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で秋田から戻った月曜日。
ことを谷山先生や斎藤先生からお伝えいただきました。
胎児診断の時に産科の先生達に頼まれて
生まれた後のことをお話しさせてもらった時のことを
よく覚えています。生まれてこれる日を願っている
気持ちを伝えた自分でした。
お誕生をママさんやパパさんを喜ぶ笑顔の場に
立ち会えたことも自分も嬉しく感じていました。
の日も、
笑顔に涙が出るほど感動しました。
こさきちゃんの命がママさんとパパさんに届けた
笑顔に思えて、こさきちゃん、お誕生おめでとうと
思えていました。
イラストが素敵で、そして3名の過ごす雰囲気が素敵に思えていました。
「では、また」と声をかけてその場を去らせてもらいました。
谷山先生や斎藤先生の話を聞き、
こさきちゃんのNICU卒業の様子を自分も追体験していました。
ママさんとパパさんの素敵さ、尊敬を伝えてくれる
谷山先生と斎藤先生でした。
「家族にとってかけがえのない素敵な8日間を共有させてもらって、
幸せでした。」
と伝えてくれながら、斎藤先生が見せてくれたお写真です。
冬の空が澄み渡っている時だけ見れる
こども医療センターから見える富士山です。
斎藤先生は3年間働いていて、初めて
富士山を見られて綺麗だった、
と教えてくれました。
こさきちゃんがNICUスタッフに冬の
綺麗な富士山を見せてくれたんだなと
こさきちゃんに感謝でした。
讃えたいと思えました。
また、ご家族とお会いできる日、
お話しできる日を楽しみにしています。
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に書き残しましたが、24年前にNICUで命を見届けた赤ちゃんの
妹さんに再会して嬉しかった秋田出張の頃、横浜では
が開催されていました。
NICU卒業生のご家族でもある
レ・フレールの斎藤守也さん
病気や障害があろうとなかろうと地元の街の中で
一緒に音楽を聴くような時間を持てたら、、、という の想いや願いが込められた
ピアノコンサートです。 満員大盛況だったというご報告と共に
当日のお写真を守也さんからいただきました。
お写真を
守也さんのピアノ曲聴きながら 追体験させていただきました。
前回以上に趣向を凝らしているのを感じましたし
後ろ姿から自分の知るお子さんやご家族のご参加も
知ることができた気がします。
ご参加の皆様には、コメント欄に
コンサートの様子や感想を一緒にお伝えくだされば
ありがたく感じます。 お互いに生きづらさを感じず、共に生きていけるヨコハマ
にみんなで作っていけるように、それぞれの場所でそれぞれの役目を
お互いに頑張っていけたらと思える守也さんの
コンサートに勇気をいただいた気がして自分も感謝でした。
このようなコンサートが続くことを願っていますし、
自分もいつか参加できたらと思えています。
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来月で研修終了予定の富田先生、たくさんの患者さんをしっかり
みてくれています。
同じく、来月で研修終了予定の武岡先生、NICUの診療とともに、
本日は自分の胎児診断の病状説明に全て同行してくれていました。
富田先生、武岡先生の研修を1日1日を大切に応援できたらと思います。
新生児科メディカルクラークの3名ですね。
役割分担しながらどんどん新生児科医師の支援をしてくれて
心強い限りです。診療と併行して引っ越し完了を目指してくれています。
その3名様と 相川七瀬さんの
「夢見る少女じゃいられない」と「恋心」
の話で盛り上がり、
今晩のNICUでも、
「夢見る少女じゃいられない」と「恋心」
の記憶で盛り上がりました。
様々な世代が集うNICUですが
「夢見る少女じゃいられない」と「恋心」
を伝え合い、盛り上がった本日のNICUでした。
多くの人にそれぞれの記憶になっている名曲ですね。
是非、こども医療センターNICUに集う皆様には
上記の2曲、改めて
今晩、お聞きいただければ嬉しく思えます。 |
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とお願いして以来、新生児科指定のご寄附してくれた
ご家族が3月から8月までで39件。
9月も過去最多の15名でしたが、10月も4件のご寄付が
あったということで感謝です。計58件のご寄附に
感謝しております。
昨日は、58件の中には
読売巨人軍、神奈川県タクシー協会、横浜ゴムという
会社組織としてのご寄付が含まれております。
に続いて、地元企業の横浜ゴムの方が
NICUにご寄付してくださいました。
改築工事と併行して普段通り診療しているNICUを
実際に訪れてくださいました。
横浜ゴムCSR企画室の大島様でした。
寄附の経緯をお尋ねしたところ、こども医療センター近くに住む
横浜ゴムの職員の方が、患者家族などではないけど、
こども医療センターの
NICUを応援したいと社内で提案してくださったと
いうことをお聞きしました。
提案してくださった方にも心から感謝で
いつかお礼を直接伝えられたらと思えます。
下記のインターネット記事をご覧いただければと
思います。
横浜ゴム株式会社の従業員社会貢献基金である
YOKOHAMAまごころ基金としてNICUにご寄付いただきました。
自分はNICUをご案内しながら、
地元の会社が応援してくださること、寄付など
してくださることは自分たちも入院しているご家族達も
地域の中でこの場所で孤独でない、、、街に応援して
くださる会社があること自体がお金を超えて大きな
励ましですとお伝えさせていただきました。
寄附の使わせていただいた用途をご報告させていただきました。
寄附の使い道として、
今月オープンした2つに増やしたファミリールームの
アメニィティーについて寄附に感謝しつつ、報告させていただきました。
これから過ごされる方には
横浜ゴムの社員の皆様の応援の気持ちを
一緒に感謝していただければとも思えます。
NICUはベッドさえあれば、診療できるわけではない
様々な医療機器が必要です。人もいるし、患者さんと
家族が過ごすアメニティーも必要です。多くの方に
引き続き応援いただければありがたく感じます。
寄附してくださった御家族にメッセージもいただけれたらと
思えています。以下のようにこのブログに寄附への想いを
残させていただけたらと思えています。
ktoyoshima@kcmc.jp
に寄附してくださった皆様には
メッセージなどお寄せくださればと考えております。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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秋田の講演会、3名の秋田大学の医学生さんが聴講してくれていました。
講演の後、新生児科医になろうと思っているという志を
伝えてくれた小林くんと松田さんです。
自分は講演で、コウノドリ3を期待するのでなく、
自分たちが「コウノドリの先の未来」を現実に作っていきたいという
気持ちを伝えたのですが、その未来を託したい医学生さんたちとの
出会いでした。
そして、4年生の大木さん。
このブログにも以下に登場してくれています。
で秋田に出発するのを見送った自分でした。
NICUでお子さんの死を悲しんだことが
あるご家族、NICUに兄弟が入院したことがあり
それを契機に医療者を目指しているご兄弟
にはぜひ、上記に心寄せつつ、下記お読み頂ければ
と思えています。
自分が医師になって1年目にNICUで担当した
患者さん;しょうたろうくん、
初めて赤ちゃんの死を見届けた患者さんの
妹さん。そして、生まれるのを緊張しながら見守った
日を覚えている大木さんです。
24年前に、しょうたろう君の死を一緒に悲しんだ日を
想い出せば、その妹さんが医学部に進んで自分の講演を
徴候してくれることを幸せに思えました。
24年間、NICUで感じていたことなどを
託したい、その先を目指して欲しい、24年前に
死を見届けたお兄さんの人生の意味を考え続けて欲しい
という気持ちも込めてお話ししました。
講演の中で
「ドラマよりも現実のNICUは奇跡に思えることがある」
「現実のNICUはドラマよりドラマティックなことがある」
と思えてきたことを話しました。
24年前にNICUで死を見届けた初めての赤ちゃんの
妹さんがNICU研修を始める一週間前に偶然、自分が
秋田に講演に呼ばれ、そして、期せずして赤ちゃんの
死についての講演をしたことが偶然とは思えない
天啓にすら感じました。
人の一生の意味はその人が天に還った後も
その人を知る人達が覚えていて、その死を踏まえて生きていく
ことで変わっていく、人生は続いていくと改めて思えました。 妹との再会に新生児科医を続けてきてよかったと思えた
旅でした。
秋田の皆様に来週からのNICU研修を託してこれて
嬉しく思っていました。
川辺。
噴水を散歩しながら、
ちょうど24時間の秋田滞在を終え、秋田赤十字病院を
見ながら空港に戻りました。
また、いつか秋田に来れるといいな・・・と思いつつ、
印象深い再会がたくさんあった秋田を後にしました。
妹さんはしょうちゃんの見守りの中でいい医学生だったよと
伝えていました。
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