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の「空っぽの会」の報告を続けます。その8です。
や
にも登場していた
462gと602gで生まれたふみやくんとふみとくん。
村田さんコーナーでNICU野球親睦会に登場している
当時の写真をお姉ちゃんも含めみていましたね。
村田さんがNICU訪問したときの
ふみとくんのとまどいの写真を想い出していました。
当時は自分も想像できなかったご家族の<未来>が今なんだと思えていました。
450gで生まれ、NICU野球親睦会の常連になり、
栃木での引退試合もきてくれていたいろはくん。
親睦会の案内ボードもいろはくんご家族が作ってくれたものです。
すっかりお兄ちゃんになったいろはくん、
NICUの有終にもきてくれて心温かく感じました。
で東日本大震災の時に、
斎藤先生が必死に抑えている保育器の中に
いた男の子です。地震の直前に手術を終えて
NICUに戻ってきたところで大きな地震がきた
の前半3回に登場してくれていたるいくんご家族です。
るいくんもきてくれていましたね。
自分の様々な記憶はその時にNICUで過ごした
お子さんたち、ご家族、スタッフとの時間にあるなと
改めて思えました。
当時の受け持ちの斎藤先生と看護師さんに
再会を喜ばれ照れくさそうなのは
東日本大震災の時に計画停電の中で
長時間の手術をした
地震の後で日本自体も先が見えないような時期に
それでも目の前の命に向き合っていたスタッフが
守りたかった未来が今で、その未来がNICUの
最後の日にたくさんきてくれて、閉鎖するNICUも
嬉しいだろうなと思えていました。
26年間で8650の赤ちゃんの命の物語、ご家族やスタッフの
想いが詰まったNICUの閉鎖を皆でシェアした時間でした。。。
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2019年03月22日
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の「空っぽの会」の報告を続けます。その7です。
NICUに2年5ヶ月入院していたかいちゃん、
タキシード姿でNICUに里帰りしてくれていました。
ママさんとパパさんも笑顔と正装。
この日、小学校の卒業式だったとのこと、
終えたその足で「空っぽの会」にきてくれていました。
NICUの中で孤独感と閉塞感に悩んでいた頃、
報道取材などが多かった頃、取材を患者家族として
一緒にうけてくれたかいちゃんご家族。
から10年の月日が流れたこと、かいちゃんの小学校の
卒業を一緒に喜ばせていただけるご縁を嬉しく思えていました。
ハーフ成人式のことを教えてくれたのはたっくんのご家族。
「俺もきたよ」という感じの笑顔を嬉しく思えました。
たっくんも4年間、このNICUで時間を過ごしてくれていましたね。
NICUアンバサダーさんたちが開催してくれたこのブログの
写真展にもたっくん、長くNICUにいた分、登場が多いのかなと
思います。その写真をみつけて皆で喜び合っている姿に感動しました。
満面の笑顔で抱きついてきてくれたのは
あみちゃんです。 1年以上の入院だったあみちゃんも
あみちゃんの未来を信じたママさんとパパさんの笑顔を思い出しつつ
その先の未来が今なんだと改めて思えていました。
NICUの中で長い時間ともに過ごしたご家族たち、
多分、医療者よりも長くこの場所で過ごしていた時期があるご家族たち、
この場所の最後を共に見届けること、
その時、共に未来を願った子供達に当時の想いを
改めて伝えられることを心温かく感じました。
退院したら始まりでなく、
入院中から<家族の時間>が始まっているのを
感じられる新NICUを目指せたと改めて想う
再会がたくさんありました。
皆様ありがとうございます。
空っぽの会の報告、また、改めて続けます。
ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。
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