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先月、NICUを訪ねてくれた医学生さん。
こども医療センターに集う、小児科や新生児科医になった
先輩達の言葉に耳を傾けていましたね。少子化の中、小児科や
新生児科に進んだそれぞれの動機や決断を自分も一緒に聴きながら
興味深く感じました。
この医学生さん、このブログにこれまでも
何度なくとうじょうしてくれています。
25年前に
自分が小児科研修医の一年目でNICUにまわったときに指導医の星野先生と一緒に担当した赤ちゃん、初めて
<赤ちゃんの死>の悲しさを実感させてもらった
しょうたろうくんという赤ちゃんの妹さんです。
妹さんの分娩立会いした日のことも今を覚えているので
誕生を立ち会わせてもらった女の子が医学生になってくれています。
妹さんが医学生を目指したいと高校生の時に
NICUにきてくれたとき、医学生になったときなどの
こと、このブログにも残っています。以下です。 昨年は秋田に講演に招待された時に
医学生として参加してくれていました。
赤ちゃんの死を共に見届けたご家族に、その話を聞きながら
育った妹さんや弟さんが医療者を目指していることもあると話すことが
ありますが、そういうときにいつも思い出している女の子です。
医学生としてこども医療センターに見学に来てくれたこの日を
大変嬉しく感じました。
秋田で小児科研修した時に自分も仲間に思える先生方に面倒をみて
もらったという話を聞き、心温かく思えました。
広浜食堂で食事を二人でしていると途中から加わってくれた
川滝先生、川滝先生の卒業の秋田からの医学生と紹介しつつ、
お兄ちゃんの名前を出すと、川滝先生、お兄ちゃんのフルネームを
すぐにいい、星野先生が担当だったと当時の診療の記憶を正確かつ
詳細に妹さんに伝えてくれ居ましたね。
担当医ではなかつた川滝先生がしっかりお兄ちゃんのことを
記憶してくれていることに
「驚いたけど、嬉しい」という大木さんの表情が
<死しても生き続けている>
<医療者の中でも生き続けている>
ことを感じてもらえた気がします。
午後はこども医療センターのスクラブを借りて
直用。いよいよ、しょうたろうくんが診療を受けた場所に
妹さんが医学生として降り立っていることに感動しました。
月1回で研修に来てくれている細川先生や江原先生が
案内してくれていましたね。
医学生として小児科研修医の人たちの言葉を聞いてくれたらと
思いました。
こども医療センターでしんみりするのではなく、笑顔で
時間を過ごしてくれているのが嬉しく、そして、未来を託したい
気持ちになって居ました。
完成間近のNICUも見学、広さや明るさを共に喜んでくれて
嬉しく感じました。ここで働いてくれたら嬉しいだろうなと
思いつつ、
この周産期センターで生まれた女の子がこの周産期センターの
リニューアルオープンを医学生として喜んでくれることはこの場所で
働き続けて来た甲斐を感じる時間でした。
ご両親にもお伝えしたいしっかりした
見学と学ぶ姿勢に思えて嬉しかったです。
しょうちゃんの命が残してくれた
ご縁に改めて感謝の1日でした。
医学生として、進路を考えはじめる時期だけど自分は
「小児科医になってくれたら、新生児科医になってくれたら、
こども医療センターにきてくれたら親御さんや自分は嬉しい
だろうね。周産期医療の当事者だった親御さんに育てられ、
お兄ちゃんと共に生きて来た経験や思いはきっと
未来の周産期医療にくるご家族の支えによりなれる
と思うよ。
でも、
人生は誰のもでもないし、自分のもの。
お兄ちゃんのことがあったからといって
それはきっかけであったとしても縛られる必要もない。
医学生になって辞めてしまう人もいるし、
親元離れて地方大学
にいることで孤独を感じてしまう医学生もいるのを知る
自分には、 親元離れても知らない街でも
医学生を続けていることもよかったと思うし、
誰かのために生きようと医師になることだけでも
お兄ちゃんも喜んでくれるだろうし、
どこで医師をしても、何を選考しようともいいんだよ。」
とも伝えたこの日でした。 こども医療センターの案内をしてくれた
新生児科の若手やジュニアレジデントの面々にも
感謝でした。
ご本人からの感謝のメールの抜粋です。
すごくしっかりしていて、患者家族だったからこその
志にも思えて心強く感じました。
案内してくれた面々とシェアできたらと思いました。
「今回初めて医学生として神奈川こども医療センターを訪問し、
以前とは違った視点で見て、
数えきれないほどたくさんの気づきと学びを得ることができました。
また、難病の子供たちもたくさんいる場所なのに、 なぜこの病院はこんなにも活気にあふれていているのだろう、と。
久しぶりに神奈川こどもを訪問し、 高校生の頃進路に迷っていた時にこの場所で先生方やスタッフの
みなさんが生き生きと楽しそうにお仕事をされている様子を見て、
医師の道を進むことを決心できたときのことを思い出しました。
先生方とお話し、特に進路についてたくさんご相談に乗って頂いて、
自分の将来へのイメージが広がりました。
ジュニアレジデントの先生方からも貴重なお話をたくさん聞けて、 今までこのような機会がなかなかなかったので本当にありがたかったです。
現場を見ることは何よりもの勉強になり、 今回訪問できて心からよかったと思いました。」
しっかりした医学生に成長している
と思える感想を嬉しく感じました。
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日記
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今年の夏は忙しくて、
この数ヶ月、ブログ書き残したくて書き載せて居ない
ことが多いですが、Yahoo!ブログ終了までの
後1ヶ月なるべく残していけたらと
思えています。
6月の外来フロアですれ違っておおと思ったのは
まさとくんご家族です。今は海外で暮らすまさとくん、
帰国してフォローアップ外来に顔を出してくれて居ました。 まさとくんのNICU卒業の頃を上記に残して居ましたが、
を担当してくれた兼次先生にもお伝えできたらとおもえる
まさとくんの成長ぶりご家族の笑顔でした。
外来でお声かけくださったのは高槻に戻られた
岸上先生が担当してくれていた
超低出生体重児だった女の子ですね。
上記の動画の途中でパパさんが愛おしくカンガルーケアをしている
動画があるご家族だと思い出していました。ご家族の笑顔に再会できて
嬉しく感じました。
面影残しつつ、少女になりつつあることを
微笑ましく思えました。担当してくれたのは
青森に戻られた池田先生でしたね。
こうだいくんですね。
勝又先生も再会を喜んでいましたね。
自分は早産児のお子さん達の成長も
当時、横浜でご家族に向き合ってくれた後輩世代の
医師のことを思い出し、伝えたい気持ちになります。
こども医療センターから車で25分のところにあるのが
上記のお子さんとご家族と出会った頃は北海道から留学中の
西田先生、まだ車椅子生活の前であり、交流戦の
ファイターズ戦対ベイスターズ戦を観戦にいきました。
感じるベイスターズの今年の夏ですね。
山口からの留学開始した当初の藤本先生も
ヨコハマを楽しんでくれている感じです。
西田先生達と同期の看護師さん達、野球の応援、ヤジの中で
医師の指示への要望を混ぜ込んでいて明るく楽しい感じですね。
今のメンバーにも改めて感謝と労いたかった時間でした。 大変なこともたくさんあったこの1年ですが
明るく前向きの向き合ってくれている後輩世代の
スタッフの存在に自分も感謝しています。
ヨコハマの街を盛り上げてくれているベイスターズのように
ヨコハマで生まれる赤ちゃんや子供達の誇りに思ってもらえるような
NICUであれたらとも思います。
ナイター観戦もあった6月でした。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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本日のNICU,なつめさんご家族と担当の斎藤先生と看護師さん
での記念撮影です。
小児外科・産科・麻酔科、放射線科共に
診療にあたった多くのスタッフにもシェアしたい写真に思えました。
いつかなつめさんに見せてもらいたい気がする
みんなに見守らてNICUで頑張った1ヶ月後の姿です。
本日、なつめさんご家族から
ブログ読んでいて、励みになっていた。
なつめさんのご病気のことをネットで調べても
難しく感じる病気の説明はあっても
赤ちゃんやご家族の様子が伝わる情報は見つけられなかった。
だから、自分たちと同じように不安でネット検索した時に
みつけてもらえたらというお申し出をいただきました。
このブログ、
診断名はあまり触れずにいたのですが、なつめさんの
ご家族の想いをありがたく感じながら、
書き残させていただきます。
巨大仙尾部奇形腫という生まれつきの体よりも大きな腫瘍の
胎児診断でこども医療センターにきてくださいました。
巨大仙尾部奇形腫で早産・低出生体重児で生まれることは
大変なことで、救われる赤ちゃんもいれば、
手術室でご生涯を終えた赤ちゃん達も記憶に深く刻まれている。
なつめさん、ご家族も木曜日の毎週10件以上の胎児診断症例を
話し合う多職種多診療科のカンファレンスでも繰り返しみんなで
状況を確認していた女の子でした。
毎週のカンファレンスだけでなく、川滝先生の提案で
臨時になつめさんのためだけに
産科・新生児科・外科・集中治療科・放射線科・小児科・手術室
とたくさんの医師・看護師で集まって過去の患者さんの振り返り、
なつめさんの診断と重症度の予測、これまで助けられなかったお子さんの診療を振り返りました。
「なんとか救う方法はないか?」
祈りにも似た気持ちで話し合うカンファレンスでした。
どんな診療の変更・改善があるか、
などを相談する臨時勉強会とカンファレンスを開催もしました。
生まれてくるなつめさんのお迎えする準備をたくさんの人間で
それぞれに備えて居ました。
生まれる前の準備は
その中心だったのが高梨先生でした。
高梨先生が研修終了直前に産まれ、
そのまま担当になってくれました。
休日の出産に関わらず多くの診療科のスタッフがお誕生を喜びつつ
診療の開始でした。
情報や状態の共有ができていたのか、
それぞれの役目を皆が理解しながらそれぞれの尽力を尽くしてくれた
気がします。
自分は3次元エコーで心臓の機能やボリューム管理などを
自分なりにさせていただき循環管理の助言をさせてもらった
週末でした。
この子にとってよりよいと
思えるタイミングで手術をお勧めしました。
小児外科の先生、これまでの様々な経験を踏まえて、
今回は英断に思える手術をしてくれました。
外科医や麻酔科の先生方、手術室の看護師さん。
皆が担当医のように喜んでいる新生児科医の
面々。
悔しい経験が
ある外科医だからこそ、できる発想の転換・決断・工夫
に思えて、手術終了後に讃えていた自分でした。
その手術の全身管理を見事にしてくださった
麻酔科の面々にも感謝でした。
皆、そばには居なくなっていましたが、なつめさんとママさんと
パパさんの背中をみながら皆が喜んでいた夜のNICUでした。
術後は高梨先生と斎藤先生
送別会すら延期して、そばにいて診療してあげたいと
頑張ってくれていた高梨先生の最後の1週間でした。
自分は高梨先生や斎藤先生や川滝先生に
胎児診断の診断だけでなく、重症度の評価、生まれた後の予測、
自分たちができることなどを多くの診療科やスタッフが
共有していた分、意見や方針が分かれることなく、
、こども医療センターらしく
診療科同士で意見衝突やメンツの張り合いもなく、
子供達のためにみんながそれぞれの役目を果たせつつ、
円滑に協働できたのがこの子の命を救えた気がすると
カンフアレンスの開催や準備に感謝を伝えました。
自分たちの前に立ちはだかっていた
壁を乗り越えた気がするとお伝えしました。
に残って居ますが、自分が新生児科の部長になって
夢見て居たことを具現化してくれた斎藤先生・高梨先生・川滝先生の
出生前後の準備に感謝でした。
それから1ヶ月
相川七瀬さんファンだったというパパさんとママさんに
なつめさんの誕生があったからこそのサプライズな応援訪問。
なつめさんの命が届けたママさんとパパさんの笑顔が
素敵に思えていました。
そして、本日、ブログにでたいといってくださり
自分も上記のようなことを伝えられる機会をくださりありがたく感じました。
お兄ちゃん達の笑顔にも
自分たちのNICUが守りたかったご家族の未来をみせてもらって
いる気持ちでした。
巨大仙尾部奇形種の先輩
このブログに診断名は書いて居なかったけど
かわいくいつも登場していたゆりんちゃんのことを
伝えたかったし、
地震の中で同じような手術をしたときのことを
驚き、心寄せてくれるなつめちゃん
ご家族の言葉をゆりんちゃんご家族に
いつか伝えたいと思いました。
NICU卒業が近くなっているなつめさん。
救われた命の喜びをみんなでシェアし、
これからの成長や発達をNICU卒業生の
フォローアップ外来で見守らせていただければと思えました。
ブログ出てくれる人たちが
NICUにいなくなったらそのまま閉鎖でもいいかなと
思えている自分なのですがなつめさんのご家族のよう
にこのブログで励まされたと伝えてくださるご家族が
いることはYahoo!ブログが終わろうと続けていく意味も
あるのかなと改めて思えます。これも自分のできる役目
かなとも思えてです。
なつめさんを囲んで、ママさん、パパさん、お兄ちゃん、祖母様、
NICUの担当医師や看護師が笑顔で記念撮影をできるNICU、
私たちのNICUの目指したい集中治療と家族支援の両方をしっかりやりたいNICUのビジョンを具現化してくださる気がする素敵なご家族とスタッフのNICUでの笑顔の写真に思えました。
高梨先生にも伝えることができて嬉しい気持ちです。
なつめさん、ご家族、様々な
お言葉と登場してくださりありがとうございました。
巨大仙尾部奇形腫でお亡くなりになった赤ちゃんとご家族の
時間の中にも頑張りやかけがえのない誕生の時間があったと
讃えたいと自分です。
命が助かったからこそ、その先に向き合う悩みも
ないとはいいません。悩みが出たとしてもそれも含めて
ご家族の未来をみんなで応援させていただきます。
外来でまたお会いできる日、
これからのなつめさんの成長やご家族の笑顔を写真に
撮らせていただくことを楽しみにしています。
胎児診断から今日までおめでとうございます。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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にNICU卒業の様子が残っているきいちゃん。
きてくれていましたね。きいちゃんの笑顔と妹さんのじっとみる
視線にそれぞれの成長を感じました。
きいちゃんとママさん、パパさんに
こども医療センターの外来であってお話しすると
その笑顔にいつも自分も元気をもらえている気がして
感謝です。
きいちゃんに付き添いでこども医療センター
に通ってくれている妹さん。
優しい子に育っていくような気がしていました。
6-7月は週末だけでなく、平日にご依頼を受けた
講義や授業も多かったです。このブログに書き残せて
いないことがたくさんある最近です。
非常勤講師にしていただいている
神奈川県立保健福祉大学と関東学院看護学部の
小児看護の大学院生に向けての講義を担当させて
いただきました。 どちらもNICUのチーム医療とNICU卒業生のフォローアップ外来などでの
発達・生活支援の話を90分間の講義を2コマずつ、
どちらも3時間のお話しさせていただきました。
当院の取材報道やコウノドリの動画などを交えながら
昔だったら救えなかった命が救われるようになったけど、
命が救われるからこその悩みに向き合っている人達も
いる。そういうことに心寄せ、応援できる看護師さんや
助産師さんになってもらえたらという気持ちで周産期医療や
NICU卒業生フォローアップ外来のお話をさせていただきました。
救命医療が未来のために今を我慢を強いる医療かもしれないけど、
緩和医療は今を大切にするのを支える医療であり、どちらも大切に
していく必要があることなどもお話ししてきました。
大学院生さんになっている方々は
経験がある看護師さんや助産師さん
ですし、看護学部で学生さん達の教育を人生を注ぐ先生方と
意見交換する機会は自分にも気づきがたくさんあります。
周産期医療のことから、
救命医療や障害者の医療や福祉についても
話し合う機会になります。
これからの医療者は命を救う医療が発展した分、救われた命を
どう支えるかの医療や福祉が大切になる。救急医療の先にある
生活の中で命を救うという意味も変わっていく気がするという
ような話もさせていただきました。
日本の長寿世界一や
救命率の高さは障害とともに生きる人達の増加をも
意味しているような気もします。介護疲れの家族内殺人や
支援者であるはずの人間による虐待などは支えようとしている
人たちが支えきれない気持ちになることに起因することもある
しれない。命を救うこととともに支えていくか、支えられるか
を考える必要が増していく今後のような気がするとお話しして
きました。
95歳で年金は足らず2000万円のニュースが騒がれている
頃でしたが、
30年前は95歳まで生きたらという話をしたら、皆がふざけている
と思われた。それが今は様々な医療の進化や安価で手術などが
受けられる日本の医療体制の中で95歳まで生きれる人たちが増えてきた
のだと思う。まずはそのことを評価しながら年金が足らない問題を
考えていく必要があるのかなとお話ししました。
95歳まで生きる人たちが増えたら年金が足らなくなるのは
当たり前からもしれない。みんなが長く生きれるようになったからこそ
その状況の中で年金や医療を考えないといけないのかなと思う。
これからも長寿は進むかもしれないし、病気や障害とともに
生きる人たちはどんどん増えていく日本かもしれない。
安価で医療を受けられるのを誇ってきた日本だけど、
その反面、高度な医療的ケアの中で、生きているからこそ向き合う
必要がある悩みや介護が必要な人たちが多くなってきていることから
目をそむけてはいけない。誰かが面倒をみてくれるではない
かもしれない。
そういう財源をこれから生まれて来る数少ない子供達に
背負ってもらうことはやはり無理があるんじゃないかなと思える
というような意見交換もさせていただきました。
中国出身の看護師さんが自分の話に共感してくれて、
「日本人は完璧を求めます」
「中国や台湾などはあることに感謝して、
あるものを活用してできる範囲のことをしようとします。
日本は豊かで医療も社会も台湾や中国よりもなんでもあるけど、
日本人は完璧を求めるから、医療者も患者さん達も
ないことばかり嘆き合っている気がします」
という言葉に自分の信頼する台湾・中国・韓国の新生児科医の先生方
と食事に行った時に、日本の医療に
同じ感想をいっていたことを思い出しました。
財源など気にせず、足らないものばかり見つけ
完璧を求めてがんばろうとする日本人。だからこその
他国から見ると恵まれていると思える医療体制や技術を
産んできたかもしれないけど、それが
「足るを知らず」で幸福に気づきづらい自分たちかもしれないと
看護学校の講義を通じて
感じたりする今月でした。
「〇〇が足りない」という前に
「〇〇が足りてきたから、〇〇が必要になってきた」
と考えるようになりたいと思えている最近です。
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で村田さんやじゅんちゃんに励ましてもらった
超低出生体重児だったわかなちゃん。
外来フロアでお姉ちゃんとママさんと一緒にところに
遭遇。お姉ちゃんの嬉しそうな笑顔と
わかなちゃんの成長を眩しく感じました。
最近、NICUの写真が少なめだなと思うのは
ブログの感想を伝えてくださったり、出てもいいと
伝えてくださるご家族がたくちゃんご家族しかいない
のもあるかなと思えています。NICU入院中で出てくださる
ご家族居なくなったらブログ閉鎖と言い続けてきた9年間、
たくちゃんのご家族が卒業したら、その時に出てもいいと
いってくださるご家族居ない状況なら、それも閉鎖のときかも?
と思えていた今週でした。
でてもいいかなと思える皆様には自分でも、
担当医にでもお伝えくだされば写真撮らせていただきますので
お伝えください。
先月のNICUファミリーフォトが素敵だった
たくちゃんご家族ですね。お兄ちゃんもNICUの
時間をシェアしている感じが微笑ましく思えました。
4つのうち1つはお兄ちゃんやお姉ちゃんが使うことを
想定しての低さに設定していることにスタッフのお兄ちゃん
やお姉ちゃんも一緒にいていいんだよと伝えたい意思を
感じました。
お兄ちゃんやお姉ちゃん、ママさんやパパさんが
笑顔でNICUで時間を過ごせることは赤ちゃん達も
心地よい時間になるはずと願っている自分たちです。
早産や生まれつきのご病気のある赤ちゃんが加わる
ご家族全体を支えたい、それがひいては赤ちゃん達の
家族の中での時間、退院後の発達や暮らしの応援に
つながると思えている自分たちです。
ご家族、医療スタッフの心の支えになればと
御寄附で購入した新しいNICU入り口のプロジェクション
マッピング、
今週から2機になりました。
壁と床を
照らしますし、NICUの中のことをリアルタイムで
壁に投影もできる、面会しづらい状況でもお兄ちゃん
やお姉ちゃんにもNICUの中を伝えることもできる準備をしています。
NICUを閉鎖的空間にし過ぎない、
孤独を感じづらい場所にしていけたらと思えて
プロジェクトションマッピングの活用法を
みんなで考えていきたいと思います。
NICUで暮らす、ご家族やスタッフに笑顔や癒しを
届けることはNICUの雰囲気をよくして、医療も看護も
質向上できるように思えています。
プロジェクトションマッピングを活用したいという
自分の願いに呼応してくださり、
NICUを訪問してくださったのは
独自に
クラウドファンディングを開始してくれている
吉岡純希さん。
下記のページご覧頂ければ。
![]() クラウドファンディングの期限が7月31日、明日が
最終ですね。上記ご覧の上、全国のNICUに
デジタルアートを届けようとしている吉岡さんを
応援してくださるかたがいらっしゃったらと思えます。
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