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先週の火曜日のNICUの終業後は青森から1年間の国内留学の 伊藤先生のさよなら講演でした。 想い出しながら講演に心寄せていました。 上記の内容で講演してくださいました。 の記事を紹介してくださりながら、 日本の中でも周産期死亡率が高かった時代の青森の話をしてくださり、 池田先生を皮切りに、寺田・松尾・佐藤・川村先生と5名の青森からの 国内留学の先生が神奈川に来てくれて、地元に戻り、それとともに 周産期死亡率が全国の中でも低い県に変貌したということを 伝えてくださいました。 自分にとっては、今は神奈川よりも成績がよくなっていると 思える青森ですが、青森の苦闘の歴史を感動しながら聞いておりました。 いよいよ、神奈川に来れる日が嬉しかったと1年前を振り返り、 その研修の中で気づいたことを伝えてくださいました。 「一生懸命、いのちを救おうとすること」 それは大切なことだが、それだけでも十分ではないという ことを神奈川のNICUで働く中で気づかされたという言葉でした。 患者さんにも家族にも細やかな心遣いがあった 伊藤先生でしたが、神奈川で感じたことをお聞きする ことで違う文化の中で仕事をすることで気づけることも あるのだと改めて感じました。 青森からきてくれているメンバーに呼吸管理のことをお願いしている 自分たちでした。看護師さんたちと一緒にDPAPや加湿器などの 診療の質改善を目指してくれていました。伝えきれなかった部分、 伝えるには根拠が必要という部分を気づいたことなどを 語ってくれていました。 伊藤先生には感謝ばかりの自分です。 神奈川から応援したいと思いました。 一緒に拝見しました。 お互いにエールで別れられたらと想います。 似ている若手が青森にいて弟?と質問されたことがあります。 確かに話していると弟のように思えた伊藤先生です。 自分が担当したNICU卒業生の子供達が伊藤先生によっていく。。。 という似ている部分があるようです。 最後の自分が挨拶しました。 「伊藤先生といつか一緒に働きたいと思っていた ので夢がかなった1年だった。 弟のように思えてしまうのか、時として叱咤激励してしまうこともある 自分だったけど、こんなに患者さんや家族にさりげなく配慮がゆきとどく ことに驚かされることも多かったし、看護師さんたちと一緒にやろうと 施設もチーム医療の中でありがたかった。青森NICUは遠いけど、 一番身近に感じる兄弟のようなNICUに感じる。離れても 目の前の患者さんたちに向き合うことでつながっていると 思いながら、これからも一緒に頑張っていきましょう」 とお伝えしました。 伊藤先生への感謝や送別のメッセージ、 コメント欄にお寄せくだされば嬉しく感じます。
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