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18年前の私は医学部を卒業してすぐに
こども医療センターの小児科初期研修医になりました。
小児科医になる夢が叶って,様々な小児科の
専門分野を10週ずつローテーションして専門分野を
2年後に決める初期研修でした。
1年目の夏から秋にローテションしたのがNICUでした。
NICU研修はかなり憂鬱でした。
それまでの研修が慢性疾患を主とする診療科だったので
初めての救急救命の医療,
笑ったり話したりしない新生児,
名前がまだついていないなんて読んでいいかわからない新生児
手先が不器用なので点滴などが難しい新生児,
などの診療に全く自信がありませんでした。
新生児科医には絶対にならないだろうな。。。というのが
研修当初の正直な気持ちでした。
そんな中,1人の男の子と出会いました。
<しょうたろうくん>というお名前でした。
体重2625gと大きく,他院からのご紹介で日齢4に
転院されてきました。当初はそれほど重症ではないかも
という触れ込みで初期研修医だった私と指導医だった
星野先生で担当になりました。
しょうたろうくんはかわいい男の子でしたが,
生まれつきのいくつかのご病気
とともにお生まれになった男の子でした。
特に,呼吸が上手に出来ない喉頭・気管・気管支などに
多発的な病変があって,自分でうまく泣けない,苦しい
呼吸が続き,気管内挿管が必要になる,,,
人工呼吸管理も難しい。。。
人工呼吸管理をどうしていいかわからず,
星野先生に日々,泣きついていたり,弱音を吐いていた
日々でした。
自分が実力不足だから,しょうたろうくんを良くできないのでは,
どうしたら呼吸を楽に過ごせるか? 心配して側で寄り添うように
時間を過ごしているパパとママさんに笑顔になってもらえるだろうかと
医師になってはじめて経験する重症の患者さんだったと思います。
その他の患者さんとの出会いもあったのですが,
しょうたろうくんの病状を安定させたくて,次のローテションの
予定を変更してもらって10週間を15週間に延長させてもらいました。
それでも15週間では改善には向かわず,心残りの中,
次のローテーションの科に異動しました。
私が去った後は星野先生が1人で診療を担当してくださり,
経過報告を教えてくださっていました。
段々,病状が増悪して,人工呼吸器の調節では対応できず,
心肺蘇生が増えていったしょうたろうくんでした。
そして,176日目に天使になられたしょうたろうくんでした。
私にとっては初めてNICUで天使になられるのを見守らせて
いただいた担当患者さんでした。
しょうたろうくん,一生懸命なパパさんとママさんとの出会いは
私にとって忘れられない存在に感じていました。
しょうたろうくんの担当をした経験,何か出来ることは
なかっただろうか? 星野先生のように答えのない診療を
男らしく毅然とできる医師になりたい,,,などが
小児科研修を2年終えて,改めて新生児科医の専門研修医として
2年間の専門研修医を志した理由の1つと思っています。
しょうたろうくんを担当していなかったら,また,別の
人生だったかもしれないと感じます。
2年後,新生児科の専門研修をしている頃,しょうたろうくんの
妹さんが帝王切開でお生まれになると聞いて,心配で蘇生担当を
他の研修医仲間にかわって担当させてもらいました。
オギャーと元気にないて生まれてきた可愛い女の子でした。
しょうたろうくんと同じような病気はないことをすぐに実感して
安堵でした。
そのお祝いを伝えたときのパパさんとママさんの泣き笑いの表情を
今でも覚えています。
しょうたろうくんの誕生から始まったご家族との
おつきあいですが,しょうたろうくんのことがあったからこそ,一緒に
凄く嬉しかったのを覚えています。その後,神奈川県から転居される
とのことを聞き,しょうたろうくんの妹さんとご家族で幸多き人生を
と思ったのを覚えています。それから16年の月日がいつの間にか
経っていました。
今月,病院総務課から<夏休みを利用しての医療者志望の高校生の病院訪問希望>
の連絡がありました。以前,私が担当したことのある患者さんとのこと。
ご名字を聞いてしょうたろうくんご家族であることをすぐに
気づきました。その日が本日でした。
夕方にNICUを訪ねてきてくださったご両親は当時と
変わらぬ様子のしょうたろうくんのご両親です。しかし,
その横には高校生の女の子がいます。心配しながら
誕生を見守らせてもらったあのときの女の子かと
思うと月日の流れを感じました。
様々な病院の事前手続きを済ませて,感染症のチェックを
させていただいた上で,医療者志望の高校生として
しょうたろうくんの妹さんをNICU案内させていただきました。
働きつづけてくれている看護師さんも,18年前のしょうたろうくんと
ご家族の176日間を覚えていて,ご両親と感動の再会でした。
そして,<しょうたろうくんの妹さん>の成長に驚く時間でした。
当時しょうたろうくんが頑張っていた1ベットや今の11ベットの
をみつめたり,再会に涙がこみ上げる気がしたご両親であり,
私達でした。
その事に驚いていた妹さんであり,<しょうたろうくんの妹さん>と
紹介して回る私に,<いもうと>と呼ばれたことが今までなかったから
自分のお兄さんのことを改めて感じて嬉しいと涙ぐんでいた妹さん
でした。
本日の主役は大人の再会ではなく,妹さんの体験訪問なので
NICUのことや新生児医療のことを説明しながら質疑応答に
答えながら病棟をまわらせていただきました。
NICUで働いて!と声かけしてもらいました。高校生の時にNICU
見学をしてもらうことはきっと,はじめてやびっくりのことだったの
かもしれませんが,目で見て,患者さんやご家族の声に耳を傾け,
そして,雰囲気を肌で感じてもらえたらと思いました。
ご両親と一緒だと質問しづらいこともあるかなと感じて,
2人でNICU以外の病院案内や屋上案内をさせていただきました。
「どうして小児科医になったのですか?」
「医師に向いているとか?向いていないとか?ありますか?」
「自分がうまくできなくて人に迷惑をかけないか?怖くない?」
などの質問をしてくれました。
私も
「どうして医療者になりたいの?」とか
様々な質問をさせていただきました。
私の中では妹さんの出会えなかったお兄さんの存在や
NICUで時間を過ごし,天使になられたお兄ちゃんを
見送られたご両親に育てられたというしょうたろうくんが
家族の中で生き続けていることが妹さんの言葉の端々から
感じました。
以前,高校の進路相談などで集団面談させてもらったときの
ことを以下に報道していただいたことがありますが,そのときと
同じような答えをさせてもらった部分もあります。
しょうたろうくんの妹さんにも読んでもらいたいので再掲します。
いろいろなことを話しましたが,
●人が喜んでいるのを一緒に喜べたり,人が悲しんでいる
時に一緒に悲しめたらいいのではないかなと思う。
●誰も最初は自分が向いているとは思えないし,自信が無いし,だからこそ,
みんなで支え合って医療している。人は神様やスーパーマンには
なれないから,みんなで力を合わせてやっている。
●誰かがやらないといけないことがあって,それを自分でやろうと
思ってみんなで自信はなくても
頑張ろうと思えばいいのでは。。。
●頭がいい悪いとうことより,
勉強し続けようという気持ちがあるかが大切。
ずっと勉強し続けないといけない,,,1番にならなくていいから
ずっと勉強し続けようと思うのが大切かな。
と自分でも出来ているとはいえないのですが,期待を込めて伝えました。小児病院には
自分や自分の家族が病気だった人間が多いような気がして,しょうたろうくんのご両親に
育てられた妹さんなら,動機やなりたい強い気持ちがあれば医療者にはきっと向いているし
慣れるよ。医師,看護師だけでなく,病院には様々な職業の人がいることを紹介しつつ,
自分はどんなことで人を支えたいか?喜んでもらいたいかを考えてねといいながら病院案内
を終えました。
やはりしょうたろうくんのことを覚えていて,記念撮影の上,
働きにきて!と勧誘してくれました。
みんなが自分のお兄ちゃんのことを覚えていることを驚いていたので
「それはきっと,しょうたろうくんが5ヶ月の一生を精一杯生きて,
パパとママが一生懸命寄り添って生きていて,それを支えたいと
それぞれが真剣に思っていたからかもしれないね」と話しました。
そして,「医師になれる成績があってもお金を稼ぎたかったり,
余暇をたのしみたかったり,偉い地位になりたいなら,
もっと他の職業があるかもしれないね。
でも,小児科になって良かったなあと思えるのは今日のように
自分が頑張った過去と再会できる日があるからかもしれないね。
自分が関わって支えられたと思える子ども達の成長を見守れたり,
命を救えなかったとしても残されたご家族がその子の経験を
踏まえてその後の人生を生きて,ご兄弟が成長される姿に
であえることなのかなと今日改めて感じました。」
と伝えました。
新生児科医は続けているといいことがある,,,
続けていることが大切,燃え尽きずに続けていれば
頑張った過去からのご褒美が天から来るのかなと
しょうたろうくんに教えてもらった気がしました。
ご両親やスタッフの希望でみんなで記念撮影をしました。
星野先生が夏休みだったのが心残りですが,また来ますと
いってくれているしょうたろうくんご家族でした。
「いつかこの病院で働きたいから,勉強頑張ります」と
みんなに伝えてくれた妹さんでした。
18年前に天使になられた<しょうたろうくん>
はみんなの中に生き続け,出会った周囲の人間達の
中で生き続けているのかな。。。しょうたろうくんの
生涯の意味もまだ続いていたのかなと思えた1日でした。
人の一生は死で終わるわけでないかもしれない。
残された人間達が先にこの世を去られた人間との出会いを
踏まえてその後,どう生きていくか?で先に天に還られた
人間の一生の意味も変わってくるのだと改めて感じた
本日でした。
しょうたろうくんご家族様,ご訪問ありがとうございました。
また,逢える日を楽しみにしています。
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しょうたろうくんの妹さん、スゴイですね。尊敬します。頑張ってほしいです。
2012/8/18(土) 午前 1:30 [ ★☆ひとみ☆★ ]
こんばんはつーちゃんママです 先生もいろいろ悩みながら迷いながら新生児科医になられたのですね つーちゃんにも天使のお兄ちゃんがいますが帝王切開したときには間に合わなかったので小児科にもいかずでした 愛染橋だったら無理でもNICUにつれていってくれたかなとつーちゃんを見ると切なくなります 豊島先生みたいな方が100人ぐらいいれば小児科医不足は改善されるでしょうね つーちゃんの先生も同じ思いでいてくださるとうれしいです
2012/8/18(土) 午前 2:01 [ つーちゃんママ ]
豊島先生お疲れ様です。昨日、豊島先生がかわいらしい女の子と、病院内を往復してらっしゃるのを拝見し、「見学の方かな?お知り合いかな?」なんて思っていましたが、あれは、そんな素敵な「再会」だったんですね^^
先生の、一生懸命な思いが、そんなふうに若い世代の方に受け継がれていくのは素敵ですね。
しょうたろうくんの妹さん、頑張ってください!応援していますp(^-^)q
2012/8/18(土) 午後 10:23 [ そらママ ]
しょうたろう君と妹さんのお話、とても感動しました。豊島先生が新生児科の専門医になられた背景には、そんな出来事があったのですね。天使になられたしょうたろう君、今でも関わった人皆の心に生き続けていますね。先生にとって、担当なさったお子さんやそのご家族が大きくなって医療者を志してくれるなんて、本当に嬉しい事でしょうね♪
妹さんが新生児科医を目指されているとのこと、頑張ってほしいですね。自分のやりたいことが決まっている時に、目指している現場を訪ねて先輩に会って直接色んなお話が聞けるのは、すごく大きな事だと思います。改めて、夢への思いを強くされたのではないでしょうか。私も、就職氷河期で大変な時期、何社も落ちて心が折れそうな時にOG訪問をしました。憧れの先輩と直接話せたことでモチベーションが上がり、内定をもらうことができました。
しょうたろう君の妹さんや、子供達の夢が叶うよう、応援しています!
2012/8/19(日) 午前 10:21 [ きょうちゃん ]
しょうたろう君の妹さん、先日は初対面でむずがる太晴を真っ直ぐ見て優しく話しかけてくれてありがとうございました。ご両親がしょうたろう君のことをツライこととだけとは受け止めずに向かい合ったからこそ、しょうたろう君は家族の中でも生き続け、そして妹さんの訪問にも繋がったのでしょうね。ツライこともたくさんあるけれど、その現実から逃げずに向き合うこと、その先は自分次第で変えていけること、そんなことを改めて考えさせられる出会いでした。妹さん、また太晴に会ってくださいね。
2012/8/19(日) 午後 10:47 [ たっくんママ ]
ひとみさん,つーちゃんママさん,そらママさん,きょうちゃんさん,たっくんママさん,メッセージありがとうございます。今,こども医療センターに働いている人も,そして今目指している人も,自分自身,家族,友達などが病気になった経験がきっかけになっている人は多いと思います。医療者はなるために勉強が必要ですが,頭が良し悪し以上に,勉強を続けられるか?が鍵だと思います。私の周りは<勉強凄くした>という人はいても,<勉強なんかしなかった>という人はいなくて,<医療者になりたくて地道に勉強し続けていた人>が多いと思います。その勉強し続けられる<動機>に自分自身,家族,友達などの病気をきっかけに<救いたい何か><守りたい何か>をイメージできているからかもしれませんね。そういう意味でこういうNICU訪問を医療者,患者家族みんなでおもてなしできる,病院,NICUであれればなあと思った今回です。たっくんとママさん,協力ありがとうございました。
2012/8/21(火) 午前 11:52 [ NICUサポートプロジェクト ]
しょうたろうママより
当時のことを思うとこの再会日が来るとは夢にも思いませんでした。翔太郎は、先天性の病気で、いくつかの障害を持って生まれました。こんな状態で生きていくなんて無理、生きられたとしても苦労するだけと、現実から逃れようとしていました。
苦しそうな我が子を見ると、つらく悲しく面会に行くことが出来なかった日がありました。
一方で治療を続けながら見守って下さる先生、看護師さんがいつも翔太郎のそばにいて下さいました。その励ましと支えがあったからこそ、翔太郎は、頑張って生きることが出来、私は我が子への愛しさ=愛情が与えられました。
意味のない生命はないこと、障害があろうともパワーを今も与え続けてくれる翔太郎を、あらためて感じさせてくれた感動的な1日でした。娘にふれあいの機会を与えて下さった入院中のお子様、お母様ありがとうございました。看護師さんとも再会出来、豊島先生はすっかり偉大になられた今でも全然かわっておらず(笑)気さくなお人柄でとてもうれしかったです。星野先生、お会い出来ず残念でしたが、いろいろとお世話になり本当にありがとうございました。
2012/8/27(月) 午前 0:28 [ jrk*t*41 ]