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の続きです。自分の講演のことを書き残させていただきます。
講演の冒頭で神奈川県立こども医療センターの
紹介をしながら、その場所で時間を共にした九州からの
国内留学の新生児科医や産婦人科医の先生方の神奈川での
様子を紹介しました。
それぞれが地元を愛し、九州男児といわれるような芯のある決意で
神奈川で生まれる赤ちゃんとご家族に向き合っていたことを伝えさせて
いただきました。
九州には尊敬する先輩や同世代の新生児科医がたくさんいると
思えていることをお話もしました。
また、毎年夏の学会の教育セミナーでワークショップなどで2泊3日の
生活を共にした若手の皆様、当院に見学に来て下さった若手の皆様と
ご縁を感じ、九州地方には頼もしい若手がたくさんいると感じてきたことを
お話ししました。
こういう新生児医療を通じて出会った皆様と再会できるかもしれない
研究会にご招待されて大変嬉しかったことをお伝えしました。
一方、予期せぬ、1ヶ月前の熊本地震、九州全体の素晴らしい連携に
尊敬を感じつつ、九州新生児研究会は中止になるのではないかと
思っていましたが、こんな時だからこそ集まろうと開催が決まった
ことを知り、そう言う場所にご招待された自分はどんな話を
すべきであろうかと悩んでいた気持ちをお伝えしました。
5年前の東日本大震災の時は自分は熊本から国内留学の田仲先生と
一緒に苦楽を共にしていたことをお話しました。
その時の心強さを感じたことを話しつつ、
仲間が多く思える九州にまさかと思えた熊本の地震を横浜で
それぞれの無事を願いつつ、自分達も自分の場所で頑張ろうと
思っていたことをお話ししました。
東日本大震災の時に上記の写真の右の保育器の中にいる
お子さんとお母さんのお話をさせていただきました。
このお母さんは3年後に、
「地震の記憶がない」と自分に伝えて下さいました。
その理由は2つであると。。。
1つめの理由は
自分のこどもが早産で生まれ、手術などが緊急で必要と言われた状況は
そのことの心配が大きくて揺れていることなんて気づかなかった。。。
2つめの理由は
NICUにいた医療スタッフが自分や自分の家族が地震に被災して
いたとしても、多分普通通りにNICUの中で働き、家族に接して
くれていたからではないかと思える。そう考えると尚更
感謝を感じた。という言葉でした。
私はこのご家族から、NICUは通常の状態でも大地震に見舞われた
ような気持ちの患者家族の人達がいる場所なんだと改めて知った、
そういう気持ちを想像しながら医療したいと思えるようになった。
今回の地震でも、きっと避難所からNICUに通っていた
スタッフの方々もいるだろうし、NICUが倒壊して緊急で
他のNICUに移動せざるをえなかった方々の気持ちを考えると
想像しきれない大変な状況であろうと思えていたことを
お伝えさせていただきました。
「人を支えようとしている人にこそ、
人の支えが必要だと思っている。人の支えがなければ、
人の支えにもなれない。。。」
というある医師の言葉を思い出しました。
そんなことを想像しながら、この日、山口にやってきました。
自分が出来ることは地震の中で生まれる赤ちゃん達、通常のNICU入院
以上に不安な状況にいるご家族を支えようとしている九州のNICUの
医療者の皆様の心支えるような講演をするつもりでここにきました
とお話しさせていただきました。
医師4割、看護師6割ということだったので講演も双方に
伝えられる内容にしたいと思って準備してきました。
3年前に発表した英語論文の内容をお話ししました。
超早産児の重症脳室内出血は撲滅できるのではないかと
いう気持ちをお話ししました。
そして、10年前に九州でお話しして以降の取り組みを
振り返りさせていただきました。
九州の先生方とも一緒に取り組んだ
などの新生児医療におけるガイドラインを作っていたこと 取り組んだNICUのチーム医療を改善する
プロジェクトで
その他、3次元エコーのお話などもさせていただき、
NICUの循環管理を質向上してNICUに入院する赤ちゃん達の
後遺症少なき救命を目指していきたい気持ちをお話しした講演の
前半でした。
後半は
楢村先生の出演シーンを含めたコウノドリの撮影協力をどんな気持ちで
していたかを伝えつつ、楢村先生が担当したご家族や医療スタッフが
楢村先生をいかにみんなが好きだったかをお伝えしました。
早産児の合併症を防ぐことはマイナス面を減らすだけで、
発達面のプラス面を積みかねるためにはご家族と一緒に
赤ちゃん達を見守るチーム医療が必要と感じていることを
お話ししてきました。
NICUに出来たらと取り組んできたことをお話ししてきました。
紹介しました。
こどものことだけ視ているだけでは発達障害リスク児
と考えられるNICUのお子さん達の生きづらさやご家族の育てづらさは
防げないかもしれない。脳室内出血などの合併症を防ぐために
新生児集中治療のことばかりにNICUは特化していてはNICU卒業後に
マイナス面が出るのではないかと思えている。
NICUの家族面会、家族を含めたNICUチーム医療はご家族の
養育レジリエンスを身につけていく支援につながり、ひいてはNICU
卒業後の生きづらさを緩和できるのはないかという気持ちを
お話ししてきました。
(講演では未来構想はお話ししませんでしたが、
NICUご家族の養育レジリエンスの向上を目指しての
NICU改築のコンセプトであり、NICU電子退院手帳プロジェクト
である気がしている自分です。)
もらったことは、私達NICUスタッフの仕事の役目は、
NICUで吸引したり
エコーしたりすることではないし、
NICUを退院してもらうことがゴールでもない、
NICUにきたときはこの世の果てに思えていたかもしれないご家族が
病気や障害、生死を超えて、いつの日かその場所にこどもと一緒に
いたことを誇りをもって、前を向いて生きていける気持ちになって
もらうことなのかなと思えている。
地震の中でより不安が多い九州地方のNICUの赤ちゃんや
ご家族に向き合おうとしている皆様を自分達は応援したい
と思っています。それぞれの場所でそれぞれの役目をお互いに
頑張りましょうとお話しして終わった講演でした。 九州地方の多くのNICUスタッフの皆様が
共感・賛同の気持ちを伝えて下さり、この日、
九州・山口にやってきたことの役目を果たせた気がしていた
研究会の最後でした。
研究会の後は会場近くの温泉ホテルで温泉につかり、
19時から最後深夜2時まで続いて大懇親会でした。
九州が一体となって学び、楽しむ時間を定期的に開催している
九州新生児研究会、こういう一体感、仲間意識が地震の時にDMATより
早い迅速な連携を可能にしたのだと想いながら驚嘆しながら
交じらせていただきました。
九州各地の先生方と交流・懇親を
嬉しく感じた食事会でした。
熊本の親愛なる後輩新生児科医の楢村先生や猪俣先生の
この1ヶ月の気持ちをお聞きしたり、担当してお子さんやご家族を
大切に想うお気持ちをお聞きしました。
楢村先生やガイドライン以来の仲間に思っている
熊本の高橋先生と熊本の新生児医療の現状やそれぞれの
お気持ちを聞かせていただいた時間でもありました。
熊本で「頑張っている人たち同士はお互いを気遣って
不安や弱音を物語づらいのかもしれない、、、だからこそ、
違う場所にいる人間たちは何かをしてあげようと思わず、
気持ちや想いを聞き、心寄せることも大切なのかなと
思えていました。」
ブログのファンですといってくださった皆様と
記念撮影、いつも読んでいますと直接伝えてくださり、
印象深いコメントの主と出会えて嬉しく感じた場面です。
是非、研究会の講演のご感想などもいただければ
幸いです。
深夜まで延々続いた懇親会でしたが九州の皆様の酒の強さと
仲間意識と新生児医療にかける熱意に感動しつつ、疲労困憊気味で
きた朝を考えると元気と勇気をいただいた宴でした。
お酒が入った状況でも未熟児動脈管開存症の
診療や研究についての質問をして下さる方がたくさんいて
九州地方の新生児科医の皆様の新生児医療に取り組む
情熱を自分達も見習いたいと思えてもいました。
遅くまでたくさんのことをお話ししてくださった
皆様、ありがとうございました。また、いつか
九州の研究会に交じらせていただけたらと夢見ていたいと
思っていました。
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コメントでなくても毎日,下記をクリックしてくださっている
皆様にも新生児医療を社会に伝えるお手伝いをしていただいている
と毎日感謝しています。ありがとうございます。
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きーぽんです。
公演&慰安会お疲れ様です。
九州人は何につけても「熱い!」方が多いので、さぞかし濃厚な時間を過ごされたかと思います。
お酒が入るとさらに熱く語る方も多いですよね(笑)
熊本の地震は本当に大変だったみたいですね。
つい1週間前に、娘の足の手術の為に熊本市内の病院に入院していたのですが、その病院もあちこちに亀裂が入ったり、段差ができていたりと地震の影響を受けていました。
ライフラインが全部ストップしたそうですが、全入院患者さんをロビーに集めて、非常電源と備蓄していた食料で2日間凌いだそうです。
「家族のことが心配だったけれど、患者さんの安全を第一に考えて行動していた」とのお話を聞いて、スタッフの皆さんの使命感に頭が下がりました。
正直、手術の延期も覚悟していましたが、ここまで立て直すのは本当に凄いなと思いました。
高速道路越しに被害の大きかった地域を通過したのですが、まだまだブルーシートで覆われた家屋や倒壊した家屋も多く見受けられました。
被害に遭われた方々が早く安心して暮らせる日が来るように、微力ながらも出来る範囲でお手伝いができたらと思ってい
2016/6/3(金) 午前 3:17 [ key*on*8*8 ]
慰安会でなくて、懇親会ですね。
スミマセン^_^;
2016/6/3(金) 午前 3:20 [ key*on*8*8 ]
>きーぽんさん、<お酒が入るとさらに熱く語る方も多いですよね>はその通りですね。男性も女性も、若手もベテランも皆パワフルですね。熊本市内の病院に入院されていたのですね。ご経験をお伝えくださりありがとうございます。<スタッフの使命感>素敵ですね。自分も自分の目で拝見しにいきたいと思えています・
2016/6/3(金) 午前 10:23 [ NICUサポートプロジェクト ]
> きーぽんさん、慰安会でも、懇親会でもいいですよね。今回感じたのは、こういう会を定期的に開いて胸襟を開いて語り合っている九州だからこその今回の災害時の連携だったのだと思います。こんな時だからこそやろう。。。とあえて中止にしなかった九州の皆様の姿、熊本の看護師さんの涙ながらの語りを傾聴していた沖縄の先生の姿に、<自粛することが正しい>みたいなこともないのかなと思えていた自分でした。様々なことを感じた九州との交流でした。
2016/6/3(金) 午前 10:26 [ NICUサポートプロジェクト ]
すばらしい講演ですね。NICUとは災害時でなくても家族にとって緊張する場所で、そこに災害が起きたら、医療者の皆さんは患者さんを守るために、ふだんにも増して厳しい状況で働いておられるのですね。
専門的なことはわかりませんが、今の九州のNICUの方々には、経験豊かな豊島先生の共感に満ちたお話と、新しいNICUのあり方をともに目指そうというメッセージこそ、いま聴いて元気になれる講演だったろうと思いました。(内容の素晴らしさにふさわしい言葉が浮かばす残念です・・)
全国を飛び回って、その場に応じた適切なお話ができる先生を改めて尊敬します。神奈川で、お聞きする機会はないものでしょうか。<猫派>
2016/6/3(金) 午後 11:22 [ tok***** ]
> <猫派>さん、九州での講演に心寄せてくださりありがとうございました。「新しいNICUのあり方をともに目指そうというメッセージ」
という言葉は,確かにそういうことを伝えたかったのだなと自分自身が共感しました。<神奈川>でも本当は多くの方と一緒に語り合いたいのですが、課題は北海道や山口などは提案してくださり、講演会の準備や企画や広報や運営に尽力してくださる人たちがいたので自分はこの身一つで訪問すればよかったのですが、神奈川県でやるとしたら、自分たちで講演会の提案、準備や企画や広報や運営をしないといけなくなる現状ですね。このへんが自分にとっては他県で話しているほうが遠くても楽なのは本当かもしれませんね。今年度中にそういう機会を作れたらとも思っています。いつも一緒に考えてくださりありがとうございます。
2016/6/5(日) 午前 9:22 [ NICUサポートプロジェクト ]