〜 第3回目 〜 “永遠のハリー”クリント・イーストウッド監督。Clint Eastwood 1930年5月31日 アメリカ合衆国のカリフォルニア州、サンフランシスコ生まれ 1964年にはイタリアのセルジオ・レオーネ監督に招かれて、マカロニ・ウェスタンの先駆的作品『荒野の用心棒』に出演。その後『ローハイド』の撮影が休みの時期に、『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』と都合3作のレオーネ作品に出演することになる。当時のアメリカではイーストウッドはテレビのカウボーイ役者というのが大方の評価で、ヨーロッパでの人気が先行した後、マカロニ・ウェスタン俳優イーストウッドが逆輸入された形となった。それで、ヨーロッパでの(日本でも)人気から、イーストウッドはアメリカに居ながらにして本国に凱旋帰国することとなった。『マンハッタン無宿』でドン・シーゲル監督と出会い、再びシーゲルと組んだ『ダーティハリー』でイーストウッドの人気を決定的にし、又この役は彼の代名詞ともなった。 1992年には、『許されざる者』でアカデミー作品賞とアカデミー監督賞を受賞。この頃からアカデミー賞の常連となり、『ミリオンダラー・ベイビー』で2度目のアカデミー監督賞を受賞。前述の2作では主演男優賞にもノミネートされている。かつては芸術や作家性とは無縁の監督も兼ねる映画スターと見られていたが、後に以前の作品に対する評価も高まり、今やアメリカを代表する映画監督の一人である。 2005年から撮影を始めた太平洋戦争時、1945年の硫黄島の戦いを題材にした映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』では、アメリカ軍の目線(父親たちの〜)と日本軍からの目線(硫黄島からの〜)という異なった作品を同時に制作する、新たな手法に挑戦した。 『ホワイトハンター ブラックハート White Hunter Black Heart』(兼監督)(1990年) 『ルーキー The Rookie』(兼監督)(1990年) 『許されざる者 Unforgiven』(兼監督)(1992年) 『ザ・シークレット・サービス In the Line on Fire』(1993年) 『パーフェクト・ワールド A Perfect World』(兼監督)(1993年) 『マディソン郡の橋 The Bridges of Madison County』(兼監督)(1995年) 『真夜中のサバナ Midnight In the Garden of Good And Evil』(監督)(1997年) 『目撃 Absolute power』(兼監督)(1997年) 『トゥルー・クライム True Crime』(兼監督)(1999年) 『スペース・カウボーイ Space Cowboys』(兼監督)(2000年) 『ブラッド・ワーク Blood Work』(兼監督)(2002年) 『ミスティック・リバー(Mystic River)』(監督)(2003年) 『ピアノ・ブルース(PIANO BLUES』(監督)(2003年)製作総指揮:マーティン・スコセッシ 『ミリオンダラー・ベイビー ( Million Dollar Baby)』(兼監督)(2004年) 『父親たちの星条旗 Flags of Our Fathers』(監督)(2006年) 『硫黄島からの手紙Letters from IWO JIMA』(監督)(2006年) |

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