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<今年の漢字>のメッセージ大変興味深く拝見していました。
それぞれ、1年間心にとめていたいですね。<漢字>は日本や
中国ならでの思いが視覚的に伝える素敵な文字なんだと
改めて思いました。
「コウノドリ」のペルソナ医療センターのNICU閉鎖につき、
ペルソナNICUで使われていた様々な物品をプレゼントして
もらいました。
看護師さんたちが一緒に運び出してくれて、
当院での使い道を考えてくれています。
メッセージボードも譲り受けて、看護師長さんがNICUの入り口に
掲示してくださいました。
2年前の当院に入院していたNICU卒業生であり、
ペルソナのNICUの赤ちゃんたちとして登場していたお子さんたちの
写真とご家族からのお手紙です。
チームコウノドリにご家族が
託した写真の笑顔がどれも素敵だなと思えていました。
ボードの真ん中に掲示しているそうたくんの写真の笑顔が
すごく素敵に思えていて、それをママさんに外来でお伝えしました。
写真を撮ったのは
豊島先生だと伝えてくれました。「えっ」と思った自分でした。
番組スタッフ
から連絡を受けて写真を送る時に笑顔の写真を選んだら、このブログに
掲載された自分が撮った写真が一番良かったからそれを送ったと
伝えてくださいました。
自分が写真を撮る意味を感じて嬉しく思えました。
年末のフォローアップ外来に顔を出してくれていたのは
コウノドリの第1話に続き、最終回でも18トリソミーのなおとくん役を
演じていたじんくんとママさんとパパさん。
自分は「オランダへ、ようこそ」でなおとくんが横浜の大桟橋で
クリスマスツリーをママさんとパパさんと楽しむシーンが素敵だったと
感想をお伝えしました。
大桟橋のロケにきてくれるかもと
思っていたというママさんとパパさん。
前回の最終回はじんくんのご自宅でクリスマスシーンのロケをして
そのときはチームコウノドリの1員として訪問しました。
あのときの今年では状況は違う。
自分がいなくたってロケをご家族で成し得る
と思えたから、行きたかったけど、敢えて行きませんでした。。。
と伝えた自分でした。
「コウノドリ」の続編の撮影が始まる間際は
入退院を繰り返していた仁君、コウノドリ2に出られるかも
微妙だった時期もありますが、コウノドリ2とともに元気が
みなぎっていた気がする仁君で最終回に再登場の姿を
テレビを通してみれて、成長を自分も改めて
感じ、未来を信じる気持ちでした。 2年前
「2年前は、仁君がテレビに登場したときは18トリソミーの子が
ドラマに出ることに賛否も含めて様々な反響があったと思います。
今年の1話だって出ていることに反響があった、最終回で
出ていたことには、より当たり前。。。になっていたんじゃないか
と思う。テレビとかに出ていたって、そんなに反響がなくなるのが
一番、共に生きている。。。ということなんじゃないかなと思えて
いました」とママさんとパパさんに伝えていた自分でした。
コウノドリ3がもし、あったら、また是非、そのときの
ありままで登場してくれるのを楽しみに信じています
と伝えた自分でした。
じんくんにお願いしたのは、四宮先生にもらったTシャツの上に
今橋先生と白川先生から最後に託されたスクラブきて、
さらにチームコウノドリ
の皆様にプレゼントしてもらった靴を履いて
お礼のメールに使いたい感謝の写真
を一緒に撮らせていただきました。
「コウノドリ」はドラマであって、現実ではありません。
現実でも「コウノドリ」のような医療チームであると自分たちを
思えたらそれはそれで現実を直視していないと思うし、
課題をかんじないところに改善もおきないでしょう。
一方で、「ドラマ」と「現実」は違うと別の世界のように
思えていたら、
<理想>をもたない現実はいつまでも改善していかないと
思います。
「コウノドリ」が世の中で伝えてくれたメッセージを自分たちも
改めて受け継ぎ、現実でもそれに近づけていく、そして、コウノドリの
世界を越えてよりよい周産期医療を目指していくのが今年の目標かなと
思えています。
コウノドリ2の最終回のサクラ先生の言葉「僕はいつまでもペルソナにいてみんなを繋げていく。お母さん・赤ちゃんと社会を。そして、それぞれの場所でがんばる仲間たちを繋げていく、そういう医者に僕はなりたい」という言葉は自分も目指したい想いなんだと反芻している最近です。
時折、ペルソナNICUスクラブ着せてもらいながら
そういう気持ちを持ち続けていけたらと思います。
ご意見ご感想など、メッセージ欄に一緒に書き残してくださると
心強いです。今年もよろしくお願い足します。
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