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の続編ですね。NICUを4年3ヶ月で卒業したたっくんご家族からの投稿が以下です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
転棟の際のあいさつ文について記事にしましたので、
お手数ですが、ブログへのアップをお願いします。
また、今度とも、よろしくお願いします。
転棟当日、直接お会いできなかったスタッフの方々もいましたし、
これまで自分たちを家族を励まし、支えてくださった人たちへの 感謝の言葉を、ここであらためて述べさせていただきます。 (手紙はプライマリの看護師さんに渡してしまったので、 転棟当日に話した内容とは少し異なるかもしれませんが、 その点はご了承ください。) *************************************************
今日はプライマリの看護師さんにお願いをして、皆さんに伝えたいことが あるので、少しだけ時間をください、とこの場を用意していただきました。 太晴と自分たち家族は、今日4年間以上お世話になった
NICUを卒業します。 皆さんには本当に感謝の言葉しかありません。
4年間以上の長い間、家族のように接してくださり、 本当に感謝しています。 太晴が生まれた当時を知る看護師さんは今では少なくなりましたが、
太晴が生まれる頃は、生まれても産声を上げられず、 喜怒哀楽の感情も出せず、ただただ人工呼吸器だけの 生活になるかもしれない、と言われていました。 でも、太晴は元気な産声をあげてくれました。
あれから、4年以上をこのNICUで過ごしてきましたが、 始めの半年くらいは、大きな手術や何度も呼吸を止めたりと 太晴にとっても、家族にとっても辛い時期でした。 3ヶ月を過ぎた頃、笑いかけてくれる太晴を見て、
大変なことも太晴と一緒に乗り越えていこうと思い、 次第にNICUでの生活も、治療の場から、 成長の場へと変わっていきました。 今日という日はゴールとは思っていません。
太晴のこれからの人生のスタートラインに立ったにすぎません。 でも、皆さんの力がなければ、太晴と自分たち家族は このスタートラインにすら立てませんでした。 先生や看護師さんの支えが、このスタートラインに立たせてくれました。 本当に感謝します。 これから先、いくつもの壁が立ちふさがると思います。
でも、その壁を一つ一つ乗り越え、毎日を笑って過ごせるように、 親としても全力でサポートしていこうと思います。 先生や看護師さん、多くのスタッフの皆さんにおいては、
多忙を極める日を過ごしていると思いますが、どうかお体を大事にして、 うちの家族に対してそうであったように、 家族に寄り添い、こどものことを一緒に考え、 これからもちいさな命を守ってください。 最後に、ここで救われ、成長させていただいた太晴の
ちいさな命をこれからは家族で守っていきます。 太晴に接してくださったすべての皆さんに感謝し、 今日NICUを卒業します。 本当にありがとうございました。
金野幸雄、晴子、太晴
************************************************* NICUを卒業して5日が過ぎました。 太晴は、転棟して2〜3日は人見知りもせず、周りのスタッフの人たちに 愛想笑いをたくさん振りまいていました。 でも、頑張り過ぎて疲れたのか、今は熱を出してちょっとダウンしています…(汗) 豊島先生、
転棟してプレイルームで遊んでいたら、太晴よりも1学年下のお子さんの ママさんが声をかけてくれました。 その子が気管切開をするか悩んでいたときに、先生のブログにいつも登場する 笑顔の太晴の姿を見て、励まされたとおっしゃってくれました。 本当に嬉しく思いました。 正に、先生のブログがもたらせてくれた「つながり」ですよね。
先生のブログが無ければ、この「つながり」はありませんでした。 このブログは家族にとっての支えになっています。 それだけでも、このブログを更新し続ける意味はありますよね。 ただ、先生のブログの更新ペースが早いので、周りがついていけない時も
ありますし、先生のお体も心配ですので、もう少し更新のペースを 落としてもいいと思います。 うちも時々は、記事を書かせていただきますので、 そのときは少し休んでくださいね。 ひなちゃんパパさんも言ってましたが、会社の昼休みに、
ブログでこどもの写真を見ることは楽しみなんですよ。 病院に行けないときも、ブログでこどもの様子が分かると、 本当に嬉しく思いました。 これからも、無理ない程度にブログを続けてほしいと思いますし、 家族目線で一緒にこどもの成長を見守っていただければ嬉しいです。 ありがとうございました。 これからもよろしくお願いします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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