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の続き、熊本報告記のその4です。
自分にとっては地震の中で弱音を吐かずに頑張っていたことを
感じる神奈川に国内留学してくださり一緒にNICUで働いた
田仲先生と楢村先生の頑張る場所に訪問した上で二人の
地震からの日々を労いたかったのでした。
地元に戻って地元の仲間と地元で生まれる赤ちゃんとご家族の
ために頑張ろうとしている二人の近況を地元の仲間の皆様と一緒に
語り合えて嬉しい時間でした。
神奈川で指導医をさせてもらった二人がどんな風に熊本の
新生児医療に貢献しているのかを感じ、嬉しく感じる時間でも
ありました。
神奈川時代の二人の話を地元の皆様に語れること、地元の
みなさまからそれぞれの熊本での話を聞かせてもらうことは
「変わっていないと思えるそれぞれの特性」を感じたり、
「変わったなあと思うそれぞれの成長」を実感したりしました。
23時近くまで続いた懇親会の終了後、自分の宿泊するホテルまで
一緒に歩いてくださったお二人でした。
横浜とは違う蒸し暑さを感じる熊本の夜、熊本に戻って神奈川とは
異なる診療成績になっていることに、どうしたらいいのかを語り合う
二人の話を後ろから聞いていました。地震で先行き不透明という
ようなこと以上に、入院してくる達の赤ちゃん達の合併症をどうしたら
防げるかを語り合う二人に、どんなときでも、目の前にくる赤ちゃんのために
できることを尽くそうとする新生児科医らしさを感じ、素敵に
感じていました。
田仲先生の神奈川で身につけたことと楢村先生が神奈川で身につけたと
思っている経験や知識が微妙に異なっているのを二人の会話から感じ、
これは神奈川こどもがこの5年に変わった部分を自分が感じる時間でも
ありました。神奈川も試行錯誤しながら変わり続けていることがある
のだと二人の会話から感じたりしました。
自分は横浜に戻るけど、二人と出会ったからには離れていても
熊本にできることをしたいので、何度でも呼ばれたらくるし、
横浜からできることを考えていくから、熊本市民が新築される
までの3年間、めげずに熊本の子供達とご家族のために頑張ってね。。。
と話して二人と別れた晩でした。
ホテルにチェックインしたときにわたされた用紙です。
地震の大変さを感じる用紙でした。(自分が滞在中は
まったく揺れませんでした。多くの人に熊本を訪問して
街を盛り上げてもらえる安全さと思います)
熊本から帰路に入りました。
地震があろうと故郷は離れようとすることはない。。。
むしろ、この場所で生まれる赤ちゃん達を守ろうとするみなさまの
素敵さを思い出しつつ、熊本の景色をみながら空港に向かいました。
という本の感想を書きましたが、くまモンの奇跡第2章はこれからはじまると
も思いました。。。
くまもと空港からANAに乗り、
こども医療センターです。
地震で製造が中断していた
が製造再開となり、楢村先生が医局にプレゼントしてくれていました。
楢村先生と名コンビだった小豆澤先生に楢村先生の近況を伝えつつ
留守を守ってくれたメンバーに陣太鼓を振舞いつつ復帰した
自分でした。
陣太鼓はくまモンに頼らない伝統・老舗の誇りを感じる
パッケージですね。大変美味しく、みんなでいただきました。
楢村先生、お気遣いありがとうございました。
熊本、神奈川と場所は違えど、目の前で出会う赤ちゃんやご家族
のために頑張ろうとすることで、自分たちは孤独でない、いつまでも
つながっていると思います。
お互いそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張っていきましょう。
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熊本市民病院のNICUで18トリソミーの娘を送った親です。先生方、看護師さん方への感謝は、4年近くたった今でも薄れることはありません。
市民病院の被災状況、NICUの赤ちゃんたちのことを思うと胸が潰れそうな思いです。が、スタッフの皆さんはもう前を向いて全力で戦ってらっしゃるのですね。
いつでも応援してます‼
2016/7/9(土) 午前 11:53 [ shi***** ]
> shi*****さん、18トリソミーの診療について熊本市民病院の先生方と意見交換しながら一緒に考える時間が多かった自分です。スタッフの皆様、皆、優しくて心強い人たちだと思いました。自分の病院のNICUが倒壊しようともその中で、NICU復興に尽力する皆様、NICU再開に向けての技術の維持に他のNICUにいかれるかた、避難所の診療などを継続している皆様、それぞれが心強い、見習いたい皆様でした。娘さんの生まれた病院NICUは本当に素敵ですね。娘さんと一緒に応援してくださればと思いました。
2016/7/9(土) 午後 1:52 [ NICUサポートプロジェクト ]