ひるね蔵ダイヤメ日記

芋焼酎すきな飲んべえの徒然です。

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蔵のペース。

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「も、ふたい(二人)になったかん知れもはんなあ」

中村酒造の杜氏、上堂薗孝蔵さん(78)が言った。
阿多杜氏の人数の事である。

鹿児島県の薩摩半島にある金峰町阿多は、黒瀬集落とともに焼酎杜氏の村として知られている。
しかし時代の趨勢というか、自社製造が進む中で、職能集団としての杜氏はその数を急激に減らしていった。たしか、6〜7年前には黒瀬杜氏は50人弱、阿多杜氏は5人と報告されていたと思う。

上堂薗杜氏の言うもう一人の阿多杜氏とは、大口にある大山酒造の杜氏、南谷義昭さんのことだ。
七年前、銘酒伊佐大泉を醸すその蔵をお訪ねしたときにお会いしたことがあった。大山酒造で南谷杜氏が説明してくれた地下タンクのことは印象的だった。

中村酒造も地下タンクを使用している。
蒸留された原酒は自然落下で地下のタンクに投入される。この地下タンクはステンレスである。あきらかに昔は大山酒造と同じにタイルを貼りめぐらせたものだったろう。

この蔵には石造りの麹室がある。
麹を小分けするもろ蓋が麹室の前に積んである。やがて仕舞仕事が始まる麹室はまだ静かだった。
麹室の真上に、ドラムがあった。河内式の製麹機だ。300キロの有機カルゲン米が種麹を包みこんで麹への変身を始めたばかりだった。あすには麹室に移りさらに破精(はぜ)込みが進んでゆく。
時代の流れもあり、中村酒造の麹米はすべて国産米だという。

「こいは、めずらしかですね」と、蒸留機を差して聞いたら、「昔からずっと使い続けてきたオリジナルの蒸留機ごわんど。材質は替えもしたどん、カタチはおんなじです。もっと以前は木樽を使こちょったですが」と中村社長。
さらに珍しいのは石造りの冷却槽だ。
モロミが蒸気となってこの冷却槽に沈んだ蛇管へと押し出される。蛇管で冷却された蒸気はアルコールメーターを揺らしながら焼酎原酒となってパイプを伝わって地下のタンクに落ちる。
無駄のないコンパクトな工場には、古いよいものとあたらしい工夫が凝縮していた。

「使えるものは大事に使い続けるのが良かち思いましてね」
焼酎ブームの最中にも設備を拡大するのではなく、伝えてきたものを大事に活用する姿勢が揺らぐことはなかった。その姿勢が中村酒造の基盤を確固としてきたのだろう、そう思えたのだった。
工場を案内して丁寧にご説明くださった中村社長の目は焼酎を生む「人と場」への慈愛に満ちていた。


※岩川の芋農家で様々の唐芋を生んだ竹下さん、自然酵母を飼料に使用して奇跡の黒豚を生む玉利さん、ご案内ご同道あいがともさげもした!

カラ芋から始まった。

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西麻布の交差点からすこしはいった路地際に、「かぶいて候」という居酒屋がある。
もうずいぶん前になるが、六本木のオフィスで仕事していた時分に通った店だ。お父さんと娘さんでやっていた。お父さんが亡くなってのちは娘さんがひとりできりまわしていると聞いた。仕事場が新橋に移ってからは、もうずいぶん長い時間行っていない。
そこで初めて飲んだのが芋焼酎「森の妖精」だった。

名前に惹かれたのか、一緒にいた焼酎のん兵衛に勧められたからなのか、判然としない。
だが、「森の妖精」をお湯割りでひとくち飲んだときの印象はよく覚えている。
味覚の記憶は強いものだなあと思う。
湯気の立つガラスコップを持ち上げると、豊かな芋の香りがまず立ち上がり鼻孔を包みこんだ。
口に含むと優しさがまるで染み出すように広がった。
蒸留酒だから、そんなことはないのだが「ここちよい粘度」とでもいったほうがいい濃醇な味わいを感じたのだった。こんな酒は初めてだ、そういったら娘さんが「焼き芋焼酎なんですよ」とにっこりと笑顔で教えてくれたのだった。

焼き芋焼酎といえば、田崎酒造の「鬼火」とか、鹿児島酒造の「さつま諸白」「黒瀬」とかを連想するが、そのどれとも違う味わいだった。

「それは、焼き芋の造り方が違うからね」と、太久保酒造の会長、中山信一さんが言った。
焼き芋の製造方法を簡単に説明していただいたがやはり実際に見てみないとわからない。要は太久保酒造の独得の方法で原料芋を作っているからということだったのだろう。芋の卸業を長年やっている中山さんならではのこだわりがあるのだろうと思った。

よく晴れた日の午前中、鹿児島県志布志市松山町の太久保酒造本社をお訪ねしたのだった。
志布志の海岸ちかくの宿から、車でご案内いただいたのは中山江里子さん、会長の娘さんだ。
「会長(お父さん)は、とにかくサツマイモにこだわるんですよ、芋でずっとやってきて、焼酎はあとからですからね」と江里子さん。
久保醸造から経営を引き継ぎ、太久保酒造として再出発したのは平成2年のことだ。

「ということは、やっぱり芋焼酎、でしょうか?」
「そうそう、やはり薩摩芋の焼酎が香りも味わいの細かさも、なんちゅわならんからね(なんとも言えず良いからね)」
芋の話をするとき、中山会長の笑顔は一段と輝く。

本社工場を案内していただいた。
広大な敷地の半分ほどは、芋の処理工場だ。新鮮なうちに下ごしらえをして保存するライン、連続式の蒸し器で蒸しあげて冷凍するライン、下ごしらえまでで、ほかの蔵からの依頼にこたえて出荷するライン、そして自社の製造工場で使用するためのライン。
芋を知りつくした蔵ならではの操業が続いていた。

本社のほかのスペースは、居並ぶ貯蔵タンクから和水タンクを介して瓶に詰める作業に使われている。従業員の方々が十時の休憩時間にもかかわらず立ち上がって挨拶してくださるのには恐縮した。
さまざまな焼酎蔵を廻って思うことだが、とにかく蔵の人々は気持ちのいい人ばかりだ。薩摩の中学生や高校生は蔵で一定期間を修行させるのが良いと思うけれど、どうだろう?

公用で外出するという中山会長に挨拶した。
会長は鹿児島県の県議でもあるのだ。

「製造工場に行ってみますか?」と江里子さん。
太久保酒造の造りは、本社からちょっと離れた曽於郡大崎町にある工場で行われている。さっそく連れて行ってもらうことにした。
蔵は田んぼと畑に囲まれた静かな場所にあった。
すぐそばに大分の麦焼酎を委託製造している巨大で立派な蔵があったので、うっかり「ここですか?」と言うところだった。危ない危ない。

太久保酒造製造蔵のまん前には前方後円墳があった。
「丘や濠から畿内地方の土器が出土したことや、長さが124メートルと、大型の畿内的古墳であることから、被葬者は中央政権から派遣された相当の権力者と思われる(大崎町HPより)」という。
もともとこの地は宮崎県諸県郡の一部だった。天孫降臨の地、霧島にも近い。古代神話の魅力がぎっしり詰まっているエリアだ。酒造りには絶好の場、そんな印象だ。

この蔵で、志布志に本社のある「天味世(あませあじ)酒販」の前畑社長と合流した。
前畑さんは白玉米を復活栽培し、米麹用への使用を太久保酒造に依頼した人。そして生まれたのが「侍士の門」である。

蔵では昨日から造りが始まったところだった。
「華奴です、白麹です」と、杜氏の小池田さん。
製麹ドラムから三角棚に移し、麹の破精込みが進んでいる。この蔵の代表銘柄である「華奴」から造りがスタートするのだ。小池田さんはまだ若いけれど、黒瀬の杜氏に徹底的に仕込まれた人だ。

「あす、出麹ですか…」
「そうです、今年初めての仕込みです」

製造担当の岩切さんがそう答えてくれた。
ふたりは造りの期間は交替で蔵に泊まり込むのだという。

「これは、何?」と小生。
一時仕込みに使用する甕のうえに、ホースが垂らしてある。え、こんなの見たことないぞ。
「電子イオンをモロミに流すのです。仕込み水にも流しています」と岩切さん。
聞くと、食品業界やスーパーなどで提供される飲料水にはかなり応用されている方法だという。焼酎蔵ではもう一社が水の浄化に使用しているだけで、太久保酒造さんのように徹底したシステムを構築している蔵はほかにはないそうな。

「この二つ、飲み比べてみてください」と、岩切さんがコップを差し出した。
「仕込みはまったく同じ華奴です。システムを通したものと、普通のものです」悪戯っ子のような岩切さんの笑顔を見ながら、さっそくテイスティングしてみた。
一口含んでノドに通す。……う〜む、これは、別の酒だ。
従来のものに比べて、くちあたりはまろやか、のどごしもまたスムーズ。アルコールの刺激が少ない分だけ味わいのバランスの良さがきわだつ。うまみは全く損なわれていない。

ただ、やや心配になった。
「これじゃあ、これまでの酒になれたファンがとまどうのでは?」
「そうなんです。このシステムは、あたらしい造りの酒に応用するつもりです」
うん、官能商品である焼酎のファンの心理をちゃんと考えているんだと安心したのだった。
小ぶりの蒸留機がふたつ。
そういえば、ドラムも三角棚もふたつづつあった。
うまくレイアウトしてあるので場所の狭さを感じない。とても効率のいい作業場だ。

工場入り口の左側に、黒い甕のならぶ貯蔵庫があった。
「侍士の門」の古酒への挑戦が進んでいた。
貯蔵庫の横にも甕が並んでいる。
この甕、一個もらっていきたいものだ。そう顔に書いてあったのだろう、岩切さんが笑って言った。
「割れてるんですよ、こちらのは。それにメチャ重いので移動が大変なんです」
「……(断念)」

蔵の方々に別れをつげて志布志に向かう車中で考えた。
広い空、鮮やかな緑、原料芋にこだわり、新しい製法にチャレンジする明るい蔵人たち。失敗をおそれずに造りの工夫に挑戦せよという蔵元。
ここで醸される芋焼酎には米麹、芋、水のほかに目に見えない何か大事なものが入っている。彼らの造る焼酎が美味いのはなんだか当たり前という気持ちになったのだった。

「太久保酒造」
住所 本社 鹿児島県志布志市松山町尾野見1319-83
   蔵  鹿児島県曽於郡大崎町横瀬1252-2
TEL本社(099)487-8282 FAX(099)487-8383
ホームーページ http://ookuboshuzo.com/

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若潮酒造は鹿児島県の北東沿岸部、志布志湾に面した松林の中にある。ひろい敷地には多くの建屋や巨大な貯蔵タンクが並んでいる。工場横手のポット場には5トンの芋搬入設備が3つあり、一日二回合計で30トンの芋を受け入れ処理している。焼酎の一升びんにして一日16000本を生みだす規模の蔵である。
ある秋の日、まだ酷暑の余韻の残る日の昼にお伺いしたのだった。


社長の下戸(さげと)さんが事務棟の前で出迎えてくださった。
お名前は下戸でも、お酒は好きなんですよと仰る。明るい笑顔の社長だ。

応接室で挨拶もそこそこに蔵の事、造りのことなどをお聞きする。小生の気ぜわしい質問に対してもゆっくりと答えてくださる。おなじ薩摩人なのに、この違いはなんだとつい思ってしまう。
話が一段落したときに、下戸社長がちいさな声でこう言った。

「そいや、わっぜかとぜんねかったですよ(そりゃあ、さびしく哀しいものでしたよ)」
社長は「協業化」の時の話をしているのだった。
若潮酒造協業組合は昭和43年、5つの焼酎蔵が集まって協業組合を作って出来た。

「協業化、ということはね」下戸さんが続けた。
「自分の家の蔵がなくなる、ということなんですよね」

下戸さんの実家、下戸酒造はそのときに消滅し、長く造っていた芋焼酎「誠の誉」も永久に消えた。まだ20代初めだった下戸青年には深い痛恨の思いだったのだろう。
じつは、小生の父方の祖父(93で死去)はとんでもないのん兵衛だった。焼酎のお湯割りを欠かしたことは中学生のころからずっとなかったという。それで90歳を越えて矍鑠としていたのだから軟弱な小生とは出来が違う。その爺さんが毎晩愛飲していたのが「誠の誉」だった。
協業組合は言ってみれば社長の集まり。組合としての開発力や営業面での活性にはおのずと限界を感じることもあるのだろう。また、世代替わりに伴う税務上の問題などもあるだろう。

「二年前、株式会社になりました。これからも様々な試みをやっていきたいし、マーケティング面での課題もひとつひとつ解決してゆく体制をとりたいんですよ」
すでに7年前、手造りにこだわった「千刻蔵」を稼働し、手麹、甕仕込み、木桶蒸留機による焼酎製造を行っている若潮酒造は、トンネル貯蔵庫や、ひろい敷地を活かしたライブなど社会活動も行っている。一般消費者を対象にした芋焼酎造りの体験活動も、生産農家との協働で継続し、着実に焼酎のコアなファン(若潮さんのファンにも勿論なる)を増やしてきている。

「蔵を案内しもんそか」下戸社長に先導されて、広い敷地のツアーとなった。
芋切りのおばちゃんたちがせっせと手を動かしている。熟練した作業ぶりだ。外の芋受け入れ場からベルトコンベアで工場内に運ばれた芋は、芋洗い機をくぐっておばちゃんたちの手で処理される。その芋たちは工場の高い場所に設置された芋蒸し器に運ばれ、そのあと粉砕され水と混ざり合いながら、パイプで搬送されてきた一次もろみと混じり合い、タンクの中でさらなる発酵を始める。
芋処理以外はすべてが機械化されていてほとんど見ることができない。発酵を終えた二次もろみはパイプで搬送され、蒸留器に投入される。見学の途中、杜氏の原口修治さんが蒸留器の状態をチェックしているのに出会った。おびただしい蒸留器が稼働し、それぞれのアルコールメーターが動いているのをみるのはめったにない風景だった。

「こんどは、こちらに」ふたたび下戸社長の案内で蔵の中庭に出た。そこには合掌造りのシックな建物があった。
「千刻蔵ごわしと。手造りの小さな蔵です」

焼酎の製造工程を実際に目で見るには、こういう手造り蔵がいい。
千刻蔵には麹室、蒸し器、一次仕込みの甕、二次仕込みの甕、そして木桶蒸留機が整然と並んでいた。
この蔵では、色々な企画での焼酎が造られているが、なかでも知的障害者の若者たちによって造られる「夢しずく」はよく知られている。一心に蔵の床掃除に励んでいるのがその蔵人たちだった。

「和紙を漉く設備を作りたいと思っておったっどん。ラベルに使う和紙をね」と下戸さん。
知的障害を持つ若者たちに、さらに安全な、そして蔵としても意義のある作業場を作ろうというのだとか。
蔵の近くにあり、すこし前に拝見したばかりの水源、普賢堂湧水源から迸る清冽な水のように、アイデアと思いの尽きない社長だと、小生は枯渇・堕落した自分のアタマと心根を嘆いたのは言うまでもない。

巨大な仕込み工場とオートメーション化された瓶詰作業場をもつ若潮酒造は、またこじんまりとした手造り蔵をも運用している。
「社長は、どっちが好きじゃっと?」と、愚問を投げかけた。
「そいは、手造り蔵にきまっちょっよ」と社長は即答。

企業を運営し、発展させ、従業員をまもり、おばちゃんたちへの就労機会も確保する、そのためには工場の規模と最新の設備は不可欠だろう。そしてその運営体制という労務的な課題も大きいだろう。それでもなお、手造り蔵に流れる時間と空気を大切にしたいという下戸さんに、最後にこう聞いた。
「焼酎造りをしいちょいやって、ないが一番おもしろかですか?」
「尽きない興味じゃろかい。芋焼酎造りは農業じゃっと。(農家など)様々な人との縁もおもしてか(おもしろい)。原料や水といった扱う素材の多様性もおもしてかしなあ」

そう言って、はればれと笑う下戸さんは今、島原にあって普賢岳の爆発に被災した霧氷酒造の再建に力を尽くしている。西海の外海(そとめ)に移転して操業を始める同酒造のスタッフたちに若潮酒造での研修も行っている。千刻蔵で甕に櫂を入れていた若者も、来るべき霧氷酒造の再興のために修行しているのだった。
若潮酒造は人が人との縁を繋ぐ場でもあるのだなあと思った。
蔵を辞するときに、下戸社長が言った。
「これからのこの蔵をみていてくいやんせな。まったく同じ焼酎というのは出来ないように、若潮もこの独得の個性を活かしていきもんで。これからが発展へのスタートじゃっち思っております」
かつて廃業した下戸酒造の、今はもう使われていない石蔵のある風景が下戸さんの気持ちの底にあるかぎり、若潮酒造は前進してゆくのだと得心したのだった。

若潮酒造株式会社
鹿児島県志布志市志布志町安楽215番地
TEL:099-472-1185 FAX:099-472-3800
ホームページ 
http://www.wakashio.com/

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その場所になかなか辿りつけなかったのは、小生が方向音痴であり、レンタカーのナビの使い方もよくわからん機械音痴だからという理由だけではない。
そこは、ごく普通の民家に見えたのだ。

午後三時を回ったころだった。
南国の広い空には、十月半ばというのに強い日差しが広がっていた。指宿駅前の市街地からすこし北に離れた静かな場所にその酒蔵はある、そう聞いていた。

二度その家の前を通過したときに、一人のご婦人がその家の前でこちらに気づいてくださった。教えていただくままに、蔵の裏庭にまわり、車を停めた。
指宿市十二町高之原にある「吉永酒造」は、午後からの造りの作業が一段落したところだった。蔵には緩やかな空気が充ちていた。

ここは年間400石の芋焼酎を造る。ほんとうに小さな蔵だ。
明治38年創業、長く「さつま白雪」という芋焼酎を造り続けてきた。その酒は商標の問題から、平成15年に廃止され、あたらしい代表銘柄の名は「利八」となった。
蔵の二代目、利八氏にちなむ銘柄名だ。

利八について書いておく。
彼は、ひとことで言えば、不撓不屈の人だった。
戦前、韓国大邱でも製造を始めた利八は脳梗塞で半身不随となる。昭和20年の大空襲で、もう片方の腕も切断した。さつま白雪の銘柄変更に際して、若くして半身不随になったにも関わらず家業を死守し後世に繋いでくれたその魂に敬意を表して「利八」と命名したという。

五代目、章一氏(26歳)が蔵の仕事を継ごうと決心したのには父親の病気という理由があった。
大阪のIT関連企業でプログラマーとして働いていた章一氏は、平成21年に蔵にはいった。今年が二回目の造りだ。
病で声を失った父親、四代目の俊公氏が若い当主に造りを教える。
それを支えるのは母親のひろみさんと長い間蔵仕事を手伝ってきた熟練の蔵人。
しっかりと継承されてきた造りで、ファンも多い。鑑評会では優等賞を連続受賞している。

工場の横にある事務所で章一氏とご母堂に話を聞いた。
実は小生、「さつま白雪」のファンだった。
穏やかな香味、豊かな甘い余韻。飲み飽きすることなく、お湯割りで日常に楽しむ芋焼酎だった。銘柄名が消えるという折に買い求めた一升瓶は、そのまま開封せずに置いてある。

「ことしは営業的なことも考えてゆきたいです」と章一氏。
昨年は造りだけで精一杯だった。
造りの課題は多く深いけれど、一方では蔵の経営についても考えてゆかなくてはならないのは当然だ。

「ホームページを作りまして」と章一氏が笑顔で言った。「まだ作り始めたばかりで・・・」と苦笑い。

しかし、あとで拝見して驚いた。
杜氏が自分で作ったサイトとは思えない。さすがにIT企業出身だけのことはある、そうメールで感想を送ったら、プログラミングをやっていたけれど、ホームページについては全く門外漢だったので、参考書をみながらなんとか作ったのだとか。
サイトの構成もしっかりしているし、必要なコンテンツは網羅してある。
感心したのは「焼酎造りの工程」というコーナー。
写真の見せ方にも閲覧する人の目を釘付けにする工夫があった。きっちりとした内容、見る人の目線に沿って整理されたコンテンツ…小生の乱雑きわまる焼酎サイトとはレベルが違う。いや、人種がちがうのかもしれん。
五代目杜氏章一氏26才、新しい世代の登龍を見るような気がした。

蔵の中を案内してもらった。
ドラム、三角棚、芋蒸し機そして蒸留機とコンパクトに配置されている。蔵の奥の溶暗のなかに黒々としたカメが静かに並んでいた。

「カメは二十個あるんですね?」
「いつぞやの水害で二つ割れてしまってですね、いま一次仕込みに使えるのは18個なんですよ」

カメは割れる。
割れて使い物にならなくなったカメは、蔵の看板や飾りや道標に使うしかない。
いまや和カメは貴重だ。あらたに補給する事は簡単ではない。大事に使っていっていただきたいと思った。

「章一杜氏にとって、焼酎造りのおもしろいところって何ですか?」
そう聞いたら、すぐに答えが帰ってきた。
「造りの全部がおもしろいです。おなじ工程で造っても毎回変化があります。生き物を相手にして仕事しているという実感が毎日あります」

家業の焼酎造りを自分の天職と決めて、父親、そしてそのずっと前から継続してきた技を自分のものにしようという覚悟が、章一氏のことばに浮かび、弾んだ。
「利八」はいぜんの「さつま白雪」と比較して骨格が太く、味わいが豊かに太ったという小生の感想を章一氏に話した。
「お湯割りはもちろん、ロックや水割りでも味わいがしっかりしていると皆さんに言われます。嬉しい事です」
そう言った若き杜氏の笑顔がこの蔵のこれからを示しているような気持ちになったのだった。

吉永酒造有限会社
住所 鹿児島県指宿市十二町645
電話 0993-22-3015 FAX 0993-22-3029
ホームページ
http://www1.ocn.ne.jp/~rihachi/index.html

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日本酒造組合中央会には全国の県の組合が参加しているわけだけれど、日本酒の蔵がひとつもないのは鹿児島県酒造組合だけ。

清酒麹を使いにくい温暖なエリアだということもあるし、薩摩人には歴史的に蒸留した酒のほうが気質にあっていたということもあるだろう。
いつだったか、ある歴史作家氏と芋焼酎を飲んでいるときに、彼がぼそりとつぶやいた。
「芋焼酎と薬丸自顕流がなかったら、幕府はもうすこし続いていたかもなあ」
もちろん戯言にちかいセリフだったが、薩摩の下級武士たちの倒幕の原動力になった力が何だったかをシンボリックに表現したとも言えるかもしれない。

その薩摩の国にも、醸造酒を造る蔵はある。
三社ともれっきとした焼酎蔵。その業務ドメインのなかに、風土を映した酒、「灰持酒(あくもちざけ)」があるのだ。

よく晴れた秋らしい一日。
薬丸自顕流顕彰会の同門であり、大隅岩川でユニークな養豚農場をいとなむ玉利さんと向かった先は、「東酒造」。
芋焼酎の名作「寿百歳」や「七窪」、「豪放磊落」「世華」を造っている蔵だ。そして東酒造には醸造酒がある。「黒酒」と名付けられたその酒が「灰持酒」の銘柄。

ふつう、清酒は搾ったあと二度ほどの「火入れ」で酵素の機能を止める。それによって酒質が変わってゆくのを防ぐ。「火持酒」ともいう所以だ。
薩摩の灰持酒は、搾る前に樫や楢の木を焼いてつくった木灰のアクをもろみに投入する。天然木の灰(ミネラル分)を使って火落菌等を防ぎ、日持ちさせるので、火入れして酵素を殺した酒や味醂と比べて、麹菌がもつ酵素が活きているというわけだ。
腐敗するのを防ぐというだけでなく、酵素が活きていることによる様々な酒の機能を活かしてゆけるわけですな。

上の写真は、米を洗い浸漬し、連続式蒸し器から製麹ドラムへ、そして酒母を造り、二次仕込みのタンクの泡消しと流れる作業の風景だ。そして左下の搾り機の手前にあるのが「アク」のタンク。
コンパクトで清潔を保った工場の片隅に、河内源一郎商店製の常圧・減圧両用の蒸留機があった。添加用のアルコールを造っているのだろうか。それは分からなかったが、蒸留機がにあうところなぞ、さすがに焼酎蔵だ。

〜黒酒(灰持酒)は自然醸造で作られているため、旨味成分である「遊離アミノ酸」が多く含まれ、 和食・洋食・中華を問わず、調理の過程や調味の仕上げに、又、タレ作り等に効果を発揮します。(東酒造HPより)

くわしくは、以下のページを。「奇跡の豚肉」を作る玉利さんが見学にいかれた理由がわかります。
http://www.kurozake.com/recipe
酒を造る場の、ちょっとめずらしい景色をみせていただいた一日でした。
東酒造のみなさまに、感謝。


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