がんばれ!!小さき生命(いのち)たちよ

9年間ありがとうございました。2019/8/31に https://nicu25.blog.fc2.com/ に移行しました。

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の初日、午前中は台湾の皆様に歓迎の講演をして
午後は林先生や柴崎先生にお相手をお願いして
東京に出張しました。

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「ブラックジャックによろしく」のNICU編の
モデル言われたNICUもあった広尾の母子愛育会に行ってきました。
日本の周産期医療の人材育成の要と思える
恩賜財団母子愛育会主催。

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毎年恒例の
周産期医療研修会で講師をさせてもらいました。


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自分の中では90分間という最も
長く自分の伝えたいことを話せる機会であり、
若手新生児科医に向けてお話しできることを楽しみにしています。

神奈川こどもからは昨年、勝又先生が参加して
知識を確認、さらなる成長に繋がった気がするこの
講習会でしたが、今年は谷山先生が参加していましたね。

自分も20年前に受講生として参加していた講習会です。

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今年も未来の新生児医療を担う全国各地のNICU志望の
先生方と出会い、講演してきました。

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動画がうまく動かず、その部分は心残りだったのですが
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今自分が伝えられること、

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若手の皆様にこの先を考えてもらいたい
ことなどをお伝えしてきました。

講演の後もたくさん質問が出て嬉しい気がした
今年の受講生の皆様です。

最後まで残ってくれていた
先生方をお誘いして、

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六本木ヒルズへ行き

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東京の変貌を感じつつ、

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黄金新人(ゴールデンルーキー)と呼んでいる
谷山先生と同世代の佐賀の富野先生、福岡の川瀬先生、
熊本の南谷先生と語らってきました。

この世代の悩みや喜びを羨ましく感じたり、
谷山先生がなぜ、神奈川こどもNICUでNICU研修しようと
思ったのかを改めて聞けて興味深く感じた時間でした。

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昔はチルドレンズと言われると、ブラザーズのつもりだ。。。。
と研修医達に伝えた自分ですが、最近はやはりチルドレンズに
近い年代であり、兄のように見守るというよりは父のように
応援する気持ちが芽生えている気がします。

一方で、若手の先生達に混じっても自分、好奇心や向上心
はまだまだある気がして、若手の人達と一緒に今ない医療を
開発して行きたいと思いながら、未来の新生児医療への
夢を語り合ってきました。

講師料を一夜にしてお酒に変えてしまうような
お酒をたくさん飲んだ気したのですが、六本木から
横浜に戻ることの辛さも含めて印象深い、
一期一会の酒宴でした。


ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。

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試合開始10分前小山運動公園球場に到着しました。
いよいよ、今日が最後。。。と胸が詰まる気持ちでした。

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球場周囲にはたくさんの村田選手への
想いに溢れる飾りがありましたね。栃木でも
多くの人達が村田選手が来てくれた1年を大切に思えているんだ
ろうなと思えていました。

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タクシーの運転手さんが伝えてくれたのは
朝から九州やら大阪などからもなんども
駅と球場を往復しているそうですね。村田選手の
最後を見届けに栃木に来たファンが集結のようでしたね。


巨人には複雑な気持ちがあり、
アンチ巨人に戻りたい自分だったのですが、
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巨人の同僚の選手たちの今の状況でできる
感謝が伝わるWe Love Shoのサヨナラボードに
そんな恨み言も違うかなと思えていました。

この日、限定の
村田選手グッズを買おうとしている時に
声かけてくれたのは東スポの記者さん
上記の記事のお礼や今シーズン
ずっと村田選手の気持ちを伝え続けてくれたことに
感謝をお伝えしました。


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の記事を書いてくださった毎日新聞の記者さんにも会いました。

村田選手の今年を追い続けていた記者さんたちにとっても
寂しいこの人いう1日だったと思えました。


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超満員で球場外にも観戦シートが設置されていた
この日。

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座れないかなと思う状況、
立ち見でもいいかなと思える状況でしたが、
じゅんちゃんのママさん、自分を
見つけてくれて(多分、待っていてくれたのかな、、、
と気を使ってくださった子を申し訳なく感じつつ)
村田家の皆様の座席に自分も
混じらせていただき、超満員、自由席の
球場で村田家の皆様と共に観戦していました。

じゅんちゃん、こうちゃん、えいちゃんと
それぞれこども医療センターからお家に帰られていった
3兄弟と
パパさんのプロ野球選手としての最後の1日を
一緒に観戦できることを感慨深く感じました。
それぞれの誕生やご家族に加わる様子を
思い出します。家族の節目を知る
周産期医療なんだと思えます。

中学生になったじゅんやくんの学校の話、
公式戦で初ホームランという動画を見せてくれた
こうちゃん、言葉をたくさん話すようになった永ちゃん
自分たちが担当して来たご家族の今を改めて
心温かく拝見していました。

3人ととも、子供なりにパパさんの最後の日を
理解してそれぞれに応援している姿を切なくも
頼もしくも感じていました。

自分は3兄弟の一つ前の座席で村田選手の父母様
共に観戦していました。前回来た時はじゅんちゃんの
ママさんの父母様と楽しく観戦して、今回はパパさんの
父母様と楽しく観戦させていただきました。
それぞれの立場から村田家を共に応援していた
人たちと再会でした。


じゅんちゃんの祖父様、祖母様として
半年間,NICUで何度なく言葉を交わしたお二人と久しぶりに
お話をしながら観戦でした。

村田選手が息子として語っていた言葉をたくさん聞かせてもらえて
嬉しかったし、お孫さんのこと、NICU卒業生ご家族としての村田さん、
NICUを支援して来た村田選手のこの10年間を改めて村田選手の
父母様に直接伝えられて印象深い1日でした。

村田選手の父母様は繰り返し、
「じゅんやのことがあったから息子は成長した。
だから息子が野球選手として16年間も頑張れたのは
じゅんやとNICUの皆様のおかげ」と繰り返し、
じゅんやくんと自分に伝えてくれていました。

こういう声かけをNICU卒業生にしてくださる
祖父様や祖母様は子供達の自信を高めてくれるなあと
思いながら祖父様の言葉を聞いていました。

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この日、入場者全員に配られた村田選手応援ボードです。
聖隷浜松の杉浦先生が作ってくれたNICU野球親睦会の応援ボードも
持参していたのですが、敢えて違うボードを配るより、この黄色い
ボードを掲げて混じるのが大切かなと思えてそうしました。

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1打席目の村田選手、キャッチャーへのッファールフライで
アウトになったのですが、自分の周辺の村田選手を応援し続けた
人たちは「空気読んで落として欲しかった?」と言いつつ、
そういえば、「鈴木健選手の時は落として批判され、
佐々岡投手の引退の時はホームラン打って批判されと
あったなあ」と皆で昔話に花が咲きました。

村田選手の野球人生に寄り添って来た人たち
そして、村田選手の引退試合で送られる日が来たことを
改めて皆で実感していた気がしました。

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NICU卒業生のいろはくんとパパさんに出会いました。
500gで生まれたいろはくん、村田選手が大好き、
野球が大好きな少年に成長しています。


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車で家族で来たというあゆくんご家族、車椅子だと観戦が
少し大変なこの球場でしたが、気づいた村田選手がグラウンドの
関係者席のようなところに導いてくれたということ。

心寄せてくださる村田家の皆様のフラットな感じが自分は
いつも尊敬を感じました。

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サードに守備する村田選手をバックにじゅんちゃん兄弟、
あゆくん兄弟で記念撮影。

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以来のあゆくんのお兄ちゃんともパパさんとも会えて
嬉しい時間でした。

NICUの同期のあゆくんとじゅんちゃん、
NICU卒業12年後に家族一緒に野球を応援している
時間を讃えたいと思えていました。

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グラウンド最前列であり、
あゆくんには村田選手が選んでこの場所で見ているんだよ。
あゆくんが頑張って来たのを知る村田選手だから。。。

NICU卒業生の代表のつもりで
ここに来れない人たちの文まで
一番前で声援してきてねと
伝えたこの日でした。


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祖父様の隣に戻って
村田選手が祖父様に伝えていたという言葉を聞きました。

「人間は育てるものではない、育つものなんだと栃木で学んだ」
という村田選手の言葉が天啓に思えました。
村田選手もいつも素敵な言葉を話すなと
節目節目で感じていたのですが
そのルーツを感じた気もしました。

「野球選手を育てようとして育つものではない。それぞれが自分で
育つような姿勢を身につけるのが大切で、栃木で自分がプレーをしながら
伝えたかったし、聞きに聞けば教えた。育てようとして教えすぎても
人は成長しないかも。。。」という言葉が
村田選手はこの1年間、プロ野球と異なる環境で野球を頑張る
若者たちに混じって指導者として
大切な何かを得たのようにも思えていました。


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で後輩選手が
「昔はプロ野球に行きたいというのが目標だった。
村田選手と出会って野球をもっとうまくなりたいと目標が
変わった」という談話と通じるような気がしました。

村田選手が凡退するけど後続が打って点が入る様子に
村田選手のお父さん
「修一が打たなくても点が入る打線になったこと、
それが一番なんだ、それそれで修一の教えた選手達の
成長なんだ」という言葉に
すごく共感していた自分でした。

自分がいなくても大丈夫なチームができつつあるとしたら
それはそれで村田選手の役目があったからこそなんだと思えて
医療チームにも通じる格言に思えました。


自分も祖父様も幸せな村田選手の最後の時に思えていました。

多くの野球選手、だんだん出番がなくなり、最後に少しだけでて
引退の日を迎える中。村田選手はこの1ヶ月間、これまで
行かなかったような各地の野球場で村田選手のファンに
囲まれながらフル出場を続けて、多くのファンと惜しまれたり
交流しながらの1ヶ月。こんな時間を送った
プロ野球選手はきっと少ないと思えます。

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お祭りのような球場、
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最後の日にベイスターズ、ジャイアンツ、ゴールデンブレーブスの
青、白、オレンジ、金色の様々な応援ユニフォームでも皆、
25番の背番号つけている球場で普段通り野球をして
有終を迎える村田選手の野球人生の有終を寂しいけど
幸せな姿にも思えていました。

東京ドームや浜スタで引退試合よりも
より近くで大切に思う人に囲まれながら
最後の試合を送る村田選手を幸せな最後と
思えていました。

7回の打席、
いつもは動画は撮らないので、写真しか撮らないのですが
不思議に動画のボタンを押したときに
最後のヒット、これも天啓に思えました。

最後のヒット?にわくスタジアム。
最初の1本は桑田投手だったそうで最後の1本を
目の前で観れて一生忘れないだろうなと思いました。

村田選手のところに打球が行くと皆
わくし、平凡な打球でさえ、チアな感じです。
エラーできないような状況かもしれないけど
村田選手の1プレイ1プレイを心に刻む
終盤のスタジアムでした。

最後のヒットを見れて終わりかと思いきや
同点に追いつかれ、
9回サヨナラの場面で再度、村田選手に回って来た
打席。

野球の神様?ドラマ?を感じつつ、
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さよならホームランを期待!!!!
でした。

結果は、内野ゴロで併殺打になりそうになり、
「最後は併殺打?」と皆で心配しつつ、
ホームランも村田選手だし、併殺打も村田選手だなと
内心思えていました。

一塁セーフ、ランナーとしてさよならホームインなら
カッコよすぎると皆で期待しましたが
8-8のまま試合終了。

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期待することが本当は楽しい。。。
願う間が幸せ。。。

ドラマや漫画のように実際は行かない、
それが野球で、それも人生かなと思えていました。


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活躍したり、批判されたりしながらも力強く16年間
野球をしていた村田選手を讃えていた場内でした。

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生きていく限り、これで良かったと満足ばかりではないのが
人生だけど、これが悪かったとも思えない時間を過ごせることが
人の幸せなようにも思えていました。
そんなことを感じる試合でした。

試合の後は最終戦のセレモニーを経て、
村田選手の特別セレモニーです。


巨人の阿部選手や坂本選手からのメッセージに
社交辞令でない熱さを感じ、
同期の実松捕手の
「最高の三塁手、最高のスラッガー、最高にいいやつの
村田修一とともに野球をできて幸せだった」という
メッセージに涙が流れました。


恩師の大矢監督の挨拶
「日本人の4番打者、ホームラン王を育てたかった自分の
夢を叶えてくれてありがとう。」
「野球人生は終わるけど、人生はまだ半分終わったくらい、
これからの人生を村田選手らしく生きて欲しい」というような
言葉も素敵でした。

村田選手の引退スピーチ

村田選手の挨拶は
ついにこれまで言葉にしなかった
「今日で引退します」という言葉を聞き、
今までありがとうございましたと思えていました。
残念より<出会えたことに感謝がこみ上げる時間>でした。
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村田選手は家族それぞれに
感謝のメッセージを伝えていました。
息子さんそれぞれにそれぞれの
性格や状況に合わせたメッセージでした。
じゅんやくんに
「じゅんや、お前が未熟児で生まれ、
色々なことに頑張った来たことで
お父さんも頑張ろうと思えた。
お前の頑張りのおかげでお父さんも頑張れた」
という涙ながらの言葉に感動していました。

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自分たちがNICUで守りたかった未来を
目の当たりにしつつ、村田家の皆様からたくさんの
気づきをもらったと感謝でした。

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村田選手がプロ野球選手でなくなろうと
NICU卒業生のご家族の希望の光であることには
変わらないし、これからも村田家の皆様を応援したいと
思えた自分でした。

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気を遣ってくださる村田家の皆様なので
最後は家族で過ごしてもらえたらと思えて、
セレモニーの終了直前で帰路につきましたが
忘れられない村田選手の引退試合をともに過ごさせて
いただきありがとうございました。

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このブログを読んできてくださった皆様、
それぞれに村田選手へのメッセージなど
コメント欄にお寄せくだされば、きっと
読んでくださると思います。



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