占星術 ★連載コラム★

『超次元占星術』の生みの親、酒井日香と『インド占星術』の玉妃 による、占星術連載コラム!!

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先日、こんなツイートを私がしてしまったところ、
かなりの反響がありました。↓
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以前から、「占いビジネスを始めたがる、やりたがる人は圧倒的に30代なのだよなぁ」と思っていたところに反響がありましたので、本日はそのことを論じてみようと思います。これは意外と大切なことなのです。占いのコア・ターゲットが30代の人だからです。
 
 今は「アラウンド+エイジ」という表現をよくします。アラフォー、と言えば「アラウンドフォーティー」で、「次の一巡りは40代」という意味のようです。30過ぎたらもう「アラフォー」、40過ぎたら「アラフィフ」で、10年老化を先取りするような表現なので私はあまり好きではありません。そんなに生き急がなくてもいいのにな、と感じることがあります。45歳でも、「まだ40代だ」と思いながら生きるのと、次を先取りして「もう50代だ」と思いながら生きるのとでは、焦り方がかなり違うと思うのですが、みなさんはいかがでしょうか。
 
 さて、「アラサー」と言えばだいたいの世間の感覚では、20代半ばから30代半ばくらいまでを示すことが多いようです。このあたりの言葉の定義はあいまいで、どこからどこまでを指すのかは明確ではないのですが、まぁ、だいたい25歳〜35歳くらいまでの範囲か、40歳手前くらいまでを指して言うことが多いので、この記事での定義もだいたいそれくらいの年齢だ、ということで語りたいと思います。
 
 さて、30代。「アラサー全体」と考えるならば20代半ばくらいから40歳そこそこくらいまでの年齢ですが、このくらいはまことに悩ましい世代である、と言っていいでしょう。特に女性は、この世代は周囲との比較でひどく苦しむ方が多いようです。女性にとって大きなイベントである結婚、出産、キャリアなどで、大きな壁にぶつかりがちです。
 
 たとえば「子どもは産まない」という選択。 それはそれで立派なライフプランです。無責任に産んで、おカネがすごくかかることに愕然として、そのストレスで子どもを虐待してしまう親も多い昨今、責任の一つとして「産まない」選択をする、というのは、尊重されるべき選択です。同様に「結婚自体しない」という選択も現代ではポピュラーな選択です。
 
 ところが、これってなかなか「重い決断」でもあります。いちおう、「そのような人生でも悔やみはしない」と思ってみても、やはり長い人生、葛藤するときもあるでしょう。ずるずる婚活せずにいたら、とうとういい年齢までパートナーが現れなかった、という方もいます。いまさら面倒くさいし、もう生涯独身でいいやと思います。でも、ふとした瞬間、不安になるのです。
 
 反対に結婚して出産した場合でも、キャリアはそこで中断されてしまうでしょう。産休を十分とらせてくれる会社ばかりではないでしょうし、会社に戻ったとき、自分がいないところをカバーしてくれた仲間から嫌味を言われることもあります。居づらい雰囲気になり、やめてしまう女性も多いです。そうしたとき、彼女たちもまた「私はどう生きたらいいのか」 で悩むのです。
 
 これが45歳とか、50歳とかになってしまうとうんと「ラク」です。出産はもう無理ですから、あきらめがつく。結婚も、若くないので市場価値がないということもありますし、変な男と関係しておカネをせびられ、損するくらいならしたくありません。キャリアも、女性の管理職や総合職になれる人ならいざ知らず、普通の女性では頑張っても男並みとはいきませんから、それならば無理せず、人生エンジョイしてもいいと割り切れてくるのが中年期からです。ここになれれば本当に人生はラク。なんだったら、もっと若いうちからそういう考え方でもよかったのに、と思うくらいです。そのせいか、「物事をなんでも他人と比較したり、深刻に考えてしまうパーソナリティ障害」の持ち主は、アラフォーやアラフィフになってくるとつきものが落ちたみたいに気質異常が治るケースが多いと言います。
 
 つまり、アラサーは人生の選択だらけであり、その選択は 「自分だけ損したくない、遅れたくない」という比較から来ているものなのです。実はその 「比較」 の考え方こそがすべての悩みの元なのですが、お若いとなかなかそれを手放すことは難しい。
 
さらに、そうしたことを本来気軽に相談できるはずの「女友達」がライバルである世代でもあります。彼氏や夫に相談しても、彼氏や夫では女心を汲み切れるとは言えません。それはとても孤独です。誰にも悩みを話せない、わかってもらえない——。そうしたとき、何かに頼りたくなります。何に頼りたくなるか? そう——。「占い・スピリチュアル」 ですね。
 
 スピリチュアルや占いの人生相談は、酸いも甘いもかみ分けた近所のスナックのママさんがしてくれるみたいな、常識的な人生相談ではありません。「使命」「お役目」「天職」「引き寄せ」「宇宙銀行」などといった現実離れしたキーワードを巧みにつかい、あなたに
 
この世には一般に知られていない法則があり、     それを学べば人生すべて思うようになる  
 と、刷り込んでいくのです。ですが、じゃあその通りにして会社で活躍できて、すぐに結婚相手が見つかり、憎たらしいライバルよりいい暮らしができるか? というと、できません。するとこうしたスピリチュアルや、占い講師は 「それはあなたが心からやりたいことをしていないから」 だとか、 「ホロスコープの惑星を使いこなせていないから」 だとか、よくわからないことを言います。
 
 それで、「好きなことって何だろう?」 と、改めて考えてみると、意外と好きなことが浮かばない。それで、自分が今悩んでいて、スピリチュアルや占いに触れる時間が多くなっており、なんとなくそれが趣味のようだから、 「私って占いがやりたかったことなのかも」 と刷り込まれてしまう。そこへスピ講師や占い師が 「あなたそういう職業向いているわ。私が教えてあげる。私の教材を買いなさい」 と誘導するわけです。 あなたはすべて腑に落ちます。会社がうまく行かないのも、人生が今一つうまくいかないのも、彼氏と理想の恋愛にならないのも 「天職」 じゃなかったから。 「ツインソウル」 じゃなかったから。そうじゃないかと思ってた。だって私、あれだけ努力していたのに報われなかったのですもの!
 
 そして高い教材を買う。高い教材を買うと、 「これで商売して元を取らなくちゃ」 という意識が働きます。嫌なことは魂を痛め、真の喜びに至る道を閉ざしてしまう、と、スピリチュアルサークルや占い講座に来る人がみんな言う。だったら、会社なんか辞めてスピリチュアル講師になればいい。そうしたら私も、あの占い講座の先生みたいに、ブログを人気にして集客して、占いサロンでつらい通勤電車に乗らなくても仕事ができて、みんなに先生、先生と呼ばれてちやほやされ、愛と豊かさを手に入れられる——。
 
 そう思うようになります。 40代なら、もういろいろ諦めがついているがゆえに引っかからないアオリに、アラサーはころっと引っかかる。そうして占い講師の言うとおりに占星術はすごいのだ、タロットで悩みがなんでもわかるのだ、スピリチュアルを取り入れれば好転するのだ、と思い込まされていき、スピリチュアルビジネスにのめりこむ。
 
 だから、「占いブログ」 を見ているとほとんどアラサーばかりです。それで人生一発変えるんだ! という思いなのでしょう。けれど占いやスピリチュアルなんて 「誰にでもできること」 です。そんなものに経済的価値はありません。誰でもできない具体的なスキルや知識や技術があるから、おカネを稼げるわけです。 あなたが自分のスキルだと思い込んでいるよくわからないスピリチュアル・占い認定資格自体が、そもそもがあなたが最初に悩み相談に行ったスピ講師の二番煎じではないのでしょうか。お茶やお出汁なら二番出汁でもいい味ですけれど、スピリチュアル業界的には二番煎じは稼げません。儲かるのは「最初の親ネズミ」だけです。
 
私が占星学など勉強する暇があったら、そんなことする時間を他に使いなさい、科学史の本でも歴史の本でも、料理研究でも英語でもやりなさい、と、学びに来るお若い方を激励するのはそうした理由です。占いというのはなんのスキルでも技術でもないのです。人間以外にだってできるんです。その辺の草木でさえ、占いができます。しかも人間の占いよりはるかに上手です。目に映る自然、花、街の移ろい、星のまたたき、家族の笑顔や晩御飯のおかずまで、すべてが「占星学」 であり、何か特定の「やり方」ではないのです。生活のすべてなのです。
 
スナックのママに悩みを話せば、たぶんスナックのママはこう言うでしょう。 「年取ればラクになるわよ。みんなそういうものよ」 と。
 
これこそが 「占い」 のもっともすぐれた形だと思います。そして、それを言えるだけの苦労を重ねること。たかが30代の 「子ども」 のくせに、人生の何を理解したというのでしょうか。こんなことは、たぶん死ぬまでわかりません。死ぬまで自分自身が悩み、苦しみ、自然界と一人、対話しながら、人に助けられながら、なんとか生きていくことでしかわからないことのように思います。
 
占い師もスピリチュアリストも、職業ではありません。悩み相談ならその辺の食堂のおかみさんやお魚屋さんのほうがよっぽど上手です。
 
だからこそ、実は心理系職業には、2018年まで国家資格が導入されなかったのです。心理系で資格を取りたければ、民間の認定機関による 「臨床心理士」 しかありませんでした。なぜかというと、先ほどの 「スナックのママ」の例え通りだからです。こころを勉強すれば悩みをなくせるのか? 学問を積めばこころを救えるのか??
 
そんなものよりも、積み重ねられた年輪や経験のほうが、簡単に悩みを消してしまうことも多いのです。どんな凄腕のスピリチュアル講師だろうが、あなたを心から愛している 「あなた自身」 ほどは大した助言などできません。占いやスピリチュアルはあくまでも補助であり、「人の世」という学びの舞台の上での小道具にすぎません。 ですから、占いで生きていこうとするのならなおさら、「占い師(だけ)生活」は避けるべきではないでしょうか。 そこから逃げて占い師化してしまう人は、すでに学びを放棄した人であるといえるかも知れません。
 
スピリチュアルや占いを生活の糧にする、ということがどういうことなのか、みなさんしっかり考えてほしいなと思います。

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 意識、感情、臓器、その他の動植物や物質は全て Hz(ヘルツ:周波数、振動数)を発しています。
その中で意識は大きく分けると4つのHzに分類されます。①個人の意識で肉体や顕在意識のHz ②集団意識、家系や地域などの集団意識のHz ③大きな集合意識は地球や民族などHz ④自分の意識で全て創造できるゼロポイントフィールドのHzです。
ホロスコープ他、星図が作用するのは①〜②のHzまで。占いが当たると言われる領域です。
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 個人レベルの事故や病気が予め占いで予測できたとしても、地球や民族レベルの天災や紛争においてはどんなに強運で健康運に恵まれ、金運があったとしても個人の出生ホロスコープは意味を無くします。けれども、あなたがどんな時、どんな場所でも愛や感謝、楽しさ、喜びのHzを発していれば、ゼロポイントフィールドに繋がって自分が望むように世界を想像していけるのです。
天災などの不安に怯える事なく死の恐怖を乗り越えていくでしょう。
そこはもう、金星や木星が作用しなくてもあなたはいつでも魅力を発揮する事が出来るし、お金に困るという現象もなくなります。あなたが心から望めば、やりたい時にそれが出来る豊かな世界となるのです。豊かさとは沢山のお金を手にする事ではなく、やりたい時にやりたい事が出来る余裕、それに必要な時間や資源、環境に恵まれるという事です。
  
 占いの流れを知る事で人生の流れをスムーズにしていく世界もある事でしょう。けれど土星が来ても天中殺がきても何も悪い事が起こらないという世界もあるのです。
2人に1人が癌になり生きている事は当たり前ではなくなる時代。今、生かされている事は奇跡なのだという事。自分の命をどう使うか、生かされているうちに何をするか?あなたが当たり前だと思っていた事は当たり前ではなく、食事が出来るのは農家の人がお米や野菜を作ってくれるおかげ、車で走れるのも道路を作る人、ガソリンスタンドで働く人がいるおかげ。家に住めるのも大工さんのおかげなのです。自分一人では生きていけない事を知り、多くの人に助けられ協力しあって生きている事を知り、おかげ様の気持ちを忘れずにいる事がゼロポイントフィールドに自分の意識を置く秘訣なのです。






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「先生、彼の気持ちがわからないんです」。。
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 藪から棒に占いの場面に来て、突然こう切り出す女性がいます。男性もたまにいます。そうした質問を受けて素直にまず思うことは、「それは占いじゃなくて彼(または彼女)に直接聞いたらいいんじゃない?」 ということと、「あなたたちはまさか、そんなコミュニケーションもできないほど破綻した仲なの?」 ということです。そしてこの直感は6〜7割くらい正しくて、残りの3割くらいが違います。どういうことかというと、大抵の場合、こういう聞き方を占い師にしてくる人は 「片思い」 なのです。
  多いのが、カウンセラーや占い師に悩みを話し続けるうちにその先生に恋をしてしまう。次に多いのが勝手に脳内で好みのタイプを見つけて、妄想デートをするうちにだんだん相手が本当に自分を好きなのでは、と思い込むようになる。ちょっと優しくされたのを勘違いしてしまう……。こうしたパターンが非常に多くて、こうしたお悩みは電話鑑定のクローズドコミュニケーション、すなわち「直接会って話さない鑑定」に非常に多いです。 
 
 おそらく本人もうすうすわかっているのでしょう。オープンコミュニケーション、すなわち、相談する相手と直接会話するコミュニケーションでは、「妄想恋愛」なのを見抜かれてしまい、夢が壊れるのが怖いので、電話鑑定に頼らざるを得ないのです。 

 反対に個人で経営している占いサロンに直接お客様が来るとか、デパートのはざまで衝立一つでやるような場所だと、他人の目があるためか病んだ相談は来にくいようです。「彼の気持ちがわかりません」という訴えもありますが、大抵の場合は長年付き合ってきたり、結婚生活を送っていながら相手が何を考えているのかわからない、というご相談で、電話鑑定の恋愛相談より中身のあることが多いという印象。 
 
 じゃあ、占いで 「相手の気持ち」 がわかるのか? というと、これが難しいのです。私は占星学とは 「意識論である」 ということを何度も何度もこれまで申し上げてまいりました。量子力学における 「観測問題」 というヤツです。星があるから未来がこうなる、という、従来の 「星先心後」 の占星術ではなく、あくまで 「心先星後」 という考えにゆるぎないスタンスを取る占星学です。つまり、どんなホロスコープだろうが人は、自分の都合いいようにしか見えないのだよ、ということです。あなたが自分のホロスコープを見て今、どう感じるのかこそが問題なのであって、自分の気持ちがダウンしているのにいい星が来ればいいことがあるとか、そういう、心と乖離した読み方をすることはやめましょう、とお教えする生徒さんにはお話ししています。 
 
  つまりどういうことかというと、ホロスコープやタロットを読んでも、結局は、今のあなたが彼(または彼女)に対して抱いている恐れ・不安が出てくるだけだ、ということです。もっと言ってしまうと、占い師の元へ相手の気持ちなど聴きに来ている段階であなたの恋愛は終わっていますよ、ということです。

 ここで、「相手の気持ち」を占ったとして、最終結果に「恋人」のカードが正位置で出たとしましょう。 

 彼(または彼女)に振り向いて欲しいあなたは、安心します。恋人が最終結果に出たということは、今こんなに疑心暗鬼でも大丈夫だ、と考えますね。ところがこの 「恋人」 のカードって、あなたの 「願望」 がそのまま出てきたカードだったりするのです。タロットや易やダイス、占星学のホロスコープでもなんでも全部の占いは、恐るべき 「超常現象」 なのです。自分の恐ろしい念力がテーブルの上に顕現させた、驚異の心霊現象です。多くの占い師はここを読み誤っていますけれども……。
 そして最終結果に 「悪魔」 が出たり、 「死神」 が出ても、「でも先生……」といって良いカードが出るまで粘り続ける。占星学だと、金星に木星が巡ってくる日までねばる。
 
 その「ねばっている感じ」 こそが深層無意識の正体なのです。それのほうがあなたの本音であり、それがそのまま顕現してしまうのです。占いがサーチライトを当てているのは、出たカードではなくて 「なんのカードが出ようがあなたがどういう態度をとるか」 なのです。心理学者カール・ユングは、占いを大いに研究した人ですが、こういうことを研究したのです。占いになんのカードや、相が現れるかは関係ないのです。何が出ようとも、それに一喜一憂するあなたがそのまま、あなたの本当の心であり、人間は顕在意識ではなくて無意識の本音のほうがどんどん叶ってしまうのです。占いとは、そこに気づいてもらってから、あらためて無意識の言語を少しずつ書き換えていく心理的治療法にすぎません。やっていることは心理学者と同じことなのです。

 問題のない人はそもそも、占いには来ません。つまり、占いなんかにやってきてしまったあなたはすでに 「この恋は上手くいかない」 とわかっているのです。

 人間には表層の意識と、恐ろしいほどの超細密自動コンピューターである無意識とが、階層的に存在しています。表層の意識は誤った人生観・誤った思い込みでいつも汚れていますから、深層無意識が「この恋は最初からうまく行かないよ」「無理だよ」 と警告しているのに、願望でもって 「そんなことない」 「信じればかなう」 と自分に都合よく解釈するのです。でも、無意識の言葉のほうが間違いがないので、なかなか表層意識の思うようにことが運ばないと、不安になるわけです。それで占い師のところに来るのです。占い師のところに来た段階でそれは、無意識からのSOSなのです。無意識がこのどうしようもないバカ娘(息子)を、なんとかしてくれ! と言って、占い師の元へ運んでくるのです。 
 もちろん、占いの現場では、こうした後ろ向きな質問ばかりではありません。とても前向きに自分のカルマのありようを知りたい、無意識の声を聴きたい、という思いでいらっしゃる方も大勢います。 

 しかし、本人の内なる何かが、助けを求めて占いに来させることもあるのです。そうしたとき、ホロスコープというのは、恐ろしいくらいに本人の 「心をそのまま映す鏡」 になります。あきらめなさい、やめなさい、と、妄想で膨らんだ人に突きつけるのはつらい作業であり、時としてクライアントに死なれてしまうこともあります。けれど、いつかは誰かがそれを言わなくちゃならない。心を鬼にして、辛い宣告をせざるを得ないのです。それで死んでしまうというのなら、もはやその人はそれまでの命だったと割り切るしかありません。でも、生まれ変わっても、本人が妄想から目覚めない限り、この人は何回でも同じことで躓き続けることでしょう。

 ここで逃げてしまう占い師が、世の中にはごまんといます。本当のことを告げて夢から覚めさせ、恨まれるよりも、本人の妄想をあおって余計いい気持にさせて、不安につけこみ、金品を奪うほうがずっと簡単だからです。 
 世の中には、こうした恐ろしい占い師のほうが多いのです。「占いには近づくな」 という社会的に主流派の意見は正しいのです。あなたがまず妄想や思い込み、意識と無意識のズレを修正しようと覚悟を決めない限り、永遠にカモにされてしまいます。超次元占星術の週報を利用して、惑星の影響に自分の心の強さで打ち克つ、というトレーニングを私が推奨し、超次元占星術を 「メンタルトレーニングである」 と位置付けるのは、そうした占いの本質によるものです。




 

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占いの歴史と星座

 紀元前の中国では亀甲占いや太占(動物の骨を焼きそのひび割れで占う)などが行われ、古代ローマでは鳥の飛ぶ形や生け贄の内蔵を見て占いが行われていました。
文明が発達するに連れて占いも体系化するようになり、占星術やタロットなど一定の方法が見出されるようになり、同時に国の政治など共同体だけではなく、個人の未来を占う職業化した占いが増え、今や全世界に毎年新しい占いが創り出されています。

 夜空の星を繋ぎ、動物や器物、人物に見立て固有の名前をつけたものが星座と呼ばれるようになりました。占星術の基本概念は「天空の星々によって地上の出来事が左右されている」という事。夜空のいくつかの星は自由に天空を動き回っているように見える。その動き回る星を惑星と呼び、天空のエリア分けとして利用されたのが星座です。

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 エリア分けされた星座と星座宮とは本来は別なのですが、しばしば混同されて考えられる事が多く、西洋占星術側の主張は「ある事象の象徴として星座を使っているだけで実際の星座には関係ない」というものです。実際に西洋占星術が生まれた当時には星座と星座宮という区別はなく、星座しかありませんでした。地球の歳差運動の為に次第に実測の星座と計算上の星座がズレてしまった為に星座宮という概念が出来上がったのだと考えられています。

インド占星術では実測のサイデリアル方式を使う為にこのような問題が起こりません。又、太陽星座はあたかも生まれた時にその星座が天空の頂点にあったように思われがちですが、実際には真逆の星座が天空の頂点にあるのです。地球から太陽の動きを見る天動説であるジオセトリック占星術。太陽を中心として描いた地動説がヘリオセントリック占星術。

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 乙女座の太陽星座で生まれた人は地球の天空には魚座が頂上に観測できる。
ヘリオンセントリック占星術では乙女座の太陽星座は魚座の地球星座となります。
そう考えると、とても不思議な感じがしますね。他人は自分を写し出す鏡だと言われていますが、実際には乙女座である自分が魚座にある真逆だと思われる相手が自分の中の一部(地球星座)でもある。まるで陰陽のシンボルかのように、相手のイヤだと感じる部分は自分のダメなところかもしれないし、自分とは全く真逆の魅力を持った人は自分の中に隠された魅力でもあるのかもしれない。
そうやって他人を通して自分というものを見つめている。まさに他人は自分を写す鏡である事を表しているかのようです。
ヘリオセントリック星座には太陽星座や月星座がなく地球星座で語られる事もある一方で全く星座を使わず惑星の角度(開き)だけでその人の才能や出来事(未来予測)するという技法もあります。

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 古代の占星術師達にとって星座は暦や方角を読む為に過ぎず、実際には惑星のアスペクトが亀甲のヒビの割れ方の吉凶に当たるものに過ぎなかったのではないか?
最近の西洋占星術は星座語りがメインとなりつつありますが、インド占星術では星座は重要視しておらず、在住する惑星の吉凶の判断に多く用いられるに過ぎません。

 星座は人の個性に影響を及ぼしているのか?実際のところ、西洋占星術の星座と実際の天空も星座は一致していない事から根拠を見出す事が出来ません。あえて星座の個性語りが当たっていると感じるのなら、それはラムネ効果と同じで、ラムネを薬だと信じ病気が治った気になってしまう。あなたは〇〇星座であなたはこんな人ですよと言われたから、そうだと信じ込んでしまう洗脳に似たトリックなのかもしれません。









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「宿曜占星術」という星占いをみなさんはご存知でしょうか?
 
 これは超次元占星術がベースにしている西洋占星術とはまた違った技法で、「真言密教文献」の中の一つとして、唐へ留学した弘法大師空海が帰国の際、日本に持ち込んだものです。
 
超次元占星術がベースにしている西洋占星術とはほんの少し座標系が異なっており、太陽の通り道である「黄道」ではなく、月の通り道である「白道」を中心とし、それを1朔望月にかかる日数で割った27(28)宿に、黄道付近に輝いている目立つ星を目印に置いたものです。東アジア版の星座みたいなもので、インド占星学では西洋占星術に大変良く似た仕組みの中にこの宿曜27(28)宿を組み込んだホロスコープを使っています。
 
  さて、実はここでふと疑問が湧くのです。
 
  それは、本来仏教とは、占い学理全般に対して否定声明を出している点です。
 
    仏教の開祖であるお釈迦様の言葉として南方に伝わっている「スッタニパータ」の中では、いくつかの節で明確に占いをしてはならぬ、と禁止していますし、それどころか仏教の出家者の規定では星に興味を持つことも、天文学を学ぶことさえ禁止されています。なぜ禁止なのか? というのは、わかりません。キリスト教やユダヤ教、イスラーム教では聖典に書かれている事柄に対して 「なぜ?」 と問うことは禁止されていますので、仏教もなぜ占い・天文学を禁止にしたのかは、それこそ各々が考えて、自分自身の力で答えを見つけていくしかないのですが、ともかく仏教は占いも天文学も禁止しています。
 
 なのになぜ、釈迦弟子であるはずの高僧・空海は、お釈迦様が禁止した占星術や天文学を日本に持ち込んだのでしょうか? 空海さまのお心のうちはいかばかりだったのかと、私はずいぶん長いこと考え続けて、さまざまな文献を読むうちに一つの結論に至りました。それは、空海が学んだとされる真言密教です。
 
「真言」とは、高野山金剛峰寺の公式HPでは、このように説明しています。
 
 真言密教の「真言」とは、仏の真実の「ことば」を意味していますが、この「ことば」は、人間の言語活動では表現できない、この世界やさまざまな事象の深い意味、すなわち隠された秘密の意味を明らかにしています。弘法大師は、この隠された深い意味こそ真実の意味であり、それを知ることのできる教えこそが「密教」であると述べています】
http://www.koyasan.or.jp/shingonshu/
 
 この解説を読んで私は、西洋占星術や数秘術などの占いの世界に多大な足跡を残していったプラトンが、生涯にわたって追い求めた 「イデア」 と似たニュアンスを感じました。「イデア」 とは、プラトンの師であったソクラテスの頃から考えられてきた概念です。すべてのものの元型は、すべて目に見えないイデアの世界にあり、そのイデアが組みあがって万物ができる、という考え方です。今、このプラトンが追い求め続けてきたイデアというものが、量子力学や宇宙論で裏付けられつつあるのですが、弘法大師空海さまももしかしたら、そうした 「イデア」 のことを 「真言」 と表現なさったのかも知れません。
 
 この 「イデア」 とは、「物質とは何か?」「意識とは何か?」 という科学的な問いなのです。いったいどのようにして我々の肉体が組みあがって、そこに意識が宿り、万物ができたのか? ということを、人間は何千年も前から追及してきましたが、それを考える手がかりこそが占いだったのです。そして占いの元になったのが、天文学であり鉱物学であり、冶金学であり、醸造学・燃焼学などの古代科学でした。占いのシンボルとシステムはほぼ、古代科学が追い求めたイデアの暗号だと言っても過言ではありません。
 
 そう考えると、空海さまが大陸から占星学を持ち込んだ理由が、なんとなくわかる気もします。            
                     
占いにかかわっていると、もたらされる相談のあまりの低俗さ、巷の占い師さんたちの低俗さ、金もうけ主義にうんざりして、こんな罪深いものを後世に残した人々を恨みたくなることがしばしばあるのです。占いに人々が問いかけることは現世利益ばかりですが、これを持ち込んだ天才たちの願いは、それとは別にあるということです。そして空海さまも、現世利益を追い求めるのではなく、人としてしっかり生きよと、我々を諭すために占星術を方便としてお持ちになったのかなと思います。
 
 ところで密教的な教えの一つとして 「タントラ」 というものがあります。これは教えの実践方法、という感じのもので、さまざまな種類がありますが、占星学をはじめとした占いというのは実はこの 「タントラの一種」 であると古来よりインド占星学では考えていて、中国の占いでもその考えを踏襲している流派があります。
 
 占いがタントラである、とは、どういうことかというと、ヨーガの世界で、超自然的な能力の発動を得るために行う修行の一つが実は、占星学をはじめとした占いのたぐいである、ということです。タロットカードを引いたり、占星学や天文学に親しんだり、数学をしたり、絵をかいたり……。特に最上が瞑想ですが、集中力を駆使して、イメージ能力を駆使すること、非言語的な図形やシンボルを心に思い浮かべ、漠としたとりとめないことを考えること……。それら全部がタントラだとヨーガの世界では言うのです。
 
 そうした非言語的な、イメージの洪水体験、観想と集中の力が、「クンダリニー」という人間の生命原理の力を目覚めさせるのですが、それは常に自己崩壊の危機、人格の危機をはらむとされているのです。端的には増上慢(思い上がり)として現れ、欲望のとりこになり、自分をよく見せよう、聖者のように見せようとさせてしまうといいます。
 
 この、タントラによって現れた我欲と戦い、降魔調伏したとき、本物の成功や心の平安が訪れるといいますが、占い業界に何十年もいた私に言わせると、確かに占星学をはじめとした占いはタントラなのですが、みんなもれなく増上慢になりさがり、増上慢のまま終わってしまう占い師がほとんどのような気がしています。というのも、占いがやれるようになると、占いでなんでもこじつけられる上に、タントラの刺激で霊能力が増強され、そこに信者ができてちやほやされるようになるからです。
 
 ホロスコープで何でもわかるとか、相手を知った気になる、会ったこともない人間やよく知りもしない人のことを偉そうに分析する、占いのとりこになって、占い以外の他の勉強をしなくなるという傾向が占い師にはたいへん強いです。そもそも、星なんかで何がわかるのでしょう。大切なのは星が安易に与えてくれる万能感の罠に気づくこと。それに気づいたときが、本当の占星学の学びの始まりであると、空海さまに教えられた気がします。占いとはそもそも、占い自体が「思いあがっている代物だ」ということに、我々は真摯に向き合うべきかも知れません。
 
 詳しくは  酒井 日香 (著) 「占いと霊能力〜承認欲求の源泉〜」という原稿にしたためました。よろしかったら読んでみてください。

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