査をしたりもします。これもなかなか 「ホンマかいな」 の世界なのですが、占星術師は真剣です。幼少期から最近までの、事故や病気、結婚のタイミングなどをクライアントから聞き取り、それにふさわしいアセンダントを示して、 「あなたのアセンダントはこれまでみずがめ座の18度だと思われていたが、本当はみずがめ座の12度が正しいでしょう」 とやるのです。その瞬間、お客さんのアセンダントはそのデータに固定されます。
 
西洋占星術でも、身にふりかかる事件事故、その一切を予見するためには、正確なアセンダントがなければわからないとされます。ですが、果たして、この地球上に 「正しいアセンダントがわかる人なんて存在するのだろうか?」 というのは、占星術の背景にある地学・暦学、そして出生時刻の記録方法を見ると感じざるを得ません。
 
 占星術愛好家の人に、 「アセンダントとは何ですか?」 と聞くと、 「日の出のポイントです」 と簡単に答えます。占星術の市販の教科書にも簡単にそう書いてあります。ですが、地理的イメージとしてきちんと把握できている人がどれほどいるでしょう。
 
 みなさんが用いている 「アセンダント」 というのは、時間のトリックみたいなものなのです。1日は24時間です。24時間を 「分」 にすると24×60=1440分。1440÷4 =360で、地平線ぐるり一巡り、360度であるとすると、およそ4分で1度の計算になります。
 
 だから占星術では機械的に、黄道12星座を360度である、とし、1星座30度×12=360度である、としてしまったのですが、ちょっと待ってください、と言わざるを得ないのです。
 
 そもそも地球はいつでも1日24時間ではありません。ケプラーの法則通りにごくほんの少しだけ楕円軌道を回っているので、太陽から遠いときは南中が遅くなり、太陽から近いときには南中が早くなります。これを 「均時差」 といいます。正確な1日とは実は、天文学的には日の出から次の日の出ではなく、太陽が一番高くなる南中から次の南中までが 「1日」 なのです。
 
 すると、11月半ばに地球はもっとも太陽に近い軌道を回るため、南中から次の南中までの1日が、24時間より少し短くなります。反対に5月半ばになると太陽から遠くなるため、南中から次の南中までは24時間よりほんの少し長くなるのです。
 
 そうした均時差までアセンダント計算に組み込まれていればよいのでしょうが、ウェブサイトで公開されている占星術ソフトは計算を簡便化させるためにすべて均時差を入れた「真太陽日」ではなく「平均太陽日」での計算になっているのです。すると、多いときには16〜17分も真太陽日と違ってくる。アセンダントは理論上、4分で一度動くのですから、平均太陽日で割り出したアセンダントでは使い物になりません。
 
 さらに、 「いつが出生時刻なのか??」 という問題もあります。頭が出たときか、それともへその緒を切ったときか、産声を上げたときか。産院の時計が正しいという保証は?? 
 
 私には兄がおりますが、兄が生まれた時刻は17:30分、と母子手帳に記録されています。私の出生時刻は母子手帳によれば19:30分です。どちらも静岡県下田市の、同じ産院で生まれているのですが、先生や助産師さんたちも忙しいでしょうから、一連の作業が終わってやれやれ、となって、1日ぶんの出産に出生時刻を記録するとき、微妙な時刻であればきりのいい数字にしてしまうと思うのですよ。おそらく兄と私は、本当は違う時刻に生まれているのでしょうが、産院の先生がきりのいい数字、おおよその時刻で記入したのだろうと思います。するとこれも、 「4分で一度違う」 と考えると、4分くらいならズレもじゅうぶんあり得る数値だと思います。
 
 さらにもう一つ問題なのが、 「黄道12星座は必ずしも均等ではない」 という問題です。視界一周360度にしよう!! 円は一周360度ってことにしよう!! と定めたのは、実はバビロニア人です。人間が単に決めただけの数字なのです。
 
 しかし、夜空に輝く黄道12星座を見ると、おとめ座なんかは視直径にして33度〜35度くらいあるし、てんびん座やおひつじ座などは視直径にすると20度くらいです。本当に「360度なのか??」 というのは、疑わしい。人間が無理くり数学で、強引に360度に当てはめているだけのようにも思えます。さらにインド星座のアセンダントと、西洋占星術のアセンダントでは24度もズレてしまうのです。
 
 そうすると、 「アセンダント」 というもの自体が一種の幻想、ファンタジーである、と言えてしまいますね。本当の正しいアセンダントなんて、永遠のロマンと言うか、誰にもわからないということではないでしょうか。
 
 ただし、占星術はこれまで私が何度もご説明してきましたように、 「視覚効果による刷り込み」 という部分が非常に大きいのです。すると、たとえ本当ではないアセンダントであっても、ある星座のある度数を 「自分のアセンダントだ」 と思い込んで、繰り返し星占いをすることで本当にそのアセンダントは効力を持ち始めるのです。インド占星術でしきりと行われている、正確なアセンダントを求めるための「レクチファイ」というテクニックも、仕組みとしては 「自己暗示術」 ではないだろうかと思うのです。
 
 詳しくは先々週UPしたコラム、「超次元占星術・各ゾーンの傾向(タイプ)について」https://blogs.yahoo.co.jp/nichika_astrology/37216015.html をぜひ読んでみてください。
 
 ということでやはり、占星術とは 「暗示の使いようを研究する純粋心理学である」 ということになります。星座や度数なんてぶっちゃけ、なんでもいいのかも(笑)。 自分が、この星座のこの度数が好きだ! と思えば、それは効力を持ち始めてしまう。生まれ星座でさえも途中でやめたり、乗り換えることが可能です。占星術はこのように 「意思と思い込みの科学」 であるといえるでしょう。
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