がんばれ!!小さき生命(いのち)たちよ

新生児医療・NICUで頑張る早産・低体重、様々な疾患の赤ちゃんとご家族を応援します。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 17
木曜日は呼吸器の加温加湿器の勉強会の後、そのまま
川村先生と奈良先生のさよなら講演会になりました。

イメージ 1
斎藤先生、司会で2人の講演のスタートでした。

イメージ 2
川村先生、生まれ故郷であり、出身大学のある青森県の紹介です。
国内留学するまでずっと住み続けてきた街の紹介です。

名物は、リンゴ、ねぶた、弘前城の桜、そして、
青森県立中央病院ですと伝えてくださいました。

イメージ 3
青森県立中央病院は人財育成として神奈川県立中央病院に
順番に国内留学していたというこれまでの4名の写真を
出してくださいつつ、自分は5人目ですと伝えてくださいました。

イメージ 14
そして、青森の地元新聞に大きく取り上げられている
新聞ニュースを紹介、国内留学を繰り返すことで
人財育成に成功、日本有数の極低出生体重児の
救命率のNICU、青森県になったという報道を
みんなに伝えてくださいました。

この青森の新生児救命率の向上は神奈川こどもでの
国内留学のおかげと皆が感謝しているという部分を
伝えてくださいました。

自分は青森からきたメンバーが神奈川のNICUに
残していったくれた想いも考えもたくさんだけどなと
想いながら聴いていました。


イメージ 4
そして、自分が横浜で担当した患者さん達の振り返り、
2年間で121名の患者さんを担当し、超低出生体重児17名
8名には新生児低体温療法を必要とした新生児低酸素性虚血性脳症12名
などたくさんの患者さんをみつつ、様々な患者さんの診療をじっくり
みてくださった川村先生でした。

常に患者さんにとってよりよいことをしてあげたいという
改善心を持ち続けてくださった川村先生の神奈川での診療
だったと想います。

イメージ 15
たくさんの先天性心疾患、21トリソミー7名、18トリソミー4名と
当院に入院することが多い患者さんの担当した患者さん達の
それぞれを振り返ってくれていました。

それぞれに子ども達や親御さんへの想いをもって
診療してくださっていたことが伝わる言葉でした。


イメージ 8
川村先生の朴訥した言葉にみんなが
耳を傾けていました。

多弁ではないけど、言葉にチカラがあり
多くの人が耳を傾けるのというのは川村先生の
良いところだなと想えていました。

イメージ 5
にも出てきた川村先生が横浜にきたときに
<苦手なこと>と言うスライドを出してくださいました。

その上で、

イメージ 6
このスライドは<自分が苦手だったこと>に横浜で
変わった、苦手という意識を払拭できるくらいたくさんの
患者さんの診療を担当できたということをつたえてくださいました。

イメージ 7
先天性心疾患については苦手を越えて、
自分が提案した組織モニターINVOSの導入を
率先して担当してくださり、当院NICUの
先天性心疾患の診療を改善してくださった
川村先生でした。

その取り組みを看護師さん達に置き土産の
ように改めて伝えてくださいました。

<自分たちが教え、そして、川村先生が教えてくれた
教え合う診療>を出来た先天性心疾患の診療の質改善を
もたらしてくださった川村先生でした。

イメージ 16

集中治療が得意なだけでなく、NICUに入院される御家族にも
真摯に心をよせてくださっていると感じた川村先生でした。

この2年間の当院の診療の中で改めて気づいたということを
伝えてくださいました。
「苦しんでいるのは赤ちゃん達だけではない。赤ちゃんの御家族も
それぞれも悩みや苦しみを感じている。お父さんやお母さんだって
想いに違いはある。悩んでいることや苦しんでいる
理由や内容は家族それぞれであり、
その家族それぞれに心を寄せようとしているチーム
医療を感じた。それがこのNICUが昔から積み重ねてきた
ファミリーセンタードケアの歴史と文化だと想う。」

『NICUの退院がゴールではなく、NICU卒業後の赤ちゃんと御家族の生活も
含めて考えて医療をしようとすることの大切さを多職種の医療者の想いや協力
から学びました」という言葉でした。


ファミリーセンタードケアの中に相通じる
部分がある看取りの医療についても語っていました。
7名の赤ちゃんの有終をNICUで御家族と一緒に見届けたことも振り返って
くださいました。

川村先生と川滝先生がご担当したこはるさんの
お話がでて、
イメージ 10
という日本医師会の<心に残る医療体験記コンクール>に
応募して日本医師会賞を受賞したこと
のCMの中で
天使と過ごした6日間
というタイトルで体験記が映像化されている診療を
こはるさんや御家族とご自身の想いを込めて語って
くださっていました。

イメージ 9
4名の18トリソミーのお子さん達の御一生についても
それぞれに振り返ってくださっていました。

「積極的な手術などの治療をお勧めしない」ということと
「何も診療はしない」ということは違うことなんだということを
述べてくださっていました。
<子ども達が家族と一緒に過ごすことをあきらめない医療>
を感じ、昔からファミリーセンタードケア、看取りのケアなどを
悩みながらみんなで考え続けてきた<歴史>があるからこその
医療と想えたということを伝えてくださっていました。

2年間の横浜でのNICU国内留学を振り返り、
イメージ 11
そして、故郷の青森に戻ってからの
夢や抱負をみんなに語ってくださいました。
大変心強く感じた最後のメッセージでした。

イメージ 12
最後のスライドは、4月から川村先生と入れ替わりできてくださるように
国内留学を希望してくださった川村先生の先輩でもある伊藤先生の
紹介、伊藤先生のことも宜しくお願いいたします。
と告げて終了した川村先生でした。

イメージ 13
「いつか、、また戻ってきてくれないか」という看護師さんたち
の言葉と青森に戻ってからのエールが続きました。

自分は川村先生が居なくなる実感がまだわからないけど、
離れていても気持ちはつながっていると想って、これからも
連携しながらがんばっていきましょうと伝えさせていただきました。

大変想いのこもっていた、みんなで川村先生の
2年間を一緒に振り返るような素敵なさよなら講演会でした。

ご意見ご感想などをお寄せくださると嬉しく感じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下記に参加してみました。
下記クリックするとわかりますが,
ブログランキングで上位になって
いました。
みんなで身近に感じてもらえるきっかけを作れたらと
思います。下記のどれかにクリックしていただけると嬉しく感じます。
(スマホの場合はパソコン版にした上でクリックが必要のようです)
医者・医師ブログランキング参加用リンク一覧 未熟児育児ブログランキング参加用リンク一覧

     




この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

川村先生のいない間、息子は青森県立中央病院で生まれました。
伊藤先生は、息子の出産時に診察してくれた先生です。

本当にありがとうございます。
知人の中では川村先生、伊藤先生の話題はよく耳にしています。

川村先生、二年間の貴重な時間、本当にお疲れ様でした。お会いしたことない私が言うのもおかしいですが、青森に帰ってきてからも、これからの新しい命に全力で向き合ってくれることと思います。
青森の要として青森県立中央病院がますます活躍してくれることを祈っております。

ドクターヘリ、イヤですか(笑)


伊藤先生、私自身はお話したことはありませんが、息子の面会のたびにNICUでお見かけしておりました。
ハキハキと話し、ニコッと笑う表情を覚えております。

息子は現在リハビリづくしの毎日ですが、これから産まれる早産児がリハビリなく過ごしていけるよう願っています。

長文、失礼いたしました。 削除

2015/3/31(火) 午前 0:33 [ 青森より。 ] 返信する

顔アイコン

> 青森より。さん,メッセージありがとうございました。ドクターヘリは乗りたくないけど,,,乗らないといけないのが心配という川村先生の言葉に講演会も笑いが起こりました。川村先生にお会いする機会があったら是非,お声をかけてください。伊藤先生は本日より<ハキハキ,ニコッ>と神奈川のNICUに加入してくれています。ご大切に研修に協力出来たらと考えております。今後とも伊藤先生の応援メッセージなどお寄せくださると嬉しく感じます。そして,息子さんのことを私達も一緒に応援させてくださればと思います。メッセージありがとうございました。

2015/4/1(水) 午後 0:18 [ NICUサポートプロジェクト ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事