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の続きです。
瀬谷区の地域子育て支援拠点での講演会の
会場で姿を見つけたのは、当院のNICU卒業生のご家族です。
1日1日を大切に生きて欲しいというパパさんとママさんの願いで
命名された日々ちゃんとママさんとパパさんが
会場の後方にいらっしゃいました。
この地域子育て拠点のにこてらすやにこぽんて
の活動に参加している日々ちゃんご家族です。
2年前のコウノドリの最終回の頃、生まれた日々ちゃん。
たくさんおしゃべりしてくれて2年の月日を感じました。
日々ちゃん、自分に向かって、ママさんのことを
<こはるちゃんのママ>と声かけして驚いた
ママさんと自分でした。
5年前、以下の<医療体験記>に書き残されている
日々ちゃんのお姉ちゃんのこはるちゃんも
当院でお誕生していました。
日々ちゃんには「日々ちゃんとこはるちゃんのママ」だよねと
伝えた自分でした。
講演会の中で
日々ちゃんのお姉ちゃんのこはるちゃんの
こともお話しさせていただきました。
講演後の意見交換では
物語っていただきました。
自分はNICUの中であれ、外であれ、1日1日を大切に過ごしている
ご家族がいることを地域でも感じて欲しい。
地域で限りあるかもしれない時間を濃密に過ごしている人たちが
いたら一緒に応援して欲しい。
そして、お母さんのお腹の中であれ、生まれた後であれ、
お子さんが先に天に還るのを見送ったご家族の悲しみは
繰り返し、形を変えながらでも、一生続くと感じている。
病院だけがその話を聞ける場所でなく、地域の中でもご家族が
先に天に還った子供達の話を聴き合える環境づくりもあって
いいのかなと思えているということをお話しさせていただきました。
講演の中でも少し触れた
自分も認識不足だったしゅんたろうくんのブログの存在を伝えてくださり、
そのブログに励まされて日々を過ごしているというこのにこてらすに
身を寄せるご家族にもお声かけ頂き嬉しい出会いもありました。
講演の休憩時間、コウノドリ最終回で
小松さんや向井さんが訪問した
瀬谷区地域子育て支援拠点にこてらす・にこぽんて
を自分も入りたいとお話ししたら、
案内してくれました。
コウノドリの最終回、ダウン症の出生前診断を受けた
ご家族が訪れるこの場所に訪れるシーンに日々ちゃんも
登場していたとのこと。
自分、よく考えるとコウノドリの
打ち上げパーティーで見たきり、テレビで見ていなくて
日々ちゃんの登場に気づいていなかったことを知り、
家に帰ったら探して必ず見つけるよと日々ちゃんに
お伝えしたこの日でした。
自分たちのNICU卒業生のご家族がこの場所で
救われたと伝えてくれていることをにこてらすの
スタッフの皆様に直接感謝を伝えられて嬉しい時間でした。
そして、こはるちゃんが天に還るのを見届けた5年半前のことを
思い出しながら、この場所でNICU卒業生を含めた生きづらさを
感じている子供達とご家族の支援を地域で一緒に考えるような時間。
これもこはるちゃんがご家族、自分たち
地上に残しっていた証の1つだと5年半経った今だからこそ
気づかされる気もしました。
こはるちゃんと日々ちゃんのご家族と同様に、
自分たちも支えられたことに感謝しているから、今度は
誰かの支えにもなりたいという気持ちを持つご家族が
たくさん集っていたこの場所でした。 コウノドリ2の最終回のサクラ先生の言葉
「僕はいつまでもペルソナにいてみんなを繋げていく。
お母さん・赤ちゃんと社会を。
そして、それぞれの場所でがんばる仲間たちを繋げていく、
そういう医者に僕はなりたい」
という言葉の中の<社会>
その<社会との架け橋>は
星野さんのFamily Songの<悲しみが次の架け橋になる>
のように、NICUなどで悲しみや喜びを体験した人たちが
なってくれようとしていることに感動していました。
架け橋があってもそこを自分も渡ろうとしないと
橋の先にある人たちとは協力できない、自分もこの橋を
渡っていけたらと思える日でした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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本日はスポーツ新聞やインターネットで
村田選手の記事が多いですね、
の記事を読みました。
注目度が高い村田選手
であることを改めて感じます。村田選手の精悍な雰囲気と
明るさを失わない笑顔を素敵に思える記事でした。
<「今すぐに辞めるというのはない。まだできるし、
体も動く。ケガもしていない」
と完全否定した。
さらに、オファーの期限は
「支配下登録期間の7月末まで。そこが最長です」とした>
という村田選手の今の気持ちを確認しつつ、
以下の記事では
<135本に迫る2000安打について
「もしダメだったら、残りは息子たちに打ってもらえばいいかな」
と冗談めかすが、
「大学や高校の同級生、家族もそう。
一番近い人たちが納得する形にしたい」
と胸の内を明かした。>
という言葉に村田さんらしさを感じました。
巨人時代の村田選手の<発言>の報道、
全て、このブログ載せていると思います。
他者やチームの批判や自分を惜しむ発言などは
まったくしない、
常に状況の中で前を向いて生きていこう
とする発言しかなかった気がします。
に巨人のファンサービス部の言葉が残っています。
昨年、チームの方針で調子が悪いわけでなくもなく、
怪我もしていないけど、前半は代打としての起用になっていた村田選手に
対してのファンサービス部の人たちの言葉は以下です。
「今年の村田選手は本人が一番辛いだろうと思っています。
でも、村田選手は
不貞腐れたり、不満を言わずに、耐えて
試合終盤まで1打席の出番に備えてベンチ裏で
バットを振っています。
村田選手がキレたり、
怒りを示したりしないからこそ、
チームも自分たちも頑張ろうと思えているのだと思います。
そんな村田選手をみている自分たちだからこそ、
こういう時こそ村田選手を支えたいと思って、
今日のNICU野球観戦会を盛り上げられたらと
思っていました。
こういう時だからこそ、村田選手をNICUの皆様と
一緒に支えられたら、応援できたらと思っています」
という熱い言葉に感動しました。
今年、巨人のファンサービス部の
皆様からNICUにそれぞれの直筆の年賀状をいただきました。
どの方も、
村田選手のファンやNICU卒業生の子供達の支援などを大切に
していた姿勢に共感し実現に力を貸してくださった皆様の想い、
村田選手の巨人退団を残念に思い、
村田選手のこらからのことへの気遣いも感じる
心のこもった年賀状に涙が出そうになりました。
村田選手の素敵さを身近にいる人たちは皆わかってくれているから
こそ、別れを惜しみつつ、未来を願う素敵な年賀状に思えていました。
村田選手のこれからを引き続き、
みんなで応援し続けていけたらと思います。
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