|
産科・母性内科・新生児科・小児循環器科
・麻酔科・小児外科・心臓外科・
遺伝科・脳神経外科・小児科など
様々な診療科に関わる医師・看護師が
集まって、出生前診断について自分たちは
どんな医療や支援を提供できるかを
話し合っています。
その上で、誰がご家族にお話しするのか?
どのように
伝えるか?を決めています。
赤ちゃんのご病気がわかり、
早産になると生きていくことは
厳しいと考えられることをお伝えして、
母さまに赤ちゃんのための
治療薬を投与して、
胎盤を介して赤ちゃんの治療をお勧めしたご家族が
いました。
今は早産にすることのほうが寿命を奪ってしまう可能性や
生涯にわたる後遺症が生じる可能性が高いことをお伝えした上で
お腹の中が赤ちゃんには一番よりよいと思えることをお話しして
いました。
その上で、
もし、お腹の中にいても具合が悪くなるようだったら、
この子にとっては今がよりよい誕生日なんだと思えたら
ご出産してすぐからの治療に挑むこともできることを
お話しして、
どうしていくかを話し合い続けた2ヶ月でした。
お腹の中の赤ちゃんのために
2ヶ月間、入院していたママさん、
離れ離れの生活を過ごしていたお兄ちゃんとパパさん。
このブログを見つけて気持ちが
救われた気がすると伝えてくださったので、
自分からはこのブログのことはいわない自分ですが、
伝えてくれたからには
「では、お写真撮りましょうか?」
とお誘いしたこの日でした。お腹の中でママさんに
守られながら育っている命と4人家族の写真と思って
撮影させていただきました。
先週、産科や小児循環器科の金先生が
赤ちゃんが浮腫んできていることを
気づいてくださり、
夜に3人でどうしょうか話し合いました。
そして、早朝になって臨時で多くの医師と話し合いをもった
上で、自分たちはお腹の中の命と生きていきたいと思うなら
この日が誕生日にしたほうがいいと思えていることを産科・新生児科・
小児循環器科で一緒にお伝えしました。
覚悟を決めていたご両親の笑顔がすごく素敵でした。
午後出産と決まったこの日でした。
こういう日に備えて、
どこで、どんな役割分担と連携で
お誕生を迎えるかは備えていました。
その準備にチームで入った午前中でした。
の役目にギリギリで間に合って出張していました。
授業の途中で、今日はこのご家族のように、早産を決める
ご家族の想いを伝え、その中でこの場所にきて終わったらすぐに
こども医療センターに戻る、、、
そういう気持ちでここにきて、自分も本気で
現実の話をしているから、
皆様もそういうつもりで本気で聞いてくれたら
。。。という想いを授業でお伝えさせていただきました。
準備は自分がいなくても大丈夫だと信じていましたが
お誕生の瞬間を自分も見守りたいし、治療が予定通りに進むなら
自分はいなくてもいいと思えていました。
一方、治療がうまくいかない場合に
そのことを伝える役目が自分にある気がしていました。
横の手術室で
帝王切開が進む中で、産科・麻酔科・新生児科・
小児循環器科・心臓外科で生まれた瞬間からの段取りの確認と
準備をしていました。
ご出生と同時にこの部屋にきてくれた赤ちゃんの
治療の開始でした。
胎児診断があったからこそできた準備と
始められた治療に思えました。
人工呼吸器管理を始めながら心臓外科手術にもそのまま移りました。
無事に不整脈治療に挑んだ自分達でした。
お腹の中でできなかった治療を
生まれてきたからこそできる治療を
開始できたときに
皆で安堵の想いでした。
NICUに移動して早産児の治療の開始。
かわいい女の子であることを皆で喜びながら、
NICUでの診療の開始でした。
産科・小児循環器科の研修を経て新生児科に戻ってきてくれた
稲垣先生にこういう患者さんのために先生は研修を重ねてきたはずだから
先生が一番だよ、、、と伝えて託した自分でした。
自分が過去に担当した同様の患者さん達の診療の経験を伝えつつ、
自分ができる検査などをしながら診療産科していました。
こういう赤ちゃんを合併症少なく命支えることが
自分たちの役目と思って、
みんなでできることを尽くそうと
いう気持ちを伝えた夜でした。
初期治療が終わり、状態が安定してくれて
パパさん達のNICUの初めての面会。
きっとお腹の中にいたときから声をかけ続けていたんだろうな
と思えるパパさんの声かけと、直に会えた喜びに溢れる気がした
面会の光景を帝王切開後でまだ会えないママさんに伝えたいなと
思っていました。
夜のNICU、
不整脈の治療機械についてNICUスタッフみんなで
勉強会でした。
昔は自分がやっていた役目なのですが、
その役目を自分よりもさらに
現代の小児循環器研修をした稲垣先生が
説明している姿を心強く思えました。
前例が少ない治療だからこそ、いつも通りの治療をするのでなく、
この子のためにできることを考えていけたらと思いました。 翌日、ママさんの初めての面会。
胎児の病状説明で、この子はお二人に会いたくて頑張っていると
思えるから、お誕生をお伝えできる日を楽しみにしていますといっていた
自分。お誕生おめでとうございますとお声かけできて、お二人の
笑顔に会えて、この子の命がもたらした笑顔を讃えたいと思いました。
そして、この2ヶ月、お腹の中で
守っていたからこその生まれた後の診療経過に
思えました。
「ほのりちゃん」と名付けたこと、
その名付けの意味などをお伝えいただき
嬉しく感じました。
医療スタッフは発達のマイナスになるような
合併症を予防しながら救命を目指していきたいし、ご家族には
1日1日を大切に過ごしながら、発達のプラスを積み重ねて
この子の命を一緒に応援していけたらと思いました。
ママさん、病人ではないのに2ヶ月間の
入院生活。この街にきたけどこの街をしらないし
この街の食事の知らないといったので、
弘明寺は多国籍なレストランがあること、
入院食ではでないような
インドネバール料理店も多いのことなどを伝えていました。
ママさん退院、ほのりちゃんの面会通いの中で
この街を楽しんでいただければと話したりしました。
生まれたらブログに書きますという約束、
ちょっと遅くなりましたが果たさせていただきます。
改めまして、
ほのりちゃん、お誕生おめでとうございます。
ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。 |
全体表示
[ リスト ]


いつも、読ませて頂いてます。
うちの娘も約3年半前に、鹿児島市立病院で在胎25週1日で470gで産まれました。突然の出産でしたが、いろいろ乗り越えてくれ今があります。娘や家族はもちろんですが…先生方やスタッフの皆さまのおかげで今があるので感謝の気持ちでいっぱいです。
当時はもちろん、今でも時おり自分を責める事もありますが、娘がその日が誕生日がいいと選んでくれたのかな?と少し気持ちが楽になりました。
2018/4/14(土) 午後 10:45 [ 川原 寛子 ]
この度は本当にありがとうございます。言葉では表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
21wで疾患が見つかり、精神的にボロボロで当初は毎日泣いてばかりの入院でした。ですが、様々な科の先生方や看護師の皆様をはじめ多くの方に助けて頂きながら2ヶ月間お腹の中で育てることができました。ほのりが今こうしてNICUで頑張っていられるのは、科を越えて連携のとれた高い技術の医療を提供して下さるこの病院だからだったと思います。胎児の頃から出生後の治療について説明して頂けたり準備をして下さっていることを伺うことで、私たちも少しずつ覚悟を決め、ほのりが選んだ誕生日を笑顔で心から歓迎することができました。「赤ちゃんは生まれるタイミングを自分で選んでくる」とお話しして下さった看護師さんがいらっしゃいます。ほのりはパパママが覚悟を決めるタイミングを見計らい、この日がベストだと思って生まれてきたのかもしれません。
まだまだ越えなければならないことは多く不安もありますが、NICUの皆様がほのりのことをよく診て下さり、様子を細かく教えて下さるのでとても安心できます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2018/4/15(日) 午前 9:18 [ ほのりママ ]
いつもブログ拝見しています。
私は一人で子育てしていくなかで
色々考えたり悩んだりすることが沢山あります。
仕事の悩みも…。
でも、素晴らしいチーム医療の現場をブログを通して知ることができ、今の職場で資格もない私の役割を頑張って果たそうという前向きな気持ちを持てました。
また、中学生の息子との接し方にイライラしているときも、あたたかいご家族の写真や言葉を見ながら、心を落ち着かせる時間をもてることができました。
これからもブログ楽しみにしています。
2018/4/15(日) 午後 1:59 [ クッキー ]
> 川原さん、 クッキーさん、素敵に感じるコメントに感謝です。お互いの<生きづらさ>を緩和したり、応援し合えたらと思いました。ありがとうございます。
2018/4/17(火) 午前 11:47 [ NICUサポートプロジェクト ]
> ほのりママさん、生まれる前から「ブログ読んでます」と言ってくださっていたので、お父さんやお母さんがそれぞれ直に見られないところの写真を撮っておくことができました。お伝えできてうれしく感じました。ママさんとパパさんがお腹の中で守っていたからこその今なんだと思えます。これからもみんなでほのりちゃんを応援していけたらと思います。
2018/4/17(火) 午前 11:50 [ NICUサポートプロジェクト ]