ひるね蔵ダイヤメ日記

芋焼酎すきな飲んべえの徒然です。

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日記というか、書評。

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「私は西郷南洲を知ることによって、この日本という文化的生命体に、この日本という心の美しい国に、いっそうの敬慕といっそうの熱愛を感ぜずにはいられないのである。一言で言えば、西郷南洲との出会いによって私はよりいっそうの徹底的な「愛日主義者」となったということである」

これを書いたのはまだ40歳台の中国人である。
成都でうまれ、毛沢東の忠実な戦士として教育を受けのちに民主化に目覚め、しかし天安門事件で挫折し打ちひしがれ、日本に留学しそして日本で、故郷の大陸からは失われた「中国」に出会った人だ。

「中国の歴史上では権略詐謀を駆使して一世を圧倒するような英雄豪傑をいくらでも輩出した。しかしそれらからは西郷南洲のような無私にして高潔の士はついに一人も出なかった……」

『私はなぜ「中国」を捨てたのか』(WAC/886円+税)で、こう書いた石平(Seki Hei)氏はこの本の帯にあるように「美しい日本に見惚れ、帰化した」のだった。2007年のことである。

石平氏のことは保守系論客として知る人は多い。
しかし彼の日本の文化・歴史に対する造詣知識、分析洞察力などふつうの日本人の想像を超越するといっていい。
しかも深い中国古典への素養(共産党に隠れて、祖父が教えたという)などが日本での、失われた「中国」との出会いと覚醒を可能にした。
言葉もアタマの中も軽すぎる永田町の政治屋たちには決して理解できないことだろう。

この本を読むと、共産党政府のウソだらけの実態もよくわかる。
なぜ彼らが反日教育に狂奔するかも明明白白になる。
だが、もっとも読者の心を打つのは、「日本で出会った論語と儒教の心」という一章だ。
中国共産党が世界戦略の一環として各国で展開している中国語カリキュラム「孔子学院」などはかつて共産党自身がぶち壊した価値の方便としての利用にすぎない。
しかし、石平氏が日本でであった「孔子」の教えは、日本と言う国に深く広く生きている価値基準だった。

石平氏は帰化した翌年、伊勢神宮を参拝し、
「五十鈴川に流れる神の国の聖なる水で体と心を清めた後に本宮にお参りして、日本民族の一員となったことを天照大神に報告」
した。

日本人が日本を見失っている現在こそ、必読の一冊である。

ところで、昨日(?)中国はノーベル平和賞に対抗して「孔子平和賞」を急遽設立したと発表した。ノーベル平和賞授賞式の1日前の12月9日に北京で「孔子平和賞」授賞式を行うのだという。第1回「孔子平和賞」には、台湾の元副総統である連戦・中国国民党名誉主席が選ばれたらしい。茶番もここまでくれば笑えない。
愚蠢的想法、都混蛋、没法子!
中国共産党は鳩山や空き缶と同レベルかね?

だらりの半日。

午前酎、西神田の版元。
編集s氏がPCにかじりついて校正作業をやっていた。オペレーターさんはまだ出社してなかった。

「え?自分でやってるの?」
「文字を直すくらいはネ。あと、写真の位置を変えるくらいはモンダイなし」

ページもの編集に関わったひとならin designというソフトはご存じだろう。
デジタルデバイドの権化たるs氏(61)がそのソフトを使っていたのだった。あぶない、あぶない。

「これ、パーツに分けられるかい?」とs氏。
データで送っておいた酒客や蔵風景や一升びんてんこもりイラスト(jpg画像)のことだった。

「ページの都合で余白がどうしても出るのでね、カットを入れたいんだ」
「レイヤーを統合して一枚のjpgにしてあるのだから、フォトショップで切り分ければできないことはないけれど、時間があれば元のデータからカットを取り出すけれど」
「いや、いま欲しいんだ、時間がないし」

そのウインドウズマシンを探ったら、フォトショップも勿論あった。画像を切りだして余計な部分を消す。それをin designのページに貼りつける…。
ひととおりs氏のイメージどおりに作業をしたのだけれど、なんとも人使いの荒い出版社。

これ以上居るとほかの仕事もおっつけられそうだったので、さっさと退去。今週中にはページネーションが出来て最終チェックだというけれど、どうなることやら。

東西線で一本、木場についたのは午後一時半。
「つちや」のランチタイムになんとか間に合った。ミニちらしと、奇跡的に麦酒一杯で御仕舞^;

銀座に出て某社へ。
かつては親会社で御一緒していた先輩としばらく話す。
引退していた元役員が亡くなったという話を聞いた。元気でウオーキングしている最中に後ろからバイクにぶつけられたという。世の中なにがあるかわからない。

マリオンで『スペースバトルシップ』を観る。1000円というのが嬉しい。
宇宙戦艦ヤマト、よか映画でした。CGが素晴らしい。キムタクと黒木メ伊佐のからみがすこしくどかったが、全体としては良い出来。

スペイン風立ち飲み「バルビエン」。
大海、黒若潮をお湯割りで一杯づつ。常連さんと話す。
ここの空気は諧謔上品温暖に満ちていて酔い。

乗り換えを待つ間に、池袋屯所「BETTAKO」。
カウンターには常連のつわもの酒客連がトグロを巻いている。
ひっそりと大泉のお湯割りをいただいて辞去。
ここの空気は諧謔下品熱暑に満ちていて酔い。

本日後半はのんべんだらりの一日でした。ま、いいか。

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茶家とか、千代香とか、猪口とか。
さまざまに書くけれど、本来はどういう字を当てればよいのだろうと思う。
むかしの人たちもそう思っていたらしい。


例の『薩摩焼酎の回顧』にも、記事の最後に「薩摩酒器黒ヂョカに就いて」という一文が載っていた。
まあ結論から言うと、外来語であり琉球経由で伝わったという説である。
朝鮮からの渡来語という説も取り上げてはいるけれど信ずるにたらぬ、とある。

その中で、お?と思った説があった。
いわく、支那語(ママ)の発音に由来するというのである。

酒家と書く。
北京語で発音すると、ヂウジャ。
だが南の方言の発音ならチョカ?という訳かな。

いずれにしても、薩摩の酒器の名称にからむ謎解きが70年以上前から続いているのはなんとも楽しいものだと思う。

そういえば、お湯割り焼酎を黒ヂョカでのむのは、荒木町の羅無櫓に行った時くらいで、自宅ではやらないなあ。

ゆったり囲炉裏で焼酎を温めて、気の置けないノンベエ同志でダイヤメをやってみたいものである。

朝から、黒ぢょかのことなぞ書いていると、もう飲みたくなってきた。いかん、いかん。

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池袋の刀屋にいったらシャッターが閉まっていた。
前にも定休日に行ってほぞをかんだことがある。学習しない奴です。

仕方ないので四ツ谷三丁目の羅無櫓。
官兵衛さんと話しながら一杯、三岳お湯割り。
そののち銀座にでてアップルストアと二丁目の画廊を冷やかす。

新橋でスペイン立ち飲み「バルビエン」に寄る。
大海のお湯割りを啜りつつ常連さんと話していると編集S氏から電話。土曜日に版元で最終校正をやることに。
デジタル時代ってのは凄い、校正が終わったら一週間で本になるらしい。

池袋で乗り換えを待つ間に屯所「BETTTAKO」に寄る。
莫祢氏の味わいテーマに常連爺と談論風発。鶴見で〆。
いつもながらカウンターでとぐろを巻く常連のつわものたちの毒気にあてられる。早々に辞去。

所沢で百味に寄る。
熱燗(ねのひ)を一本。店長と酒の話、中国人従業員と漢語会話の稽古。
帰宅してかみさんとのダイヤメは大和桜ヒカリ。
よく飲んだ(ように見える)けれど、それぞれのお店で1〜2杯づつ。ほとんど営業妨害?

さて、例の『薩摩焼酎の回顧』本からひろったちょっと面白い話。

大正15年の「酒類増税」の折に、鹿兒島縣酒造組合聯合會評議員の方々が大蔵省に陳情した言葉です(現代風に書きなおしています)。

「鹿児島、宮崎両県で産する芋焼酎は、下級農民および労働者階級が飲用するものでありますから、増税なきよう陳情いたします」

これに対する大蔵大臣の返答(同様)。

「いや、酒や焼酎にはまだまだ増税の余地はある。なぜなら、全国の料理屋において(客の男たちが)未成年の藝妓らに酒を奨めて(彼女たちが)これを飲み干せないために無駄に空ける酒が一年に何万石あるか諸君はしっているか?もしこれが洋酒のように一杯の値段が高価であれば決してこのような乱雑なことはなさぬであろう。それゆえに、増税の余地は十分にあるのである」

めちゃくちゃな論理ですな。
下級農民や労働者階級は料亭で飲むのではない。
芸者を呼ぶような高級な店で、若い女たちに酒を強いるのはだいたい金持ちの旦那衆と決まっている。
であるが、評議員たちはその蔵相の言葉に対しおそれいり奉り、陳情書も提出せずに鹿児島に帰ったというから、すごい時代であります。

この大蔵大臣は浜口雄幸。のちにライオン宰相といわれた豪胆果断な土佐人だ。料亭政治が嫌いだったという。「酒も焼酎も、なにがなんでも増税!」ってのもそのとばっちりでしょうかね?

陳情に行ってきた吉村評議員は元酒造組合聯合会の会長であり、鹿児島市新町で「白露」を造っていた蔵元。吉村氏はじつは蔵相の言葉<の内容>に恐れ入ったのではなかったらしい。

増税阻止がむつかしければ、「交付金」の請願の道ありとその後も活動を続けて、約一年後にその目的を達成したと追想文にあります。さすが薩摩人。

昔の焼酎はね〜…。

阿久根の大石さんからお借りしている『薩摩焼酎の回顧』(鹿児島縣酒造組合聯合會/昭和15年)に「30年の思いで」という特集がある。
ご時勢なので冒頭の記事は税務監督局長とか税務関税部長とか税務署長とかの文章でうまっていて、そのあとに酒造組合の幹部の方々の「思いで」の文章が続いているのはしかたない。
ほんとに昔は徹底した官尊民卑、だったんですな。

その中に、こんな文がありました。
現代仮名遣いに直して一部を書き出してみます。

「昔の焼酎を知っている人が、いまの焼酎を飲んで、このごろの焼酎はまずい。むかしのものは美味かったと言われる方があるかもしれません。なるほど、そうも言えるかもしれないと思います。というのは、端的に言えば、操作の(製造技術の)幼稚な時代の麹やモロミは、どうしても雑菌が入りがちで不純なものになりがちです。出来上がった焼酎の味も雑なのです。その故に癖が会っても如何にも美味しく感じられたのです。しかし、現在のように技術が向上し、合理的に麹もモロミも綺麗に造るようになった結果、製品の味わいも単調になってきたのは止むをえません。わたしはそれでよいのだと思います」

この一文は、鹿児島縣商工技師という肩書の神戸さんという人の文章です。
黒麹の使用と吹き込み式の蒸留器が垂歩合の増加に寄与した最大原因と書いた後にこの一文が続きます。

最後の一節は本心なんだろうか、どうなんだろうと思いましたが…。
技術畑の方の思いは、そうだったのでしょうね。


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