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今年も神奈川・東京の医療者を
目指す高校生が約40名、学校の先生の引率のもとに
こども医療センターをご訪問くださいました。
「小児医療は少子化や大変さ」から志望者が少ない
状況が続いています。
知らないことは目指せない。。。
知ることで憧れてくれる人たちが出るかも。。。
小児科医になりたくて
医師を志すような人達を増やしたり、小児科医を
目指そうとしている生徒さん達を応援できたら。。。
医師不足と嘆いているだけでなく、地元で種を蒔いて
花が開く日を待てたらと思いながら総合診療科の
田上先生や総務課の皆様と7年間続けています。
午前中は総長のご挨拶から始まり、
整形外科の中村先生が作成して下さった動画で
ご自身の高校時代のことを
語って下さりつつ、小児の外科系のことをお話しし手術室の
手術風景などの含めて説明してくださいました。
「仕事は人生の時間の半分弱の長い時間を費やすこと、
<お金>とか<休み>とか考えるだけでなく、人生の
半分を費やす時間の過ごし方を考えると<やり甲斐>が
ある仕事に就けることは大切かなと思えている。」
という言葉が素敵でしたね。
総合診療科の田上先生がこども医療センターの小児科病棟の
内科系の診療のお話、小児医療で感じていることをお話しし、
「医師になる前は患者目線、だけど、医師になると医師目線に
皆変わっていく。
医療者になる前に目指していた気持ちを忘れずにいられる医療者
はいい医療者」と思うという気持ちも
含めてお話ししてくれていました。 自分は
ドラマ「コウノドリ」の画像を交えつつ、
の動画の一部を流しながら
周産期医療の説明をさせていただきました。
どんなことをしている場所かわからず見学しても
何も残らない、NICUで行われている医療やその背景の考えや
想いを高校生向けにお話ししたつもりでした。
そして、自分が最期に伝えたのは、
是非、見学している時に医師だけでなく様々な子供達を
支えるために働いている人達の表情や
この病院に通っている子供達の表情や御家族の表情にも
注目してもらえたら。。。そこから何かを感じて
帰ってもらえたらという気持ちをお伝えしました。
自分は小児医療はそんなに頭脳は優秀でなくても
「子供達やご家族が悲しいことに一緒に悲しんだり、
嬉しい時に一緒に喜べたりする気持ちがある人たちが
小児医療に向いている人たちに思える」という
話を今年もしてきました。 3つの講義の後は
4グループに分かれて、祈りの部屋・屋上・
小児科病棟・重症心身障害児施設・
NICUの見学でした。今年は病院ボランティアの オレンジクラブの皆さんが病院案内を快諾してくださり、
こども医療センターらしい雰囲気を伝えてくれた気がしましたし、
新しいNICUにきてよろこんでくれたボランティアさんとも
お話しできて自分も嬉しい時間でした。
本日はすごく心身疲れを朝から感じていて、講義の後は少し安堵、
NICU見学の時は心エコーなどを途中でする必要もあり、例年よりは
御託はならべず、高校生達に
「みようと思わなければ見学にならない。こういう場所にきたのだから
ボーとせず、空間の雰囲気をそれぞれに感じてね。赤ちゃん達、ご家族、
スタッフの様子をしっかり見て学んでね」と伝えた自分でした。
神奈川県で医療者を目指す高校生の見学を許してくださった
患者家族の皆様にも感謝です。
午後は医師と高校生の座談会、自分が司会進行役させていただきました。
県内で命の授業を60回してきて医師と高校生の通訳係はできるかなと思えて
です。
また、自分も小児科研修医、総合診療科、血液科などそれぞれの
医療現場で働く先生方の思いや願い、高校生へのメッセージに
様々な気づきがありました。
今年の質問、様々でましたが、精神的に耐えられるか?
心配というような心配が少し多かったと思います。
小児科医は精神的にタフでないと続かないのではないかという
懸念を感じている生徒さん達が少なからずいたのかなと思います。
精神的にタフと思っている小児科は少なく、
それぞれがどんな気持ちで働き続けているかを生徒さん達に
語っていて若手もベテランもそれぞれの言葉に司会しながら
感銘を受けて居ました。
医師にとっても初心を思い出させて
くれる座談会に毎年感じます。
母校の生徒さんがいるので毎年座談会に出てくれている気がする
勝又先生、その受け答えが年々変わっている気がして、新生児科医として
経験を重ね、成長していることを高校生とのやりとりに感じ
すごく心強かったです。
テーマでワークショップでした。
みた理想の小児科医についての様々な意見に
そういう小児科医を目指してくれたらと思いながら
興味深く頼もしく聞いて居ました。
こども医療センターでいつか働いてくれたらと
事務系職員としてこの病院で働いている良さを話してくれて
ありがたく思えました。
すごくいい質問をしてくれて嬉しかった神奈川大学
附属高校のお二人、
毎年中学2年に授業している神奈川大学附属中学2年ですが
2年前の
「障害者」と「健常者」の境はない:「第50回NICUのいのちの授業 in 神奈川大学附属中学校」を聞いて医療者を目指したくなったと伝えてくれて
嬉しく感じました。
5年前の小学校での授業に出て
医療者になりたくなったと伝えてくれた子もいました。
この中で小児医療を目指したいと思ってくれていた子が1人でも
いたことに感動でした。
医療者とかでなく、想いがある人に医療者になってもらえたらと
思うので応援しているよとお伝えしました。
案内しましたがいつかこの場所で働いてくれる人たちが
1人でも二人でもいたら嬉しいなと思えていました。
地元の子供達に憧れる地元の職場になっていけたらと
思えました。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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日記
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NICUを訪ねてきてくださった卒業生ご家族。
の動画の中にご家族の月誕生日を祝うホームビデオの
動画にでているしゅんたろうくんご家族です。
きた理由はしゅんたろうくんのご命日なんだと
気づきました。ご命日に家族でNICUを訪問くださいました。
そういえば昨年もきてくれて
そのときに偶然取材を受けていたのでそのまま
インタビューを一緒に受けてもらったのが以下の記事です。
4年前の猛暑の中で
ご家族を見送った日を思い出しました。
しゅんたろうくんの妹のかんなちゃん、こども医療センターで
お生まれになりましたが、大きくなったねと実感しました。
しゅんたろうくんと在宅医療の仲間
の頃を思いだしたせなくんママさんとしゅんたろうくんご家族の
会話の様子。せなくんのママさんがこども医療センター職員になって
改めて当時の生活への感じ方を伝えている様子、しゅんたろうくんご家族が
このブログをずっとみてくれていてその上で最近感じていることなどを
会話している言葉に様々な気づきをいただきました。
自分、重症の赤ちゃん達を診るNICUや小児循環器の
病棟で働き続けてきました。赤ちゃんの死をたくさん
担当してきました。
コップに水が溜まっていくように心に悲しみが
積もっていく気がして、時折、悲しみが溢れてしまう
気持ちになり、どこかで救命医療の現場で働くには
心の寿命がくる、心の限界がくるかなと思えていました。
こどもの死に直面するご家族の悲しみはこれほど
この世にない不条理の深い悲しみだと思います。
医療者であっても慣れることはないと思える
悲しみです。
それでも、NICUで働き続けてこれたのは
多分、昔、共に死を見届けたご家族のその後の再会、
時間が経っての言葉やその後の想い
に自分の心が癒してもらっている
からな気がしてきました。
そして、
この世の果てに思える悲しみに直面したご家族の
悲しみを少しでもシェアしたいし、悲しみだけでない何かを残して
いるかもしれないことを伝えられる役目としていたい。。。
自分が
同じ場所で働き続けていること、子供と過ごした時間を
悲しみ、喜び、後になって気づける子供の残してくれた
ことなどを偲び合うことができたらと思えている
部分はあるから、大変でもこども医療センターをこれまで
離れずにいたのかなと思える今晩です。
年々よろこんでくれること、そんなことを感じる1日でした。
しゅんたろうくんご家族がくるときにいつも
タイミングが合わず残念がってくれるNICUの担当看護師さん
近況写真が確認し合えたらと思います。
周産期センターで過ごされた赤ちゃん達の
命の誕生も有終も踏まえてご家族とともに
悲しみも喜びもシェアして生きたいと思えた
最近で、しゅんたろうくんご家族の訪問に
心支えられる気持ちでした。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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ドラマは終わってもドラマの
原作漫画の「コウノドリ」は続いています。
鈴ノ木先生がいなければドラマはなかったし、
ドラマは終わっても漫画が続いていることで
支えている人、新たに知っていく人はたくさんいると
思えて感謝しかありません。
今年の
「医療安全編」はドラマやドキュメンタリーなどでも描けない物語にも
感じていました。サクラ先生の気持ちがすごく伝わってきて、
漫画だからこそ描けること、伝えられることがある
それを伝え続けてくれている鈴ノ木先生は日本の周産期医療に
関わる人たちの想いを支えてくれる奇跡の存在に思えます。
自分も鈴ノ木先生のおかげでたくさんの出会いや
気づきがあり、勇気を頂いた気がして、NICUで働き続けて
いられた恩人の一人に思えます。 ペルソナNICUをバーンアウトして退職した
新井先生と今橋先生の再会が描かれています。
原作では白川先生とは再会していますが今橋先生とは
退職後会っていなくて、在宅医療を支えるような小児科医を
続けていた新井先生だと思います。
バーンアウトしてNICUを去った新井先生と
再会する今橋先生の気持ちに心寄せたい気持ちでした。
新生児医療仲間に思える、共に働いている気持ちになる
新井先生や今橋先生の物語を毎週木曜日を楽しみにして
いたいと思います。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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新しい新生児病棟。NICUという閉鎖空間で生き続けてきた
ような自分にはこういう開放感が必要に思えていました。
工事期間は国内留学は少なく、2人当直体制などの維持も難しく
当直表組むのに1日がかりになる最近ですが、山口から急遽、
国内留学してくれた藤本先生の存在に改めて感謝です。
真剣にエコーしている姿を頼もしく思えました。
明るさと前向きさの相似形の江原先生と藤本先生が並んでいる
構図を見つけると思わず嬉しくなります。
なぜ、同じポーズ?と思える写真。
相棒感がありますね。
このブログ、9年間続いてきました。
自分なりに覚悟をもって続けてきたのですが
個人情報保護が厳しい現代に
こういうことをやっていいのか?というご批判や
苦言を病院関係者から受けてきました。
豊島先生が患者さんご家族が断りづらい状況で
患者さん家族は迷惑ではないかというNICU以外の
医療者もいました。
だから、
ブログの感想を伝えてくれた人にブログに出ませんか?
と誘うようにして、
こちらからはお誘いしていませんと言い続けてきました。
そして、NICUの患者さんで出てもいいと
言ってくれる人たちがいなくなったら
ご指摘通り、迷惑なことかもしれないから
やめますと公言してきました。
先週、ファミリーフォト以外で普段から、ブログの感想を
つたえてくれたり、でてもいいですよ
といってくれるのはたくちゃんだけの今だし、
たくちゃんの卒業も近いから、Yahoo!ブログ閉鎖とあわせて
ブログは終了でもいいかなと呟いたこのブログでしたが、
そのつぶやきの翌日から
のなつめさんご家族がブログを続けて欲しい、
すごく心支えられていた、だから
ブログ出ますと伝えてくれて嬉しく感じました。
誰が、ブログ読んでいるのかはわからない、
誰にどう届いているかもわかりづらいのがブログであり
感想を伝えてくださることはやはりありがたいですし、
ブログを読んでいたと伝えてくださるだけでも
登場を誘ってもいいかもと思える機会になります。
さらに、
2ヶ月の月誕生日をむかえているゆめちゃんのパパさんが
「このブログ、ずっと読んでいた。励まされていた。
だから、ブログに登場したいし、ブログを続けてくだされば」
と伝えてくれました。
ゆめちゃんのパパさんの言葉を嬉しく
ゆめさんとの日常的な写真も撮影して仕事中のパパさんに
伝えられたらとも思えました。
なつめさん、ゆめさんのご家族の皆様、
このブログを大切に思ってくださりありがとうございました。
今後とも登場してくだされば幸いです。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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看護学生の見学も多い夏ですね。 病院の中で一番多いのは看護師さんです。
少子高齢化から人口減少化社会に向かう日本ですが
子供達がいなくなるなら国は滅びる、周産期医療や
小児医療を志す看護師さんたちが増えってくれたらと
願っています。
7月24日は東京広尾で開催の恩賜財団母子愛育会
の周産期看護研修会A<NICU①>で
「新生児の循環障害」について全国各地から集まるNICU看護師さん80名に90分間の講義をさせていただきました。
ドラマ「コウノドリ」の動画を導入に使いながら
新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)、未熟児動脈管開存症(PDA)、
超低出生体重児(ELBW)の脳室内出血予防を目指した
循環管理などのお話をさせていただきました。
一生懸命聞いてくださる看護師さんたちで、
日本の新生児医療の原動力は全国各地で
それぞれの場所で赤ちゃんとご家族のために頑張る
NICU看護師さんの存在が大きいと改めて思えました。
こども医療センターの看護師さんたちには
数名集まれば同じ講義を何回かにわけていつでもやります。
お声掛け下さい。
来年度のこの講習会、興味ある人は是非、
参加くださればと思います。自己研鑽、
全国のNICUの雰囲気に触れる機会になると思います。
母子愛育会の研修のHPをご参照ください。
母子愛育会の周産期医療における人財育成へのご支援には
日本の周産期医療を支え続けてくれている気がしてスタッフの
皆様に毎年感謝を感じつつ横浜に戻ってきます。
NICUに顔を出してくれたのは産休・育休中のNICU看護師さんです。
このブログを読んでこども医療センターNICUに入職してくれた
看護師さんが母となったことにも嬉しく感じていました。
赤ちゃんの誕生を祝いあえるのがNICUスタッフかなと思います。
この10年、NICUスタッフの離職が少ない、産休育休後に復帰してくれる
スタッフが多いことも仲間の妊娠出産を喜び合えるスタッフが
増えてきているからかなとも思えています。
NICUはたくさんのNICU看護師さんがいてくれるから成り立つ病棟であり、
そして、そこに集う看護師さんにもそれぞれの人生がある、
スタッフそれぞれの人生の喜びをシェアしあえるチームでいらえたら
と思います。
産休育休から復帰してくれる看護師さんもいれば
妊娠しながらギリギリまでNICUで赤ちゃんたちをみてくれて 産休に入る看護師さんもいます。産休に入る挨拶をききつつ、
無事のお産をみんなで信じ伝えています。
ゆいねちゃんご家族の
ゆいねちゃんママさんも看護師さんたちに混じって
産休に入る看護師さんに別れを告げていましたね。
産休に入るNICU看護師さんをNICU看護師さんと患者家族で
一緒に見送っている光景が優しく感じて
For tomorrowが流れているような気持ちになりました。
自分たちの仲間の
新しい命の誕生をNICUから応援していたいと思います。
本日も皆様、それぞれにお疲れさまでした。
明日もそれぞれの場所でそれぞれの役目を頑張って
生きていきましょう。
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