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主にあって、私の新しい道が与えられた。
17年ぶりの職場復帰である。それは突然に与えられた。私自身の心のうちに、『今、これが神様の時
、きっとできる。』と迷いよりも受け止め、進むことに心身が力を得て準備をすすめた。
今から、その職場への顔合わせに伺う。
この朝、長男を学校に送り、思わぬハプニングが起きた。家の鍵を『自分自身が持たずに』、長男に施錠を任せて自分は先に運転席にいたので、そのカギを長男がもっていってしまい、家が開かなかったのだ!
まだ、時間のゆとりはあったのに、この突発的な出来事に私は思わず叫んでいた!そして、長男のせいにしたがっていた・・・。でも、よく考えたら、自分の鍵をしっかり持たずに、仕事を相手にまかせて、そのあずけたものを『きちんと受け取らなかった』自分自身の問題なのだ・・・。
幸いにも、奇跡的に夫の携帯が通じて、会議に入る直前に事情を伝えることができ、職場に夫の鍵を受け取りに行くことができた・・・。
この朝の出来事を通して、主は私に語りかけられるように思う。
『何事につけ、ことに一番親しい存在の家族に対して、『主に対するように行いなさい』という主の命令を忘れずに感謝をすること。』
『外で出会う人々に、緊張感をもって『よりよく接したい』ということは当然だが、それと同じように、
自分を支えてくれる存在である家族の一人ひとりを、決してさげすむようなことはいけない。これこそ、
私の中に相変わらずに『或る』高ぶりの心である。』
『何かを「する」と決める時には、主にあってよしと思えることをするように。そう決めて行う時には、
「してやってる」と思ったり、見返りや相手の謙遜を求め期待することは決してないように。自分自身の心を吟味すること。』
『人の目よりも、主の目を気にすること。』『でも、相手を想う心は主にあっていつも大切』
何事も起らずに、新しい場所に向かうよりも、今の私に必要な『高ぶりを離れて、自分自身の心と行動に
責任をもって、主にあって穏やかにいなさい。』ということを刻ませてもらった。
感謝をして、行ってきます!
ハレルヤ!天のお父様! 私の救い主イエス様、助け主聖霊様! 主イエスの御名を通してアーメン
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