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			<title>にこの虹色定期便</title>
			<description>初めまして！育児奮闘中のにこです。毎日の暮らしの中にはいいことも嫌なこともいろいろありますが、ひたすらまっすぐに頑張っていたら、間違いない！どたばたしたって、失敗したっていいから、まっすぐにいこう・・・そんなことを思っているにこです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>にこの虹色定期便</title>
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			<description>初めまして！育児奮闘中のにこです。毎日の暮らしの中にはいいことも嫌なこともいろいろありますが、ひたすらまっすぐに頑張っていたら、間違いない！どたばたしたって、失敗したっていいから、まっすぐにいこう・・・そんなことを思っているにこです。</description>
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		<item>
			<title>新年度の始めをイースター礼拝から</title>
			<description>今年度は、新年度スタートがイースターという、心励まされる日曜日となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も昨年度は、素晴らしい仕事の恵みをたくさん与えられて感謝と喜びに満ちたしめくくりとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日からまた、新しい出会いがあり、新しい仕事が与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常に導き下さる主イエス様に信頼し、祈りつつひとつひとつに取り組みたいと願う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は、日頃部活動で礼拝に行けなかったり、離れがちであった息子に声を掛けると、礼拝に出席をし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一番前に座り牧師の説教に耳を傾け、賛美をし、祈ることや聖餐の恵みにもあずかることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その背中を後ろから見ながら、そのように彼の心に働きかけて下さり、それに応えた彼の内に信仰の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
灯があることを示してくださった主の御霊に感謝をささげた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最も罪深く、最も貧しいもの、決して立派になりえない、罪びとをこそ、憐れみ慈しみ、愛してくださる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主のまなざしを覚えて・・・この罪びとである私自身、一歩ずつ前に進もう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あなたがたに平和があるように』　心に平和を与えて下さる主イエス様を信じます！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/64458324.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Apr 2018 21:29:13 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>主にある幸い</title>
			<description>日々を主に守られ、導かれ、暮らしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主にあって、私にふさわしい奉仕が与えられ、私が無意識のうちに願っている仕事が与えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家庭を与えられ、健康を与えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一歩一歩を、感謝と期待をもって進もう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
みことばによって、賛美によって、人生の多くを無意識のうちに祝福されていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
苦しみにあったことはわたしにとって幸せでした。それはあなたの掟を知るためでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は今、ここに生かされ、人生を感謝している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛する人々よ、健やかに、主に祝福されて歩むことの幸いを、どうか、共にアーメンと祈りましょう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/64398059.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Jan 2018 18:38:04 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>祈りは主を覚えることから</title>
			<description>祈りとは、呪文ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎日、決まった時間に、決まった場所で祈る・・・そのことが、神様に喜ばれるかは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人間の側には、わからないことではあるが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、この秋の季節の自分の状態、祈りに求めたもの、それが無意識のうちに『自己中心』で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『形式的』であったことを、思い知った・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
映画にも描かれていたり、先人のエピソードで聞いたこともあることだが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『祈り』が、いつのまにか、自分の恐れ、不安の解消の手段になっていたり、自分の求めは神様に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
喜ばれるに違いないと高ぶったり、祈るという行為が日常生活の他の事柄よりも優先されるべき、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高尚な行為であって、それをしている時、それをしている者は間違いはおこさないし、守られるべきだ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という無意識の『選民意識』は心の高ぶりとなり、現実の中に、思いがけない衝撃となって自分自身を襲&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分自身が、無意識に犯す罪は無数にある。自分自身の意識と決意で、それらを無にすることはできな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
い。そして、自分自身に起こった事柄には、「何故?」ではなく、「何のために?」と問うべきだと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『主は与え、主はとられ給う。』『天に登ろうともそこにいまし、陰府に身を横たえようとも、見よ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたはそこにいます。』詩編１３９、８節&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くどくどと言葉数を並べて祈らず、願う前から私のすべてをご存じで、必要を与え、逃れの道を備え、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
みこころにかなう者に祝福を与え、高ぶる者を退けられる方、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生ける主をそばに感じて、生かされていきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弱さの中に十分に働いてくださる、私の主、イエス様を覚えて生かされていきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愚かなるこの小さな心に、力と平安を下さるのはあなたです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　主イエス様のお名前によって、アーメン</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63966788.html</link>
			<pubDate>Wed, 21 Dec 2016 23:08:18 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>愛として働かれる神様のご臨在</title>
			<description>どうしようもない気持ちで会堂に入った私は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
静かなその会堂の中で、大きな十字架の前に立っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その時に、どうしようもない気持ちを、すべて告白し、祈ることに導かれた・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の過ち、口にした言葉の愚かさを、神様の御前に、具体的に明確にされた・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、ただただ弱い自分の愚かさについて神様の憐みを請い願った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
涙と共に、神様は私の祈りを聴かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
土曜日に頼まれている結婚式のオルガンの練習を心をこめてすることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから、教会から離れかけている息子と共に過ごし、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちょうど、クリスチャン４部作品の映画のＤＶＤが届いたので、それらを観ることもできた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
苦悩の中で、敬虔な信仰が揺らぐ姿から学び、励まされた。そして、ちょうど、映画のクライマックスで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カーテンの揺れと共に、私が学生時代に使っていた讃美歌の背表紙が取れて、落ちてきた・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私へも、息子へも何か感じさせる事柄だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神様は目には見えないし、人間の言葉で会話をするわけではない。けれども、自分の日常の中に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周囲の人々の心に『愛』となって存在されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのことを、私ももう一度、まっすぐな心で信じたいと思った。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63914170.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 Nov 2016 19:46:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>豊かな実を結ぶ</title>
			<description>真夜中に、突然目覚めた。自分が思い巡らせていたのは教会学校の事・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもが少ない。そしてもはや、教会学校は存続の危機に或る・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教会学校教師としてたてられている今、自分にできることは何か。そして、主が私にご計画されて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いることは何か。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もう、無理だよ・・・。」「時代が違うんだから・・・。」「求めがなきゃ、誘ってもねえ・・・。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人間『私』の中身。けれども、神様は、『私』に何かを働きかけ、すべてを導かれるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆだねつつ、「しもべは聴いております。」という心でいたいと、思わされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
願わくば、近所のこどもたちが教会に一歩、近づけられて、教会学校の働きが豊かに実りますように。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもたちが、一人でも多く、主の愛を知り、受け入れて人生において豊かな実を結び、希望をもつ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ことができますように!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見えるものにではなく、見えないところにある主の働きを、小さな主の御声を受け止める心の耳を開いて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
下さい。一人の子供を心から受け入れ大切に想う愛を、イエス様の愛を、私の心に満たしてください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63890788.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Oct 2016 05:49:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>祈りのちから</title>
			<description>生ける神様は、私のすべてをご存じの方である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主によって与えられた仕事であったのに、いつのまにか自力での努力や工夫や忍耐であるかのように&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時間の使い方、過ごし方、自分自身の所作、言動も自己中心なものとなってしまう・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
疲労感に言い訳をして、みことばから離れ、すると次第に祈りもおろそかとなっていく・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、久しぶりの休日に映画『祈りの力』を観る機会が与えられた。本当に、製作者の祈りが込められた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
素晴らしい証の作品で、自分自身の救いのあの時を、ひしひしと思い起こした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早速、良い影響を受けて新たな思いで、側にいます主に祈りをささげた。そして、ここからまた、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたと共に歩ませてくださいと願った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、中学生となりサッカーの部活動に一生懸命の息子の活躍を、応援し主の御守りを祈っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その彼が、心に主を見上げる信仰を失わないように、聖霊様の助けを祈っている。彼自身が、聖霊様を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
呼び求める祈りを力として導かれて欲しい・・・。置かれている場で主のみこころにかなう働きをし、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼を通して、主の愛が周囲に届くようにと願う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教会学校で礼拝を守ることは難しくなっている。わかっていた。それでも、夕拝に父親と行くことが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
条件のようになっていた。ところがやはり、疲労した体で教会に向かい、且つ、大人向けのメッセージを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
きくことが本当にふさわしいのか、可能なのかを冷静に問えば・・・無理がある。形ばかりになってしま&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う。親の、思い通りにはなっていかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、今日、夕拝に行かずに寝ていた彼を、肉の思いと力で牛耳るようになじった。それが、大間違いだ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と知っていながら・・・。そして、（へたくそ・・・。相変わらず・・・。サタンめ・・・。）と思って&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いた。虚しい思いで、「聖霊様、助けて下さい。正しく導いてください・・・。」と短くヘルプの祈りを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数時間たって、神様のみわざがなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分自身でも、突然の発想で教会学校の教案誌をカバンからとりだし、今日の箇所をコピーしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（そっか・・・自分自身が彼に知ってほしいことを、与えられるではないか・・・）と思いながら。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ここにきて。自分の聖書をもっておいで。」「さあ、プリントを一緒に読むよ。」「気になるところに&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
線をひいてごらん。」「どんなことを想う・・・?」「こんなとき、どうするかな。」「困難を前にして&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
も神様により頼むこと、大切なんだよね。」「さあ、お祈りしよう。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神様・・・。今日こうしてあなたのことを学べてありがとうございます。最近は、お祈りすることも少&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なくなり、教会にもいけませんが、いつもあなたを忘れることがないように助けて下さい・・・』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
心を合わせて、「アーメン」とささげることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主のみわざが、ここに与えられた。ハレルヤ!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
みこころにかなう願いを、主はかなえてくださる。そのみことばがここにも証された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主の御名をあがめ、感謝をささげます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63796065.html</link>
			<pubDate>Sun, 24 Jul 2016 23:15:51 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>主のご臨在のあかし</title>
			<description>主が生ける神として臨在し、信じて求める人間に必要なことをご存じであること。それらを、ふさわしい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時に与えられること。救われた人間の喜びが、神様ご自身のお喜びであり、神様の栄光をあらわすことで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あること・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
年に１度、一般向けに伝道集会を行っている。今日はその日であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、仕事に明け暮れ十分な備えができない実情の中にも、何とかこの日のために主のご用に生かされた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いという思いが与えられて、奏楽のご奉仕に備えて臨んだ。楽譜の隅には思わず、「イエス様へ」と&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記した。偽らない気持であった。（実際は、平穏な気持ちでいても指は絡んで完璧には弾けなかったが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の心の内側は平穏で、感謝しかなかった。精一杯できたことで主が受け取って下さったという安堵が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
心にあった・・・）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時間的に、神様とお話ししていない・・・みことばに触れていない・・・そして、肉の思いが言葉になり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
きっとお喜びでない言動をしてしまう日常の自分が居る・・・。けれども、時々、不思議とそのジレンマ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
から引き出されて「ごめんなさい」をしたり、御言葉を貪るように開いたり、それが短くとも、心に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
残っていたりする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族への伝道は勇気がいる。私には勇気がなく、避けていたが、昨夜になって急に心の内側から動かされ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
てメールで伝えた。なおかつ、今朝には直接電話をして、この集会に穏やかに誘ってみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、受け止めてはもらえなかったし「子供を自由にして教会から離しなさい。」という、私には&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんとも言えないメッセージで返ってきた・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、「伝道の難しさ、息子に対する姿勢への重荷」を心の隅に抱えて、けれども晴れやかな天候に感謝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と期待をもって教会に向かった。玄関でまず出会ったのは・・・いつも教会学校の教師を一緒にしている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉妹と、長年祈り続けておられたその方のご両親であった!私は自分の実母が今は応えてくれなかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その願いを、そのお母様が来て下さったことに対して自分の母が教会に来たように心が喜び踊った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから、証では、やはり教会学校でご一緒に奉仕している兄がご自身が幼いころに母に連れられて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教会学校に行っていたがスポーツに打ち込む時期に教会から離れたこと、それでも、大人になって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お子さんを救いに導きたい!気持ちが湧き出でて、教会に再びもどったこと。未だ理解されないご家族に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対して、自力でなく執り成しの祈りを続けていくこと・・・を伺った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二つの出来事は、私が勇気をもって「時が良くても悪くても、みことばを宣べ伝えなさい」に従ったこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、それにもかかわらず迫害めいた反応が返ってきた私に、タイムリーにどんなにか勇気としるしを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
与えられたことだろう!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は、今朝、『神様・・・今の私にみことばをください!』と心で求めて開いた聖書箇所がルカ21-14～19&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
であり、弁明の準備を自分自身でしなくても、どんな反対者でも対抗も反論もできないような言葉と知恵&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
をわたしがあなたがたに授ける。と、イエス様がお語り下さった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
講師の先生のすばらしい救いの証を伺ったのち、質問事項で「キリスト教に反論する親族への伝道」の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
悩みを伺ったところ、私にとって明快なしるしを与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の、今日の恵みと主のご臨在を感謝して、今日の日の感動をここに記したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はありのままに愛され、導かれ救われたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神の国とその義とをまず追い求めなさい。加えてすべてのものは与えられる。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのみことばに従って、主の約束を信じて、私はこれからも歩みたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63716589.html</link>
			<pubDate>Sun, 22 May 2016 22:28:05 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>祝福の春</title>
			<description>忙しい日々が続いてきた。我が家にとっては、大きな山場であった長男の大学受験を、無事に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乗り切ることができたのも、本当に目には見えずとも不思議な計らいとお守りをくださった聖霊さまの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お導きを思わずにはいられない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学校高学年からスポーツを理由に教会からは一切、離れていた彼はこの受験前、静かな環境を求めて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教会で勉強を重ねた。（これを快く受け入れて下さった牧師先生の愛にも感謝です）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「俺、大学受かったら教会に行こうかなあ・・・」と言葉にした。彼自身が言葉にしたこと、彼自身が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
胸に秘めて都会に向かうだろう。ここからの歩みの上にも、主が共に居て下さることを信じ、祈り続けて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いこう。彼自身が主の愛を知り、主の愛を求めて生かされていくように・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は思いがけず、インフルエンザになってしまい、再就職から１年半を前に、初めての病欠。多忙な&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
職場には申し訳ない気持ちだが、ここに与えられた一時の休養もまた、主の御計らいのうちと覚えて、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆっくり過ごそうと思う。明日は長男の高校卒業式。そして次男の誕生日。どんなごちそうにしよう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かな・・・。神様が下さる一つ一つの恵みを忘れずに、一歩新しい扉を開いていこう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63607139.html</link>
			<pubDate>Mon, 29 Feb 2016 20:28:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>聖めの体験</title>
			<description>私たちの信じる神は霊なる方で目には見えないけれども、生きておられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の主は生きて、人の心に働かれ、私の祈りを聞かれ、悔いて注ぎだした涙と願いとを決して無視される&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ことはない。求める者に必要な助けと、力とを恵みとして注がれる!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は今、そのことに思いを巡らせ、再び主の祭壇を心の中に築こう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日、我が教会を会場に新年聖会が行われ、教区の６教会が集って主を賛美した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私自身にとって、この日、この時に必要な出来事だった。何よりも、恵みの御座にすすみ出て主が私の心&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に示されたように、『あなたは私を信じるか。』『心のうちに或る祈りの祭壇は、壊れていないか。』に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
応えるべく、心の中の膿を切り裂いて出すことができた。「助けて下さい。力を下さい!」と求めてい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
た。それから、「イエス様、ごめんなさい・・・。わがまま言ってばかりでごめんなさい!」という言葉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
になっていた。同時に涙がたくさんあふれ出た・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここ数日、仕事と教会の奉仕との両立?に不安（不満）を覚えていた自分がいた。礼拝に出ることも、交&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わりに参加することも自分にとって不可欠でむしろ必要感があって行く。ところが、奉仕の内容によって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
は事前準備が必要で、私自身がそれに費やす時間を自分の為に使っている。だから、以前のような心を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こめた準備ができないまま当日の奉仕を迎える。確かに仕える喜びよりも、義務感と負担感が大きかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
礼拝では、エフェソ信徒への手紙より『一人一人の分に応じた賜物を生かす』『教会形成、成長』につい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
てみことばの取次ぎがあった・・・。自分の好きな事、やりたいことをやるのではない。教会が必要と&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
していること、任ぜられたことについてはよほどの事情でない限りは『主からの召し』として喜んで仕え&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
るべきなんだから・・・疲れたとか、無理とか言いにくい。だって、自分がやめたら他の数人に負担&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（各々が実情、ゆとりがあるわけではないのだから・・・）がかかる・・・まして、自分が好きなオルガ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ン奏楽に意欲的になろうとするなら同時に他の部分でも精一杯捧げる姿勢が無くて、どうしてやりたいこ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とばかりが満たされるだろう。それでは真の『教会（主のみからだ）の器官』とはいえないのではない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
か・・・。だから、自分なりにできそうもないことも、「きっと主が助けて下さるから・・・」と確かに&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主の助けによってこれまでなし遂げてこられたのだ。これからもそのスタンス（信仰）ですすめばよかっ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たのだけれど、私の心の弱さと信仰の火がくすぶっていたことで完全に『自力による不安』の虜になって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖会では、列王記（エリヤが８５０対１という異教の預言者を相手に、祭壇に火をつけてくださる神を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
呼び求めて、ついに（水でわざわざ濡らした祭壇さえも）主からの火が降って、焼き尽くしたという箇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
所）から、私自身の心の中の壊れかけた祭壇をまざまざと見せられたように思う。そして、生ける神が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
助けて下さったこれまでの多くの恵みを想いだしながら、不信仰を悔い改める機会が与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主が共に居て下さる!いつも、今も、明日も・・・。だから、どんなことも主にあって行う時にみこころ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のうちにあって不可能はない。今日、私の壊れかけた祭壇に捧げた「不信仰や、主を悲しませた言動&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の数々・・・」を主が降してくださった火で焼きつくし、聖めていただいたことを信じよう。そして、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イエス様が聖霊によって練って下さった私の心の内側が、昨日のような愚かな愚痴や人の批判、奉仕に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対する不満や不安の一切を作り変え、生ける主の助けをいただき不思議なみわざを見させていただき、主&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に栄光を捧げられるようにという期待、喜びで満たされることを願い求め、信じよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんで、私の教会に或るオルガンを私が弾かないで他の教会の方が弾くの?私はなるべく弾かないように&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
セーブしてるの?と思っていた。けれども、主のご計画がここにもあった。今日私は奉仕の一切から解放&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
されて『主の御前に鎮まり、みことばに聴く』ため。そのことを通して、私の心に溜まって主を見えなく&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
していた膿をすべて注ぎだすため。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ハレルヤ!!天の父なる神様!御子なるイエス様!聖霊なる主よ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私のすべてをご存じのあなたが、こんな私と共にいてくださるのです。感謝します!!期待します!!</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63540427.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Jan 2016 14:03:30 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>天からの贈り物</title>
			<description>主の恵みにハレルヤ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年も守られ、導かれて過ごせてきた。社会に出て働くというスタイルの中で、以前のような&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ディボーションもできずに日々が過ぎていく時、心に自然とおこってくる霊的な乾きにも、主は折々に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
憐みといつくしみとを注いでくださった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主から離れてしまったかに思わされるのも、また、サタンの誘惑であろう・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな私ではあるが、確かに主が愛し捉えて下さっているのだから、恐れることはない!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仕事が休みに入ってようやく片付けをしていて、出て来たのは『沈黙の実りは祈り。祈りの実りは信仰。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信仰の実りは愛。愛の実りは仕える事。仕えることの実りは平和。』という言葉だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
息子と一緒にじっくりと反復して覚えたことも主からのプレゼント。心にしっかりと入っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、今年は思いがけない展開で素晴らしい贈り物が与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信仰が与えられて教会に属し、9年間、奏でてきたリードオルガン（使用期間は何十年にもなるらしい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に代わり、チャーチオルガンが導入された。先日、オルガン奏者による素晴らしい演奏で奉献されたが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今朝は私がそのオルガンで初めての奏楽をさせていただく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天のお父様、与えられた恵みを心から喜びます!あなたへの讃美を捧げられますように、聖霊によって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この指の業を助けて下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうぞ、心に一切のおごりや高ぶりがおこされないように・・・起こってしまう時には即座に抜き去って&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ください・・・。なによりも大切な、必要なものは自分自身でなく、あなたによって奏でることができる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という感謝と信頼とだからです。聖霊よ、導き給え。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nicochan1040/63517449.html</link>
			<pubDate>Sun, 27 Dec 2015 08:30:44 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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