がんばれ!!小さき生命(いのち)たちよ

9年間ありがとうございました。2019/8/31に https://nicu25.blog.fc2.com/ に移行しました。

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土曜日の朝、自宅の電話がなりました。。。
こういう電話は病院からの連絡であり、ドッキリしながら
眠気がすぐに覚めます。何があったのだろうと想いながら
受話器を取りました。

当直の先生から
「きほちゃんがご自宅で有終を迎えたようで病院に向かわれています」
という言葉でした。

自分も
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こども医療センターにすぐに向かいました。

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当直の先生達にきほちゃんのご電話の様子を聞きながら、
御家族の電話の言葉などを伝えてもらいました。

その上で救急外来に向かいました。
そこには涙を流されながらも、穏やかな微笑み
のきほちゃんのママさんやパパさんがいらっしゃいました。


先週外来に来られた以降の御家族の時間を
お伝えいただきました。

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こども医療センターの帰り道でみんなで撮ったという
写真を見せていただき嬉しく感じました。


きほちゃんは穏やかな表情でそこにいました。
赤ちゃんは生きていても天に還ってもかわいいことに
変わりないと思えました。

眠るように天に還っていた。。。という
言葉を聞き、それをお兄ちゃんが気づいてママさんや
パパさんに伝えてくれたということをお伝えいただきました。

涙を浮かべながらも、きほちゃんはよく頑張ったと
思えているというパパさんとママさんの言葉、

祖父様や祖母様の御家族をいたわりながら
讃えるような表情に、きほちゃんは素敵な御家族の
基に天が授けてくれて良かったねと思える自分でした。

是非、きほちゃんと写真をとってあげたいという
御家族の言葉を受け、
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一緒にお写真を取らせていただきました。
きほちゃんと御家族の人生の1ページの写真に加わらせて
いただくことにありがたく感じました。

外来で元気な姿を見せてくれつつ、
お家に帰るのは難しいかなという自分達の予想を越える
頑張りを伝えてくれたきほちゃんを讃えたいと思いました。


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母性病棟、新生児科病棟、小児循環器科、外来スタッフ
きほちゃんに関わった多くの病院スタッフが入れ替わり
立ち替わり、きほちゃんに会いにきてくれていました。

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異口同音にきほちゃんのかわいい、穏やかな表情を
大切に感じつつ、これまでの日々に心寄せている感じでした。

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涙を浮かべながらも、悲しみだけでもない
穏やかな表情のきほちゃんに泣き笑いの表情で
代わる代わる抱っこしたり、声かけしていましたね。

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多くのスタッフに抱っこしてもらった後に赤のおくるみを
着込んだ様子にもすごくかわいいいと涙を浮かべながら
微笑みかけていた看護師さん達でした。



NICUスタッフがきほちゃんとの時間を過ごしているとき、
祖父様に「お話しがあります」とお声かけいただき、
二人でお話しさせていただきました。

祖父様は
「娘が途中、辛そうでみていらない時期がありました。
このままでは娘はどうなってしまうんだろうと自分も心配していたときに
NICU卒業生の方のアルバムを
見せてもらい、さらに
その方に連絡を取らせてもらい、
会ってもらったりした頃から、
娘の様子がどんどん変わっていくのを感じ
ました。心が救われたのだと想います。そのことの御礼をいつか
伝えたかったので今日伝えられて良かったです」
という言葉でした。

きほちゃんの心配をしつつ、
娘さん達を案じていた祖父母様達の想いを改めて感じました。
家族それぞれを想い合う気持ちに
きほちゃんはいい家族の中に生まれてきて
良かったねと思っていました。


そして、この祖父様の言葉をアルバムなどを手渡したいと
想ったスタッフや会ってくれたNICU卒業生の御家族、
それをアレンジしたスタッフ達に必ず伝えておきますと
お返事した自分でした。

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コウノドリの第15巻の帯のメッセージに
共感しましたと伝えて下さり、その言葉だけでも
帯メッセージのご依頼を受けた甲斐を感じました。

外来の外で
いい子に待っているお兄ちゃんにも声かけしていた
自分でした。「きほちゃんを病院に連れてきてくれて
ありがとうね。優しいお兄ちゃんだね。また、いつか
会いに来てね」と声かけしていたら、テレながらも
グミのお菓子を分けてくれたお兄ちゃん。

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お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに頑張っていた2ヶ月と21日間
を記憶の中に大切に優しい少年に成長してくれたらと
想いました。

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きほちゃんを気遣うお兄ちゃんの姿に
きほちゃん、大切にしてもらっていたんだねと改めて
感じていました。

救急外来の玄関からみんなでお見送りしました。
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「ここはきほちゃんと御家族が過ごした場所だから、
きほちゃんのことを話したくなったり、聴きたくなったら
いつでもきてください。」とお伝えしてお見送りしました。

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<悲しみ>はすぐには消えない、
素敵な時間だったからこそ波のように押し寄せて
くることもあると想います。

でも、悲しみだけでない、
忘れたくない大切な日々もあったことを
自分達も一緒にシェアしています。

きほちゃんが地上で伝えてくれた、気づかせてくれた
命の意味をみんなでシェアしながら生きていけたらという
気持ちを伝えさせていただけたらと想いました。

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自分達は赤ちゃんと御家族の担当だと想っているので
これからの御家族の人生もNICUから応援し続けています。


ご意見ご感想などお寄せ下されば心強いです。

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と毎日感謝しています。ありがとうございます。

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豊島先生、そして
友滝先生、加藤先生、山浦先生、担当看護師さんの吉村さん、ありがとうございました。ハイスピードに日々が進み、体は動いていたものの気持ちは追いついていません。進むべき道があるのに全くそこまで至っておりません。最後のお別れの時、抱っこをした時、冷たくても綺穂は綺穂で、字の様にうに綺麗なお顔で可愛くて、頑張ったね綺穂のママで最高だったよ、ありがとう。ごめんねと出てきそうでしたが絶対言わないようにしました。お兄ちゃんがきほがお骨になってしまった後、きほちゃんは?と言いました。お空へ行ったんだよ。と伝えました。お兄ちゃんが遺影のきほちゃんに変わらずチューと口づけし、お菓子をあげたりおもちゃを持って話しかけてる姿に支えられこれからもきほのお兄ちゃんであることは変わりないんだな。と救われている限りです。予想もしなかった父の行動に、突然でしたが話してくださりありがとうございました。まだお骨になってしまった綺穂ちゃんをそばに置いておかないと落ち着きません。だけど、これから家族みんなで力強く生きていこうと決めています。たくさんの方々に支えられたこと、心から感謝しています。
綺穂ママ

2016/10/7(金) 午前 0:18 [ hin***** ]

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こうきママ

きほちゃん、沢山沢山頑張ってとっても偉かったね。優しいパパ、ママ、お兄ちゃんとお家で過ごせて嬉しかったね。きほちゃんママさん。初めまして。4年前の10月に私も息子をお空に還しました。気持ちがわかるって思い思わずコメントしてしまいました。心よりご冥福をお祈りいたします。
せなくんママさんのお気持ちもよくわかります。私も夢に出できてくれないです。きっとそばに居てくれる。そっか。そうなんだなーってちょっと心が救われました。大丈夫な日、そうでない日が繰り返しあります。でもきほちゃんもせなくんもきっとお空でみてくれています。私はそう信じています。いつか会える日までは遠距離ですが心は繋がっていると思います。
豊島先生、私の母校で生命の授業をされたんですね。なんだかご縁を感じました。きほちゃんせなくんママさんのコメントと生命の授業、そして10月という事が重なり久しぶりにコメントしてしまいました。10月になるとのんちゃんのこともよく思い出します。。。

2016/10/7(金) 午前 6:04 [ こうきママ ]

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私も娘を1年前に他院のNICUの中で有終を迎えました。
娘も病院でとてもがんばったけど、おうちに連れて帰ってあげればよかったな、もっと抱っこしてあげればよかったな、兄弟の時間をたくさんもってあげたらよかったな…と今はそういう後悔の気持ちが大きいです。
今はとってもお辛いと思いますが、お家で家族みんなで過ごせた思い出やNICUのみなさんとのつながりはこれからの大きな支えになると思います。私にはあまりないので…とてもうらやましいです。
兄弟がそこにいるかのように会話してくれたり、行動してくれたりするのって本当に癒されますよね。私も何度も励まされました。
時間が少しずつ気持ちも穏やかにしてくれることとおもいますが、ママさんお体大切に、無理せずゆっくり…ね。

2016/10/8(土) 午前 10:32 [ みーママ ]

しょうたママさん、りくママさん、おばちゃんさん、瀬名ママさん、こうきママさん、みーママさん
暖かいコメント嬉しくて私の気持ちの中に深く刻まれています。
しょうたくん、私からもきほとお友達になってください^_^
瀬名ママさん
私の友人が、『綺穂は、ひなの中に戻ったんじゃないかなって思う!これから一生かけてひなが感じる事すべて、嬉しいと感じること、美味しいと感じること、寂しい、悲しい時も、全部、同じ感情を綺穂は抱ける、2人は一心同体になったんじゃないかなって。ひなが人生を楽しまなきゃいけない意味が、今までの二倍にも三倍にもなったんじゃないかな』(すいませんコピーしたものでひな=私です)瀬名ママさんのおっしゃってくださっている意味と同じような気がして、友人には許可をとりコメントしました。みーママさんの後悔という文字には、あの時、あの時、、と毎日どんな時でも考えてしまい、きほの顔が浮かび抱っこしたくて匂いを思い出しては涙で前が見えません。みなさんのコメント、全てきほに伝えました。本当にありがとうございます。豊島先生2度目のコメントすみません。みなさんと繋いでいただいたこと、感謝していま

2016/10/8(土) 午後 11:31 [ hin***** ]

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>きほちゃんのママさん、ママさんの言葉も、心寄せてくださる皆様の言葉も素敵に感じて、こういうやりとりを見守って入られたらと思っていました。何度でも投稿してくださって構いませんよ。きほちゃんの人生の意味はこれからも考え続けていきましょう。これからのご家族が気持ちで生きていくかの中にもきほちゃんの人生の意味は変わっていく、増えていくようにも思えています。これからもきほちゃんを含めたご家族の未来を応援しています。現在、長期出張中です。飛行機の乗って雲のうえに長くいたのですが、きほちゃんたちに近づけた気がしていた本日でした。

2016/10/9(日) 午前 0:31 [ NICUサポートプロジェクト ]

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こちらのブログでは初めてコメントします、さなママです。
(今まではパパさんがコメントしていましたので…)
さながお空に旅立ったのが5月で、ブログ見てもなかなかコメントする勇気みたいなものがなく、ただ見ていただけでした。
その中できほちゃんを見て、密かにきほちゃんや家族のみなさんを応援していました。
だから今回のブログを見て、どうしようもない気持ちでいっぱいです。思わずコメントしてしまいましたが、言葉は見つかりません。
私たち家族もさなと過ごした時間を大切にしていこうと思っています。きほママさんも無理なさらず体調整えてくださいね。
また、この場を借りて、せなママさんのアルバムを見て前に進めるようになりました。ありがとうございます。私もやっとアルバムを作る気持ちになりました!
出来上がりましたら、豊島先生の所にお持ちしたいと思います。

2016/10/9(日) 午後 11:09 [ さなママ ]

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熊本の仁くんファンです。

きほちゃん、ほんとにがんばってお家に帰ったのですね。
私は40年以上前に、きほちゃんのお兄ちゃんと同じ立場になりました。生後間もない年子の妹とは写真を撮ることもなく、一緒に遊ぶこともなく、でした。「どんな顔していたのかな?」「姉妹としてどんな風に大人になっていったかな?けんかしたかな?」と思うことも多々あります。鬼籍に入った両親に心の中で「あの子をよろしくね」と話しかけたりもします。すみません、なんだか勝手に感情移入してしまっていますね。

心からきほちゃんのご冥福を祈ります。

2016/10/10(月) 午後 6:03 [ mac*t*0318 ]

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> こうきママさん、ご無沙汰しております。きっと心寄せてみまもってくださっているだろうなとも思ってきました。母校というのは品川女子のことですか? いずれにせよ、こうきママさんの後輩にお話できるご縁だったのだとしたらこうきくんの天からの思し召しの機械だったんだと思います。メッセージ心温かく感じました。ありがとうございます。

2016/10/11(火) 午前 0:13 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> さなママさん、きほちゃんへのメッセージありがとうございます。応援してくださったこと、心温かく感じていました。さなちゃんのアルバムも是非、拝見したいです。また、いつかお会いできる機会を楽しみにしています。(慰霊祭、自分、出張と重なり今年は不在であり、大変残念な今です。) パパさんたちにもよろしくお伝えください。

2016/10/11(火) 午前 0:15 [ NICUサポートプロジェクト ]

峻太朗の母です。
突然すぎて、未だに物事が手につかない状態です。
あの日の午後、私も病院を訪れていました。一般向けの緩和ケアセミナーに参加させて頂きました。約10ヶ月ぶりの病院で、懐かしいような、寂しいような気持ちでした。私もきほちゃんに一目会えたら良かったな、、と思いました。
家族で過ごせた時間は宝物だと思います。ご家族皆様が穏やかに過ごされる事をお祈りしています。
お友達の言葉に私も救われました。ありがとうございます。

2016/10/11(火) 午前 0:54 [ sao*i*nakad* ]

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> しょうたママさん、きほちゃんの人生とその有終に心寄せてくださりありがとうございました。人生はどう終わったか、、、だけでなく、その日がくるまでどう生きたかにも心寄せていたいなと自分は心がけていて、しょうたママさんの言葉にもそんな気持ちが込められている気がして心温かく感じました。ありがとうございます。

2016/10/11(火) 午後 7:46 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> りくままさん、きほちゃんとご家族に心寄せてくださりありがとうございます。病院の中であろうと、外であろうとご家族の中でお子さんが過ごせる時間を応援したいなと思えています。「どんな子でも家族との時間が一番ですよね! 」という言葉にも深く共感しました。メッセージありがとうございました。

2016/10/11(火) 午後 7:48 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> おばちゃんさん、「この病院のスタッフは本当に優しい心だな」だなと伝えてくださりありがとうございました。この日の救急外来の看護師さんや当直の婦長さんが同じようなことをNICUや母性病棟のスタッフに対して感じてくださったようで伝えてくださりました。有終を迎えた子供達やご家族に心寄せることも自分たちの役目と思っているスタッフとの出会いを自分も誇りに感じています。メッセージお寄せくださりありがとうございました。

2016/10/11(火) 午後 7:53 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> 瀬名ママさん、きほちゃんのお爺様の言葉に感動した自分でした。瀬名くんご家族にもいつか必ずお伝えしますとお返事したので、伝わったようで心強く感じます。飛行機で中国大陸を移動し続けています。雲の上で瀬名くんたちに近づけた気がして対話してきています。パパやママやお姉ちゃんは地上で頑張って生きているよと伝えているつもりでした。でも、夢に出ないのはいつも側にいるから。。。という言葉にそうなのかもしれないと思えていた自分でした。夢でも会いたい人に会えないと思う淋しさで誰にでもあるんじゃないかなと思えて、心にいつもいるから夢で会えないというのはあるんじゃないかと思いました。<想い出すことがある悲しみ>は実は<忘れられてきている>のかも、深い悲しみは思い出すとか出さなとかを超えた常に気持ちに宿るのではないかなとNICUで思ってきました。いつも心寄せてくださりありがとうございます。

2016/10/11(火) 午後 10:16 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> 綺穂ママ さん、きほちゃんのお兄ちゃんをきほちゃんがお兄ちゃんにしたように、お兄ちゃんはきほちゃんを妹として大切にしていた時間を過ごせて、きほちゃんによかったねと伝えたい自分です。全身全霊で一緒に過ごしていた日々だと思います。ママさんもパパさんも頑張ってきたこれまでの日々だと思います。人生には頑張ろうという気持ちだけでは乗り越えられない気分の時期ってあるように思えています。頑張ってきたからこそ、無理して頑張りすぎず、時間を過ごしていただければと思っています。誰かに話したい気持ちなどあったらいつでもきほちゃんの故郷にきてください。自分たちはいつまでもきほちゃんご家族を応援していますから。

2016/10/11(火) 午後 10:21 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> みーママさん、きほちゃんご家族への素敵なメッセージありがとうございます。みーママさんのご家族の物語にも心寄せさせていただけたらと思います。早産・様々なご病気であっても弟、妹としてうまれてきたんだという時間をたとえ、NICU卒業しなくたって、NICUの中であてもご家族が感じられるNICUにしていけたらと願っています。その想いを改めて感じたメッセージをありがとうございます。

2016/10/11(火) 午後 10:25 [ NICUサポートプロジェクト ]

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>熊本の仁くんファンさん、ご自身のご経験をありがとうございます。自分も思い出せば、お腹の中で亡くなった兄がいると父母に言われ続けて育ってきました。なぜ、兄が生まれず、自分が生まれてきたのだろう?と疑問を抱いたり、生まれてこれなかった兄の人生まで自分は生きないといけないかなと子供ながらにがんばる動機になりました。無意識かもしれませんがNICUに働くことになった気持ちの背景にもあったかもしれません。人の死は、覚えてくれる人がこの世から一人もいなくなったときに本当に迎える、誰かがその死を受け止めて生きていく限り、その人の人生も続いていると思うことがあります。熊本の仁君ファンさんの妹さんも今も一緒に生き続けているのではないでしょうか? いつも一緒に考えてくださり感謝です。

2016/10/11(火) 午後 10:30 [ NICUサポートプロジェクト ]

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> 峻太朗の母さん、きほちゃんのご家族が卒業した日に病院にきてくれていたのですね。これもご縁のように感じました。心寄せてくださりありがとうございました。緩和ケアセミナーにいらっしゃっていたのですね。自分はきほちゃんご家族を見送った後、心身共にエネルギーの低下を感じてしまい病院を後にしていました。早産であろうと様々な病気であろうとお子さんの有終を見届けたご家族の悲しみは消えるものではないと思えています。ご家族を交えてグリーフシェアを考えていきたい自分です。ぜひ、そういう話をまた、いつかできたらと思っています。
メッセージ心温かく感じました。

2016/10/11(火) 午後 10:34 [ NICUサポートプロジェクト ]

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豊島先生、お久しぶりです。
綺穂が天に還ってから3週間が経ちました。
NICUを卒業して、綺穂が家にいた期間も3週間でしたが、今の3週間は、時間だけが過ぎていくような感覚です。
今でも綺穂は幸せだったのだろうかと考えてしまうことがあります。
でも、綺穂が生まれてきてくれてからや、天に還ってからも綺穂の力を強く感じています。
綺穂は私が今まで生きてきて知らないことをたくさん教えてくれて、たくさんの人と巡り会うことができました。
綺穂を送り出す時も、綺穂はたくさんの人に愛されて、そして私達家族もたくさんの人に支えられていることを実感しました。
息子も綺穂の写真を見て可愛いがってくれてます。
これからも綺穂と一緒に家族みんなで頑張っていきたいと思います。
これで終わりににしてしまいたくないと思える友滝先生、山浦先生、加藤先生、吉村さんや、こども医療センターの方々との出会いに本当に感謝しております。
本当にありがとうございました。
皆様にも宜しくお伝えいただけたら幸いです。

2016/10/25(火) 午前 3:43 [ 綺穂父 ]

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> 綺穂父さん、メッセージをいただけて懐かしく、嬉しく感じました。自分は自分自身も含めて他人のことも、<幸せ>か否かと判断するのは難しいかなといつも感じています。他の人を幸せと思うのも、幸せでないとも思うのも難しく、答えはその人達それぞれにあるし、<幸せ>と思えるかどうかはその時だけでなく、その後の時間の過ごし方や流れでも変わってくるように感じています。自分はきほちゃんと御家族やあの頃のメンバーと出会えて一緒に過ごした日々を大切に感じています。離れていてもきほちゃんの地上に残してくれたご縁は続いています。また、会える日を楽しみにしていますし、ここにメッセージもいつでも歓迎です。きほちゃんのことを胸に自分達の日々の役目をお互いに頑張っていけるといいですね。ママさんやお兄ちゃん、祖父母の皆様にもよろしくお伝え下さい。

2016/10/26(水) 午後 4:03 [ NICUサポートプロジェクト ]


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