にこの虹色定期便

いつの時にも、神様のみことばを聞き、みこころを尋ねる自分でありたい。

真剣子育て

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成長の過程

揺れ動く感情・・・自信過剰かと思えば、ささいな事から自信を喪失してしまう。

他人の目や言葉がとても気になって、自分自身が存在している場所において地に足がつかないような感

覚、今はとても注目されたくない心理、放っておいてほしい・・・自分で好きなようにしていたい。


息子よ、今こそ、自らとの闘いでもある。束縛のない自由など、最も自分を堕落させるのだと母は思う。

今は、受験という大きな束縛の中で、周りとの比較、目標への忍耐、誰のためでもない自分に与えられた

チャンスを精いっぱいに努力してほしい。あきらめずに粘り強く打ち勝ってほしい。


人間は、何もかも思い通りにはならないものだよ。それでも、主は一人一人をこよなく愛されているのだ

から決して見捨てはなさらない。人生の過程がどうあっても、主は伴っていて下さる。苦しい時にも、主

はそばにいてくださる。わかっていてくださる。すべてを・・・。君のすべてを。


だから、どうか、自分に与えられている多くの多くの恵みに気付いてほしい。そのことに感動する心、

感謝がわく時に、謙遜な思いが与えられる。すべて良いものはみな、主からの御計らいである。


誘惑に屈せず、自分を卑下しないで、しかし高ぶらず、感謝のうちに『主の御目に愛されている自分』に

気が付き、たとえ周りがどう言おうとも、どう見られようとも、主の前に正しく歩んでほしい。


執り成しの祈りをたくさんたくさんしていただいている君。イエス様が愛してくださっている君。

きっと、君はやれるよ。大丈夫だよ。

素直な心、真面目な努力、感謝の思い・・・これらはすべて主の御前に正しいものだから。


母は、君の弱さも強さも、成長させてくださる主にお任せして、心配しないで見守っていきます。

君の一歩を、心から応援しています。

受験生の長男に対して、理解のある温かい親でありたいと思う。夏までは、部活動に励む生活だった。

引退の後、『受験モード』に切り替えなければならない。そんなに急に、習慣を変えることなど難しいとわかっていても、コツコツと文武両道に取り組む習慣など・・・それも難しいことだった。(自分自身もそうであった。)目の前の事柄に、一生懸命になる!夢中でやる!それこそ、すばらしい体験となる。

親というものは、つい「良かれと思って」結局は、自分の思いを子供に押しつけてしまうことがある。

また、「将来のために」と、理想とするルートについて希望を描き、期待をしてしまう・・・。
本人の人生である。しかし、本人が「よくわからない、未知の事柄について」は、少しだけ人生を先に歩んでいる「親」たるもの、「〜したら?」「〜するといいよ」「〜すべき!」という考えの押しつけをしてしまいやすい。もっと、子供のことを「信頼」しなければと思うし、彼もそれを望むだろう。

かといって、何もかもをお任せするわけにも行かない。まだ、本人には決めかねるたくさんの事柄があるし、やってみてうまくいかない失敗も多々あるだろう。そのときに「自己責任だ」などと突き放すことはおかしいと私は思う。それゆえに、「任せつつ心配し、信頼しつつフォローする」というスタンスでいくことになろう。

神様は私たちにとって「天の父」である。このわがままで甘ったれで何もわかっちゃいないのに、「自分の人生なんだから!」といって、自力で何でも決め、考え、選択しようとする「地にある子供たち」に対して、「任せつつ、見守り、決して離れない。決して捨てない。そして、子の人生が『より良いもの』となるように願っておられるのだろう。」と思わされる。

親の愛をわかっていながら、その干渉に抵抗も示していた長男は、「ママ、昨日はごめんね。」と素直に言葉にして気持ちを伝えてくれた。「ママもごめんね。」と伝え方の誤りを謝った。

親が子供にストレスを与えやすいと言われる。しかし、本来、親は、子供を囲む多くの外側からの攻撃や
ストレスを防御するバリアの役割ともいえる。だから、少なくとも、私自身のこの口や表情、行いによって『彼に不必要な傷』をつけることはやめたいと思う。感情の支配する時、自分自身の思いや親としての
期待、希望と目の前の我が子の姿にギャップが生じても、自分がとるべき行動や言葉の使い方、トーン、を心して、『私自身を素直に従わせるべき主なる神様』にゆだねつつ『主の御目にかなう母親としての役割と愛の表現』を実行できるように祈る。私の今一番の祈りの課題はそのことである。

どうか、愛する我が子の一歩一歩の歩みに『寄り添える親』として成長できますように・・・。
我が子が、与えられる一つ一つに対して真摯に取り組めますように。そして、本人の希望が主の御旨にかなうものとなりますように。主が導いてくださることに信頼して落ち着いた気持ちで来春までを過ごしたい。

小2の次男に対して、学習教材の勧誘の電話があった。

ちょうど、3年生に向かって学習の補助教材について、家庭での学習の仕方に

ついて課題を感じていたところなので、つい少し話を聞いてしまった・・・

結局、「主人に相談しないと決められません。」という(過去の私には欠けて

いた)一言によって、相手をひるませることができた。これも、聖霊様が

私の欠けを補って下さったことだと感謝する。(実際、そのような心もちで

「子どもを両親の責任と愛で育てる」という姿勢をじわじわと築かされていて

そのような対応が出来たと思う。)

それでも、電話口の相手は「ひっかからなかった。。。」と不満な声色を

残しつつ、「また電話します。」と電話をきった。また来るだろう。でも、

今度は主人に出てもらうか、自分自身、「だめでした。」と単純に返そう。

ネットで調べると、教材を売りつける商法で実績もないようなところみたいだ

・・・。心の弱さ、隙間というものを、いつも認識して「身を守る」ことも

大切だと気が付かされる。世は、あくまでも警戒しなければならない「世」

である・・・。

それにしても、次男坊の「学習」サポート、親としてどう考えようか・・・

課題である。

母親として

誕生日。息子が学校から帰宅してすぐに、自分の財布をもって出掛けていった。しばらくして、きれいな花の鉢植えを差し出して「ママ、お誕生日おめでとう!」と言ってくれた。私が「ありがとうね、ママ嬉しいよ。」と抱きしめると本当に幸せそうな表情を見せてくれた。

私は、世界で一人のこの子の母親なんだな・・・
言うことをなかなか聞かなかったり、世話をたくさん焼かせたりするし、
いらいらしてきつくあたってしまうこともあるけれど、私はこの子の母親に
してもらったのだから、この子に愛されるような母親でいたいと思った。

7歳9ヶ月の次男は元気で明るく、教会学校に通っている影響は少なからずあり、心の芯に主が働きかけて下さることもあって、とても優しい思いやりを表すこともできる。兄の姿を追いかけるように、幼い時からサッカーをしているため少々の怪我や痛みにはくじけない強さもある。いろいろなジャンルの本を自分の感性で選び、興味を持って読むし、絵を描くことも好き。色合いやデザインにこだわったり、表現することに物おじがない。

さて、同じこの次男は時に自己主張も強く、ちょっとした気分で甘えから大変な我が儘になる。学校では先生や友人たちからの多くの指摘や指導があることだろうから、本人なりに我慢したり、抑えたりして「自己コントロール」「協調性」を学んでいることだろう。大変、感謝すべきことである。しかし、家庭や家庭の延長上にあるような教会では、「甘え」が出てしまう。ありのまんま
の彼がそこに在る。

久しぶりに、テレビや電子ゲームを離れた『木のぬくもりあるゲーム』を提供して、父母を交代に相手に何度か挑戦し始めた。一番始めに『勝てた』喜びを
基準にしたとき、その後負けがこんでくるともはや彼の心は『不満』でいっぱいになってくる。こうして面と向かって相手をしてみると、普段は気が付かなかったり素通りしてしまうような『7歳の次男』のありのままと対峙する。
「もう、やだ!」「僕はどうせ勝てない。」・・・
赤ちゃん返りかと思うような、わがままぶりを目の前にして、やれやれと思っていると、父親が「負けたっていいじゃないか。今諦めてやめるより、もう一回やった方が強いぞ。」と次男をしっかりと抱きかかえて静かに言い聞かせていた。「やだ、やだ、どうせ、負ける。」と暴れる彼を父親は離さなかった。

面倒くさくて、相手をする気持ちもなければ子どもがどんな姿であろうが、
放っておくだろう。もし、次男があのまま『自己主張』に逃げて、それをまるごと包んで諭してくれる存在がなければ、「自分はどうせだめだ。」「つまらないものはやめればいい。」という自己否定と逃げの価値観が植え付けられる。普段、いつもいつも、こんなふうにじっくり真剣に関わってあげられない場面も多いことを思わされる。けれども、この夜の私たち親子の場面を通して
「この子の必要を、親として、いかに愛をもって伝えるか・・・」という、とても大切で深い『育児=育自』の時を与えられたように思う。

しばらく、場を離れていた次男は、『じゃあ、ママやるか。』『やろう。』
『ああ、負けちゃった。』『よし、もう一回お願い。』という両親のやりとりを横目で見ながら、『もう一回やる。』と自ら戻ってきた。そして、一度、二度、と負けながらも留まり、とうとう三度目に『勝てた!』時に本当に心からの笑顔、そして私たち両親もその『喜び』にその場で心から共感できた。

『また、やろうね。』『楽しかった!』満足げな次男の顔は、少し前のあの
我が儘の固まりが嘘のように晴れやかで、やはり人間はみな「大小の試練」を通して学び、体験を通して初めて成長の喜びを実感するのだな・・・ということを感じた。

慌ただしい機械的な日常になりがちの現代・・・人間にとって、親子にとって大切なものを覚えることが出来た貴重な1時間半だった。

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