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介護センターのデイホームは様々なお年寄りが利用している。
程度は様々だが、認知の入った方がほとんど。
送迎の車(10人乗り、車いす席二つとリフト装備)の中は静かだ。
添乗のスタッフが冗談交じりに語りかけると、一瞬ざわめいて笑い声が起こる。そしてまた深い静寂に戻る。
この静けさのなかで、お年寄りたち(ほとんどご婦人)はなにを思っているのだろうと、はじめのころは不思議な気持ちになってバックミラーに目をやったりしていた。
そして、このごろはこう感じるようになった。
彼女たちは、じつは何も考えたり、思いを巡らせたりしているのではなく、ただ今の時間に自分を委ねているだけなのだろうと。
乗客の年齢をあわせると、600才から800才という時間を積んで走っているわけだ。ただの静謐ではなく重量感のある時間に濾過された静けさという感じがする。
お年寄りたちの、体のコンディションもさまざま。
しっかりした足取りで車に乗り込んでくる人もいる。
団地の一階まで旦那さんに抱えられて降りてきて、用意した車イスにすわり、電動リフトで車に乗るお婆さんもいる。
ちえさん(仮名)という88才のそのお婆さん、ちいさくなった体を車イスにちょこんと乗せてシートベルトをかけてあげると、曲がった背中を捻るようにしてこちらをふりむいて、声を絞り出すようにこういう。
「お手数をおかけしますう」
何回かお送りしたちえさん、ちっともこちらの顔を覚えてはくれない。
センターで一日すごしたことも、団地に帰ったときには忘れているんだそうな。
「それでもねえ、センターでみんなが歌うのを聞いているときには、それはしあわせそうな顔をしてるのよ」
添乗の介護師さんがそういった。ちえさんは、もう歌えないのだ。
センターでは、毎月の誕生会を月末にまとめて祝う。
四月生まれの利用者さんがいなかったので、きのうは誕生会はなかった。
きょうは小生の誕生日。
添乗さんが、それを帰りの車の中でお年寄りたちに告げた。
みなさんが口々に、それでいくつになったの?とか、わかいですねえとか、おめでとうございますとか言ってくれた。
そしてまた静寂が車中に充ちたのだった。
お年寄りたちには、昔の記憶と、いま現在の時間があるだけのようだ。
ちえさんの団地はセンターからは西にいちばん遠い所にある。
月曜日と金曜日の最後の乗客は、いつもちえさんになる。
団地一階の出口には、旦那さんが迎えに出てきていた。
出がけにはちえさんの顔にクリームを塗ってあげたりするやさしい旦那だ。
リフトを降ろし、ロックをはずして車イスをゆっくりと外に出す。
旦那さんがちえさんを両手で抱えて車イスから立たせる。
ここからは旦那さんの作業になる。
添乗さんがきょうの活動ノートが入った布の袋を旦那さんの手にかけて、
「さようなら」と言った。
ちえさんがゆっくりと顔をよこに曲げて、
「ご面倒をおかけしました」と言った。
二階への階段を曲がるとき、こちらを見て、
「運転手さん、お誕生日おめでとう」
ちえさん、ちゃんと車の中できいたことを覚えていた。
「ありがとうございます」
そう言って車にもどり、リフトを収納してもういちど階段に目をやったが、もうちえさんの姿は見えなかった。
ちえさんには一瞬のことだったろうけれど、小生には深く刻まれた記憶になった。
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nigoriさん、お誕生日おめでとう御座います。
人に終生忘れ得ぬような、不思議なことばの贈り物をする為に、寿命は与えられるのかもしれませんね。
2011/5/1(日) 午後 0:20
五節句さん、ありがとうございます。
日々新鮮をお年寄からいただいております。
ありがたいことです。
2011/5/1(日) 午後 10:55 [ nig*r*i ]