私のRZは、今も私にとって特別な存在です。これまでのプロセスがそう思わせる…確かにそれもあります。
しかし、何よりも「どこまでも走っていける」と感じるフィールこそが、特別であり”続ける”最大の理由です。
人も同じかな?と思います。どちらか一方が進んでいき、どちらか一方が留まっていれば、そこには溝ができてしまいます。
少なくとも私にとって、RZは「還る場所」ではありません。共に歩み続ける関係でありたい。
一旦 完成の域には達したのは事実ですが、所詮は通過点に過ぎません。
…そう、これを書いておかなくてはいけませんね。
朝練メンバー(≒うだうだメンバー)たちの私への評価の変化です。
最初のころは、何かをゴソゴソいじってる姿をみて、「また何かやっとる」程度にしか思っていなかったと思います。本気で笑ってた人もいるでしょう。
でも、ある時期から、誰も私のことを笑わなくなりました。(今も 別の”こと”では笑っとるけどねっ!(笑))
何年かぶりに試乗した彼らの声は、こうでした。
「にえちゃんのRZ、知らんうちに、エラぃことになっとる!!!」
派手なことを好まず、小さなことをやってきた…それを一番分かってくれているのは彼らだと思っています。ずっとみていてくれましたからね。
週末の朝6時に某所にいくと、”必ず誰か”がいる。そのことが、辛く暗い時期の支えにどれだけなっていたことか…。
感謝に耐えません。本当にありがとう。
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今回、12年を振り返り、本当に色々あったんだなぁとシミジミ感じています。
書いてきてふと思うのは、「今の自分がみる1998年の自分」と「5年前の自分がみた1998年の自分」は違うってこと。
過去をかえることはできません。実際に起こったことは不変です。しかし、過去におこったことの捉えようは変化するということです。意味のあるものにするのも、ないものにするのも自分次第。月並みですけどね。
そして今の自分は、この12年、無駄なことなど1つもなかったと思います。
正直、まだ乗り越えることができない過去もあるし、すべてを忘れ去ることだってできませんから、「そう思いたい」というのが正解かも知れませんが。。。
こんな私を、私を古くから知る後輩なんぞは、「にえさんの人生は、本当にカラフルだねぇ」といいます。
言われたときには、「失礼なっ!」と思ったけど、改めて噛み締めるとまんざらでもありません。
その時々で、浮いたりぃ〜、沈んだりぃ〜、まぁ、忙しいことったらありゃしません。
なぜか思い出すのは、しんどかったときのことばかりで、楽しいことは…。それって、あの頃楽しいと思っていたことよりも、今の方が楽しいから!に違いないなぁと思うんですね。
これでも(そして今だって)泣いてしまう夜はあるし、何かから逃れようと ブっ倒れるまで飲んだくれることだってあります。
それでも、何かに夢中になって取り組み、取り組み続けてこれたのは幸せなことだなって思います。
昔を思い出して「あの頃は楽しかったなぁ」と思えないのは、まぁ微妙なところであるにせよ、「今が一番楽しい」と思えるのは、結構素敵なことかもしれません。
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振り返ってみて、「沈んでいた時期」の前の私は、少なからず「調子に乗ってる」ことが分かります。
基本がお調子ものだからしょーがないわけですが…人様を傷つけちゃいけません。これまでの人生で、ずいぶん多くの人を傷つけてしまったなと思うし、反省もしています。
手数の多さは、ときに偽の正義になりえます。相手の反論を許さず、起き上がる前に叩いてしまうからです。
正論ばかりじゃ人はどこにもいけないし、凡庸な個々の悩みも、当事者にとっては特別なものなのです。
人を叩くことで、自分の立ち位置を担保したりするのはやめなければなりません。
言い換えれば、何かを否定することで、自分を肯定するのは情けない行為だということを、もっと強く自覚すべきです。
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よかったこと、悪かったこと、本当に色々あった12年間でした。
この12年間を振り返ることができるのは、「続ける」ってスタンスを崩さなかったお陰だよなぁ〜と思っています。
ここ数年、自分の中で大きく変化したことの1つに「人に協力してもらう」ことがあります。かつての自分は、なんでも自分でやろう!と思っていました。
自分ひとりで何もかもできると思うのは傲慢だし、時に己の力を過信してしまうように思うのです。協力してもらえるところは協力してもらい、まかせるところはまかせよう。もっと、人を信じようと思います。
実はここ数年間を、「次の10年を突き進むための準備期間」とおいていました。なんでも自分でできるように!と、例えば工作機械を導入したり、新たなことへチャレンジしてきたんですね。
でも、その過程で「自分ひとりじゃ何もできない」ことを痛感したのですから、皮肉なものです(笑)
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みなさん、「ワンピース」って漫画をご存知でしょうか?
この物語に、「ログポース」なるものが出てきます。主人公たちは最終到達点を目指して突き進んでいくのですが、彼らが進むグランドラインでは、方角を示すコンパスが使えません。
ある島で一定期間過ごしログポースという道具にログをためないと、次の島(道)への方角が得られないんですね。
私にとって、バイクを通じて知り合った方は「島」や「道」であり、その人たちとの関わりが「ログ」なのかなと思います。
好むと好まざるを問わず関わったものごと(そして人)には、ログがたまるまで対峙してみる。そうすれば次の道が見えてくるのではないかな?と私は思います。
そうやって繋がり、紡いでいく。それを、どんなに無様でも続けていこう…そうすれば、いつか最終到達点にたどり着けると信じています。
私をここまで運んでくださった皆さん。本当にありがとうございます。
たった1人ではここまでやってこれなかった。12年を振り返り、そう確信しております。
この機に新たな伴侶を得た私が、この先どうやって進んでいくのだろう…私自身まったく分かりませんが、どうかよろしくお願い致します。
パーツの製作、加工をはじめました。詳しくは、お問い合わせ下さい。
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