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高校生になる女の子がきてくれました。
NICUの入院中、小児科に再入院しての
4年近く担当させてもらった
女の子です。
途中、留学の話があった時にこの子の顔が浮かんで
今、去るわけにもいかないかなと思えました。結果としてはその
時留学したらまた、違った人生になっていた気がして自分にとっても
人生の転機をくれた女の子です。在宅人工呼吸器管理で12年前に
退院となりました。
外来は星野先生が担当してくれました。
自分の外来に久しぶりにきてくれて
気管切開カニューレの交換や
ご家族と成人移行について相談をしました。
どう小児科を
卒業していくかを一緒に2年間考えていきますと
伝えたこの日でした。
ママさんと話して印象的だったのは
「昔は学校や支援施設にいくと気管切開や呼吸器で
過ごしているのは自分の娘を含めて少人数だった。
最近、そういうところにいくと気管切開や呼吸器など
つけているお子さん達が増えている気がする。」
と話してくれました。
自分は
「昔は人工呼吸器をもって家に帰ることは皆が大変なことだと
思っていた。今は<人工呼吸器つけて帰ればいいじゃない>
と簡単にいう若手の医療者に出会うことが増えてきた気がする。
それが医療の進化なのかどうかは自分もわからず、
医療が変わってきているのを感じて、その影響が
学校で医療的ケア児が増えていることにつながっている
と思えます」と話しました。
ママさん、素敵な笑顔で
「人工呼吸器管理で家に帰ることは当たり前の医療でないし、
やっぱり大変なことなんだと思う。それはきっと
今も昔も変わらないかな」と
ずっと在宅人工呼吸器管理と共に生活してきた
人だからこその言葉をお聞きしました。
で<障害>の形が脳性麻痺から医療的ケアとともに
生きることに変わってきて
いることを感じ、学校などでその課題を伝える活動をしている
ご家族もこの年代です。
在宅医療や医療的ケアと共に生きるこども達や
ご家族のことをNICUから続いていることと若手スタッフには
感じてもらいたいと思えています。
ちょうど、この後の第122回日本小児科学会学術集会で
星野先生がシンポジストだった
「小児在宅医療における病診間連携と小児科医の役割」という
シンポジウムがありました。
山口直人先生と共に参加してきました。 「周産期医療と小児在宅医療」というテーマの星野先生の
講演でした。
そのスライドを何枚か掲示します。
星野先生はこども医療センターは小児外科系医師が多く、
胎児診断で生まれつきの御疾患のある人たちが集まっている
近年。
様々な生まれつきの御疾患について様々な診療科と
一緒に診療しているが手術などで解決できないことは
あり在宅医療で退院となるお子さん達は少なからず
いることを伝えていました。
神奈川県全体の小児在宅医療の整備にも関わっている
星野先生、神奈川全体の調査結果も出していました。
2015年の時点で
神奈川県の小児在宅医療の7割を担当している
ことを講演していました。
他院のNICU卒業生でもこども医療センターで
在宅医療をしているお子さん達もいて
周産期医療と在宅医療の関連性を強く感じる
部分を伝えていました。 こども医療センターでも
様々な診療科が頑張っているけど、すべての患者さんの
在宅医療をすべて十分にやれているとは言えない。
地域の病院の先生達と連携しているからこそ
たくさんの患者さんを診ているともいえる。
そして、在宅医療の高度化、中止になる人たちより開始になる人たちが
毎年増えていく現状を伝え、
在宅医療の高度化・増加を講演してきました。
星野先生達は、15年くらい前くらいに
在宅医療への取り組みを担当医や担当看護師さん任せにするのは
負担が大きいと考えて 在宅医療審査会を立ち上げて、チームで
在宅医療の準備を支援することをはじめたことを
話してくれました。そのチームの取り組みを講演していました。
上記の女の子も確かに
この審査会のメンバーで在宅人工呼吸器での退院を
支援してもらいました。
たつきくんなどのNICU卒業生のお子さん達の
地域病院とのカンファレンスの様子も講演していました。
日本全体での在宅医療の支援体制ですが
やはり地域差や病院差はある現状です。
小児医療としても在宅医療の支援体制への
整備への提言が出ています。
小児在宅医療を支援してくれる在宅医さんも増えつつありますが
やはり成人と小児の違いに戸惑う部分もあり、在宅医さんや
地域の病院のスタッフと出張して
連携カンファレンスを続けきたことなどを
講演していた星野先生でした。
在宅人工呼吸器管理で帰る頃にその支援体制を作った星野先生達、今は
その子達が成人期に到達しつつあり、どう成人移行していくかをチームで
取り組もうとしていて、これも周産期医療で助かる命が増えたからこその
課題に向き合い続けているのだと思えました。
年齢層は高めの会場でしたが、NICUで救われた命のその先を
よりよく支えようとしている小児科医が朝一番からたくさん集う
会場での講演でした。
NICUスタッフにも、こういう話し合いのことに心寄せていたいし、
NICU退院が自分たちの仕事の目標とはせず、NICUのその先を意識した
新生児医療を皆で目指してけたらと思えます。
星野先生の講演、拡大版でどこかで再演をお願いしたいと
考えています。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
ありがとうございました。
下記、引き続きみなさまよろしくお願いいたします。
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新生児科研修医(シニアレジデント)になってくれた江原先生です。
病院のことを知っているので4月はじめから当直にも加わってくれています。
心強い新メンバーです。ジュニアレジデントからシニアレジデントに
NICU専門医を目指して飛躍の年になってくれたらと思えます。
星野先生の乾杯の挨拶で始まったのは春の歓迎会です。
東戸塚の忘年会と同じ中華料理店、青蓮で開催でした。
江原先生。九州から横浜にきた想い、新生児科医になろうと思った
想いを伝えつつ、爽やかに抱負を語ってくれましたね。
副院長を12年していた
猪谷先生がこども医療センターの院長に就任でそのお祝いも
しました。稲垣先生からプレゼント贈呈もありました。
看護師さん、今年は新人さん、移籍してくれた看護師さん、
産休・育休から復帰してくれたメンバーで総勢27名です。
希望を持って様々な場所から
横浜に集まってくださった新メンバーの皆様に感謝でした。
全国各地、経験、世代も様々なですが新しい仲間が
きてくれた心強さです。
憧れたという看護師さん達、今年も多いですね。
鈴ノ木先生やチームコウノドリの皆様に感謝でした。
多くて10年近く続けていた意味を新人さん達に
教えてもらった気もしました。
自分の挨拶は
「NICUを増床することに反対だった。一番の心配はただでさえ、
なり手不足のNICUで働く看護師さんや医師が集まってくれるか
不安だった。たくさんの看護師さんがこども医療センターのNICUで
働きたいと今年も集まってくれて増床に向けての看護師さんが
揃ったのは安堵な限りです。NICUを希望して他の部署に配属の
看護師さん達もいると聞き、NICUの配属になった皆様には
今の気持ちを忘れず頑張って欲しいです。
他の病院から移ってきた人たちには、新しい文化の
中でとまどうこともきっとあると思います。前の病院では
こうしていたというやり方にこだわりすぎるとしんどくなる
こともあります。文化が違えば、やり方も違う、違うからこそ
新たな発見もある、悪いところを探さず、きたからこその
いいところに目が向いてくださればと願っています。
NICUで働くのが夢だったという人は辞めるのも早いと
思えています。それは<働くのが夢>なら、夢は叶って
後はやめるだけ。。。NICUで働いたからこその新しい
夢をそれぞれに見つけて欲しいです。
それぞれが横浜にこよう、NICUにこようと思った
動機を忘れずに一緒に頑張っていきましょう」と
お伝えしました。
昨年もたくさんの新人さんがいましたが、挫けずに
明るく前向きに2年目になってくれた看護師さん達を讃えたかったし、
復帰組もずっと働き続けてくれているメンバーも
この10年、離職が少なくなったことがNICUの何よりの原動力
に思えています。
ドラフト選手の入団会見なイメージという江原先生、
そして2年目になった林先生と猪谷先生の握手です。
先輩達の想いや経験、作り上げてきたことを受け継ぎ
その先を目指して欲しい後輩世代の先生方の頼もしさです。
26年間のNICUの最後から新しいNICUの改築工事しながらの
診療、新しいNICUのスタートを経験してくれているメンバーに
是非、新しいNICUで新しい新生児医療を創っていってくれたらと
思えます。
秋のリニューアルオープンを目指して今年のメンバーで
頑張っていけたらと思う歓迎会でした。
NICUで留守番してくれた皆様、ありがとうございました。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
ありがとうございました。
下記、引き続きみなさまよろしくお願いいたします。
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に1歳まじかでNICU卒業まじかの頃の
写真を残していたのが
たつきくんでした。
このブログに同じく1歳で
外来の様子が残っていたのはじんくんでした。
二人ともコウノドリ(2015)に出演していました。
たつきくんはNICUでペルソナではできないような
集中治療をたくさんしていたので動脈ラインが出ている
手だけの出演でした。
にご招待いただいた時にNICUで長期入院になっていた
たつきくんのママさんとパパさんもお誘いしました。
Baby, God, Bless youを一緒に生で聴けたら、
NICU長期入院の息抜きになればとも思えていました。
この頃から4年の月日が流れつつあります。
外来で出会ったたつきくんとママさん。
たつきくん、お兄ちゃんになったねと
思えていた再会でした。ママさん、職場復帰している
とお聞きしてママさんがママさんらしく生きることを
たつきくんも喜んでくれると思える自分でした。
そして、フォローアップ外来のじんくん。たつきくん同様に
身長伸びましたね。
お兄ちゃんらしくなった成長ぶりを感じます。
優しい男の子に成長していく予感がしました。
たつきくんも、じんくんも
いろいろあったと思えるけど、
4年前は想像もしなかった未来が今なんだと
二人とご家族の4年間を讃えたい気持ちでした。
ドラマ「コウノドリ」は終わっても、NICUで時間を共に過ごした
赤ちゃん、ご家族、スタッフの人生はそれぞれに続いています。
多くの方に、それぞれの街にある周産期センターの存在を
感じて応援してもらえたらと思います。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
ありがとうございました。
下記、引き続きみなさまよろしくお願いいたします。
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つるし鯉のぼりがありますね。
外来診療はお休みなのですが
この連休中を使って
病院関係者、様々な企業の皆様、
皆、休日返上で連休中に作業を終えようとたくさんの人達が
いるこども医療センターの外来フロアです。
この診療の中で電子カルテが3日間使用できない。手書きのカルテや様々な
指示出しになっています。
電子カルテがなかった頃の紙カルテの用紙や赤指示・緑指示など
指示書を復活させて診療している3日間です。電子カルテが導入
された2012年より前に働いていたメンバーには懐かしい紙カルテ。
下記の動画は
紙カルテの最後の頃が残っています。
2012年以降には入職したメンバーにはとまどいの紙カルテの指示書です。
電子カルテの便利さを気づいたという稲垣先生達の言葉に
病院はだんだん進化していることを実感する機会になんだと思えました。
病院のICT活用は勤務者の負担軽減に大切なことなんだと
改めて感じる3日間です。企業の皆様の尽力に感謝です。
この手書き期間に勤務のメンバーに感謝でした。
自分は、災害などで電子カルテが使えなくなった時の
対応練習と思って、3日間耐えてねと伝えていたこの数日でした。
病棟保育士さんが作ってくれたというカードに
笑顔でもりあがるのはけんちゃんの保育器です。 昔は産休・育休後に退職する看護師さんが多かったのですが
この数年は多くのメンバーが復職してくれて心強い限りです。
手書き・手作りだからこその温かさもあって
いいのがNICUかなと思えていました。
自分はこの連休中なにをしているかというと
という取材記事の中で、NICUの改築とともに、
NICUエコーラボを拡大する予定です。
電子カルテの更新とあわせて心エコーのデータが
エコーの機器から直接電子カルテに飛ぶようにするのを
企業の皆様と目指しています。システム移行にむけて
これまでのエコーデータの整理を続けています。
その中でエコー環境の進化を改めて感じています。
電子カルテ入る前はエコーとったらその写真をプリンターで
出して、ハサミできりとりながらカルテに糊で貼る、エコーの
データを手書きでカルテで書くという時間に膨大な時間を
使っていました。エコーの機器から電子カルテに
画像・検査値が直接連携することは20年前を考えると
驚きの未来に思えます。
こんな風になったら
エコーの診療や教育や研究がよりよくなるはずという
自分たちの願いを一緒に開発・実現しようとしてくれている
皆様の存在に感謝しています。
3次元エコーの解析装置のアップグレードも合わせてする予定で
エコーやモニタリング、電子カルテの企業の皆様の力を借りつつ、
診療・教育・研究のためのNICUエコーラボを整備するつもりで
これまでのデータ分析などをし続けています。
自分にとっては3月の新GCUリニューアル、
8月の新NICUリニューアルの間で
この5月のNICUエコーラボのリニューアルオープンを
目指して準備中です。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
ありがとうございました。
下記、引き続きみなさまよろしくお願いいたします。
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