|
がNICUに来てくださった翌日。
かいせいくんと同じ日に天に帰られて
NICUスタッフ、皆が突然に感じてショックを受けた
ゆきちゃんでした。
かいせいくんのママさんやパパさんと再会し、
想いをお聞きして、ゆきちゃんのママさんやパパさんは
どうしているかなと思えた前日でした。
こども医療センターは春休み期間でスタッフが去る中で
外来は大混雑の期間、外来の前に慌ただしくNICUを出ようとした時に
ゆいねちゃんのママさんが真剣な表情で大きな声で自分に声をかけて
くれました。今日、15時くらいにゆきちゃんのママさんとパパさん
NICUを訪問したいという気持ちを伝えてくれました。
ゆきちゃんのママさんとパパさんを気遣うゆいねさんの
ママさんの想いに触れた気がしました。
この日はすごく忙しくて辛さも感じていたのですが
外来を終え、そのまま胎児カンファレンスに行こうと
NICUを出た時にバッタリとゆきちゃんのママさんと
パパさんに出会いました。
1ヶ月前と変わらぬママさんやパパさんの優しい笑顔に
あえて自分も心温かく感じました。
そして、お人形になったゆきちゃんと再会できて
嬉しく感じました。
ゆきちゃんとママさんに出会ったのは
の日、以来でした。清塚さんの生演奏をゆきちゃん、聞けて
よかったねと思った日でした。
7月に清塚さんがコウノドリ2の曲のイメージを考えたいということで
当院に訪問してコンサートもしてくださった時は
ゆきちゃん病棟外出が難しい状況でした。
コウノドリシーズン1の番組特集、コウノドリのシーズン1
の第1話のエンドロールのサビでドラマにも登場させてもらった
ゆきちゃん、
話してもらつたり、コウノドリのスタッフの皆さまにもたくさん
励ましてもらっていたゆきちゃんでした。
7月は病室を離れられかったゆきちゃんに鈴木プロデューサーや
清塚さんが気にかけてくれて
For Tomorrow
はゆきちゃんたちから生まれた曲なんだと思えていました。
その曲をこども医療センターに集う子供達やご家族の中で
生演奏で聞かせてもらったゆきちゃんと
ママさんによかったねと思えた先月でした。
ママさん、この日、ゆきちゃんとNICUで一緒に過ごした
こーちゃんとママさんと一緒に清塚さんと写真撮ってもらえたことが
すごく嬉しかったと写真を見せてくださいながら、お伝えくださいました。
そして、この日からゆきちゃんが天に還ることになった
日までの様子や思っていたことをママさんとパパさんで
問わず語りで自分にお話くださいました。
天に還られた後の写真もたくさん見せていただきました。
微笑みような穏やか表情でした。
苦しまなかったんだね、皆に感謝しているのかなと
思えた可愛い写真でした。 子供達は生きていても亡くなっても可愛いです。
微笑みような
穏やか表情で体についていたチューブなどを全部取れて
身軽になって
担当医だった加藤先生やHCUの看護師さんたちのたくさん抱っこして
もらっているお写真などをたくさん見せてもらいました。
医療スタッフも皆、涙を浮かべながらも優しく微笑んでいる
写真の数々でした。
ゆきちゃんを抱っこできることを皆が
喜び、ゆきちゃんを讃えているような雰囲気がつたわるたくさんの
写真でした。
自分もその場にいたような想いになっていました。
NICUを卒業した後も、多くの医療者に
愛されていたゆきちゃんだったのだと改めて実感しました。
最期の日に、自分が不在で正面玄関から多くのスタッフに
見送られて帰る時にパパさんが
「豊島先生、いないと写真撮ってもらえなあ」
と呟いていた。。。と看護師さんから聞いていた自分。
その時の写真がないことをお聞きして
ママさん「残っていなくて残念。みんなで撮ってもらいたかった」
という気持ちを伝えてくださり、自分も残してあげられず残念と
話しました。ゆきちゃんのママさんとパパさんの言葉に
家族の卒業写真を残すことは後になってみると大切なことなのだと
改めてお二人の言葉に伝えてもらった気がしました。
こども医療センターからご自宅に久しぶりに家族3人で戻って
からの時間、想い、
ご葬儀の様子や想い
ゆきちゃんの遺影の可愛らしさやもう一つの名前を
伝えてくださりました。
火葬場での想い、残ってくれた体の一部の
愛おしさ、かいせいくんのママさんやパパさんが前日に伝えて
くださったこととリンクする想いをお伝えくださり、
心寄せられたらと思っていました。
ゆきちゃんのパパさんとママさんもゆきちゃんの一部を
身につけていらっしゃるのに気づきました。 自分は大和方面に出張するたびにこの道を毎日通い続けていた
ママさん、仕事と面会を両立していたパパさんの凄さを感じています。。。
とお伝えしました。4年近く、この道を往復しているゆきちゃんの
ママさんとパパさんの存在がゆきちゃんにとってこの世に
生まれて一番の幸せだったんじゃないかなと思えていることを
お伝えしました。
NICUから小児科病棟で思っていたことを振り返ってたくさん
伝えてくださいました。周囲に感謝し、感謝の思い出がたくさん
あるゆきちゃんのご家族。
周囲を気遣う
ゆきちゃんご家族だからこそ、多くの人たちがゆきちゃんと
ご家族を支えているようで支えられていたのではないかと
思えていました。
こども医療センターに通えなくなったことの寂しさを伝えてくれる
ゆきちゃんのママさん。久しぶりに来たら辛くなるかなと思えて
いたけど、こども医療センターに来たら様々なことに向き合いながら
集う子供達や親御さん、スタッフの人達
に会うことは辛くないし、心温かく感じた
とお話してくださいました。
その時のママさんとパパさんの
表情が優しくてすごく素敵でした。
「ゆきちゃんは力強く生きていた強い子だと思っている。
いいママとパパと出会えて嬉しくて、自分たちの懸念を
越えて力強く最後まで生き切ったと思っていました」
と直接お伝えできてよかったと思えました。そして、
「ゆきちゃんと過ごした
日々がお二人に残しっていた想いはたくさんあると自分も思っている。
素敵な時間を過ごしたからこそ、悲しみは繰り返し波のように
押し寄せてくることがお二人にはきっと続くだろうけど、
悲しみはだんだん変わっていくと思う。悲しみは<心温かい想い>
に段々変わっていく日がくると思う。だから、お二人には
ゆきちゃんの思い出、悲しみ、楽しみをシェアしながら
生きていってくだされば。お二人がゆきちゃんを思いながら
生き続けるかぎりゆきちゃんは生き続けるし、自分も
ゆきちゃんとご家族の日々を胸に刻みながらこの場所に
いようと思います。。。」とお話させていただきました。
NICUはゆきちゃんと過ごしたお部屋だと思えるという言葉に
そう思ってもらえるようなNICUで入られたらとも思いました。
一緒にいらられなかったこと
は現実を受け止めることや喪失感を感じることなんだと思えます。
最期の時のこと、お家でのこと、
伝えに来てくださりありがとうございます。
自分のゆきちゃんの喪失感を埋めてくれた気がしました。
しんどさを感じていた年度末。。。で、
気持ちがダークサイドに陥りそうなところを
救ってもらった気がしてゆきちゃんとパパさんと
ママさんに感謝です。。。
とお伝えさせていただきました。
ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。
|
全体表示
[ リスト ]

