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見渡す限りお茶と芋の畑が広がっている。
その地平のむこうに開聞岳の美しいシルエットが浮かんでいる。
特攻隊の若者たちはあの山に祖国の姿を映し目に焼き付けて南の空に飛び立ったのだろう。
その神社は加世田の中心部からはるかに離れた山の中にあった。
まったく人気のない、無人のおやしろ。
神前に備えた水を替え、お参りしてから境内を掃除。衆生が神に至る道に積もる落ち葉を掃き清める。と、いってもわれわれ以外に誰もいないが。
何百年前と変わる事のないこの空気の中で、薬丸自顕流の稽古が息づいている。
頴娃の蔵に、昔の焼酎造りに使用した「濾過」器があった。
コンピュータ制御された焼酎蔵でも、生き物相手の作業の根幹は「人」の五感。この点では、現代における「帆船」の意義と同じかもしれない。
小さな集落のはずれに、和カメを伏せてある工場(というか、その跡)があった。昔は操業していたのだろう、石の蔵も残っていた。
遥かに見える水平線はその昔と変わる事はないけれど、人も時も変わる。
その中で、不変の価値が一貫していることを、様々な場で、様々な人と語って感じたのだった。
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