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愚かなり。我がうちにひそむ、おぞましき悪の性質。
それは、憎悪という名の罪。相手を憎しみ、攻撃するその爆発的なエネルギーは、もはや何の言い訳も
たたない、ただの愚かなり。
原因が自分をそのようにさせると、自らはこう望まないはずだと、常に「偽りの正義」をまとって
どんなに自分を正当化しようとしても、それは絶対の義であり善であり、愛である神の御前にはあまりに
も浅はかである。
私は、思うようにならなかった愛すべき息子が、『神に誓って…』という言葉をはいた時に、思わず
唾をはきかけた。感情という愚かさが、醜いかたちで『最愛のはずの』息子に向かった。
「お前が、お前なんかが『神』という言葉を使うな!」
わなわなと震えながら振り絞るように言うと即座に、自分に返る言葉・・・「あんたこそな。」
何も言えないじゃないか・・・。何も。何も。・・・・
ぼんやりと頭の中をめぐる。この感情が、武器になり、兵器になり、核になるんだ・・・と。
自分自身の愚かな感情によるこんなちっぽけな出来事は世の中に何の影響もないのだけれど、
私はこの年の始めから、自分自身が自分の『感情』に翻弄される時、ただ最悪の『愚か者』でしかない事
、主のからだなる教会につながれ」、さまざまな奉仕を通して「お役にたたせていただけること」は、
ただただ主のご恩寵による「愚か者を用いてくださる主のみわざ」にほかならないこと、
この馬鹿げた有様をも用いて、主はこの『罪びとたち』に必要なものを与えてくださり、素直に心ひらく
者に導きをくださることを想い、ただひれ伏すばかりだ。
主の憐れみなくしては、私自身、そしてこの家族の「真の平和、融和」は成り立たないこと思う。
年頭にあたり、まさかこのような『原点』からのスタートになるとは思ってもみなかったが、
すべての事柄に『意味』があることを、主への懺悔と信仰と感謝をもって受け止めていきたい。
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