山中御殿

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小早川繁平

小早川繁平(1542-1574)

小早川正平の子。又鶴丸・元平。采女正。父・正平が大内義隆の出雲遠征で討死したため、わずか2歳で家督を継いだ。しかし、その後失明したと言われ、分家である沼田小早川家の当主・隆景(毛利元就三男)に家督を譲ることを余儀なくされた。その後出家するが、三十代の若さで病没した。

父の戦死

 小早川繁平は、小早川本家である沼田小早川家十六代当主で、小早川正平の嫡男です。

 父・正平は、天文11年(1542)に大内義隆の揮下として尼子晴久との戦いに出陣しました。
 しかし、戦況思わしくなく大内軍は総退却を余儀なくされ、翌年5月9日、正平は殿軍をつとめて退却戦を戦い、出雲国鴟巣川の合戦で討死を遂げました。
 このため、わずか2歳の繁平が家督を相続することになったのです。

 この繁平がいつ頃元服したのかは定かではありませんが、初名は「元平」といいました。
 この元平の「元」は、一説には管領・細川晴元の偏諱を受けたものと言われています。沼田小早川家は細川家とのつながりが深かったためですが、大内氏と細川氏は不和であり、大内氏の圧力を受けて「元平」から「繁平」と改称したのかもしれません。

 ともかく、繁平は沼田小早川家の当主となりました。
 しかし、幼少の当主で一家を支えることは戦国時代においてきわめて困難なことで、周辺諸勢力の格好の標的となったのです。
 とくに大内家と敵対する尼子家にとっては、絶好の攻撃目標でした。

 尼子晴久は大内軍撃退後、すぐに反撃を開始し、天文14(1544)年から翌年にかけて、二度にわたって小早川氏の本拠・高山城を攻撃しました。
 しかし小早川家の結束は固く、宿老を中心とした家臣団のはたらきで尼子軍を撃退、高山城を守り抜きました。

奪われた家督

 こうして小早川家は危機をまぬがれましたが、その後突然繁平は大内義隆によって拘束、大内重臣・弘中隆兼の監視下に置かれたのです。この理由は、繁平が尼子方に内通したというものでした。
 そしてこの直後、繁平は3歳にして失明してしまったのです。

 小早川家臣団は繁平の帰還を請いましたが、大内側はこれを拒否しました。やむなく重臣たちは継嗣を定めようとしましたが、ここで家臣団は分裂します。
 重臣・田坂全慶らが小早川一門から後嗣をたてようとしたのに対し、乃美弘平らは分家である竹原小早川の当主・隆景を擁立しようつ運動をおこたのです。

 これは結局、隆景擁立派が勝利し、天文19年(1550)9月、隆景と繁平の妹の婚約が成立、隆景の沼田小早川家継嗣が決定したのです。翌20年(1551)、隆景が高山城に入って沼田小早川家を継ぎ、沼田・竹原両小早川家は統一されました。
 こうして小早川家は毛利氏にとりこまれ、毛利両川の一翼を担うことになりました。なお、隆景はのちに自身の擁立に反対した田坂氏らを暗殺しています。

 隆景の高山城入城にともなって繁平は城下の教真寺に退き、出家しました。そして天正2(1574)年、閏11月13日、息を引き取りました。
 法名は一珠院文室元緒と伝わります。

 なお、3歳の時盲目になったといわれる繁平ですが、この失明は真偽を疑う声が多くあります。
 尼子氏への内通嫌疑についても、当時わずか2歳であった繁平にそんな判断能力があるはずがありません。盲目説とともに、毛利元就による謀略という可能性が高いと思われます。
 運命に翻弄された悲劇の当主というほかはないでしょう。

閉じる コメント(7)

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そうそう、この突然の失明は絶対裏があると思います。 そのた枚挙に暇がないほどの権謀術でのし上がった元就、おそろしやですね・・・

2005/11/1(火) 午後 0:19 ゆーくんままま

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いま スカパーで大河 毛利元就がやっていて見てます。 ちょうど今 小早川繁平 椋梨景勝とかの回です

2005/11/1(火) 午後 3:37 [ 丹波守博介 ]

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こうして見ると、小早川家というのは後の隆景から秀秋の代にかけて、時代の波に翻弄されていったことがよく分かります。そういえば、繁平は徳川家康と同い年。家康が不遇な少年時代を過ごし忍耐を重ねながら、天下の覇者にまでのし上がって行ったのとはあまりにも対照的な生き様を感じてしまいます。

2005/11/1(火) 午後 8:19 [ mannennetaro2005 ]

>KOROKOROさん うん、毛利元就の謀略、恐るべしですよねぇ。小早川家の不幸は、代々の当主が早世したことですね…

2005/11/1(火) 午後 8:51 佐々木斉久

>hiropiyon3309さん 大河の毛利元就、なつかしいなぁ。派手さはなかったですが、破綻のないストーリーでわりと好きでした^^ 難を言えば、トシくったときの元就の演技がわざとらしかったことかなぁ…

2005/11/1(火) 午後 8:58 佐々木斉久

>寝太郎さん 繁平は、本人の能力の有無にかかわりないところで運命が流されてしまって、ようやく成人したときには出家という事態でしたからねぇ。出家の身から事を起こそうとしても、相手が毛利元就では…

2005/11/1(火) 午後 9:00 佐々木斉久

小早川家のところは明るくドラマ化されていますが、
やはり乗っ取りなので、吉川家と同じく反対派の
謀殺はあったのですね。

辛いですが、ここのところは元就公から学ばなくては
いけませんね。v(・◎・)ブイッ
ぽち★

2008/12/10(水) 午後 4:38 [ - ]


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