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出雲松江松平藩六代藩主・松平宗衍の子。母は側室の歌木(大森氏)。鶴太郎。侍従・佐渡守・権少将。妻は伊達宗村の娘。出雲松江藩七代藩主。積極的な農政改革などを行い、破綻状態にあった松江藩の財政を再建した。 また茶の湯に傾倒し、不昧(ふまい)と号して独自の茶の湯文化を育て、江戸時代の代表的茶人とされる。 治郷は、1767年、父の隠居により家督を継ぎました。 治郷が家督を継いだこの頃、実は出雲松江藩は財政が破綻していました。このため周囲では、「雲州様(松江藩の藩主)は恐らく滅亡するだろう」と囁かれるほどであったといわれています。 このため治郷は、家老の朝日茂保と共に藩政改革に乗り出したのです。 茂保が財政再建のために行なったのは、積極的な農業政策した。 治水工事を行ない、木綿や朝鮮人参、楮、櫨などの商品価値の高い特産品を栽培することで財政を再建しようとしたのです。 そのため、まずこれまでの借金を全て棒引きにし、藩札の使用禁止、厳しい倹約令、村役人などの特権行使の停止、年貢の徴収を四公六民から七公三民にするなどという厳しい政策が行なわれることとなりました。 そしてさらに、1778年の井上恵助による防砂林事業の完成、1785年の清原太兵衛による佐陀川の治水事業などによる改革事業により、藩の財政改革は成功しました。 こうして、空になっていた藩の金蔵に多くの金が蓄えられたと言われています。 もともと風流人あった治郷は、1500両もする天下の名器・「油屋肩衝」をはじめ300両から2000両もする茶器を大量に購入、約800点に及ぶ茶道具を集めました。これらの道具は、こんにちも雲州名物として特に珍重されています。 しかし、これは度がすぎたようで、せっかく立て直した藩の財政は、藩主の道楽で一気に悪化してしまったといわれています。 このように、政治家としての治郷の評価はあまり高いとはいえないようです。 しかしながらこの治郷の道楽は、「財政を再建して裕福になったことを幕府から警戒されることを恐れて、あえて道楽者を演じていたためのものである」とも言われています。 治郷は茶人としての才能は一流で、「古今名物類従」や「瀬戸陶器濫觴」など、多くの茶器に関する著書を残しています。 この治郷がおこした「不昧流(雲州流)」という独自の茶の湯の流派は、従来の難しい作法を省き、だれもが気軽に親しめる茶道としたものでした。 このため茶の湯は城下のみならず、出雲全域に広く普及しました。そしてこれにともない、茶の湯につきものの和菓子が発展、松江城下には和菓子の銘品が数多く生まれました。 1790年に治郷によって築かれた茶室・菅田庵は、国の重要文化財とされています。 そしてまた、治郷は蕎麦が好物でした。 このため、治郷は蕎麦の栽培を奨励しました。治郷が知っていたかどうかは定かではありませんが、蕎麦は痩せた土地でも栽培できるため、これによって農産力の向上につながったといわれています。 治郷の蕎麦好きは徹底していて、茶の湯の席でも蕎麦を出して諸藩の大名から好評を得たといわれています。このとき治郷は小さめの重箱に蕎麦をとり分けて出しましたが、これが庶民に広まって「割り子」となったといわれています。 出雲に蕎麦を持ち込んだのは、信州から移ってきた初代藩主・松平直政であったといわれます。従って、出雲蕎麦の原点は信州蕎麦ということになります。 しかし、今に伝わる出雲蕎麦独特の食べ方を確立したのは、治郷だったのです。 このように、治郷の文化的功績は高く、松江市が今をもって文化の街として評されるのは、実に治郷の治世のたまものといっていいでしょう。 治郷は1806年3月11日、家督を長男の松平斉恒に譲って隠居し、1818年に68歳で死去しました。法名は大圓庵不味宗納大居士と伝わっています。
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松平不昧公ですか。江戸時代の名物殿様の一人ですね。自分もこの人については、政治家としてよりも文化人、風流人のイメージを強く持っています。出雲蕎麦独特の食べ方のルーツも不昧公だったとは知りませんでした。
2005/10/25(火) 午後 11:13 [ mannennetaro2005 ]
>寝太郎さん わたしも茶人としてしかしらなかったので、蕎麦の件は調べてはじめて知りました^^; ちなみに写真の和菓子が「若草」という銘菓です。私はあんまり好きではないですが^^;
2005/10/26(水) 午前 9:59
トラバ、ありがとうございました。私は不昧公はお茶好きとしての印象しかなく実際の政策は始めて知りました…あはは。ちなみに「管田庵」は「菅田庵」ですね。失礼しました。
2005/12/21(水) 午前 8:39 [ どげだや ]
>どげだやさん おっと、ホントウだ、「管田」じゃなくて「菅田」でしたねぇ、しゅうせいしておきました。
2005/12/21(水) 午後 9:09
トラバありがとうございます。 さすが歴史お詳しいですね。勉強になります
2006/1/7(土) 午前 8:46
松平不昧公について勉強しています。
私のブログの書き込みに参照せていただけば幸いです。
2008/7/5(土) 午前 9:29 [ sera ]
松江にすんでいながらまだまだ不勉強デス。訪問させていただきますね!
2008/7/9(水) 午後 9:31
不昧公のお菓子大好きです〜♪
また出雲へ行って食べたいくらいです! ( ̄〜; ̄)お腹空いた〜
財政改革のこと知りませんでした〜♪
勉強になります〜♪
しかしせっかく建て直したのに茶器に使用は
もったいないですね〜♪
ぽち★
2008/12/15(月) 午前 10:18 [ - ]
>やまたろうさん
イヤイヤ、それでもいま「松江の文化」と言われているものはこの人のたまものですからね。
今から考えればこういった名物大名が出たことはヨイことですよー。
2008/12/15(月) 午後 3:06