|
さてさて、幕末人物帖、第2回目でございます。
1回で終わらなくて良かった(笑)。
2回目の今回は、前回にひきつづき大河ドラマ『龍馬伝』の登場人物から、溝渕広之丞を紹介しましょう。
ドラマでは、ピエール瀧が演じている人物です。
またしてもあまり知られていなそうな人物ですねぇ〜。
【溝渕 広之丞】(みぞぶち ひろのじょう)(1828〜1909)
溝渕広之丞は幕末の土佐藩士で、諱は義直といいます。土佐国土佐郡江ノ口村の生まれといわれています。
嘉永6年(1853年)、広之丞は江戸に出ます。目的は剣術修行・学問修行です。
これは、龍馬が江戸に行ったのとおなじ年。『龍馬伝』では、すでに江戸行きの経験があることから、龍馬の案内役も兼ねての江戸行き、ということになっていましたね。
で、この溝渕広之丞、剣や学問をどこで学んだのかというと、剣は千葉定吉道場、学問(砲術)は佐久間象山塾なのです。
龍馬も千葉定吉道場で剣術修行をしていますから、じつは竜馬と同門なわけです。ちなみに龍馬は佐久間象山塾にも通っていますので、ここでも同門。
こうしてみると、じつは非常に龍馬に縁のあった人物なのですねぇ。
ドラマでは遊んでる人みたいに描かれていて、千葉道場にかよっているところはこれっぽちも出てないのですが……なぜでしょう?(苦笑)
さてその後、慶応2年(1866年)には藩命を受けて長崎に赴き、砲術、舎密学(せいみがく=化学)などを学びます。
この長崎で龍馬と再開した広之丞は、龍馬のよき理解者として、長崎での龍馬の活動を支援します。
龍馬は当時脱藩していたため、土佐藩の後藤象二郎にかけあって龍馬の脱藩の罪を免除してもらえるようとりはかったりしています。
このおかげで、龍馬のおこした亀山社中は土佐藩に付属する外郭機関「海援隊」として軌道にのることができたわけです。
また広之丞は長州藩の桂小五郎らと交流を深める一方、慶応3年(1867年)には土佐藩の持筒役となり、藩兵に砲術を指導しました。
こうしてみると、広之丞はとても学識が深い人物ですね。そうでなければ、持筒役などに抜擢されないでしょうから。
そして、とっても地味なようですが、土佐藩(後藤象二郎)と龍馬とを結びつける橋渡しとなった人物で、きわめて重要な役回りを演じたのです。
しかし維新後は隠棲し、明治政府には出仕していないようです。
|