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NICUファミリーと公言してくださった中町選手が
横浜Fマリノスからアフリカへの移籍を宣言されました。
記事の中の友人というのはひゅうごシートを
実現してくださった野村さんのことだと思います。
昨年の
のひゅうごシートの最終戦がマリノスでの
最後の試合だったのだと思います。
試合後に招待したお子さんとご家族に挨拶をしてくださった
中町さん。
ぞのときから、
横浜を去る可能性も胸に秘めていたのだと
思えました。
これまでに感謝しながら中町選手の決断と未来を
これからも応援したいと思えました。
で中町選手が気持ちをお書きになっていますね。
アフリカでの活動を紹介する動画、上記です。
中町選手ご家族のNICUの先に続く物語
NICUを知り応援してくれた野村さんのこれから
をNICUからも応援し続けていたいと思います。
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正月はめでたい。。。と固定観念がありますが、よく考えると
何がめでたいのかな。。。と思えることもあります。
めでたい日を作りたいという私たち人間が決めた人為的な
めでたさに思うこともあります。
妊娠や出産の医療は、皆がよかったと思える
「誕生」が毎日ある場所だと思います。
「めでたい」が毎日ある場所かもしれません。
ご家族です。ご夫婦の笑顔に再会できて嬉しい気持ちでした。
6年前にNICUで時間を過ごした
ゆづちゃんのママさんとパパさんです。
このブログにもたくさん登場してくださって
いました。 涙を流したり、NICUの中で集中治療を受けながらも
ゆづきちゃんと共に過ごされていた素敵なご家族でした。
担当医は2年間国内留学して今は北海道に戻られている古瀬先生でしたね。
ママさんやパパさん、古瀬先生や看護師さんたち、多くのスタッフに
可愛がらていたゆづちゃんでした。
夜空に還られたゆづちゃん、夜のこども医療センターの正面玄関から
ご家族のNICUを卒業する後ろ姿を見送った晩を覚えています。
お誕生したゆづちゃんの妹さんに会いに母性病棟に立ち寄らせて
いただきました。ゆづちゃんの面影がある妹さん、
抱っこさせてもらいながら、
「君のお姉ちゃんはこの場所で懸命に生きていたんだよ。
この場所でママもパパもお姉ちゃんと一緒に祈るように
頑張っていたんだよ。
君にはそういうお姉ちゃんやママやパパの基に
生まれてきたんだよ。
生きていくには辛いことや悲しいこともあるかもしれないけど
天で見守るお姉ちゃんが応援してくれているかもしれない。
辛いことや悲しいことの後には楽しいことや嬉しいこともきっとあるはず
だから、負けないで生きていってね。
お誕生おめでとう」
と心の中で声かけさせてもらっていました。
周産期センターのご卒業。その写真をみせてもらって
ゆづちゃんが一緒にいることにも心温かく感じました。
悲しい想いをいっぱいした場所だからこその
誕生の喜び、無事な退院の嬉しさなどを
いっぱいに感じてもらえたらとも思えます。
NICU卒業、夜空の中でお別れが最後でなかった
その先のご家族の物語に加わらせてもらって感謝です。
NICUからの卒業は様々な形があります。
お子さんを担当しているのではなく、早産や生まれつきのご病気の
赤ちゃんが加わるご家族を担当している気持ちの周産期センターでいたい。
フォローアップ外来でNICUのその先の課題と共に向き合う再会、
いろいろな想いを込めての弟さんや妹さんのお誕生を見守る再会、
ボランティアや今度は職員になってくれての再会、
ご寄附をお申し出てくださる再会、
昨年も様々な心温かくなる再会がありました。
今年も、そういう出会い、別れ、再会を
みんなで大切にしていけたらと思います。
ご意見ご感想など一緒に書き残してくだされば幸いです。
が追加されました。クレジットカードで
こども医療センターへの寄附が可能になりました。
確定申告時の税控除の対象になります。
税金の使い道を指定する思いで
「新生児科指定」「NICU指定」の寄附と
してくださればNICUリニューアルオープンや、
一緒に過ごす時間を大切に過ごす
ご家族たちの応援のためにも
活用させていただくつもりです。
多くの方にご支援いただければ幸いです。
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